勇者だけど勇者じゃない―レオ―
――悲鳴が聞こえた。
アシュリーが悲鳴の聞こえた方へ顔を向けるも、それだけだった。
「アシュリー、いいのか?」
この悲鳴、人と人のいざこざではなさそうだ。
魔物が出たとかって声が聞こえてくるんだよ。
「見回りの兵が向かったはずだよ。僕たちまで行くことないでしょ」
そういうものなのかな?
アシュリーの態度が冷たく感じるんだけど、俺が行ったところでなにが出来るわけじゃなからいいのかな?
でも、なにか引っ掛かるものがある。
悲鳴に?
街の様子に?
わからない。
……一番引っ掛かるのはアシュリーかな?
なにがって聞かれたらわからないけど、行ってみたらわかるかな?
「アシュリー、やっぱ気になるわ」
アシュリーが止めるのも聞かず、俺は悲鳴が聞こえた方へ走った。
俺、基本的には事無かれ主義だよ。
向こうで自分から面倒に首を突っ込むようなこと絶対にしない。
そういうものからは本気で逃げるよ。
だけど、どうしてかな?
気になったんだ。
なんでアシュリーはこんなにも他人事なんだろう?
魔族やモンスターは危ないし、怖いから知らない振りしたっていいはずだし、アシュリーみたいに他人事でもいいはずなんだ。
少し開けた場所でモンスターが暴れていた。
兵達が応戦するも、簡単に倒せるものではないらしく、苦戦していた。
アランさんたちが簡単にモンスターを倒すものだからゲームでいうとこの雑魚なのかと思っていたんだけど、実はモンスターって強いんだ。
囲っていた兵達の合間から抜け出したモンスターが近くにいたおじいさんに襲いかかっていった。
「ヤバイ! 危ない、逃げろ!」
俺が何かを出来るわけでもなく、兵が助けに向かうも間に合わないと思った。
だって、だってさ……
モンスターがそんなに強いと思ってなかったから。
おじいさんに届く前にモンスターは剣で貫かれ、消えた。
「アシュリー!」
腰を抜かしていたおじいさんを助け起こし、兵達の包囲から抜けたモンスターを倒していく姿は格好いい。
どこからか、アシュリーを勇者と讃える声が上がる。
「レオ! 勇んで行ったわりにただ見ているだけなのかよ?」
そんなことを言われても俺はアシュリーみたいに戦う術を知らない。
あの黒い焔だってどうやって出すんだ?
だって、俺はただの高校生だよ?
向こうの世界で本当に俺がやっているのか試してみたけど、黒い焔なんか出なかった。
マジで出し方もわからないんだけどね。
俺がなにも出来ないで見ているだけの中、アシュリーはあっという間にモンスターを殲滅した。
勇者と讃える人々に囲まれたアシュリーは困ったような笑顔で人々から逃れた。
? ……なんか怒ってる?
なにか睨まれるようなことをしたか?
「レオ。一体なにしてんだよ! 見ているだけとかふざけてるのか?」
痛ってぇ……
殴ることはないだろう。
顔の左が痛い。
喧嘩とか縁遠いんだ。
俺は殴られることに馴れてないし、馴れたくない。
大体、俺になにが出来るというんだよ。
「レオが行かなきゃ僕あのまま買い出し終わったのに」
それは、アシュリーは今回の襲撃を見逃すつもりだったのか?
「アシュリーは勇者なんだろう?」
勇者ってモンスターとか驚異から人を守るようなものじゃないのか?
俺の認識がおかしいのかな?
ゲームとかの勇者ってそういうのだよね?
アシュリーってこんなに自分本位なやつだったか?
