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老婆

翌朝少し早めに目が覚めた蝶子は気分転換に旅館のまわりを散策しようと外へ出た。

だが今日の空は雲が分厚く折り重なり日差しは遮られている。

このあたりは似たような旅館が立ち並ぶ、旅館街らしい。

少し行けば土産物屋もあったはずだと蝶子は思い、駅の方に向かってゆっくりと歩いていた。

そんなとき、後ろから聞き取りづらい小さな声が聞こえた気がした。

蝶子が振り返るとそこには小柄な老婆が一人、立っていた。


「何かご用ですか?」


蝶子が尋ねると、その老婆は申し訳なさそうに自分の手荷物を指差してこういった。


「お嬢さん、急で悪いんだけど、この荷物を運ぶのを手伝ってはもらえないかね。私はちょっと足が悪くてね……」

腰が曲がった老婆は片手で杖をつき、もう片方の手には確かに重そうな風呂敷包みをぶら下げていた。

出発までまだ時間があったので、蝶子はその申し出を快諾した。


「お嬢さんはどこから来たんだい?」

「東京です」


老婆は蝶子の答えに驚いた顔をした。


「ずいぶん遠いところから来たんだねえ。どおりではいからなお嬢さんだと思った」


老婆はどうやら話し好きらしく、自分の昔話から最近の話までしわがれた声で一生懸命に伝えようとする。

そんな老婆の姿に、いつしか蝶子は亡くなった自分の祖母を重ねていた。



十分ほど歩いたところで、少し休憩ようと老婆が提案した。

ちょうどそこには土産物屋があり、店内でお茶や団子を提供しているらしい。


「あ、でも私お金を持ってきていないので」


蝶子が断ろうとすると、老婆はにっこりと笑った。


「荷物を運んでくれたお礼にここは私がおごるよ。なに、たいした金額じゃないし遠慮しなくていいよ」


そう言って蝶子を店内に誘った。

少女は悪いと思いつつも老婆の申し出に甘えることにした。



ほどなくしてみたらし団子とお茶が提供され、少女はぱあっと笑顔になる。

その姿を店員はちらりと一瞥した。


「本当にいただいていいんですか?」


老婆はくしゃりとした笑顔でもちろん、と言った。

しかしふと何かに気付いたのか、そういえば、と言った。


「ここの近所にお遣いがあるのを思い出したよ。すぐに戻ってくるから、ちょっとここで待っててもらえるかい?」


老婆は蝶子に荷物を預けたまま、よたよたと店を出て行った。

すぐに帰ってくるという言葉を信じ、少女は深く考えずその場で待つことにした。



だが十分経っても二十分経っても、老婆はなかなか帰ってこなかった。

蝶子は老婆に何かあったのかもしれないと考え始めた。

老婆の荷物を持ち、店をあとにしようとしたときだった。

身体の大きな、屈強そうな男が二人、蝶子の行く手を遮った。

なぜか外には一台の馬車が止まっている。


「お嬢ちゃんはこの馬車に乗るんだよ」


片方の男がそういうと、蝶子の片腕をがっちりと握った。


「嫌、離して!」


蝶子は老婆の荷物を取り落とした。

しかしそれに構う余裕はない。

思い切り手を振り払おうとしたが、相手に力では勝てなかった。

男は軽々と少女を担ぎ上げると、乱暴に馬車に投げ入れた。


「痛っ……!」


身体を打った蝶子はその衝撃に思わず声をあげた。

するともう一人の男がこう言った。


「おいおい、大事な商品なんだからもう少し丁重に扱え」


蝶子は商品、という言葉に著しく不安を覚えた。


「あなた達は誰?一体何なの!?」


後から乗り込んできた男に蝶子は吠えた。


「そんなこたあどうだっていいんだよ。お嬢ちゃんは売られたんだ」

馬車はゆっくりと走り出した。


「売られた…?」


蝶子はその言葉に愕然とする。


「い、一体誰が私を売ったっていうの?」


少女はうろたえてしまい、なかなか状況が掴めずにいた。


「まだわかってねえのか。あのババアだよ。お前はババアに騙されたんだ」


脳裏には人懐っこい笑顔の老婆が浮かんだ。


「あのおばあさんが、私を売った……?」


蝶子はすぐにその言葉を信じられなかったが、だんだんとそう考えるのが一番しっくりくると思えた。


「売られるって、どこに?」


蝶子はおそるおそる男に尋ねた。


「質問が多いな。お前はこれから遊郭で男相手に仕事をするのさ。さぞ楽しみだろう」


男は蝶子を見ながらにやにやと笑みを浮かべた。

少女は心の底からぞっとするのを感じた。


「嫌、今すぐ降ろして!」


少女は叫んだが、男がみすみす見逃してくれるはずもなかった。


「さて、そろそろおしゃべりは終わりだ。次に騒いだらぶん殴る。ただし、顔以外をな」


蝶子は恐怖のあまりそれ以上抵抗することができず、押し黙るしかなかった。




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