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召喚 ―ヴィクトリア―

 レオが還ってから静かに日が過ぎます。

 極力レイラ様に会わないようにしていたこともありますけどね。

 今日だってレイラ様から逃げるようにアランと二人で街外れにある教会に来ているんですもの。

 祈りがなんの役に立つのでしょうね。


 レオは神に会ったことがあるのかしら?

 天使に会ったことがないと申しておりましたけど、いつものなにも知らない振りだと思いますの。

 ベルフェゴールと一緒には会わなかったってことかもしれませんしね。

 神なんて懐疑的なものをわたくしは信じておりませんでした。

 でも、『黒焔の獅子』であるレオを召喚してからは違いますわ。

 実在はすると、もしくは実在していたと思うようになりましたの。

 だって『黒焔の獅子』の方が神様よりもずっとお伽噺の存在ですもの。

 天使なんかはほんの百年程前まで何度も目撃されておりますし、歴史書には数十年に一度の割合で記されていたんです。


 それでもわたくしは神を信じることが出来ませでしたわ。

 子供の頃はさすがに疑うなんてこと知りませんでしたから、どこかでわたくしたちのことを見守ってくださっているのだと思っておりました。

 自覚のない幸福の中、幸せは大人になれば神様が授けてくださると信じてましたもの。

 今思うと、とても恥ずかしいですわ。


 国が、お父様があんなことにならなければわたくしは喜んで聖女になったんじゃないかしら。

 金色の魔王さえいなければ盲目的に神様を信じていたのでしょう。


 ――神はわたくしたちになにをしてくれたのでしょうか?

 お父様を奪い、わたくしたち双子を……アランを貶めて、どんなに祈っても助けてはくれませんでしたわ。

 神はどんな恨みがあってわたくしたちからお父様を奪ったんですの?



「これはちょうどよかった」


 この声…… 聞きたくありませんわ。

 何度耳にしても嫌悪感しかありません。

 後ろから聞こえてくる音に振り向くことも嫌です。

 関わりたくありませんわ。


 それでもアランは振り向き様に炎を向けます。


「なにをしに……!?」


 暴食の魔王ベルゼブブと傲慢の魔王ルシファーが並んでおります。

 なぜここに2体の魔王が?

 わたくしが考えたところで思い付きもしませんが、同時に現れるなど稀なことです。


 アランの炎などなにもなかったようにベルゼブブとルシファーは膝を折ります。

 いつもの余裕のある表情はどこへいったのか、いつになく真面目な顔をしております。

 この様子、いつものようにわたくしたちを金色の魔王へ下れと言うのでしょう。

 幾度言われようとわたくしたちが金色の魔王の元に行く訳がありませんのに、ご苦労なことです。


「さあ、参りましょう」


 なんの説明もなく、いつものような誘い文句もなく連れていこうとするのですね。

 ……なんでしょう、いつもと様子が違うように感じます。

 アランも怪訝な表情を浮かべておりますわ。


「何度来ようと行くわけがないだろう。俺たちは……」


「もう、遊んでいる暇はありません」


 なにを言って……わたくしたちは遊んでなどおりませんわ。


「あの者に気づかれる前に行きますよ」


 なにを警戒しているのでしょう?

 そわそわと焦っているようにも感じます。


「俺たちはお前らを倒すために、どれだけ金色の魔王に苦しめられたと思っているんだ」


 剣を抜くアランにベルゼブブは盛大にため息を吐きます。

 ベルゼブブに呆れられる覚えなどありませんわ。


「親の心子知らずとはよく言ったものだ」


 誰が親だというのですか。

 お父様だって……わたくしたちになにかをしてくれた訳ではありません。

 寧ろ、迷惑を掛けられた方ですわ。


「俺たちがお前らに従う理由はない!」


 アランが踏み込みます。

 炎を打ち込み、炎が爆ぜると同時に斬りつけ……ルシファーはアランの攻撃を避けることもなくそのまま剣を掴みます。

 剣を掴まれたアランは炎をルシファーに向け、拘束から逃れます。


「遊んでいる暇はないと申したでしょう」


 いつになくルシファーの声は冷えきっております。

 なにがあったのでしょう?


