怒ります ―ヴィクトリア―
サブタイトルが浮かばない……
馬での旅は快適ですわ。
なんと言っても気持ちがいいんですの。
早いですしね。
馬上では景色が後ろへ流れていくんです。
アシュリーが乗馬を苦手にしていたなんて盲点も、一日二日あれば乗りこなしておりますし、なんの問題もありません。
問題があるとすればアランですわ。
少しでも困っている人を見ると直ぐ助けに向かうんですもの。
立ち寄った村で洗濯物が飛ばされたとご婦人が困っていれば一緒に拾い集め、苛められたと泣く子供がいれば慰め、しまいには家の中に虫が出たから退治するって……呆れます。
人が良いのも程々にして欲しいですわ。
アシュリーだって額に青筋を立てるぐらいですもの。
いくらわたくしが言っても聞きません。
あまりに酷いのでとうとうアシュリーがキレましたの。
マリアの張り付いた笑顔なんか目じゃない恐ろしさでしたわ。
あのマリアの笑顔は人に向けていいものではありませんわ。
だって、子供の頃はあの笑顔を見せられた日は悪夢で魘されましたもの。
怒られたアランの落ち込みようといったら……さすがアシュリーですわ。
勇者の肩書きに恥じぬものです。
アシュリーに怒られるとアランも思わなかったのでしょう。
生活レベルで困っているものには向かわなくなりましたわ。
困っている人を全て助けることが出来ないとアランはいつわかるのでしょうか。
助けに向かう度に金色の魔王の子と貶められ、感謝どころか、罵倒されるんです。
いつも寂しそうに、悲しそうに罵倒を浴びるアランを見てられません。
アランだって感謝がほしくて人助けをしている訳じゃありませんの。
ただ困っている人を放って置けないだけです。
性格ですの。
同じ双子なのにわたくしは他人なんてどうでもいいんですけどね。
アランが、身近にいる人が良ければそれでいいですわ。
知らない他人が困っていようと、なんであろうとわたくし自身から関わろうなんて思いませんもの。
だって彼らはわたくしたちを、アランを金色の魔王の子と蔑むんですもの。
アランを傷つける他人なんてどうでもよくて当たり前ですわ。
アランには他人に興味を持つように言われますけどね。
茜色の空が黒と混じり合う瞬間の紫がかった空は綺麗だと感じますわ。
「今日も野宿ですね」
アシュリーは馴れた手付きで夕食の支度を始めました。
マーゴから貰った魔道具をアシュリーは本当に嬉しそうに使いますの。
火や水なんて魔術で幾らでも起こせますからわたくしたちにそこまで必要なものでもないのですが、魔術が使えないアシュリーはわたくしたちの手を煩わせることなく火や水を出せることが嬉しいようですわ。
昼に捕らえた野鳥を焼き、アシュリーが下ごしらえをしている間に採ってきた果物を頂きます。
旅の中でこうして暖かい食べ物を頂けることに感謝いたします。
この物騒な気配がなければですが。
何人でしょうか?
わたくしたちを囲む気配は人のようです。
嫌になりますわ。
どうしてこのようなご時世に人と争わなくてはいけないのでしょう。
……面倒ですわ。
獣避けの焚き火が爆ぜる小さな音を立てます。
アランは溜め息を漏らし、アシュリーは苦笑いを浮かべております。
旅人を狙うような輩ですから殲滅しても問題ないと思いますわ。
呪文を唱えるわたくしをアランは慌てて止めに入ります。
「ヴィーたかが盗賊にその呪文はやり過ぎだ」
だって面倒ですのよ?
盗賊ですのよ?
人に害意を向けるのですから自らの死だって覚悟の上でありませんの?
矢がアシュリーの脇を抜け幹に刺さりました。
矢は力を有り余らせ小刻みに震えます。
危ないじゃないですの。
アシュリーに怪我でもあったらどうするのです?
「王子様、お姫様。これはどうしたらいいですか?僕、盗賊って久しぶりです」
そんな無邪気に言うことかしら?
ほら、彼らが木の影から姿を見せますわ。
「お金になりそうなものと、馬と、そこのお嬢さん置いて立ち去って下さーい」
まあ、たった5人で来ましたの?
わたくしたちを相手にするには少なくありません?
……その勇敢さに免じてお相手致しますわ。
「なになに? お嬢さん逃げられるとでも思っているの?」
立ち上がったわたくしに卑下た笑いを浴びせます。
「わたくしは逃げませんわ。アラン、魔術は駄目ですのね?」
アランは首を横に振ります。
「そんなことは言っていない」
「あら? 使ってもいいんですのね?」
アランは呆れたように首を振ります。
わたくしが弓を番えるよりも早く、アランが炎を浴びせ、アシュリーが剣を払い一掃いたします。
なんと素早いのでしょう。
わたくしがと、思っておりましたのに。
過保護なアランはともかく、アシュリーまで動きますのね。
倒れ呻き声をあげる盗賊を少し離れた木に縛ります。
助けが来ようと獣の餌になろうとどちらでも構いませんわ。
人に害意を向けるんですもの。
その報いは受けるべきですわ。
一仕事を終えたとアシュリーはお茶の用意を始めます。
わざわざわたくしたちに世話を焼くようなことはありませんのに。
なんだかムシャクシャ致します。
「……見回って参りますわ」
アランの制止なんて無視ですわ。
わたくしだけ除け者のような寂しさを感じますの。
どうしてレオはアランを連れていったんですの?
