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神の妄想 ―レオ―

 双子に連れられるまま行くと、アランさんが足を止めた。


 危なっ……


 危うくぶつかるとこじゃないか。

 こんな小さなことで文句は言わないけど、後ろにいるんだ、気をつけて欲しいよ。

 抱えていた本をヴィクトリアさんに預け……

 背中を壁に打ち息が詰まる。

 俺の胸ぐらに掴みかかって……

 急になにをするんだ!?


「レオはなにを知っているんだ? いつもいつもなにも知らない振りをしやがって!」


 青い目が俺を射ぬくようだ。

 アランさんはなにを言っているんだ?

 知らない振り?

 まず俺がなにを知っているっていうんだ。


「さっきの金色の天使の話、お前はなにを知っているんだ?」


「苦し……」 


 アランさんは力が強いんだ。

 こんなもやしのような俺を締め上げるのは止めてくれ……息が詰まる……

 力を緩めて、いや離して欲しくてアランさんの手に触れるも、力が増す。

 金色の天使? 金色の魔王じゃなくて?

 うっ……苦し……い……

 頭がボーッとして、すがるような思いで手を……


「アラン!!」


 ヴィクトリアさんの声に息が通る。

 離された手に体の力が抜けしゃがみこんだ。

 吐き出す息と入り込む息が押し合い咳き込み、見上げたアランさんの青い目には……


「レオ、大丈夫ですか?」


 ヴィクトリアさんが本を放りだし、心配そうに背中を擦ってくれる。

 覗き込まれる青い目があいつを思い出させ……

 アランさんとヴィクトリアさんの青い目が重なり……頭の奥がちりちり痛みだす。


「大丈夫……」


 こめかみを押さえつつ立ち上がり


「俺はなにも知らない」


 アランさんの青い目が怒りに滲む。

 今にも殴り掛かってこようとする拳を


「今はなにもわからなくて当然です」


 どこから湧き出したのか、気だるそうに猫の抱き枕を抱え面倒臭そうにしているベルフェゴールがアランさんの拳を後ろから押さえていた。

 ベルフェゴールを認識したアランさんとヴィクトリアさんは震えだし、恐怖を顔に浮かべる。

 揺らぐことのないと思っていた青い目がいかに逃げようかと迷いを見せていた。


「我に対してそのような態度、怠惰であるともうしたじゃありませんか」


 怯える二人にベルフェゴールはため息を漏らし、膝を着く。


「今日の我は勤勉なのです。レオ様の代わりに我が二人に答えましょう」


 隠そうともしない欠伸のどこが勤勉なんだ?