「ベルフェゴールから話を聞いているんじゃないんですか?」


 話……ですか?


「教典の要約でしたらしておりましたが……」


 二人は息を合わせたようにため息を溢します。

 なんでしょう? 呆れるというか諦めといった様子です。


「この世界は我が王そのものなのですよ。いつまでもお二人を遊ばせている訳にもいかなくなったんです」


 意味がわかりませんわ。

 お父様がこの世界? どんな世迷い言なのでしょう。


「その訳のわからないことだったら聞いた。だからといって俺たちがお前達に従う理由にはならない!」


 アランは構え直します。


「なんと物分かりの悪い……」


 ルシファーが黒い炎をこちらに向けます。

 氷を慌てて生成しますが、間に合いません。

 少し離れたとこにいるアランが慌てて駆け寄ってくる姿が見えます。

 避けようにも目の前に迫る炎に体を強ばらせるしか

ありません。

 黒い炎は虚空に呑み込まれ消えました。


 わたくしを守るように目の前にベルゼブブが立ち塞がっておりました。

 助かりましたが、この魔王達はなにをしたいのでしょうか?

 わたくしたちを金色の魔王の前に連れて行きたいのか、倒したいのかよくわかりませんわ。

 アランの斬り込みもベルゼブブは虚空に紛れ難なく避けます。


「姫に怪我をさせる気か?」


 ルシファーに向ける視線のなんと冷たいことでしょうか。

 ルシファーは肩を竦め


「過保護にも程がある」


 アランがわたくしを守るように前に出ます。

 わたくしはアランに守られるだけの存在じゃありませんのよ。

 アランの目配せにわたくしは白の書を出します。

 レオを呼び出し、魔王を……


「あ……!?」


 ベルゼブブに白の書を奪われました。

 抗うことなど出来ませんでした。

 わたくしが白の書を取り出すことを待っていたのでしょうか。

 鮮やかというにはあっと言う間に、この手から白の書は奪われておりました。


「二人が頼りにする『黒焔の獅子』はこの世界の守護者だ。『白の魔女』と共にこの世界を、我が王を守護する者ですよ」


 それって……レオは金色の魔王の配下のものだといいますの?


「アラン……」


 アランの腕にすがるとアランも体が震えております。

 いつも強がっているアランまで……

 この想い……なんと言葉にしたらいいのでしょう。

 だって……だって、だって、レオはいつもわたくしたちに寄り添ってくださいましたわ。

 なにも語らなかったのは、 金色の魔王の配下だから?

 レオは、レオはどういうつもりでわたくしたちの呼び掛けに応じていたんですの?


 その白の書はレオにとっても大事なものと言ってましたの。

 ベルゼブブの汚い手で触れていいのもではありませんわ。

 興味などないのでしょう?

 そんな雑に扱わないで……


「それを返せ! それは俺たちのものだ!」


 アランが白の書を取り戻そうとベルゼブブに向かうも、鼻の先であしらうがごとき簡単に避けられ、首に手刀を受けます。

 倒れ込むアランを脇に抱え、ベルゼブブがアランの首に――


 ダメ……ダメ。ダメ……

 氷よ、なんでしたっけ? えーと……あ! 弓をつがえて……駄目、やめて……


 間に合わない―― 


「止めて!」


 ベルゼブブはこちらを一瞥するとアランの首に爪を立てます。


「いやややぁぁぁ!!!」


 アランの首から滴る血液を白の書に吸わせます。

 なにをしているのでしょうか。

 この目の前で起こっていることがなんであるのか理解が追い付きません。


 息が……息が苦しい。

 どんなに吸い込んでも、吸い込んでも、吸い込んでも体の中を廻りません。

 溢れる涙さえ邪魔で……頭を抱えていなくては自分を保つことが儘ならなくて、このまま自我を捨て去りたい。


 ベルゼブブが首の傷を白の書を持つ手の甲で撫でるとなにもなかった用に消えゆきます。

 アランの前髪を引き上げ顔を確認するとそのままそこにアランを落とし、寝かせます。


 生きて……生きていますのよね……?


