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鬼切り

有栖川の本拠地は、東京のはるか北にある弘西山こうせいざんだという。

思いも寄らぬ長旅になりそうだったが、蝶子の決意は変わらない。

当然学校もその間欠席だ。

彼女は父に説明する気ははじめからなかった。

反対されることがわかっていたからだ。

ただし何も言わずに家を出ることに後ろめたさがあったので、置手紙だけは残していくことにした。

夜中にひっそりと荷造りをし、翌日の早朝には家を出る予定だった。

父が自室に戻ったのを確認してから、蝶子は必要そうなものを家中からかき集めていた。

ビビは何かを感じとったのか、蝶子のまわりを落ち着かない様子でうろうろしている。


「何をやっているんですか」


青年の声に少女はびくりと肩をすくめる。

そこにはすでに眠っているはずの、隼人の姿があった。


「おかしいですね、お嬢さんは明日通常通り女学校へ向かうはず。食べ物やら、包帯やら、そんなもの必要ないでしょうに」


蝶子は父のことばかり気にして勘のいい隼人のことを失念していた。


「あ……えっと、これは……」


うまい言い訳も思いつかず、蝶子はうろたえた。


「お嬢さん、俺に嘘はつかないで下さい。何か悩んでいるのなら必ず力になると、昔約束しました」


そう。

隼人だけはいつもどんなときも蝶子の味方だった。

彼に相談すれば大抵のことは解決してくれた。

でも、今回の相手は鬼で、隼人は普通の人間だ。

どう考えても勝算はない。

ただ本当のことを言わない限り、隼人はきっと退かないだろうと蝶子は思った。

彼女は仕方なく全てのことを彼に打ち明けた。

だから見逃して欲しい、蝶子はそう言った。

しかし、隼人はすぐさま言葉を返す。

俺も行きます、と。


「だから言ったでしょう、相手は人間じゃないの」


蝶子は困った顔をして隼人を諌めようとした。


「ちょっと待っていてください」


彼はそう言うと一度姿を消し、再び蝶子の前に現れた。

その手には日本刀が握られていた。


「それは……」

「鬼切り、といいます。その名の通り鬼を切ったという逸話が残る、父の形見です」


隼人は蝶子に差し出すように刀を見せた。

確かに古そうな刀だったが、特に埃を被っている様子もない。

刀に詳しくない蝶子が見ても、よく手入れされているのがわかった。

きっと隼人が大切にしていたに違いない。


「おにぎり……」


その響きは握り飯と似ている……と蝶子は思ったが、あえて言わなかった。

そして一番心配していることを口にした。


「あなたは父様のご不興を買ったら、学校に戻れなくなるかもしれない。それでもいいと言うの?」


隼人は蝶子の父の支援を受けて医学校に通っている。

もし、今回のことで父恭介が激怒し支援を打ち切るなどと言い出したら、隼人は学校を辞めざるを得なくなる。

蝶子はそのことが不安だった。

しかし隼人はあっさり「構いませんよ」と言った。


「お嬢さんが危険な場所に行くのをわかっていて見過ごす方が、私の正義に反しますから」


そういうと隼人はにっこりと笑ってみせた。

そうして蝶子は隼人に根負けし、帯同を許したのだった。


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