土屋蛍一郎
その日の帰り、正門前にはまたしても一条時雨が待っていた。
蝶子は今朝のことがあっただけに、彼とは目を合わせずに避けて帰ろうとした。
「おい、ちょっと待て」
当然、少女は時雨から呼び止められた。
「一条殿、ちょっとこちらへ」
蝶子は仕方なく足を止め、彼を少しでも早く校門から遠ざけようとした。
「何をそんなに慌てているんだ」
時雨はわけがわからないといった様子だったが、蝶子はまた周りから冷やかされるのはごめんだった。
思い通りに動かない時雨に業を煮やし、彼の背中をぐいぐいと押す。
「いいから早く人目につかないところへ行きましょう」
「なんでそんなに人目を避ける必要がある」
全くわかっていない時雨に蝶子は腹が立った。
「一条殿、あなたは目立つんです」
「目立つ……?」
自分の容姿や立場に全く無頓着らしき青年は、蝶子に押し出される形でしぶしぶ歩き出した。
「今日は一体どんな用件なんです?」
蝶子は手短に話を済ませようとした。
だが、時雨はそういうつもりではないようだった。
「実は鬼が潜伏している場所に、今日押し入る予定だ」
「えっ……」
急な展開に蝶子は驚いた。
「本来は当然部外者を連れて行くことなどご法度だ。だが、君の話なら奴も聞くかもしれんと思ってのことだ」
蝶子はその言葉に疑問が浮かんだ。
「なぜ、私なんです?」
「奴はお前を助けたんだろう。だからだ」
蝶子は思わず呆気にとられた。
「助けたからって……それだけ?」
ああ、と時雨は短く返事をした。
「彼は、助けたのはただの気まぐれだと言ってたわ。そんな人が次も見逃してくれるとは思えない」
蝶子は時雨の考えを否定した。
しかし、時雨は何か確信めいたものがあるようだった。
「鬼は気まぐれで人間を助けたりしない。何か理由があるはずだ」
「理由……?」
しかし考えても蝶子に思い当たる節は何もなかった。
蝶子が考えあぐねていると、後ろからくつくつと笑い声が聞こえた。
はっとして振り向くと、そこには時雨とは別の警察官が立っていた。
先に声をかけたのは時雨の方だった。
「蛍。来てたのか」
「はい。実はさっきから見ていました」
慌てる蝶子と鈍い時雨。
そのやりとりがおかしくて仕方なかったらしい。
彼は左のこぶしで軽く口元を抑えていたが、笑いをこらえることができないといった様子だった。
明るい色の髪が肩を揺らす度にふわりと揺れる。
「えっと……こちらの方は?」
蝶子は戸惑いながら時雨に尋ねた。
「俺の部下の土屋蛍一郎。今日の計画の一員だ」
「そう…なんですか」
蝶子は蛍と呼ばれる青年をおそるおそる見上げた。
「よろしく、君が蝶子ちゃんだね。僕のことは蛍って呼んでくれていいよ」
彼の笑顔は女性のように優美で、美しかった。
でも、どことなく影を感じる人だと蝶子は思った。
「よろしくお願いします……蛍さん」
二人の挨拶が済んだところで時雨は口を開いた。
「立ち話もなんだし、場所を移動しよう。今日の計画を二人に伝える」