「我が呼ぶ名は『黒焔の獅子』――レオ――」


 目の前で小さな黒い焔が集まり大きくなり、収束していき爆ぜると、黒い焔の鬣を誇る立派な獅子が現れます。


 どうして……?


 咆哮をあげた獅子はその姿を揺らめかせ人の姿に、いつもと同じレオが現れました。


 なぜ、レオはベルゼブブの呼び掛けに応えましたの?


「ヴィクトリアさん!?」


 レオは駆け寄り、わたくしを支えてくださいます。

 わたくしのことなどいいのです。


「わたくしよりも、アランが……」


 レオはわたくしの視線の先にあるアランの姿に気がついたのでしょう。

 レオの息を飲む音が聞こえました。

 アランの首元は血に染まり、倒れております。


「ア……アランさん?」


 黙っていたルシファーがアランを抱えます。


 もう……やめて


「王子でしたら無事ですよ。レオ様を呼ぶのに血を借りただけですから」


 ルシファーは首だけをベルゼブブに向け


「何も説明しないから姫君が心配されているじゃないか」


 ベルゼブブはなにも言わず近づいてきます。

 レオがわたくしを守るように背に庇います。

 ベルゼブブが目の前で膝をつき、へたり込むわたくしに視線を合わせます。


「姫の血もお借りしたい。『白の魔女』もお呼びしなくてはいけない」


 『白の魔女』? アランが無事ならなんでもいいですわ。

 もう、アランに手を出さないでください。


 剣を抜き首に当て…… 


「なにをしてるんですか!?」


 レオのその必死な顔はなんですの?

 剣から手を離してください。

 それでは剣を引けませんの。

 わたくしの血が必要だと……レオの血じゃありませんのよ。

 ほら、そんなとこを掴めば怪我をしますわ。

 ああ、『黒焔の獅子』も同じ赤い血が流れているのですね。


「姫。あなたの命じゃなく、血を借りたいと申したのですよ」


 ベルゼブブのその慌てた顔は見ものですわ。

 血をと言うから剣を手にしただけですの。

 わたくし、なにかおかしかったかしら?


 レオはわたくしから剣を奪い、労るような笑顔をわたくしに向けてくださいます。

 その笑顔に心が落ち着きます。


「あぁぁぁ……痛ぅっ!?」


 ベルゼブブがわたくしの手を白の書に乗せ爪を突き立てたのです。

 アランの血を吸ったとは思えない真っ白な装丁がわたくしの血に染まってまいります。


「なにをするんだ!?」


 レオから黒い焔が滲み出ます。

 ベルゼブブはなに一つ慌てることがなく、冷静な視線を向け


「姫の血を借りるだけ。レオ様も『白の魔女』にお会いしたいでしょう」


 ベルゼブブの爪が抜かれると、黒い焔が手を包み込みます。

 わたくしはこのままレオに焼かれるのでしょうか。

 痛みに悶えることも……


 痛み? 

 痛くありません。

 黒い焔に包まれた手は焔の暖かさに包まれ、血が止まり、傷はどこにあったのかと黒い焔と一緒に消えておりました。

 レオのこの黒い焔は癒しの力もあるのですね。

 何度かその光景は見ておりましたが、目の当たりにするまで信じられませんでしたわ。


「穢れを知らぬ汝は『白の魔女』――シラユキ――」


 白の書が空に浮き上がり、真っ白な輝きを放ち白い花びらがそこから溢れるように舞い、雪の結晶が散ります。


 なにが起こっているのでしょうか?


 花びらと雪の結晶が一つに集まり人の姿を現しました。


 レオよりは明るいのでしょうか? 黒く長い真っ直ぐな髪をなびかせております。


「雪村さん?」


 レオが驚くことなのでしょうか?

 この方が『白の魔女』でしたら昔馴染みでしょうに。


 『白の魔女』は静かに目を開けます。



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