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涙色

大門のそばでは時雨と隼人が待っていた。


「お嬢さん、大事ないですか!?」


血相を変えて声をかけたのは隼人だった。


「あ、うん。大丈夫よ。蛍さんが来てくれたから。心配かけたわね」


なるべく隼人に心配をかけないように、蝶子は気丈にふるまった。


「心配したなんてもんじゃないぞ。君が姿を消したとわかってから、探すのにどれだけ苦労したことか」


時雨は蝶子を叱りながらもほっとした様子だった。


「でも、思ったより早く見つけてもらえてびっくりしました。どうしてここがわかったんです?」


蝶子は疑問に思っていたことを口にした。


「旅館のまわりを探していたら君が馬車に詰め込まれるところを見た、っていう人がいてな。お前を騙したババアに吐かせたんだ」


時雨は吐き捨てるように答えた。


「あのひと、この近辺では割と有名な女衒ぜげんらしいよ。旅行にきた若い女の子やお金に困っている家の子を騙しては売っていたんだ。それでよく使う土産物屋にはお金を握らせて黙認させていたみたい」


と蛍が付け加えた。

土産物屋での店員の視線はそういう意味だったのか、と蝶子は今更ながら気付いた。


「土屋さんはどうやってお嬢さんを見つけたんですか?どこの店かまではわからないと、あの人は言っていたのに」


隼人が蛍に尋ねた。


「うーん……なんていうか、勘かな?」


そう言うと蛍はにっこりと笑ってみせた。

彼はそれ以上答える気はないらしい。

蛍さんは、色々と秘密が多いな……と蝶子は思った。


「あのおばあさんはどうなったの?」


蝶子は時雨に尋ねてみた。

時雨はその問いに眉をひそめた。


「一応警察には突き出しておいたが、多分そのうち釈放されるだろうな」

「そんな。どうしてです?」


蝶子は納得できないといった様子で憤慨した。


「表向きには借金のカタに少女自ら身売りしてきたということにしているからな。警察の腰も重いんだ。君も何か証文みたいなものを書かされなかったか?」


そういえば、と蝶子は思い出した。


「馬車の中でお金の借用書みたいなものに判を押すように強要されたわ。……脅されて断りきれなくて、私、仕方なく拇印を押したわ……」


蝶子はそう言って言葉を詰まらせた。

少女はあのときの恐怖と、無力な自分への憤りを感じていた。

もし彼らが助けに来なければ、今頃自分は……そう思うと身震いがした。


「心配かけてごめんなさい。皆、私のことを探してくれて、見つけてくれて、ありがとうございます」


蝶子はそう言うと三人の青年に向かって頭を下げた。

すると時雨がこう言った。


「謝るな。悪いのは君を騙した奴らだ。君は何も、悪くないんだ」


時雨の言葉には深いいたわりの気持ちが感じられて、蝶子は目頭が熱くなった。

泣いてはいけない、そう思っていたのに。

少女の潤んだ瞳からはぽたり、ぽたりと涙のしずくがこぼれはじめ、やがて止まらなくなった。


「怖かっただろう。もう大丈夫だ」


時雨はいつくしむように蝶子の頭を優しくなでた。

少女の涙が枯れるまで、男達は彼女を見守った。

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