婚約破棄から始まる国家滅亡
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↑本作、「婚約破棄から始まる国家滅亡」の続編です。
もしよろしければお読みくださいませ。
ざまぁを書いてみたくて挑戦してみました。
※7/31 タグをざまぁからざまぁ前日譚に変更しました。ご指摘ありがとうございました。
「どうしたものか……」
国王の顔は疲労の陰が濃い。
以前より悩みの種であった、やんちゃすぎる第一王子が王族の住まいより脱走した。それ自体はよくある話だ。
だが、今回は違った。その事を知った何者かが放った刺客が王子を襲ったのだ。刺客はたまたま近くにいた男爵夫妻が倒したのだが、その際、男爵夫妻は命を落とした。まだ幼い一人娘だけが一命をとりとめたが、王子を庇った際におった傷は一生残るそうだ。
幸いにも傷がついたのは顔ではなく身体だったものの、仮にも貴族の少女を傷物にして何も責任をとらないわけにはいかない。男爵夫妻の死に対する償いもある。
王子は男爵一家に庇われ、無事だった。それだけが国王の救いであった。
「王子にはいい薬になったと思うが、男爵令嬢には何か償わねば示しがつかん。何か、いい案はないか?」
「…………それでしたら、私が彼女を引き取りましょう」
国王が相談していたのは実の弟であり、公爵家当主としてよく仕えてくれている男性だった。
彼の提案に、国王はすがるような目を向ける。
「おぉ、そうか……。すまないな、お前にはいつも迷惑をかける」
「お気になさらず、兄上。甥っ子の命の恩人ですから構いませんよ」
苦笑する弟に、国王は罪悪感を覚えた。なにくれとなく仕えてくれている弟に、何か報いたい。しばらく唸った後、国王は妙案を思い付いた。
「そうだ、ではその少女と息子を結婚させよう。これなら命を救った礼として十分であるし、お前と王家との繋りもより深くなる。傷物になった少女など貰い手はつかぬだろうし、息子も命の恩人相手なら大人しくするだろう」
「……いいのですか?元々はただの男爵令嬢、王妃となるには不足かと」
「なに、公爵家のお前が後見となってくれるのだ。十分だろう。それにこういった話は民に受けがよい。美談として広めれば、反対する者もおるまいよ」
「……そうですね、それでは、私はその子を王妃として相応しいよう教育致しましょう」
「あぁ、よろしく頼むぞ」
そうして、男爵令嬢は公爵家に迎えられ、誰もが羨む王妃の座をも約束された。
その話は民にも広げられ、勇敢で、幸運をつかんだ少女の話は人気をはくした。
「アリル!貴様との婚約を破棄する!また、未来の王妃を貶めた罪により、貴様を国外追放にする!二度とその面見せるな!!」
貴族であれば必ず通う王立学園。その卒園パーティーの場での突然の暴挙であった。
今年卒園する生徒である、この国の第一王子が突然壇上に登ったかと思うと、高らかにそう宣言したのだ。
名指しされた公爵令嬢アリルは、静かな目で壇上を見上げた。
そこに立っているのは、彼女の婚約者である第一王子、その陰に隠れふるふると震えている可憐な令嬢、アリルの義理の兄、それと宰相と将軍の子息だった。
全員冷たい目でアリルを見詰めているが、アリルに動揺する様子はない。凛とそこに立っていた。
「ご意見申し上げてもよろしいでしょうか」
静かにアリルが発した言葉に、王子が眉をつり上げた。
「なんだ、言い訳なぞ聞きたくない!」
「言い訳ではありません、現状をお聞きしたく存じます」
アリルは内心静かに怒っていた。突然の婚約破棄、しかもひそかに告げられるのではなく公衆の面前だ。侮辱以外の何物でもない。救いは、あくまで内輪のパーティーなので生徒や教師しかいないことだろうか。
だが、だからといってはいそうですかと婚約破棄を受け入れる訳には行かない。彼らの口から今日の事はあっという間に広まるだろう。それは、アリルには耐えられない事だった。
『今日からここが君の家となる』
