僕は早く強く強くなりたい ―アシュリー―
王子様がレオに連れていかれてから数日が経った。
マリア様はどこへ行ったのか姿を眩まし、お姫様も王子様を心配して部屋に引き込もってしまった。
出てくる様子もない。
そりゃ王子様のことは心配だけど、連れていった相手がレオだもの。
そこまで深刻にならなくてもいいんじゃないかと思うんだ。
お姫様と王子様がどれだけお互いを大事にしているのか知っているよ。
でも引きこもらなくてもいいんじゃないかな。
あの気丈なお姫様がここまで弱々しい姿を見せるとはね。
鬼の目にも涙……かな?
――弱いと云えば僕だ。
僕は一太刀もいれらなかった。
魔王どころかあの漆黒の貴公子にもだ。
母さんと対に語られるだけのことはある。
魔術はともかく剣は苦手だと聞いていたんだ。
どこが苦手だよ。
あれは達人の剣だろ。
身体強化の魔術なら当然かけていたし、護身術程度の腕しかないと思っていた僕の剣はそれなりに騎士団の中で上々だった。
再会してからはずっと王子様に扱かれてきたんだ。
それなのに簡単に受け止められてしまった。
噂に聞くような剣に……武に縁がないなんて嘘だ。
金色の魔王の瘴気に当てられることもなく生きているような人だぞ。
普通の人であるはずがない。
顔が綺麗な分、凄く冷たくて怖いと感じた。
子供の頃は怖くなかったのに。
……人のせいにしていても僕が弱いことは変わらない。
闇雲に剣を振っているだけで強くなれるだろうか?
強くならなきゃいけないんだけどさ……
「やっているね。アシュリー?」
剣を振ることで時間を潰していた訳じゃないし、剣に逃げるってことでもないんだけど……僕はその声を聞きたくない。
約束をしていたわけだからここに来ることはわかっていたんだけど……
マーゴ様は今日も大量の魔術書を抱えてきた。
うわー……なんだけど。
「アシュリーそんな嫌そうな顔するな」
何度マーゴ様の魔術抗議を聞いてもわからないし、火や水が出てくる訳じゃないんだ。
もう嫌になる。
魔術のマの字を見ることも嫌だ。
あー逃げ出したい。
「今日は幼児教育の教材を持って来たんだ」
幼児って……そこまでいくならもう諦めよう。
もう無理って投げ出してもいいんじゃないかな?
ここまできたら誰も怒らないよ。
絶対に大丈夫たって。
傍らにドカドカと乱雑に魔術書を置き、絵本にしか見えない魔術書を広げる。
「私は諦めないぞ。勇者なら格好よく魔術をドカーンとしてもらいたいじゃないか」
もう、僕としてはそれはいいかなって思うんだけど。
ドカーン、ドカーン、やるのはレオに任せておけばいいじゃん。
『黒焔の獅子』だもん。
そこにいるだけでドカーンってなるじゃん。
「マーゴ様、もう僕は魔術はいいかなって思うんです。それよりも魔力を高める方法ってないんですか?」
魔術書を広げる手を止め、持ってきた篭の中をあさりだした。
「魔力を高める? それなら魔石を使えば手っ取り早いよ」
マーゴ様が見せてくれたものは高そうな装飾を施した宝石がついた首飾りだ。
こんな高そうな物……僕にはムリだ。
「僕、こういうものを買うお金ないです……」
情けないけど、元伯爵家の者だけど逃げ出したとき着の身着のままだったし、そのまま旅をしてきたんだ。
装飾品になんてお金をかけたいと思わなかったし、いられなかった。
父さんも装飾品に興味なかったしね。
マーゴ様は首飾りをじっと見ると
「これは装飾があるからそれなりにするど、魔石だけならそこまでしないよ」
魔石だけならって、そもそもが宝石じゃないか。
宝石って高いんだそ。
宝石を見たことがないって人だっているのに。
この人……お金の価値をわかっているのか?
「物でじゃなくて純粋に力を高めることは出来ないんですか?」
僕、また変なこと言ったかな?
押し黙りじっと僕の顔を見てくる。
時が止まったようにじっと……
どうも、マーゴ様達と魔術に関する感覚が違いすぎるみたいだ。
やっぱり僕は魔術諦めるよ……
「当たり前の事過ぎて聞いていなかったんだが、瞑想はしているのか?」
瞑想?
僕はそんなことしたことない。
普通に生きていくのに瞑想なんてしないでしょ。
「はじめに話すべきだったな。魔術師は魔力の維持、増加させるために瞑想するんだよ」
王子様とお姫様がそんなことしている姿見たことがないよ。
……マリア様だってそんな姿見せなかった。
それとも僕が知らなかっただけ?
話に出てこないくらい当たり前なの?
「瞑想ってどうやるんですか?」
簡単に瞑想なんていうけど、僕からしたらナニソレなんだよ。
一般人として生きていくはずだったから知らないんだ。
知らなくて当然だと思う……よ?
「やったこともないのか……それであの魔力量って、アリスの息子なだけはあるな」
それはもういいから……
アリスの息子ってだけで同じ人間じゃないんだ。
「気負うことはなにもない。目を閉じて深く静かに想いを巡らせるんだ。」
そんな事でいいの?
たったそれだけで魔力増加に繋がるの?
「そんな簡単でいいの?」
それで強くなれるならいくらでも瞑想する。
「瞑想したからといってすぐに魔力量が上がるってものではないよ。そんな一朝一夕で出来るものではなく、継続が大事だ」
継続か……僕は早く強く強くなりたい。
勇者がどうとかじゃなくて、今のままじゃ王子様とお姫様の役に立たない。
剣が苦手と噂される人にも太刀打ち出来ないんだもん。
情けなさ過ぎるでしょ。
「そこをどうにか出来ないんですか?」
「水と土の綺麗な場所で火と風を感じるように瞑想すると幾分か早く魔力量は上がるだろうけど、それでも微々たるものだ。やらないよりはマシといった程度のものだよ」
それでもいい。
僕はマーゴ様にお礼もそこそこに街の外へ向かった。
近くの森に湧き水で出来た泉があると聞き、火の魔方陣を写した石板を借りた。
マーゴ様が開発した『誰でも魔術を使える魔道具』らしい。
さっき試しに使ったら火が出たんだ。
石板の上で燃える火だよ。
お茶一杯くらいの湯ならこの火力で充分だ。
こんな凄いものはじめてだ。
原理はわからないけど、マーゴ様って肩書きだけの人じゃなかったと感心したよ。
街道を外れると森は人を寄せ付けまいとするかのように茂っていた。
父さんの手伝いの素材採取で森に入ることが多かったからこのくらいのものだったら平気だ。
もっと奥に行けばキツいのかもしれないけど、これも強くなるため。
泉を早く探しだそう。
僕はしばらく街に戻らないつもりだ。
お姫様は引き込もってしまっているし、王子様はいつ戻ってくるかわからない。
今のうちに少しでも強くなりたい。
瞑想に飽きたら剣の素振りでして、襲ってきた魔物を退治していれば少しは強くなれるかな?
いや、強くなるんだ。