噂
翌日女学校に行くと、なぜか蝶子は学友達の視線を集めていた。
彼女はいつもと変わらないはずなのに、なぜだろう、と思った。
皆にやにやと蝶子を見てはひそひそと話している。
「ねえ、お松。一体どういうことなの」
痺れを切らした蝶子は友人の一人である松野とみに問いただした。
するとお松はやはりにやにやしながら返事をした。
「またまた。わかってるくせに」
「わからないから聞いてるのよ。私、何か変?」
むっとしながら食い下がる蝶子に、お松は口を開いた。
「昨日、皆見たのよ。あなたが若い警察官と逢引きしてるところをね」
「あ、逢引きですって!?」
その言葉に少女はやっと皆の態度を理解した。
「あんなの、全く逢引きなんかじゃないわ。その……ちょっと用事があっただけよ」
真実を話せない蝶子は言葉を濁しつつ、弁解した。
しかしそれがますます怪しさを増したことはいうまでもない。
「用事?用事って何かしら?」
お松はいじわるな笑みを浮かべながら逆に蝶子を問いただした。
「それは……言えないけど」
女子達はほらやっぱり、と言わんばかりにわっと盛り上がった。
「それにすごくすらっとして顔もなかなか美形だったわ」
「蝶子は面食いなのね」
少女たちはそれぞれに勝手なことを口にする。
「私、彼のこと知ってるわよ」
と一人の少女が得意げに話しだした。
一斉に皆がそちらを向く。
「家が近いってだけなのだけれど。あの方、一条財閥のお坊ちゃまよ。なぜ警察官なんてやっているのかはわからないわ」
それは蝶子も知らない事実だった。
「一条財閥って、あの有名な……」
そう蝶子が言いかけたとき担任が教室に入ってきて、その場はお開きになった。
蝶子は自分の席に戻ると、一人小さくため息をついた。
(一条殿とはそんなんじゃない。それは彼だって同じよ)
しかし自分たちにその気がなくても、周りはそのように見てくるということを蝶子は改めて実感した。
そのとき、隼人に送り迎えさせなくて本当によかった、と少女は思ったのだった。