表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/60

突入

三人は近くのカフェーに入った。

どちらかというと古めかしく、客もほとんどいない、落ち着いた雰囲気の店だった。

時雨は洋風のテーブルに地図を広げると、赤く印のついた建物を指差しした。


「鬼たちが現在根城にしているのがこの雑居ビルだ。ここに17時頃突入する」


時雨の言葉に蝶子は緊張した。


「俺が先陣を切って突入するから蛍、お前は俺の後ろをサポートしてくれ」


蛍はにっこりと笑ってわかりました、と答えた。


「私は何をすればいいんです?」


蝶子は我慢できずに自分から時雨に尋ねた。


「君は近くの路地で待機だ。鬼を確保できたら君を呼ぶ」

「そんな。私には何もするなというの?」


時雨ははあ、とひとつため息をついた。


「この前君も吸血鬼になった男に襲われてわかっているはずだ。彼らの前では何もできない。鬼にはそれ以上の力があるんだ」


確かに蝶子の木刀による攻撃は何も意味をなさなかった。

そこで蝶子は時雨の言葉に色々と疑問がわいてきた。


「ちょっとまって。じゃあ、あなた達が腰に下げているサーベルだったら倒せるというの?」


時雨はちらりと自分が携帯しているサーベルに視線を落とした。


「そうだな。これは普通のサーベルと違って特殊な製法で作られている。対鬼用の武器ってわけだ」

「そんなものがあるなんて…ということは鬼は昔からいたの?」


時雨はああ、と短く相槌をうった。


「鬼はいにしえの時代から存在する者たちだ。一時は身を潜めていたんだがな……ここ最近になってまた活動が活発化しはじめた」


「それはなぜ?」


蝶子は身を乗り出して時雨に答えを求めた。


「それはわからん。ただ北の鬼の首領が代わったから、それが関係しているのかもしれん」


鬼は全国にいて、それぞれ派閥と縄張りのようなものがあると時雨は語った。

蝶子は少し考えると、また口を開いた。


「あの金色の瞳をした鬼は、どこの鬼なんです?」


時雨は少しの間のあと答えた。


「あいつが北の鬼の首領―――有栖川礼ありすがわれいだ」


蝶子は息をのんだ。

自身を助けた鬼が、今回の事件の黒幕だったのだ。


「じゃあ、光の君を吸血鬼にしたのも彼……?」

「その可能性は高い」


鬼は人の血を好み、血を吸われた者は理性を失いただ生き血を求める怪物になってしまうという。

ただし吸血鬼にされた人間は他人を吸血鬼にはできないらしい。

時雨の返答に蝶子は血の気が引いた。

なぜそんな人物が―――鬼が、人間である自分を助けたのか、全く分からなかった。


「さて。だいたいの真実はお前にも教えたつもりだ。退くなら今のうちだが、どうする」


時雨は黙り込んだ蝶子に決断を迫った。

蛍はその様子を楽しそうに眺めている。


「―――私も行きます」


少女は時雨の目を真っ直ぐ見て、答えた。


「わかった。鬼たちは通常夜行性だ。奴らが起きだす前に叩く」


そういうと時雨は立ち上がった。



先ほどのカフェーから鬼の根城まで歩いて二十分ほどの場所だった。

繁華街の表通りから少し入った、あまり人目につかない建物がそれだ。

その近くの細い路地で蝶子は待機することになった。


「いいか、君は俺たちが呼びに来るまで絶対にここを動くな」


時雨は念を押すように蝶子に言う。

少女もその言葉に頷くしかなかった。


「あと、君にはこれを渡しておく」


時雨が蝶子に渡してきたのは短刀だった。


「万一のためだ。脅しくらいにはなるだろう」

「あ…ありがとうございます」


鞘を軽く抜いてみると、白刃がぎらりと顔をのぞかせた。

本物の刃だ。

蝶子は身体を硬くした。

それを見た蛍は柔和な笑顔で蝶子に語りかけた。


「大丈夫だよ、蝶子ちゃん」


蝶子は蛍が緊張をほぐそうとしているのだと思った。

しかし。


「もし蝶子ちゃんが吸血鬼になったら、ちゃんと殺してあげるから」


笑顔で恐ろしいことを言ってのけたのだ。


「おい、蛍。脅かすようなことを言うな」

「脅かすつもりなんてないんだけどな」


時雨にたしなめられても彼は全く悪びれる様子もなかった。


(一条殿も変わった人だと思っていたけど、蛍さんもとんでもない人だわ)


蝶子は心の中でそう思った。



二人が建物の内部へ侵入するのを、蝶子はただ見送るしかなかった。

時雨から渡された短刀をぎゅっと握り締める。

中で何が起こっているのか全くわからないのがもどかしかった。


(一条殿の話では根城に鬼は複数いるはず。たった二人で制圧できるのかしら)


蝶子は一人路地裏でじりじりしていた。

するとそのとき、うしろから聞き覚えのある声が聞こえた。


「お前はこんなところで何をしている」


振り向くとそこには金色の瞳をした、鬼―――有栖川礼がいた。

蝶子の鼓動は一気に跳ね上がる。

まさか、こんなところでもう一度会うなんて―――少女の身体に嫌な汗がにじむ。


「なぜ…あなたは建物の中にいるはずじゃ……」

「俺は勘がいいからな。奇襲など簡単な手には引っかからん」


身の危険を感じた蝶子はすぐさま短刀を抜き、構えた。


「そんな代物、どこで手に入れた」


有栖川の眉間に皺がよる。


「そんなのどうでもいいでしょう。私は……あなたに用があってここに来たの」


蝶子はできるかぎり気丈にふるまった。


「俺に用か…面白い。その様子じゃ俺の正体はわかっているのだろうな」


少女はその質問には答えなかった。


「私の友人が吸血鬼になったわ。それは、あなたがやったの?」


有栖川はにやりと笑ってみせた。


「だとしたらどうする。俺に復讐するか?」

「彼女を元に戻す方法を教えなさい」


蝶子は語気を強めた。

有栖川は少女が強がる様子がさも愉快というふうだった。


「もとに戻す方法か……それが知りたければ俺を追って来い」


そう言ったかと思うと彼は跳躍し、建物の屋根に上ってみせたのだ。


「待ちなさい!!」


有栖川は軽々と建物から建物へと飛び移り、どんどん遠のいていく。

蝶子は必死に彼の姿を追うも、あっという間に見失ってしまった。


「追って来いって…あなたはどこに行ったの…」


蝶子は息を切らしながらその場に呆然と立ちつくした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