襲撃 ―アラン―
街では2体の魔族が暴れていた。
率いてる魔物の数もそこまで多くはない。
これなら俺とアシュリーでどうにか出来るだろう。
「侯爵、勇者様をお連れ致しました」
侯爵と呼ばれた男はアシュリーを歓迎する傍ら忌々しげに俺に視線を向ける。
「似ているな……」
呟くなら聞こえないようにしろよ。
俺が父様に似ていることくらいわかっているんだ。
子供の頃からよく言われたし、今なんてそのせいで金色の魔王の子と後ろ指を指されるんだ。
「これは王子。こんな所にわざわざお越しになるとは」
誰だこのオヤジは?
侯爵と呼ばれていたし、この偉そうな物言いといい、俺を王子と呼ぶからには貴族のお偉いさんだろう。
それも旧レイディエストの。
……絶対どこかで会ったことがあるな。
「お連れの方は最近勇者と発表されたアリス様の息子殿かな?」
マジで誰だ?
エーイストで兵を率いて、俺を知っていて、偉そうなオヤジ……
貴族の連中の顔なんか全部覚えてねえよ。
10年も経てば顔つきだって変わるだろう。
あ――思い出せねえ。
「魔族はあの2体でいいのか?」
目の前の偉そうなオヤジの代わりに俺たちを案内した男が答えた。
「はい。今確認できているのはあの2体です」
兵たちは魔族から遠退き、魔族たちを囲うように展開しているだけだった。
こちらから攻撃を仕掛けるわけでもなく、見ているだけ。
こんな事で民を、街を守れると思っているのか?
「このまま傍観しておれば魔族等は引きますぞ」
引くってなんだよ。
このまま見ているだけじゃ住民は安心出来ないだろう。
兵の意味あるのかよ。
「あの辺に暮らす人はどうしたんですか?」
アシュリーの疑問はもっともだ。
「逃げたんじゃないのか?」
オヤジの他人事な様子にイラッとする。
それは俺だけじゃないらしく、アシュリーはオヤジを睨み付けている。
「それは、なにも確認してないんだな?」
返事を待つことなくアシュリーが飛び出してた。
止めようとする兵をアシュリーは振りきっていく。
俺にアシュリーを止めるようにいう声が聞こえるが、誰が止めるかよ。
アシュリーの好きなようにさせてやればいい。
こんな役に立ってない兵なんかよりアシュリーが行った方がいい。
「おい!」
俺を案内した男はビックリした様子で返事をした。
「魔術医の用意をしておけ」
俺の命令にオヤジの側に控えていた兵達は動き出した。
動けるならさっさと動けっていうんだ。
こんな偉そうなだけのオヤジの言うことなんか聞く必要ないって。
「なにをする気だ?!」
オヤジのことは無視だ、無視。
「勇者アシュリーに続け! ここは魔族の地ではなくエーイストのものだ。自分のものは自分で守れ!」
オヤジは兵達の動きにたじろぎ、立場なくその場で慌てている。
「勝手に動くな! おい。儂を誰だと思っているんだ?!」
誰でもいい、役に立たないなら引っ込んでろ。
先に魔族に向かっていったアシュリーは魔物に囲まれていた。
離れて見ているときよりも数が増えてないか?
俺も参戦と炎を投げ込み、魔物を散らした。
俺の炎に昂ったのか兵達は我先にと魔物に向かっていく。
兵としての本分を思い出したのだろうか?
まあ、あの偉そうな態度からしてオヤジのせいだろうな。
逃げられずに怯えているだけだった住民を兵達は助けはじめた。
「王子様。あの教会の中にまだ人がいるみたいです」
教会って、屋根の上に魔族がいる建物か。
俺に続くように魔物を討伐していく兵も教会までは近づけずにいる。
このままじゃ、まずいだろう。
魔族は教会の中に興味が無さそうに見えるからまだいいが、気がついたら?
魔物が窓を破って入ったら?
助けたい。
どうやって?
俺の炎じゃ建物自体が燃えてしまう。
剣は?