……なにもしなかった俺がアシュリーを責められるわけがないか。
「なに? 説教? 僕は勇者だけど、勇者じゃない」
前の勇者が生け贄にされたって話を聞けば勇者だと認めたくない気持ちはわからなくはない。
「レオは『黒焔の獅子』って聖獣だろ? 簡単に魔物を倒せる力があるんだから出し惜しみするなよ」
出し惜しみもなにも俺はその力の使い方を知らない。
「俺はただの人間だよ……うぐっ」
また殴った。
痛ってぇな
最初アシュリーはこのモンスター騒ぎを無視するつもりだったじゃないか。
勇者としてそれってどうなんだよ?
俺はなにもしていないけどさ、アシュリーをここに連れてくることはしたんだ。
結果的に人助けにはなってるだろう。
俺、殴られるほど責められるような謂れはないと思うんだけど。
頭にくるな……
「アシュリーなんかこの騒ぎ無視するつもりだったじゃないか」
殴りかかっていくも簡単に避けられた。
まあ、戦いなれたやつに敵うわけもないんだが……一発くらいは仕返ししてやる。
「避けるな! 俺にも殴らせろ!」
「ふざけるな! 『黒焔の獅子』の一発なんか受けられるわけがないだろう」
街の連中が俺たちを囲み、囃し立てる。
俺に味方を、応援するやつはいないのか。
「勇者様が喧嘩とかしていいのかよ」
「喧嘩? これはだたの鍛練だ」
痛っ……
また、殴られた。
俺は当てられないのにアシュリーのは何度も入ってくる。
勇者だからって、勇者だから強いのか。
俺が喧嘩馴れしてなくても一発ぐらい……
「ただの屁理屈じゃん!」
黒い焔がアシュリーに向かい、ギリギリの所で避けた。
「なんで今、その力を使うんだ!」
アシュリーが言うことはもっともだと思うけど、この黒い焔は俺のコントロールが利かない。
使いたいと思ったときは使えないことが多いんだ。
今さっきの襲撃だって黒い焔が出せればアシュリーを待つ必要なんてなかった。
「どうやって出すのかわかんないんだよ!」
俺の拳に纏わりついた黒い焔をアシュリーは剣で受け止め、弾き返した。
「あぁ? 剣とかふざけるな!」
「そんな黒い焔、まともに受けられるか!」
振り下ろされる剣を黒い焔が弾いた。
「殺す気か!?」
「それはこっちの台詞だ!」
俺から飛び出していく黒い焔をアシュリーは器用に避け、剣を俺に向けてくるんだ。
刃物を人に向けるなって子供の頃に教わらなかったのか?
横に払うアシュリーの剣を黒い焔が喰らい付き、燃やしてしまう。
「ずるい! なんだよ、その力!?」
ずるいって言われても……
剣をむけてくる相手から武器を取り上げるって基本だろう。
俺なんか木の枝だって持ってない丸腰なんだぞ。
黒い焔を息つく間もないように撃ち込み、アシュリーはそれを全て交わしていく。
足払いを受け、倒れた俺にアシュリーは馬乗りになり
「あちちっ」
降ってくる火の粉に俺たちは転がり回った。
これは、アランさんか?
「街で勇者が暴れてるっていうから来てみれば、なにやってんだ?」
アランさんはこめかみをひくつかせていた。
「だって……」
声がハモった俺たちをアランさんは一蹴する。
「街を壊滅させる気か?」
俺たちを囃し立てていたはずの人はいなくなり、瓦礫が築かれていた。
あははは……
勇者が街中で喧嘩とか普通ありえないよな。
「喧嘩するなとは言わないが、場所くらい考えて暴れろよ」
アランさんは俺たちの喧嘩の理由も聞かず、街の人達に一緒に謝ってくれた。
「で、気は済んだのか?」
結局アシュリーに一発も入れられなかった。
それはちょっと悔しいけど、殴られたから仕返ししたかっただけだ。
俺は別にアシュリーをどうこうしたいとかはないんだけど……
「……レオ次第です」
はぁあ?
仕掛けてきておいてなんだそれ?
殴りかかろうとする俺をアランさんが押さえた。