元々ただの男爵家令嬢であり、両親を亡くしたアリルを受け入れてくれた公爵家当主に、
『私の事はお母様と呼んでね』
戸惑うアリルに優しく頬笑み、そう言ってくれた公爵家夫人に、
『よろしく、可愛い妹が出来て嬉しいよ』
初めて会うアリルにウィンクし、頭を撫でてくれた義理の兄に、恥をかかす訳には行かないのだ。
「現状……?私がお前の罪を暴き、婚約破棄と国外追放を突き付けているだけだ。これさえ把握出来ないとは、思っていた以上に頭が悪かったようだな」
「……そちらの罪をお聞きしております。私には心当たりがございません」
「何を白々しい!もうすでにお前の罪は明白なのだぞ!証拠もある!!」
王子が目配せすると、宰相子息が一歩前に歩み出た。
アリルをぎっと睨んだ後、おもむろに書類を取り出した。
「それでは、こちらの子爵令嬢マリアベルに対する嫌がらせの数々、殿下の人前で罪を暴くのは気の毒だというお計らいを不敬にも公爵令嬢アリルが断ったため読ませていただきます」
どうやら気を使っていたつもりだったと知り、アリルはヘンな顔をしそうになるのを必死で堪えた。
公衆の面前で婚約破棄を申し込んでおきながら罪状だけ隠すなど、余計に憶測を呼び、あることないこと噂されるだけだろうに。
呆れ返ってるアリルを無視し、宰相子息が罪状を高らかに読みはじめた。
「殿下と親しくしていたマリアベルに嫉妬し、彼女の教科書を破く、無視する、陰口を叩く、水をかける等の幼稚な嫌がらせを繰り返し、マリアベルに精神的苦痛を味わわせました。
さらに、先週はマリアベルを階段から突き落としました。これは殺人未遂であり、マリアベルは幸い軽い怪我で済んだものの、下手をすれば亡くなっていました。これには今までは許してきた寛大な殿下も怒り、今回の婚約破棄となりました。こちらは犯行現場に落ちていた証拠です」
宰相子息が取り出したのは、シンプルな指輪だった。首から下げられるようチェーンがついている。
それを見たアリルの顔色が、さっと変わった。
「それは、私のお母様の形見……!!」
「そうだ!お前がマリアベルを突き落としたという証拠だぞ!!」
得意げな王子を無視し、アリルが一歩進み出、指輪を食い入るように見つめる。間違いなく、母の形見の指輪であった。
「それは無くしていたのです。返してください!」
「自分の物だと認めるのですね?」
「私の物です!ですが、子爵令嬢に対する嫌がらせはやっておりません!それは本当にいつのまにか無くしたのです!!」
「ふはははは!!!!正体を表したな!!」
必死になるアリルを、王子が嘲笑う。
王子は勝利を確信していた。大体、アリルは王子にとって気に入らない存在であった。
幼い日の過ち、そのせいで人の命がなくなっていたとしても、王子にその記憶は殆どない。
物心ついたときに感じたのは、無愛想で可愛いげの無い婚約者を疎む感情であった。
アリルは王子に対してにこりともせず、王子が何かをしていたら文句をつけてくる煙たい存在だった。しかも、彼女の両親が自分のせいで亡くなっているので、文句を言い返そうにも言い返せない。王子が嫌うには十分だった。
そして、その感情は年を取るごとにどんどん増していった。アリルは一応王妃教育を受けているからか勉強面ではそこまで悪くない。だが、貴族は有事の際先頭に立って戦うことが義務付けられているこの国では、魔術や剣といった武術も重要になってくる。アリルはその辺りがからっきしだった。顔もいつも仏頂面で王子の好みではない。
完璧な王妃になるならまだ考えてやってもよかったが、愛想もなく、武術も出来ないパッとしない王妃となることは目に見えていて、王子はどんどん疎ましく思うようになっていった。
そこで出会ったのが子爵令嬢であるマリアベルだ。
彼女は愛らしく、いつもにこにこ笑い、王子のやることになんでも感心してくれる、まさしく王子の理想通りの少女だった。成績も、アリルよりも断然いい。完璧だった。