俺もアシュリーもあそこまで辿りつけるならもう向かっている。
くそっ
援護は苦手なんだ。
ヴィーを連れて来ていれば……ダメだ。
出来るだけあいつを危険にさらしたくない。
こんなときにマリアがいたらな。
俺はマリアに頼りっぱなしだ。
情けない。
「王子様。どうしましょうか?」
そんなこと聞かれても……俺だってわかんねえよ。
「あの魔族達を倒せばどうにかなるだろう」
それしかないんだ。
援護が苦手なのは仕方がない。
あいつらを倒す。
それしか俺たちにはないだろう。
「変な小細工はなしだ。救出は兵に任せよう」
アシュリーは返事もそこそこに魔族へ向かっていく。
邪魔な魔物を薙ぎ倒す様は圧巻だ。
なにがあったのかアシュリーの動きが格段に良くなってないか?
あんなに早く動けるって……すげぇ
いいや、圧倒されている場合じゃない。
魔族の一体がアシュリーを捉えたのか魔術弾を放った。
アシュリーは剣を払うだけで魔術弾を弾き返す。
魔族は楽しそうに笑い、アシュリーの後ろに立つ。
アシュリーは剣をクルリと回し、後ろに突き刺す。
俺に向かってくる魔物を斬り払い、遠くから魔術弾を打ち込んでくる魔物に炎を投げる。
アシュリーの剣が刺さった魔族はそのまま剣を握り込み、後ろに下がり、笑いだした。
どうして剣が刺さった状況で笑えるんだよ。
本当に魔族ってよくわからねえ。
魔族が怯んだと思ったのか兵達が魔族に突っ込んでいく。
嫌な予感しかしない。
止める間もなく兵達は魔族に向かい、飛んでくる魔術弾にバタバタと倒れていく。
刺さったままだったアシュリーの剣も鉄が熔けるように抜けた。
始終笑ってばかりいたその魔族が弾け霧散した。
もう一体の魔族が魔術弾をそいつに向けたようだ。
仲間意識ってないのかよ。
魔族は体を震わせ、魔術弾を降らせるように放った。
慌てて逃げるも、逃げ切れず魔術弾を受けた者が多く呻き声が辺りに響く。
なんだよ、この攻撃……
牽制になればと俺は炎を投げつけ、踏み込み……って、アシュリーが魔族に斬りかかる。
あの剣は倒れている兵から頂戴したのか?
斬り刻むように打ち込まれる剣になす術もなく魔族は体を小さくしていき霧散した。
勇者と呼ぶに相応しい動きでアシュリーは魔族達を倒した。
逃げ遅れていた住民達も無事だったらしく、怪我をしていた者は用意させた魔術医に治療をさせる。
暴れまわっていた魔物も兵達に徐々に駆逐されていく。
この襲撃はなんだったんだ?
魔族って一体なんなんだ?
わからないことだらけだ。
屋敷に戻るとエドヴィン伯父は疲れた顔を取り繕うように笑みを浮かべていた。
なにかあったのだろうか?
「侯爵から苦情がきておりますが、一体なにをしたんですか?」
……侯爵?
ああ、あのオヤジか。
俺たちはオヤジに対してなにもしていない。
オヤジがなにもしないから代わりに魔族を倒したんだ。
苦情って、文句を言われる筋合いはないね。
「その事でしたら私から」
ずっと俺たちに付いていた男がエドヴィン伯父に魔族討伐について話してくれた。
話を聞いたエドヴィン伯父は俺たちに労いの言葉をくれ、部屋で休めるよう準備をしてくれていた。
こんな広い部屋……俺一人で寝るのか?
子供の頃だって俺はヴィーと同じ部屋、同じベッドで寝ていたんだ。
一人でって、落ち着かねえ……
「失礼致します」
使用人達は部屋に入って来るなり、抵抗する間もなく、手際よく動きだした。
なにをって俺は抵抗したよ。
だけど、慣れているのかものともせずに服は脱がされた。
風呂だって、こんなにでかくて湯を張ったものに入るなんて久しぶりだ。
一人で出来るっていうのにあいつらはよってたかって俺を磨きあげた。
着せられた服だってどんな高級品だよってくらい上質なものでさ、事が終わった使用人達は満足そうな顔してんだ。
戦いよりも疲れた。
休ませてくれるんじゃなかったのか?
逆にくたくたなんだけど。