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東京駅

時雨との待ち合わせは東京駅だった。

三階建ての洋風赤レンガ造りの建物は壮麗だ。

今は平日の朝ということもあり、通勤途中と思しき背広姿の男性が多く見受けられた。

だが人ごみの中から端正な顔立ちの二人を見つけるのに、そう時間はかからなかった。

そこにいたのは和服姿の時雨と蛍だ。


「あれ、蛍さんも一緒なんですね」


蝶子は話の流れ的に時雨のみが同行するものだと思っていた。


「東京に残れと言ったんだが、聞かなくてな」


時雨は諦めた顔つきでちらと横目で蛍を見た。


「こんなに楽しそうなこと、滅多にないからね」


蛍は言葉の通り楽しげにそう言った。


「ところで、君の後ろにいるのは誰なんだ?」


時雨は蝶子と隼人を見比べるようにしながら問いかけた。


「えっと…彼は雪村隼人と言いまして、我が家のお女中さんの息子です」


「どうも。私も無理を言って今回ご一緒させていただくことになりました。よろしくお願いします」


隼人はにっこりと笑って頭を下げた。


ちなみに彼の背中は藁で巻いた刀やら、蝶子と自分のもので大変な大荷物になっていた。


「あのなあ…ただの旅行じゃないんだぞ」


呆れた顔で時雨は蝶子に言った。


「残れと言ったんだけど、聞かなくて……」


少女はばつが悪そうにどこかで聞いたような台詞を繰り返した。


「お嬢さんを責めないで下さい。ついていくと言ったのは私ですから」


隼人は蝶子をかばうようにやんわりと口をはさんだ。


「わかったわかった。俺は一条時雨、こっちは土屋蛍一郎だ。以後よろしく」


時雨は半ば投げやりに自己紹介を済ませた。

こうして奇妙な顔ぶれの四人は北を目指すことになったのだった。



切符を買い、広い構内をくねくねと歩き回ると、ようやくお目当てのプラットホームへとたどり着く。

そこにはすでに黒光りする巨大な蒸気機関車が待っていた。

蝶子は何度か父と機関車に乗ったことはあったが、毎回その迫力には圧倒されてしまう。

木製の三等車両に四人で乗り込むと、緑色の長椅子が出迎えてくれた。

列車はそれほど混んでおらず、四人は腰掛けることができた。

ほどなくして発車のベルが鳴る。

蒸気機関車は黒い煙を吐き出しながら走り出した。

車窓からは発展途上の都内の様子がまるで走馬灯のように流れているのが見える。


「汽車に乗るのは初めてです」


隼人は嬉しそうに言った。


「とても速いでしょう?目的地まではだいぶ時間がかかりそうだけど……」


弘西山までは途中下車し一泊二日で着く予定だ。

それでも鉄道がなかった時代からは考えられない早さだった。


「君は蝶子ちゃんの家で働いているのかい?」


蛍は唐突に隼人に尋ねた。


「はい、お嬢さんの父君の支援で今は医学校に通っていますが」


隼人が愛想よく答えると蛍は驚いた顔をした。


「医学校に通えるなんて、君頭がいいんだね。すごいな」


蛍は素直に隼人を褒めた。

蝶子も隼人のことは密かに誇らしく思っていたので、自分のことのように嬉しかった。


「ただ蝶子ちゃんもそうだけど、君も学校を休んで平気なの?有栖川がすぐに見つかるとも限らないよ」


核心をついた質問をされ、蝶子は少し気が重くなる。


「そうですね……まあ学校には休学の連絡はしておきましたから、大丈夫です」


隼人は戸惑いながらもにっこりと笑って答えた。

だが、問題は蝶子の父の支援の件だと皆薄々わかっているようだった。

そんな中、少女はこう断言した。


「大丈夫。私が彼を退学になんて絶対させないから」


隼人はその言葉にとても驚いた様子だった。

蝶子はどんなことをしてでも彼が学業を続けられるよう手を尽くす、と心に決めていたのだった。


「父様は必ず私が説得するから安心して」


そう力強く隼人に向かって言った。

隼人は目を丸くしながら、ありがとうございます、とお礼の言葉を口にした。



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