数刻振りの久しぶり ―ヴィクトリア―
アシュリーとレオが喧嘩、街で暴れているなんてなにかの間違いだと思いましたわ。
だってあの二人は仲が良いじゃありませんか。
アシュリーはわたくしたちと幼馴染ともうしましても、彼にとってわたくしたちは主君になります。
そんなつもりはアシュリーにもわたくしたちにもありませんが、王子と王女という身分が隔たりを作りますわ。
マリアがわたくしたちをそうのように扱うせいもあると思います。
だからこそ身分の関係のないレオとアシュリーは仲良くなったんだと思いますわ。
「ヴィー! レオの召喚をもう一度だ」
あまりにも突然で、唐突です。
乱暴に開けられた扉から、叫ぶようにアランが言います。
「なにがあったんですの? アシュリーは?」
アランはボロボロになって一人で戻って参りました。
街でなにが起こったのでしょうか?
アシュリーとレオがアランに手をあげるとは思えませんからなにか別の事があったのでしょう。
治癒魔術を受けるアランは体の痛みに顔を歪めます。
「怠惰の魔王ベルフェゴールにレオとアシュリーが拐われた」
な……!?
拐われたって、どうして、なんで……
アシュリーは勇者ですよ?
そこら辺の騎士など敵わないくらいに強いんです。
そう簡単に連れていかれるはずがありませんわ。
それにレオも。
どうして『黒焔の獅子』が拐われるんですか?
本当にレオは人と変わらないですね。
「二人は聖教皇国に連れて行かれたと思うが、相手は怠惰の魔王だ。」
魔王の言葉を信じる謂れはありませんわ。
「レオを召喚し直せばどこにいるかはっきりすると思うんだ」
わたくしもそう思いますわ。
あわよくばアシュリーがくっついて来てくれたらいいのですが……
アランの傷を癒し、召喚魔術を構築致します。
――創世の時よりその黒い焔を纏う獅子の名は――
――『レオ』――
黒い焔が収束しレオが姿を顕します。
「お久しぶりです」
なにを言うのでしょうか。
つい先程お会いしたばかりですわ。
「ふざけるな! アシュリーはどうしてる!?」
アランがレオに掴みかかります。
乱暴はダメですわ。
アランを押さえますが女であるわたくしでは男性であるアランを押さえ込めません。
このドレスも動きにくいですし。
「アシュリーって……アランさんのその格好、アレからすぐ召喚されたんですか!?」
そんなに驚くことでしょうか。
先程までレオはここにいたんですよ?
「アレからがなにを指すのか知らないが、俺たちは二人が連れていかれてからすぐ召喚した」
アランたら、そんなにレオを睨んでも仕方ありませんわ。
「半年も召喚されないからアシュリーも、みんな無事だと思って……」
半年?
先程のレオ召喚から数刻もたっていまんわ。
冗談にしては笑えません。
「聖教皇国の城の地下に。その後のことは」
申し訳なさそうに話します。
それじゃあ、レオもアシュリーの居場所を把握していないのでしょうか。
どうして……
どうしてレオはアシュリーを守ってくださらなかったの?
だって、『黒焔の獅子』じゃないですか。
守れなくても、せめて居場所を把握していて欲しかったですわ。
怠惰の魔王に拐われて……アシュリーは無事でしょうか?
無事であって欲しいです。
無事を信じるしかありませんわ。
3人で仲良くとはいかなくても笑い合いながら戻って来ると思っていました。
幾ら子供っぽいといってもレオは創世の聖獣です。
アランも居ます。
アシュリーだってしっかりとした子ですのよ。
いつまでも喧嘩をしているわけがありませんわ。
喧嘩をしているという報告事態が間違いだと思ってましたの。
それが、拐われたって……
今でも信じがたいですわ。
すぐにでも笑顔でアシュリーが来るんじゃありませんの?
3人の質の悪いイタズラじゃありませんの?
「ヴィー、すぐにでも」
アランはいつもの真っ直ぐとした青い目を向けて参ります。
もちろん今すぐ用意致しますわ。
伯父様がなんと言おうとも関係ありません。
側に控えて居てくれた使用人をマリアと伯父様の元へ行かせ、アランが旅の仕度の為にレオを連れ出します。
この動きにくいドレスをやっと脱げます。
伯父様には悪いですが、わたくしに箱入り娘は無理ですわ。
このようなドレスも結い上げられた髪も、窮屈で仕方ありませんもの。
このご時世に教養が大事と色々させられましたが、アランたちと一緒に駆け回っている方がいいですわ。
可憐なお姫様は他の方にお任せ致します。
「今からではすぐに日が暮れる。朝まで待ちなさい」
馬屋でアランと伯父様が口論しております。
朝までなど待てませんわ。
アシュリーが心配ですもの。
すぐにでも、早く! 居場所の見当があるんですよ。
手掛かりのあるうちにと思うものじゃありませんか。
「マリアも従者だというなら止めろ」
伯父様の言葉にマリアは
「無茶を言わないで下さい。このお二人はあの王様の子ですよ?」
思わず笑ってしまいましたわ。
あの王様……そうですわ。
わたくしたちはレイディエストのクリストファー王の子です。
金色の魔王の子です。
自分勝手で傍若無人。
そんな人の子が大人しく出来るわけがありません。
伯父様も言葉を失い、黙ってしまいましたわ。
「エドウィン伯父、こうして話しをしている時間も惜しいだ。行かせてもらう」
旅へ出ることは決まっておりましたが、こんなにも慌ただしく旅立つことになるとは思いませんでした。
この短い間、わたくしたちは伯父様方に大変お世話になりましたわ。
金色の魔王子としてではなく、王子と王女として、甥と姪として扱ってくださり、ありがたみが染み入ります。
感謝を伝えるのはなんと難しいのでしょうか。
こんな恩を仇で返すようような……
伯父様は諦めたかのように深かく息を吐き
「無理だけはしないで下さい。私だってアシュリー殿を心配していることに変わりはないんです」
「ありがとうございます」
アランと伴に頭を下げます。
伯父様はアランとわたくしの頭に手を乗せ
「大事な甥と姪なんだ。本当に無理だけはしないで下さい」
本当にありがたいですわ。
わたくしたち必ず戻って参ります。
今はここが、伯父様の所がわたくしたちの実家ですわ。