「まずは人払いといきましょうか?」


 景色が反転する。

 アランさんがヴィクトリアさんを守るように抱き締め、ヴィクトリアさんがすがるように抱きつく。

 景色が上下にくるくると回りだす。


 どこかの遊園地でこんなアトラクションあったな。

 あ――こうして二人で必死に差さえあって生きてきたんだな。

 二人の生い立ちは話しに聞くだけしか知らないけど……

 やっぱりこんな金髪の美男美女はテレビや映画でしか見ないよな。


 などと、ボーとしていると景色の回転は終わり、どこかの部屋の中にいた。

 窓はなく、天井から吊るされた燭台の明かりが部屋全体をぼんやりと照らす。

 家具ないこの部屋の壁に掛けられているタペストリーはこの世界の神を崇めるものだ。

 同じものが聖教皇国の至るとこにあるんだ。

 さっきまでいたレイラ様の居た部屋にもあった。


「ここは……騎士たちがベルフェゴールの犠牲になった場所ですわ」


 二人は不安そうに辺りを見回し、俺の顔を見つけて安堵を浮かべ、欠伸を隠そうともしないベルフェゴールの姿に恐怖で体を震わせる。


「犠牲? ああ、あの時の場所ですか……」


 ベルフェゴールは猫の抱き枕を正面に抱え後ろへ体を倒した。

 そのまま床に倒れるかと思えば、どこからか現れたソファーが彼の体を受け止めた。


「王子と姫、二人の聞きたいことはなんでしたっけ?」


 今にも寝てしまいそうなくらい気だるげだ。


「なにって……」


 二人は顔を見合わせ、俺を見上げる。

 え? 俺にそんな顔を向けられても……俺はわからないよ。

 戸惑う俺たちにベルフェゴールは上体を起こし、ため息と共に言う。


「勤勉な我に感謝をして欲しいですね」


 猫の抱き枕に顔を埋め


「我は誰よりも神の妄想に詳しいと自負しております。天使と一番関わりを持ってきたのですからね」


 アランさんはヴィクトリアさんを宥めるように頭に手を乗せ、意を決したように


「お前が話していた世界が金色の魔王とはどういう意味だ?」


 ベルフェゴールの眉がピクリと動く。

 なにも答えず抱き枕に顔を埋めたまま……寝てないよな?

 あれだけ欠伸をされたら寝てるんじゃないかと勘ぐってしまう。


「金色の天使……天使とは、神とはなんだ? 神の妄想って……」


 ベルフェゴールは慌てて顔を上げ、アランさんの言葉を遮る。

 こいつが慌てる姿って珍しいんじゃないか。

 いつだって面倒臭そうに欠伸してんだもん。

 慌てる姿が想像できない。


「神は……なんでしょうね? 妄想好きな独裁者ってとこでしょうか」


 雑だ。

 あまりにも雑で適当な説明に言葉を失う。

 アランさんとヴィクトリアさんもこの説明に納得……誰も納得しない説明にあんぐりとした様子だ。

 ベルフェゴールはこっちの様子など気にするでもなく雑な説明を続ける。


「天使は可哀想な神の奴隷。我は天使を救っているのですよ」


 その誉めてくれと言わんばかりの笑顔を向けてくる。


「そんな適当な話のために現れたのか?」


 呆れた様子のアランさんにベルフェゴールは猫の抱き枕を抱えたまま仰々しく頭を下げ


「これでは怠惰と申されますか……では神の妄想を話しましょうか?」


 猫の抱き枕を真上に投げ、受け止めようとソファーに転がり、そのまま語りだした。


「世界の始まりは金色に輝き満ちていた。白と黒を伴い精霊が生まれ……」


落ちてきた猫の抱き枕に顔を埋め先を続ける。


「世界に漂う数多ある精霊の内から意識を持つものが現れ、力を得て神へと神化した。

 神はエルフ、人魚、ドワーフ、獣人の4つの種族を作った。

 意思を持ち力を持たなかった精霊は人間となった。

 5つの種族は争いが絶えず、貧困、差別、戦争……あらゆる厄災が起こっていた。

 神はそれを嘆き、地上に住まうものものたちを幸福へと導くために、地上へ降り立つも地上の生活に困難をきわめた。

 神は地上での生活のため、己の世話をさせる天使を創った。

 天使達の役割は神の世話をし、神の機嫌を伺うものである」


 ベルフェゴールの話はは胸糞が悪い。

 聞いているだけでイライラしてくるんだ。

 こんな話だけでイライラするとか、変だろう。

 視線を感じふと顔をあげれば三人が俺を見ていた。

 なんだよ?

 俺、なにかした?


「レオ様、そんなに怖い顔をされなくても……この話は神の妄想ですよ。お怒りになる気持ちはわかりますがね」


 怖い顔って……注目を浴びるほど怖い顔になっていたのか?

 確かに嫌な気分になる話だったけど……俺、顔に出る程なのか?


「教典を要約してくださらなくて大丈夫ですわ。嫌になるほど読みましたもの」


「そうでしょうね。こんな神の妄想に付き合う理由などないかと思います」


 ずっとベルフェゴールはこの話、教典の内容を神の妄想と言うがどこにでもありそうな宗教の話って感じだ。

 それにイラつく俺もアレだけど……どこをもって妄想なんだ?