そんな彼女と親しく過ごしていると、マリアベルは嫌がらせを受けるようになった。犯人の事は口をつぐんでいたが、アリルの事を口に出すとびくりと震えるので問い詰めたら恐る恐る告白してくれた。だが、王子と身のほど知らずに仲良くしていた自分が悪いのだと泣いて、その健気な姿にアリルの義理の兄である公爵家子息や宰相子息、将軍子息さえも彼女の味方となった。
マリアベルが階段から突き落とされた時は胆が冷えたが、それで証拠を手に入れられたため、磐石の状態でパーティーに挑む事が出来た。
アリルも指輪を自分の物だと認めた。後は婚約破棄して追い出し、マリアベルをめとればいいだけだ。
王子は完全に調子にのっていた。
「全く白々しい!マリアベルが階段から突き落とされた現場に落ちていた物だぞ!?お前が犯人という何よりの証拠だろうが!!」
「…………私はそれを、いつも肌身離さずつけておりました。外すのは武術の鍛練等の危ない時だけです。そして、武術の授業が終わった後、その指輪を置いておいた場所から無くなっていました。学園にも、紛失したということをお話ししております。誰かが盗って、犯行現場に置いたのでは?」
静かに話したアリルが、じっとマリアベルを見詰める。
マリアベルはびくりと震え、王子の服をそっと握る。そして、それに気付いた王子がさらに怒った。
「お前、言うに事欠いてマリアベルを犯人扱いとは!どこまで性根の腐った女なのだ!…………お前の両親も、お前のように嘘をついていたのではあるまいな」
「……どういう、ことでしょう」
「俺を襲ったという刺客は、お前の両親が雇ったのではないかと言っているのだ!俺や、父上に恩をきせるためにな!!ふん、それで死ぬとはお前に似て愚かな事だ」
アリルの脳内に鮮やかに当時の場面が甦る。俺を助けろ!と怒鳴ってきた生意気な子ども、そして、その子どもに襲いかかる黒ずくめの男達を倒す父と母の姿。
父は剣の名手で、母は魔術の名手だった。息の合った二人は苦戦しつつも確実に刺客を倒していて、アリルはそれを隠れながら息をのんで見詰めていた。
問題はなかった。時間はかかるが、倒せたはずだったのだ。
だが、二人に庇われている王子はそんなことわからなかった。今まで甘やかされて育ってきた王子は、初めて見る戦闘に恐怖し、逃げ出したのだ。
そこを刺客の一人が追いかけてきて、咄嗟に飛び出し、庇ったアリルは背中を切られた。すぐに母がその刺客を倒したものの、ギリギリのバランスが崩れた。集中して攻撃を受けた父は傷だらけになりながら一人でも多くの敵を倒そうと立ち向かった。
父が倒れた後、母は魔力が途切れ、血をはこうとも魔術を使い続け、最後の刺客と刺し違えた。
アリルが最後に覚えているのは、ようやく駆け付けた大人に泣きながら保護される子どもと、背中の燃えるような痛みだ。
それをこの王子は、なんと言った?
怒りで言葉もなく震えるアリルを軽蔑した目で見ながら、義理の兄が口を開いた。
「…………そういうことか。残念だよ、アリル。お父様にはこの事は伝えさせてもらおう。そして、今、この場で宣言する。君と公爵家は縁を切る。君はもう公爵家とは無関係な存在だ。罪人として潔く罰を受けるがいい」
「……ふふっうふふふふ」
「……何がおかしい」
アリルは怒りを通り越して笑いが込み上げてきた。
『王妃となるのに、この成績はなんだ。もっと勉強しろ』
迎え入れるだけで、アリルとは関わろうともしなかったくせに成績にだけ文句をつける公爵家当主。
『お母様……』
『セバス、お茶の用意をお願い。そこのは部屋に入れておいて』
外では悲劇の少女として注目を集めるアリルをアクセサリーとして扱うくせに家の中では存在を無いものとする公爵夫人。
『ほとんど平民の娘が妹なんて冗談じゃないね。まぁ、結婚相手よりマシか。従兄弟殿には同情するよ』
友達とアリルの事をけなし、笑っていた義理の兄。
家族になれればと思い、必死に努力してきた事すべてが無駄だった。
