なにを信じてたらいい―ヴィクトリア―
なんですの? もうなにがどうなってますの?
アシュリーが神? レオはなにを言っていますの。
わたくしたち双子の竜化とか、神が侵略者だとか話がついていけないばかりか、アシュリーが神だなんて。
なにを信じてたらいいですの?
シラユキが消えて、レオが涙を見せ……
この眩しい光の中から金色の魔王が出てくるんですもの。
わたくし……なにがなんだかわかりませんわ。
アランは今どのような状況かわかっていますの?
不安に押し潰されそうな気持ちを落ち着けたくてアランの腕にすがります。
アランの青い目に戸惑いが見えますわ。
この状況わたくしたちは混乱するばかりです。
「だからすぐに戻って来いと言ったんだ」
金色の魔王……お父様の声に魔王は怯むように膝をつきます。
この威厳はかつてのレイディエスト王のものですわ。
変わらないのですね。
わたくしの初恋の相手はお父様ですもの。
アランではとてもじゃありませんが敵いませんわ。
お母様とお父様のような仲睦まじい夫婦になることに憧れておりました。
今もそれは変わりません。
アシュリーがお父様に剣を突くも、金色の輝きに阻止され弾き飛ばされます。
転がっていくアシュリーに目を向けることもなく、こちらに向き直り歩くお父様の姿はこの世の栄華を極めるが如く堂々となさっております。
なぎ倒された椅子など、ここが寂れた教会であろうと関係ありませんわ。
だってそこを歩くのは金色です。
わたくしたちの前に立つ金色の魔王は……お父様は屈託のない笑顔を向けてくださいます。
幼い頃仕事の忙しい合間を見つけて遊んでくださった時と同じです。
金色の髪は曇ることなくキラキラと輝き、青い目はいつも楽しそうに笑って……
「ロール……」
レオに向ける視線は優しく、視線だけでレオをとどめ
「アラン。ヴィクトリア」
わたくしたちの頭を慈しむように抱き締めます。
言葉などいりません。
だってわたくしたちのお父様はこの人ただ一人ですもの。
ほら、アランなんかむせび泣きます。
アランが先に泣いたらわたくし……泣けないじゃないですか。
強がりはアランの役目ですのに。
「あははハハッ」
アシュリーの笑い声が響きます。
なぜ、今笑いますの?
「感動の親子の再開。あははッ」
剣をくるくると振り回して……あれはアシュリーですのよね?
なにかが違いますわ。
だってアシュリーはあんな卑下た笑い方をするような子じゃありませんでしたわ。
「僕の母さんは金色の魔王の生け贄に死んだ」
一歩前に出ます。
「僕の父さんは魔族の襲撃に殺された」
ルシファーの炎弾を簡単に弾き返します。
弾いたそれが一緒に来た騎士に当たろうとも気にする素振りもありません。
「アシュリーの恨みをぶつける相手は金色の魔王で間違いないだろう!」
え……?
アシュリーの手から放たれたものは、稲妻を含む嵐の塊、でしょうか?
アシュリーが魔術を放ったんです。
どうして……?
いつから使えるようになったんでしょう。
だって、ずっと使える素振りなんてありませんでしたわ!
アシュリーの放ったそれは真っ直ぐにお父様に向かいます。
アランがわたくしを守るように弾き、お父様を庇いアランがその魔術を受けます。
「アラン!」
なんて無茶をするのでしょう。
アランへの心配はどんなに心配をしても追い付きません。
「なにをしてるんだ! 俺なら……」
アランの怪我を確認しようとすると、左の肩から背中に広がるよに金色の鱗で被われています。
「アラン……これは大丈夫ですの?」
心配ですわ。
どこも痛そうにはしておりませんが、後から症状があらわれることもあるでしょう?
大体この鱗はなんですの。
レオがアランの左腕をとります。
「竜化したのか。これで……」
「レオ! アランは大丈夫ですの!?」
レオに掴みかかるもなんて涼しい顔をしているのでしょう。
わたくしの心配などどうでもいいようですわ。
「大丈夫だ。竜の力が具現化したに過ぎない」
わたくしを落ち着けようと頭を撫でてくださいます。
「ヴィー、大丈夫みたいだ。本当になんともない」
アランもわたくしの心配をよそにあっけらかんとしております。
「王子様が竜? 凄い!!」
アシュリーから飛んでくる魔術をベルゼブブとルシファーでは阻止しきれず、衝撃がまいります。
わたくしはアランの腕に庇われ、レオがお父様を守ります。
「王子様……アランとヴィクトリアは金色の魔王に下った! 目の前に金色の魔王がいる今がその時!」
あんなに堂々と声をあげてアシュリーはなにをする気ですか?
「動揺している暇などない! 神の加護は我らにある」
アシュリーの鼓舞に騎士達は構え直します。
マリアだけが動揺を隠すこともなく佇んでおります。
「待って、アシュリー話を……」
アシュリーから魔術が飛んで来ます。
話も聞いてはもらえないのですか?
わたくしの知っているアシュリーは……
目の前で弾ける魔術の衝撃に飛ばされ、お父様がわたくしを受け止めます。
「神は人の話など聞かない」
お父様はポツリといいますけど、アシュリーはそんな子じゃありませんわ。
まず、アシュリーが神だなんてこと信じられませんわ。
レオの話に出てくるよな……アシュリーは人思いのいい子ですわ。
そんな……
「アシュリーと戦えるはずがありませんわ!」
「アシュリーをこの戦いに巻き込んだのは俺たちなんだ」
アランもわたくしと同じでアシュリーと戦う意思はありませんのね。
お父様は小さく息を吐き、天を仰ぎます。
「アリス、お前の子だからと処分できなかったばかりに……」
どうしてそんなに哀しそうにしているのですか?
お父様はアリスの事を大事に思っていたんですね?
アシュリーから飛んできた魔術をお父様が弾き、そのままアシュリーに戻っていきます。
!?
アシュリーが自身の身を守る為に用いたのは……
どうして……?
え……
なんで……
目の前の事が信じられませんわ。
言葉にできません……
「うわあああぁぁぁ!!」
お父様が金色に輝きだします。
そのお顔は怒りに満ち溢れ、青い目は嵐のような激情を露にしております。
こちらまで憎しみに、怒りに、悲しみに支配されてしまいそうなお声です。
「ロール!」
お父様の体をレオが押さえます。
「ベルゼブブ! 離脱だ!」
レオの切迫した声にわたくしたちは闇に包まれました。