 宗教なんてどれも妄想っていっても差し支えないんじゃないと思うし。

 まあ日本人だからかな? まだ八百万神の方が信じられるかな。

 特にこっちの世界の神様が一人しかいないとか、他にも宗教はあるだろうって思うんだ。

 いつだったか聞いたときはこの世界に宗教は一つしかないような印象を受けたんだ。

 この世界の住人じゃないから知らないだけかもだけどね。


「神については妄想好きの独裁者で間違いはございません。天使ですが」


 ベルフェゴールは顔を隠すように猫の抱き枕に顔を埋め


「水、火、土を司る天使は、我の前で亡くなりました。風の天使は行方不明と……」


 最後は言葉を詰まらせる。


「それはお前が殺したんだろ」


 アランさんの吐き捨てるような言葉に顔をあげ


「違う! アレは……!?」


 足音もなかった。

 扉が開く気配もなかった。

 あまりにも急で、あまりにも突然だった。

 扉が開いていたのだからそこから入って、いやそこからしか入れないんだけど……どこから現れたのか、アシュリーがベルフェゴールに斬りかかっていた。

 恐怖に負けまいとしているのか、憎しみの籠った顔で斬りかかる姿に圧倒される。

 猫の抱き枕で剣を受け止め、怠惰というには似つかわしくない驚愕の表情で


「おまえ……なぜ?」


 弾き飛ばしたアシュリーに向かって


「なぜ、生きている……?」


 地を這うような嫌に低く、感情を逆撫でられる声を出す。


 生きてるって……

 なにを言っているんだ?


「確かに殺したはずだ」


「おまえが殺し損ねただけだろ」


 体勢を整え、剣を構え直す。

 こんな時にいの一番に動くアランさんが呆然と……双子もだと思うが俺はアシュリーとベルフェゴールの気迫に呑み込まれて動くに動けない。

 

「いいや。確かに殺した。おまえは何者だ?」


 首を傾げ、眉間にシワを寄せ、猫の抱き枕を引きずるように立ち上がる。


「僕は勇者だぁぁぁ!」


 踏み込んだ床に亀裂を入れ、上から下に斬りかかり、避けられることを予測済みだったのかそのまま横に払うも猫の抱き枕に阻止される。


「おまえは気持ちが悪い。まるで彼奴のようだ」


 空振りをしたかのようにアシュリーがたたらを踏む。

 ベルフェゴールの姿が消えていた。


「あ――! 逃げられた!」


 悔しそうにそこにあるベルフェゴールがいたソファーに剣を叩き込む。


「レオ様、勇者にはお気をつけください」


 後ろから耳元に囁くように聞こえたベルフェゴールの声に振り向くも姿はなかった。

 なにを言いたいんだ?

 アシュリーのなにに気をつけろと。

 俺としてはアシュリーが殺されず生きてたことを喜んでいるのに。

 仲間を、友達が生きていることを無事でいることに安心するのは普通だよな。

 ん? どうして俺は敵であるはずのベルフェゴールを無条件で信じているんだ?

 

 何度も何度も繰り返しソファーに剣を叩き込み、うさを晴らそうとするアシュリーの肩にヴィクトリアさんは手をのせ静かな微笑みを向けアシュリー自身の怪我の心配をする。

 どこか気まずそうに、申し訳なさそうに、アシュリーは俺たちの無事に笑顔をくれた。

 ベルフェゴールを退散に追いやったにも関わらず、まだ本調子じゃないとか心配だし、凄いと感心する。

 だってあんなに怖がっていた相手に臆することがなくなっていたんだ。

 それって凄いだろう。

 苦手を克服するって大変じゃん。

 あ、でも恐怖は苦手と違うか……

 でも、やっぱり凄いは凄いと思う。


 アランさんは一人離れた様子でじっと白の書の表紙を見ていた。


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