可能性
「ここを動くなと言っただろう。君はそんなことも守れないのか」
少女が重い足取りで元の場所に戻ると、時雨と蛍がそこにいた。
有栖川を滅茶苦茶に追いかけてしまったので、蝶子は帰ってくるのにだいぶ時間を要してしまった。
もうすっかり日が暮れて、あたりは暗くなっている。
「そっちの戦果はどうだったんです?」
少女は時雨のお説教をかわすために質問をした。
「下っ端を数人仕留めたが、有栖川はすでに逃げたあとだった」
時雨はくやしそうな表情を浮かべ、吐き捨てるようにそう言った。
「私は、有栖川に会いました」
蝶子がそう言うと、二人は驚いた顔をする。
「どういうこと?」
先に尋ねたのは蛍の方だった。
「光の君を元に戻す方法を知りたければ、俺を追って来いと」
そこでようやく蝶子がこの場にとどまれなかったわけを説明した。
時雨は信じられない、といった様子で少女を見つめた。
「二回目も、お前にわざわざ声をかけるために近づいた……危害を加えるわけでもなく。なぜだ?」
蝶子はその問いには答えられなかった。
本当に何も、心当たりがないのだ。
「案外一目ぼれしただけかもよ。蝶子ちゃん、可愛いし」
蛍は笑顔でさらりと軽口をたたく。
だが蝶子は若い男性に可愛いと言われたのは初めてで、少々驚いていた。
「お前の発想は単純だな……」
時雨は呆れた顔で自分の部下を見た。
「有栖川はどこに行ったのかしら」
蝶子はさっきから気になっていることを口にした。
「はっきりとしたことはわからん。だが、自分の縄張りを長期間空けておくことはできないはずだ」
「じゃあ……北の領地に戻った可能性が高いと?」
「そういうことだ」
時雨は少女の言葉を肯定した。
蝶子はしばらく考えたあと、時雨に向かってこう言った。
「私、彼を追いかけます。詳しい場所を教えて下さい」
時雨は面食らった顔をする。
「追いかけるって、君が?」
無茶だと言いたげな彼をよそに蝶子は言葉を続けた。
「今、光の君を救える可能性があるのは有栖川だけ。私はその可能性に賭けます」
彼女の宝石のように輝く瞳は真剣さを帯びていた。
そこに迷いは感じられない。
「君は……本気なのか」
少女はこくりと頷いた。
「時雨さん、助けてあげればいいじゃないですか」
蛍が軽い調子で横から口をはさむ。
「助けるって、お前は簡単に言うな……」
はあ、と時雨はひとつ大きなため息をついた。
「分かった、俺も行く」
根負けしたように時雨は小さく、しかしはっきりとそう言った。