どうしてわたくしも一緒じゃ駄目でしたの?
わたくしもレオを召喚した術師ですのに……
マリアもなにも言わずに姿を眩ましてしまうし。
この10年一緒にいたのに、どうして彼はなにも言って下さらなかったの?
わたくしたちはマリアのことなにも知りません。
罪人の子だった。
お父様に拾われた。
お父様の執事長だった。
お父様の為だけに生きていた。
お父様の為でしたら家族さえ顧みません。
知っているのはこれだけ。
お父様を崇拝するかのように仕えていたって事だけですの。
あの時のお父様の言葉は冷たかったですわ。
マリアに対してなんと酷い仕打ちでしょう。
お父様がいて、アリスとヴィンセントがいます。
それがマリアの世界ですわ。
それをお父様が崩されたんです。
本当にマリアが心配で……わっ!?
これは……参りましたわ。
どれだけボーッと歩いていたのでしょう。
獣用の罠であれ、対人用であれ、いつもならすぐに気がつきますのに。
網に絡め捕られて身動きもままなりません。
木に吊るされるなど、初めての経験です。
盗賊の仕掛けた罠に嵌まってしまうなど呆れますわ。
動けば絡まり、ご丁寧に魔術封じまでされているんですの。
お手上げですわ。
不覚というにはあまりにも稚拙なわたくしです。
これはアランに怒られてしま……いま……すわ……
強烈な眠気に襲われ、抗うことも出来ずに眠ってしまいました。
「目が覚めたね? お嬢さん」
ここは……
見慣れぬ男が目の前に座っております。
男が手にしているそれは……わたくしの剣?
起きたばかりでぼーっとしますけど、そんな場合じゃありませんわね。
この揺れは馬車に乗せられているのでしょう。
体を起こそうとしても出来ないように縛ら、騒がないように口を塞がれております。
魔術を封じる魔石まで付けられておりますわ。
目の前にいる男は見張りでしょうか?
声を掛けてきたのもこの男ですわ。
「お嬢さんのお連れさんのことは知らないが、お嬢さんはこれからいいところへご案内するよ」
いいところって、わたくしにとっていいところではないでしょうに。
大人しく人身売買の商品になる気はございませんのよ。
「そんなに睨むな。せっかくの可愛らしいお顔が台無しだ」
誉めて頂けて光栄ですが、嬉しくありませんわ。
罠に掛かるとか、盗賊に捕まるとか、呆れます。
怒ったアランは駄目ですの。
どうしましょ……
馬のいなきが聞こえ、馬車が急旋回して倒れます。
嫌ですわ。
どんな状況でもこんな盗賊の上にいるなんて!
「ヴィクトリア」
あひゃ……
横転した馬車の中をアランが覗き込みます。
嫌ですわ。
火の玉を浮かべております。
そんな事、そんな顔されたら益々金色の魔王の子と言われてしますわよ。
わたくしだって、わざとじゃないんですのよ。
……なにか言って下さいな。
心がざわつきますわ。
「お姫様いました?」
アシュリーの声が聞こえます。
黙ったままアランは馬車に乗り込み、気を失っている盗賊を踏みつけ、わたくしの縄を解いて下さいます。
「アラン……?」
声を掛けても反応してくださいません。
横転した馬車からアランの手を借りて外へ出ますと、盗賊を倒したアシュリーが心配そうな顔しておりました。
「お姫様、大丈夫ですか?」
駆け寄って来たアシュリーに返事を返す前にアランが火の玉を空へ投げます。
「きゃっ……」
そのまま落ちてきた火の玉が側で弾けます。
アシュリーも驚いておりますわ。
いつものアランと違う様子にアシュリーが戸惑っております。
アシュリーの前で、いいえ。
こんなに怒ったアランは久しぶりに見ます。
「アラン。……ごめんなさい」
そんな怖い顔してはいけませんわ。
……わたくしが原因ですのに言えることじゃありませんわね。
「……なにが?」
なにって……
「俺はヴィクトリアに怒っているわけじゃないよ。ヴィクトリアを守れなかった自分が嫌なんだ」
また……
そうやって自分を責めないで下さい。
わたくしがいけないのですから、わたくしを怒ればいいじゃないですの。
いつもそうですわ。
自分を責めてばかりで、ウジウジして、全部がアランのせいだと思っているんですもの。
アランの駄目なとこですわ。
アランは天を仰ぎ、深く息を吐き
「無事でよかった」
いつもの優しい顔で微笑みます。
アランはいつも人の事ばかりで、もっと自分を大事にして欲しいですわ。