アリルの事を欠片も信じず話すらほとんど聞かず、子爵令嬢の言うことだけを聞く義理の兄の姿は滑稽だし、何より笑えるのはさほどショックを受けていないアリル自身だ。
両親が命を捧げた男と国だから尽くしてきただけだった。アリル自身、公爵家のことも、王子のことも、大事だと思い込もうとしていただけだったのだ。
それを証拠に、あちらから切り捨てられても何も感じない。清々する位だった。
そうと決まれば、行動は決まっている。
「お受けいたしますわ。婚約破棄も、縁切りも。私からお願いしたいくらいです。両親の形見さえいただければ、すぐにでもこんな国去りますわ」
「……貴様を信じられると思うか」
「信じられないならご自由に見届け人でもなんでもつけてくださいな」
「お前はマリアベルにまだ何かするかもしれん。よって拘束して、国外に放り出す」
将軍子息が壇上を降り、アリルのところへ向かってきた。確かに、あの中では一番強いだろう。
ギロリと睨む目からは怒りが伝わってくる。たとえ抵抗したアリルが怪我をしようが気にしないだろう。乱暴に手が伸ばされ、掴まれそうになった時、アリルはひらりと避けた。
「なっ!?」
将軍子息が反応する前に、避けられ不安的な態勢になっている将軍将軍の足を蹴る。バランスを崩した将軍子息の背中に流れるような動きで向かい、腕をとって押し倒し、そのまま上に乗る。
一連の動作は実にスムーズで、会場の大多数が何が起こったかわからずポカンとしていた。
将軍子息の腕をねじり、アリルがニコリと笑った。
「実力行使されるのでしたら、私もさせていただきます」
「……っ!!『紅く燃える火に住まうものよ、我そなたとの古の契約により』」「『火よ』」
「うぎゃあ!?」
宰相子息が咄嗟に唱え始めた詠唱を、小さな火の玉を生み出し髪につけるだけで止める。宰相子息はあわてて火を消そうともがいていた。
アリルのその一連の動きは、今まで武術が苦手だったとは思えないものだった。
「な、貴様、弱かったのでは!?」
「……武術の成績が悪かっただけでしょう」
呆れたように呟いたアリルを、不審そうな目で見る王子達。
例えば、ルールに則り、剣や体術のみで戦う武術。例えば、いかに難易度が高いものを使えるかを競う魔術。どちらもアリルにとっては難しく、成績も悪かった。それをよく王子や公爵家当主になじられていたが、そんなもの役に立たないと考えるアリルはそれを無視していた。
正々堂々、急所をさける事を義務づけ、目潰しなどの卑怯とされる手を禁止された武術など、戦場において意味はないし、長々とした詠唱を必要とする高等魔術など、唱えている間に妨害され中断されるか倒される。
『お綺麗な武術を使うやつはカモだ。足技目潰し、なんにも対応出来ないしそもそも動けないからな』
『高等魔術ねぇ……。そんなものを覚えている暇があれば、いかに詠唱を短くするか練習なさい。詠唱する時間はもらえないものよ』
今では顔さえ朧気な両親の記憶。
覚えている教えもそれだけだったから、アリルは忠実にそれを守り、鍛練していた。だから、ルールのある武術では上手く動けず、ギリギリ実用的と呼べる範囲の魔術しか覚えなかった魔術も評価は低かった。
アリルは静かに周囲を観察する。
面白い見世物を見るように楽しんでいた上位貴族達は残らず距離をとり、目には怯えが見える。アリル程度ならどうとでもなると考えていたのか、兵士の姿はなく、武術や魔術の教師は敵ではない。
そして、下位貴族と呼ばれる者達は、全員静かに行方を見届けていた。
「王子」
周りに敵となる存在がないことを確認し、静かに王子に声をかける。びくりと体を震わせた王子達は先程までの尊大な態度を忘れたように情けなく怯えを露にしており、アリルは改めて軽蔑の念を覚えた。
「婚約破棄も縁切りも国外追放も受け入れますが、私は自分の足で出ていきます。見届け人は受け入れますが、拘束するというのなら全身全霊をもって抵抗いたします」
この場でなら、貴方達位であれば殺せますよ?
