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七章 【急襲】

 まさかこのような形で信長と取り交わした約定が役に立つとは、長政自身思いもしなかったろう。


【越前に攻め込む際は必ず報告すること】


 本来は、自分達浅井家主導の下、朝倉義景を討ち果たすための約定だったのである。この約定が今、浅井、朝倉、六角、武田連合軍の命綱となったのだ。

 信長が約定通りに浅井家に報告を入れてきたならば、即座に義景に密使を遣わし、美濃攻撃の踏ん切りを付けさせることが出来るのである。










 ところがここでも、魔王信長の感が冴え渡る。

 出陣の際幕府へと申し立ててきた進軍目標は若狭だった。

「若狭の武藤を成敗してまいる」

 という申告だったのである。

 ところが織田軍は目標であった筈の若狭を素通りして、その先に有る越前、つまり朝倉義景の領国へと攻撃を開始してしまったのだ。









 信長の越前急襲の報を受けた長政は、心の底から震え上がった。

《魔王めは千里眼でも持っておるのか?》

 見抜いていたのだ。信長は完全に見抜いていたのである。実際に少し考えればすぐ解ることだった。信長が匿う前まで義昭を匿っていたのは、朝倉義景なのである。

 信長が義昭の敵に回った以上、義昭が最も頼りにできる大名は義景だということになるのだから。

 それに加えて作戦指示のための御教書乱発。そのうちの何通かが越前に宛てられたものだろう事は、たやすく想像できるのである。

 だが、長政はそうとは思わなかった。既に信長に対して畏怖の念を持っていた彼にとっては、もはや千里眼としか思えなかったのだ。

 緊張により、厠が近くなる。越前急襲の報よりまだ一時間と経過していない。にも拘わらず、三度目の厠だ。しまいには、下腹部に鈍い違和感を感じるようになってしまった。


 長政は、排尿を終えた後、意見を伺うため市が控える奥の間へと向かった。









 市は今、長政を前にしている。信長の越前急襲を前に、浅井家はどう動くべきなのかとの伺を立ててきたのである。

 基本的に信長と同じ思考の持ち主である彼女には、信長が浅井家を当てにしていない訳ではないということ、いや、寧ろ一大名家として礼を尽くした結果、こういうことになっているのだということが痛い程よく解っていたのだ。

 どうしても止めたい。この無益な戦いをどうしても止めたい。止めなければ。

「お前様、ここはどうしても朝倉方に御加勢なさりますか?」

 こんな事を言っては、また殴られるかも知れない。その恐怖が無い訳ではなかったが、どうしても言わずにはいられなかった。長政の判断は明らかに間違っているのだ。

「済まぬ。辛い戦になるだろうが、堪えてほしい」

 長政は深々と頭を下げている。いつもの長政だ。

《まだ冷静さが残ってる》

 そう見た市は、これまでの信長の行いが全て同盟に則ったもので有ることを一気に畳み掛けた。

「浅井、織田間の同盟はあくまでも攻守同盟です。お前様は信長に仕出した訳でも臣従した訳でもありませぬ」

 攻守同盟。それは、侵攻する際は援軍を要請することができ、侵略された際は、援軍を徴発することができるという同盟。今回はそれに【朝倉義景へのトドメは長政に任せる】との特殊な条文が混じっているだけなのだ。

 まだ一乗谷城を包囲した訳でもないのだから、この越前急襲も約定違反には当たらないのである。

「いかに親族といえど、家臣ではない者に所領を分配する訳にもまいりませぬ。それ故、元々かの地を治めていた六角家ゆかりの者に一時的に任せたのだということを、何卒ご理解下さいまし」

 市は額を畳にこすりつけて詫びながら、信長の事情を説明する。

その姿勢を保ったままの市は、長政が立ち上がったのを気配から察した。その刹那である。

 後頭部にひどい圧迫感を感じ取り、それと同時に顔全体を畳に叩き付けられたのは。

 床に這いつくばったまま、市は長政の声を聞いた。

「ふん! やはり魔王の縁者など頼りにした某が間抜けであったわ!」

 気が狂いそうだった。どうしても解ってもらえない。信長の天下が来た時に、近江は浅井家の物になるというのに……。




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