花嫁の涙―ヴィクトリア―
アランたら夜中にセアラさんを連れて花を摘みに行くなんて……無茶にも程がありますわ。
夜は魔物が活性化することはわかっておりますのに本当に危険なことを……それも年頃の娘さんを連れて行くんですもの。
アランだけじゃなくてセアラさんにもなにかあったらどうするつもりだったのでしょう。
人助けの範疇を越えていると思いますわ。
危険を侵すことはけして人助けなどではありません。
いくら言っても聞いてはもらえない……
双子のわたくしの言葉では響かないのでしょうね。
アランとセアラさんが夜中に摘んできた花を頭に飾ったルビーさんは本当に綺麗な花嫁ですわ。
「お姉ちゃん! 本当に綺麗」
ルビーさんの白い肌に薄いピンク色の花が良く映えます。
「セアラ、ありがとう」
ルビーさんはアランに向き合い
「この無鉄砲な妹を危険から守ってくださり本当にありがとうございます」
アランにお礼は必要ありませんわ。
危険から守り通したことは当然ですし、寧ろ止めなかったことを叱るべきです。
アランを甘やかさないで欲しいですわ。
アランも満更じゃない顔して。
……アランのあの嬉しそうな、満足げな姿を見るのは久しぶりです。
いつだって金色の魔王の子と罵られるんですもの。
わたくしはアランが傷つくことが嫌なんです。
いつも人助けをしてお礼を言われるならいいんです。
でも、そうじゃないから……
「本当にありがとうございます。宜しければ皆様も娘の門出を祝ってやって下さい」
ご両親まで……アランはセアラさんを危険に晒したっていいますのに。
これも全てはアランの人徳ですわ。
断ろうとするアランをレオが止めます。
「是非とも。お祝いの席に呼んで貰えるなんて光栄です」
なにを考えているのでしょう。
わたくしたちは急いで聖教皇国に行かなくてはいけないんです。
このような村で油を売っている暇はありません。
レオはわたくしの文句を受け付けることもなく喜び勇んで村の広場に向かって行きますわ。
「なんなんだ? あいつは」
アランだって呆れていますわ。
「もう、アランのせいですわ」
なにもわからないという顔をして……
アランが人助けなんかするからです。
なんでしょうか。
どうしてマリアが結婚式の手伝いをしておりますの?
甲斐甲斐しく働く様子は生き生きとしております。
「ヴィー、一宿一飯の恩は返さないとな」
わかりましたわ。
わたくしだけが拗ねていても仕方がありませんもの。
アランは得意の横笛を吹き結婚式に華を飾ります。
誓いの義を終えた新郎新婦がやって参ります。
幸せそうな二人です。
お相手の方は、ハーフエルフでしょうか?
種族を越えての結婚。
こんな素敵なことはありませんね。
わたくしもいつか素敵な男性と結婚することがあるのでしょうか?
わたくしだっていつかはと思っておりますの。
お母様とお父様のような仲のよい夫婦になりたいですわ。
「コーディ? どうしたの!?」
新郎の様子がおかしいですわ。
苦しそうに踞って、頭を地面に打ち付けます。
「コーディ! そんなことをしてはダメ!」
何度も何度も頭を打ち付けて……
近くにいた男達が新郎を押さえようとしますがあまりの力に押さえられません。
新郎から飛び散った血飛沫が黒く変じます。
「みんなそいつから離れろ!」
レオが叫びます。
黒く変じた血飛沫が魔物へと変化致します。
なにが起こったというのでしょうか?
理解ができません。
魔物は村人たちに襲いかかります。
アランは言うまでもなく魔物を退治していきます。
マリアもアランを援護し、レオは逃げる村人に手を貸しております。
わたくしも氷を投げて援護致します。
「レオ、あれはなんですの?」
「俺に聞かれてもわからないよ」
レオはそう言うと思いましたわ。
村人が逃げてきた場所に魔物が来ないように弓を引き、氷を投げて牽制します。
「コーディが……どうして……コーディ……」
ルビーさんが泣いております。
アランじゃありませんが、そのような姿見るに耐えませんわ。
胸が痛みます。
だって、なにも出来ませんもの。
金色の魔王を倒せば全てが元通りになるなんて都合がいいことあるわけありませんし、あそこで踞っている新郎をどう助けたらいいのでしょうか?