ひっそりと笑って告げられたアリルの言葉ははったりとは思えない。それほど、彼女の瞳には殺気が溢れていた。
王子は混乱していた。どうとでもなると思っていたアリルの足元では、将軍子息が真っ赤な顔をして倒れている。先程暴れようとしたのだが、冷静に腕をひねったアリルに悲鳴をあげ、それからはピクリとも動かない。今も腕に痛みがあるのか目尻には涙が浮かんでいた。
この中では間違いなく一番強かった将軍子息はたやすく捕らえられ、宰相子息も髪に火をつけられた恐怖でへたりこんでいる。他の貴族達も荒事を経験した事はなく、皆恐怖に身を寄せあっていた。
「……王子、全部受け入れると言っているのです、ここは彼女の提案をのみましょう」
緊迫した空気を破ったのは、今まで黙っていた子爵令嬢マリアベルだ。
震えながらも王子に提案した彼女に、王子は目に見えてほっとした。落とし所が見つかったからだ。
「そうだな……マリアベルが言うなら、そうしようか」
「ありがとうございます、王子。それではアリル様、こちらの形見をお返し致します。こちらを持って、どうぞお行きください。王子、見届け人はどういたしましょう」
「あぁ……国外追放を受け入れると言ったのに逃げるなんて、そんな恥さらしな真似をするまで落ちてはないと信じてやろう。さっさと消えるがいい、アリル」
宰相子息から指輪を受け取ったマリアベルが、壇上を降りアリルの元へ向かう。
震え、怯えながら進む彼女に変わろうとするものは誰もいなかった。
ちらりと足元の将軍子息の様子を見、完全に戦意を失っているのを確認して降りる。そうして凛と立つアリルの元へやってきたマリアベルを、アリルは静かに観察した。怯えた表情でもとても愛らしい少女だった。
「……少し、かがんでくださいませ。お付け致します」
「……ありがとうございます」
素直に頭を下げたアリルに、マリアベルが指輪のチェーンをかけた。二人の距離がほとんどなくなった瞬間、マリアベルがそっと囁いた。
「北へ、お行きください。東には近づきませぬよう」
ちらりとアリルはマリアベルを見る。相変わらず怯えた表情だったが、その瞳は。
周りは沈黙を保っている。マリアベルの囁きを聞いたのはアリル一人のようだった。
「…………終わりましたわ」
「ありがとうございます」
しっかりと目を合わせ、お礼を言ったアリルに、マリアベルが微かに微笑んだ。
壇上に戻るマリアベルを無視し、アリルは王子を見た。露骨に動揺する王子にもうなんの思いもわかない。
「王子、それでは私は、南へ向かおうかと思います。これより公爵家に向かい、私物を持った後すぐにたちます。二度とお会いする事はないでしょうが、お元気で」
「……ふん、消えろ」
礼をした後、アリルはさっさとパーティー会場を後にする。
そんなアリルを見る視線は、大半が恐怖をはらんだものだったが、一部は真剣なものだった。
この国では貴族が有事の際、先頭に立って戦うことが義務付けられている。
だが、実際に戦うのは主に下級貴族だ。上級貴族は安全な後方でふんぞり返っているだけ。領地も下級貴族は国境線近くの危険な場所を任されている。
そもそも、下級貴族達は元々は傭兵上がりだったり冒険者だったり、自分の腕だけで渡り歩いてきたものが召し抱えられたのが大半である。
彼らは家族に安全な生活を、子孫に苦労させないことを条件に貴族としてこの国を守っている。
例えば、王子を守り命を落とした男爵夫妻が居たとする。そして、その一人娘に対する償いとして、なに不自由ない生活と王子との婚約を用意したとする。
そして、それを一方的に破棄し、一人娘を外国へ放り出したとする。
それを見た下級貴族は何を思うだろうか。
もし自分が死んだとして、同じように家族も追放されるのでは?王国のために働いたとして利用され、捨てられるだけでは?
会場には下級貴族の子弟も沢山いた。彼らは、冷静な目でアリルと王子達とのやり取りを見守っていた。彼ら彼女らは親にこの事を伝えるだろう。
家族のために貴族になった者達は国への忠誠心などない。そうなったら、どうなるだろうか。
上級貴族達に戦闘経験はほとんどないし、身に付けているのも実戦を想定していない武術だ。
実際に戦ってきた下級貴族が、国を見放したら?
「……東は確かあの子爵令嬢の領地がありましたね」
そして、王国を虎視眈々と狙う大国があったはずだ。
もし彼女の家が王国を裏切っていて、火種をまくために王子に近付いたのだとしたら。
「……考えすぎ、ということにしておこうかしら」
そこで思考を打ち切り、アリルは公爵家へ向かう。
両親の形見さえとったら、北へ向かおう。子爵令嬢の瞳は覚悟を決めたものの目だった。
これから、この国はきっと荒れる。早々に去るに限る。
「……さて、北ではなにをしようかしら」
一流の冒険者だった両親の形見の装備は一級品だ。
戦闘技術も、両親には劣るだろうがなんとかなるだろう。
アリルはこれから始まる新たな生活に、期待に胸を膨らませた。
殿下は敬称、王子は敬意のないただの呼び方として使っています。
アリルと、マリアベルは王子と呼んでいますね。