神様、僕の願いを聞いて下さい ―アシュリー―
「アシュリー、そろそろ腹が減ったのじゃ」
女王様は女王様なだけあって食事の用意がままならないんだ。
今までどうしていたのか聞けばそのまま食べられる果物なので凌いでいたのだという。
果物だけじゃ物足りなかっただろうな。
僕は今日の獲物にと泉に仕掛けておいた罠を確認に向かった。
泉には魚が多くいた。
昔はこの泉にも人魚がいたんだって。
この泉で捕れる人魚の魚は高級品だったて聞いたけど、今この泉で魚は取り放題だ。
しかも、この森には香草まで自生している。
人魚の魚の香草焼きが簡単に出来るんだよ。
野宿であるとは思えないくらいいいものを食べている気がするよ。
だけど、野宿だもの全てが揃うってわけじゃないけどね。
鳥達が飛び立ち、風もないのに木がざわめいて、寝床にしている付近が騒がしい。
あそこでは女王様がお腹を空かせて待っているんだ。
魔物ぐらいだったら僕も、女王様もどうってことがない。
心配することも失礼なくらいだ。
だけど、この感じ……嫌な予感しかしない。
せっかくの魚を放り出して向かう。
黒いものが群がって、あれは魔族?
女王様が襲われていた。
出会った時よりも多くの魔族がいた。
なんだよ、この数……
なんでここに来るんだよ
なんで女王様を襲うんだよ
「アシュリー! 逃げるのじゃ!」
防戦一方になっているくせにどうして僕の事を案じられるんだよ。
どう見たって魔族の狙いは女王様だろ。
ここは助けてじゃないの?
僕は女王様の言葉を聞かなったことにした。
魔術弾を用意している魔族を袈裟斬りにし、僕に向かってくる魔族を横に払うも防がれた。
女王様の剣が魔族を捕らえたかのように見えたが、別の魔族が放つ魔術弾が女王様の姿を砂煙に隠す。
こんな時にこそ魔術が使えたらと思う。
幾ら剣を振るっても敵の数が減らないんだ。
女王様の側に近づきたくても攻撃に防御にと近づけない。
どうして魔族は女王様を狙うんだ?
彼女が魔族になにかしらの害があるように思えないし、あるとしたら勇者である僕じゃないのか?
聞いてみようにも魔族と意思疏通が出来たと聞いたこともないし、出来たこともなかった。
魔族という存在事態が謎だ。
金色の魔王軍の兵にあたるかと思えば統率がとれていないこともざらだ。
今回の襲撃はどっちだろう?
統率がないようにもあるようにも見える。
薙ぎ払っても、薙ぎ払っても、薙ぎ払っても、魔族の数が減らない。
本当に沸きだしていいるんじゃないのか?
魔族が女王様に抱きつくようにのし掛かった。
それを皮切りに沢山の魔族が女王様にのし掛かっていく。
早くあれを剥がなくてはいけない。
だって、あの魔族達からは本当に嫌な予感しかしない。
あの魔族達は笑っているんだよ。
気味が悪い。
女王様ももがいているけど、振りほどける素振りがない。
助けたいのに近づけない。
もどかしい……
女王様にしがみついている魔族達が光だした。
なんだあれは?
ダメでしょ。
本当に嫌な感じしかしない。
「アシュリー! 逃げるのじゃ!」
なんでこんな状況でも女王様は僕の事を心配するんだよ。
僕は……
なにも出来なかった。
情けないなんてものじゃない。
弱い自分が許せない。
どうして僕は大切な人を守ることも出来ないんだ。
女王様は最後まで僕を案じてくれた。
魔族の放つ光が強くなる。
目が開けていられない。
目を臥せた瞬間に弾けた。
女王様を逃すことのないようにと沢山の魔族がのし掛かり、その全てが爆発した。
なんにも残らなかった。
女王様の苦しそうな顔、悲しそうな顔、美味しそうに食べる顔、笑顔も……なにもかも。
地面が抉れ、茶色土が剥き出して、ああ……木も倒れてる。
女王様がそこにいたことがわからないくらいに全てが弾け飛んだ。
肉片の一片もなく、服の端布もなく全てがなかった。
僕がもう少しでも強ければなにか出来たんじゃないの?
弱いなら強くなるしかないじゃなか。
女王様の最後を僕は忘れちゃいけないんだ。
獣人最後の一人で最後の女王ラシュトヴィチュコヴァー。
彼女が僕に教えてくれようとしたことを忘れたくない。
この世界が平和になった時に女王様がいたんだと笑顔で話せるようになりたいな。
本当は側にいて欲しかったけど。
もっと母さんのこと聞きたかったな。
「僕がこのまま負けたままでいないと思い知らせてやるから、そこを動くな」
残っていた魔族は愉快そうに笑っていた。
僕を、弱い僕を嘲笑っているようだ。
父さんの時だって僕はなにも出来なかった……
僕の代わりにレオがしてくれた。
恨みを祓うように僕は剣を振った。
僕に向かってくる魔族、僕に興味をなくした魔族関係無い。
全てを許さない。
殲滅する。
殲滅してやる。
この世に存在したことを後悔させてやりたい。
この僕に対峙したことを悔やませてやる。
気が付けば抉れた地面に泉の水が流れて貯まっていた。
大きさ、形をかえ、濁った水が静かに揺蕩っていた。
どのくらい泉を眺めていたのかな。
涙さえ僕は思いどうりにできない。
壊れた堰のようにずっと流れているんだ。
父さんが死んだときにもう一生分の涙を流したと思っていたのに……
どれだけ僕の体の中に涙があるんだろう。
泣くって本当に疲れるんだ。
体の疲労なんかどうでもいい。
心が疲れるんだ。
心の疲れすらどうでもいいと感じるくらい疲れる。
守りたい人も守れないで何が勇者だ。
僕は泣くことしかできない勇者じゃないか。
泣くだけの弱い勇者なんていらないだろう。
母さんのように強く……強くはないけど、今のまま弱い自分は嫌だ。
もう泣くのはいやだ。
強くなりたい。
せめて、目の前の人だけでもいいから守りたいんだ。
これってそんなにワガママかな?
魔術なんて使えなくてもいい。
強くなれるならなんでもいい。
この腕がもげたって構わない。
歩けなくなったって構わない。
目が見えなくなったって構わない。
それで大切な人が、目の前の人が守れるなら幾らでも構わない。
強くなりたい。
ねぇ、神様。
僕の願いを聞いてください。
ワガママなことは言いませんから、大切な人を守れる強さを下さい。
僕は勇者でも、生け贄でもなんでもいいですから。
お願いします。
強くなりたいんです。
大切な人を目の前で失うことはもう嫌なんです。
なにも出来ずに守れないことが嫌なんです。
弱い自分が本当に嫌なんです。
誰かを助けられる、守れる強さが欲しいんです。
これってワガママですか?
女王様の最後をとりあえず誰かに伝えなくてはいけないだろうと、街へ戻ることにした。
このままここに居たくないっていう気持ちもあった。
このままここで女王様を弔いたい。
でもそれは全てが済んでからだ。
僕は……
街に戻ると、王子様が帰ってきていた。
お姫様も部屋から出てきて、二人は白の書を読んでいた。
僕は二人のように強くなれるのだろうか?
やっと一段落着きました