「レオ、どうにかなりませんの?」
レオは困った顔をして首を横に振ります。
レオの『黒焔の獅子』の力があればすぐに済みますのに。
肝心な所で役に立たないんですのも。
ずっと踞っていた新郎が立ち上がります。
真っ黒な血で表情がわかりません。
あの姿、無事とはいえませんね。
新郎がこちらに、ルビーさんに向けて手を差し出しているように見えます。
「コーディ?」
ルビーさんはふらふらと立ち上がり向こうへ歩き出します。
「ダメですわ!」
「離して! コーディが私を待ってるの!!」
ルビーさんを捕まえ、落ち着かせようとしますが話しを聞いてはもらえません。
興奮しているせいで睡眠の魔術も効きません。
わたくしたちを振り切り新郎に駆け寄ったルビーさんは……
「お姉ちゃん!!」
黒い焔に包まれ、新郎にたどり着くことなく動きを止めます。
レオはなにをしますの?
どうしてルビーさんを……?
「レオぉぉぉぉぉ!!」
アランがレオに向かって剣を振り下ろします。
黒い焔がアランの剣を絡め、アランごと新郎の前に放ります。
転がってきたアランを新郎が蹴りあげ、アランのフードが外れ、アランの金色の髪が太陽の光りに輝きます。
マリアが新郎に斬りかかるも、魔術弾を放ち攻撃をかわし、ってあの魔術弾は魔族や魔物が放つものですわ。
どうして彼が?
あの新郎は魔族でしたの?
……魔族でしたら容赦は要りませんわ。
わたくしも新郎に向けて氷を放ちます。
氷に気を取られた新郎にアランが炎を放ち、斬りかかりました。
新郎を守るように魔物が群がり、全ての攻撃を受け止め、新郎はふらふらと黒い焔に包まれるルビーさんの近くに参ります。
悪寒が走ります。
身体中に鳥肌が沸き立つような、この嫌な感じは魔族と対峙した時のそれです。
「ヴィクトリアさん大丈夫だから。ルビーさんはちゃんと守ってます」
レオはなにを言ってますの?
レオの黒い焔に包まれているんですよ。
無事なわけがありませんわ。
新郎はルビーさんを気にする様子もなく、こちらに向かって参ります。
氷を放つも腕の一振りで全て落とされました。
アランが、マリアが斬りかかっていきますが、簡単に避けられ、魔物が二人に襲いかかっていくんです。
新郎が咆哮をあげ、魔術弾が村に降り注ぎます。
魔物の群れから逃れたアランが新郎に向かい、新郎はアランに殴りかかります。
アランの左側に向かってくる拳を首を傾けるだけで避け、剣を横に払い新郎の腹を薙ぎます。
溢れる血に新郎は高笑いをあげ、アランに向かって参りますが攻撃には至らず、アランにもたれ掛かるように動かなくなりました。
アランは新郎をその場に寝かせ
「レオぉぉぉぉぉ!!」
殺気を放ち、斬りかかります。
横に薙ぐ剣をレオは驚きに満ちた顔で後ろに避け
「アランさん落ち着いて」
アランだけじゃありませんの。
わたくしだって……どうしてルビーさんに攻撃をするんですの?
