八章 【謀反】
その日長政は床でうなされていた。越前を攻めた信長は、その日のうちに手筒山城落城。そして、金ヶ崎城も落城寸前との報告が入ってきたのである。
朝倉義景は何としても守り抜かねばならない。もし義景が捕まってしまったらその口から、信長包囲網の存在が明るみに出てしまう可能性があるのだ。
長政は寝付けない床で、この夜二十回目の節目の寝返りをうった。どうしても寝付けない。
どんなに寝付けなくてもいつかは眠りに落ちるのが、人間という生命体である。彼の寝返りが三十回目を数えた時、長政は既に、眠りに落ちていた。
信長から書状と中くらいの箱が届いた。朝倉義景が捕まり、処刑されてからすぐにきた贈り物。詫び状なのだろうか、それとも、報告書なのだろうか。
書状にはこう書かれてあるのみ。
【無念】
立場によってどうとでも取れる一言。信長は一体何が無念だと言いたいのか。
信長の無念、それはこの箱を開けた時、形となって現れるのだろう。
箱に手をかける。いよいよ開かれる禁断の箱。
箱が開かれた時にまず感じ取ったのは臭いだ。錆び腐った鉄の臭い、そして、タンパク質の腐った臭い。
戦人である長政には、それが何なのか、直ぐに解った。
《人だ》
臭いが目に染みるのを堪えながら見つめた箱の中身は、
朝倉義景。
それを見た瞬間まるでそれを待っていたが如く動き出した男がいる。第六天魔王、織田信長。
斥候から、織田軍に囲まれたとの報が入ったのである。城に火の手が上がったのは、それから直ぐの事だった。
押し寄せる織田軍。瞬く間に長政が追い詰められてしまう。襖が蹴破られ、兵が押し寄せてくる。
その前にも後にも人はない。押し寄せてきた兵の名は、第六天魔王、織田信長。
背中に黒い羽を生やし、妖しく狂おし気に目を吊り上げ、ギラギラと赤く瞳を輝かせる、魔王信長。
乱世の魔王、第六天魔王を前に、長政は身構えた脇差しで、震えながら切り付ける。
怯えながらの攻撃ほど隙だらけな攻撃はない。案の定いともたやすくかわした信長は、
「無念じゃ……」
と呟きながら、手にしていた刀を長政に打ち下ろす。
長政は断末魔の叫びをあげた途端に意識を飛ばした。
越前、金ヶ崎城落城の報が届いたのと長政が悪夢から醒めたのはほぼ同時である。
《ここで食い止めなければ……。さっきの夢と同じ事になってしまうぞ……》
まだ夢の余韻が残っていた長政は、遂に、謀反へと踏み切ったのだ。義景の口から包囲網の存在が明るみに出ないうちに。




