金色の悲しみ ―レオ―
参った。
あれはもうアシュリーじゃない。
神そのものじゃないか。
あの場に現れたときはまだ、アシュリーだった。
アシュリーだと思ったし、アシュリーならどうにかできると思っていたんだ。
魔術が使えないとか言っていたこともあるし、そんな大した力なんて感じなかったから……
だけど、駄目だ。
あれは神だ。
あのままロールを暴走させたところで勝ち目なんかない。
もっと、冷静になれ!
「アラン! 本当に体はなんともありませんの?」
ヴィクトリアの心配を余所にアランは随分とあっさりしてるな。
体に鱗が生えてきたら普通取り乱さないか?
「ヴィー、本当に大丈夫だ。ほら、もうあの鱗はないだろう?」
裂けた服の合間から覗く肌は人のものに変わっている。
ヴィクトリアが心配するようなことはなにもないからアランはいいんだが、問題はロールだ。
魔王達がロールを押さえようと必死になっているが一向に治まる気配はない。
マリアはロールにとって大事な人間だったんだろう?
俺だって……記憶がない間マリアには本当に世話になった。
アシュリーだってマリアには世話になっていたはずなのに……
神に覚醒してしまえばそれまでのことはどうでもいいのか?
神とは本当に……
アシュリーに戻ることはないとわかっていても、アシュリーに戻ってほしいと願ってしまう。
アシュリーは父親思いのいい奴だった。
それが、神だなんて……
たくっ……
「ロール! 煩い!」
ロールに向かって黒い焔を投げつける。
金色の光に阻まれ焔は霧散した。
ロールの怒りも悲しみも理解はしている。
何度も何度も何度も神に奪われてきたんだ。
俺だってもう負けたくない。
シラユキだってそのつもりで……
ロールの輝きが向かってくる。
黒い焔で弾き返すと、ロールは泣き崩れていた。
ほら、お前の子供達が戸惑っているじゃないか。
泣いたってどうしようも出来ないんだ。
お前がそんなに泣いていたら子供達が泣けないだろう?
あの二人だってマリアを思っているんだ。
それに、アシュリーのことだって、この世界の本当の姿を垣間見たんだ。
泣いていないで寄り添ってやるべきじゃないのか?
「マリアは無事かな? 生きてるよな?」
それは俺も信じたい。
「だから突き放したのに。こうなるんだったら早くこっちに連れて来ればよかった……」
マリアがいたからお前の子供達は……
「無条件で、なんのしがらみもなく、俺を慕ってくれたんだ」
ロールが俺にすがり付く。
「幾度手放してもマリアは俺の所に戻ってきた」
ロールの髪を撫でる。
「レオ、俺は……もう嫌だ……」
踏み鳴らすような足音に顔を上げたときには、ロールは俺から引き剥がされ、殴られていた。
なんだ? この男はなんなんだよ?
ロールを……てか、泣くやつをいきなり殴るとかどういう神経してんだ?
いや、そんなことはどうでもいい。
よくはないんだけど……今、この衝撃を忘れさせるくらいこの男から目が離せない。
言葉にならないんだ。
なにに例えたらいいんだ?
俺の黒よりも黒い滑らかな髪は下手な美女よりも美しい。
歳は重ねているとわかるんだが、その肌はまだまだ若々しく、人形よりも人形らしい端正な造形。
駄目だ。言葉にすればするほど、陳腐になる。
「ルシファーから聞きました。わざわざクリスが行ったにも関わらず、マリアを……」
この男もマリアの知り合いなのか。
あれ? ロールって人間の間、王様やってたんじゃなかったか?
この男は臣下とかじゃないの?
え? 殴るって……
「なあ、まだ死んだって訳じゃないんだ。あの神だ。手駒のひとつとして生かしている可能性があるだろう?」
自分で話してなんだが、それは希望でしかない。
生きててくれと願うしかないんだ。
「わたくしはまだ、アシュリーが神だと信じられません」
目の当たりにした双子もまだ信じきれていないようだし。
俺だって、記憶が戻らなければ信じられなかっただろうな。
それだけアシュリーはいい奴だったし、神の気配なんてなかったんだ。
「……レオ、シラユキは? 俺はシラユキの召喚も命じたんだ」
ロールは泣き腫らした顔を、殴られた顔を冷やすように、空から水を出し顔に浴びはじめる。
俺の混乱気味のこの頭もそれで冷やしてはくれないか。
「シラユキは……」
「シラユキは俺の力を解放して消えた」
言いずらかった俺の代わりにアランが答えた。
その青い目は本当に父親のロールにそっくりだ。
そのロールは顔がくしゃくしゃに崩れていく。
「レオ……シラユキに会いたかった」
俺だって会わせたかった。
シラユキを止めはしたんだ。
俺とシラユキが持つ力はこの世界を守るためのものだから、進化させるために力を使えばどうなるかなんてわかっていたんだ。
それでも、シラユキは選んだ。
神に勝つためのは必要だとシラユキは選んだ。
ロールは巨大な水の塊を作りだし、その中に入った。
本当に泣きたいとき、一人になりたいときにロールはよくこの水の塊に入っていたな。
ここに入るとなかなか出てこないんだ。
ロールは相変わらずロールだ。
泣きたいのはロールだけじゃないっていうのに。