守るってあんな黒い焔に包まれたら……
黒い焔の中でルビーさんは座り込み泣いておりました。
黒い焔は徐々に薄くなり消えます。
魔物を殲滅したマリアがルビーさんに駆け寄りました。
「お姉ちゃん!!」
セアラさんがルビーさんに抱きつき、無事を確認致しました。
マリアの治癒魔術も必要ないらしく、姉妹はお互いを抱き締め泣きます。
「レオ! なにをしたんだ?」
剣の構えを解かずにアランはレオに詰め寄ります。
わたくしもいつでも氷を放てますわ。
「なにって、守ってただけです」
ルビーさんへの攻撃が守ることになるはずがありませんわ。
いい加減なことを言わないで欲しいですわ。
「俺は『黒焔の獅子』なんですよね?」
そうですわ。
こちらが力を貸して欲しいときはなにもせず、だけど大事な局面ではその力を惜しむことのない聖獣です。
「二人の意に添わないことはしませんよ。今までだって……痛てッ!」
誰ですか? 石を投げるのは。
「金色の魔王の子がどうしてこの村にいるんだ」
「金色の魔王の子がいたからコーディは……」
村人たちが石を投げて参ります。
金色の魔王の子だからなんて言い掛かりですわ。
村を魔物から守ったのはアランですのよ。
お礼を言われても石を投げられる謂れはありません!
「痛ッ!……」
アランの頭に大きな石が当たり、膝をつきます。
「アラン!」
アランは寂しそうに笑みを浮かべ、わたくしに向かって首を横に振ります。
それはなにもするなってことですか。
こんな仕打ちを甘んじて受けろというんですの?
あんまりです!
アランはなにも……ただ人助けをしただけですわ。
アランは黙ったまま治癒魔術を受けてくれます。
村人の投げる石つぶては止みません。
どうしていつもこうなりますの?
アランを責めないで下さい。
アランは人の為にと行動しているだけですの。
「ヴィー、ごめんな。また……」
どうしてアランが謝りますの?
アランはなにも悪くありませんわ。
「いい加減にしろよ……」
レオがポツリと呟きます。
殺気の籠った一言ですわ。
村人が投げる石つぶてが黒い焔に飲み込まれます。
レオの姿が黒い焔の鬣を持つ黒い獅子へと変化いたしました。
獅子が咆哮をあげると四方八方から黒い焔が立ち上ります。
「レオ!? ヴィーこれって……」
アシュリーの街の時と一緒です。
このままじゃ村が壊滅してしまいますわ。
だけど……
わたくしの迷いなど気にすることもなくアランはレオに立ち向かいます。
どうしたらレオを止められるのかわかりませんのに。
無謀じゃありません?
語りかけても、攻撃を仕掛けてもレオは暴れまわります。
逃げ戸惑う村人を嘲笑うかのように咆哮をあげては黒い焔を放ちます。
黒い焔が向かった先に子供達がおります。
ダメですわ!
子供達だけは……
わたくしは子供達を黒い焔から守るように抱き締め、その上からアランが庇うように抱き締めて下さいます。
黒い焔はわたくたちに当たることなく消えました。
辺りを焦がしていた黒い焔も消えていたんです。
獅子の姿から人型に戻ったレオが静かに微笑み、倒れます。
「レオ?」
レオは寝息を立てております。
先程までの暴れようはなんでしたのでっしょうか?
呆れますわ。
「あの」
セアラさんとルビーさんのご両親が怯えた表情をしてわたくしたちの前に出て……いいえ、押し出されて参ります。
「娘を助けて頂いた方に失礼だとは思うのですが……」
とても言いにくそうです。
言われなくてもわかっておりますわ。
「こちらこそ世話になった」
アランが頭を下げます。
頭を下げる必要がどこにありますの?
レオのことは兎も角、お礼と謝罪があってもいいと思いますわ。
この村は恩知らずだと思います。
アランの人助けはアランが傷つくんです。
もう止めて欲しいですわ。
アランが傷つく姿なんて見たくありませんもの。
馬に意識のないレオを乗せ……アランにしては珍しく雑な扱いをいたします。
「アランさん」
セアラさんとルビーさんが見えましたけど、見送りでしょうか。
来なくてよろしいのに。
「ありがとうございました。あの、黒い焔の中でコーディと最後の言葉を交わすことが出来ました」
それって……あれは攻撃ではなかったってことですか?
レオの謎が深まりますわ。
「それはよかった。乱暴になってしまったから心配だったんです」
いつの間に起きたのでしょうか。
レオは晴れやかな笑顔を姉妹に向けそのまま消えましたわ。
また勝手に還るんですから呆れますわ。