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お掃除とお買い物

 朝食のあと、オリガとミハイルは二階の寝室の掃除をする。

 そこはかつて、オリガの父親が使っていた部屋で、一年ほど放置していたために、埃だらけだったのだ。


「な、なんだ、この部屋は。汚ねえ」

「忙しく、掃除をする暇もなかった」


 オリガの言い訳にミハイルは返事をせず、カーテンを開き、窓を開けた。


「おい、手巾かなんか寄こせ。一人二枚だ。それから、掃除道具――雑巾と箒、あとブラシも!」

「あ、ああ」


 ミハイルはテキパキと、指示を飛ばす。

 掃除道具を待つ時間がもったいないので、布団を抱えて一階まで下り、洗濯竿にかけた。

 その辺で拾った太い棒で布団を叩いて埃を落とす。


「げっほ、げっほ、クソ!!」


 涙目になりながら、布団を親の仇のように叩く。

 ミハイルは潔癖症で、埃が何よりも嫌いなのだ。

 今日は太陽の光がさんさんと降り注いでいる。一日干していたら、埃臭さもなくなるだろう。空を見上げながら、ミハイルは思った。


 この辺の性格も、自堕落な生活をしていた母親のようになりたくないという深層心理があるのだが、本人は気付いていない。


 とりあえず布団はどうにかなりそうだったので二階に戻ったが、オリガが掃き始めた埃を見て、くらりと眩暈を覚えた。

 一回掃いただけでは掃ききれずに、箒の跡がまっすぐな線となっていたのだ。


「おい、そのやり方じゃキリがねえ。水を流すぞ!」

「え? ああ」


 まず、オリガが準備していた二枚の手巾を三角に折り、一枚は頭に巻いて、一枚は口元に装着する。これで、埃を吸い込まずに済む。

 続いて、二人で一階に下りて行き、外の井戸で水を汲んだ。

 床に水を流し、ごしごしと磨いていく。

 そのあとも、床を拭いて、埃を被っていた家具を拭き、カーテンを剥いで洗う。

 途中から、オリガを追い出して、ミハイル一人で行った。

 あまり広い部屋ではなかったが二時間ほど、たっぷりと時間をかけて綺麗にした。


「終わったようだな」

「おかげさまで、な」


 オリガはピカピカになったかつての父親の部屋を見て、驚きの表情を浮かべている。


「すごい、父が使っていた頃より、綺麗になった」

「これくらい普通だろ」


 ミハイルはそんなことを言いながらも、褒められて悪い気はしていなかった。


「床の艶出しは塗っているのか?」

「いや、したことないな」

「悪くなるからしたほうがいい」

「わかった。今度、出入りの商人に頼んでみよう」


 とりあえず、部屋は綺麗になった。今度は、ミハイルの身の周りの品々を準備しなければならないのだ。


 まず、二人揃って毛皮の保管庫に向かった。

 厳重に結んでいた縄を解き、鍵を開ける。

 内部は火気厳禁。なので、窓から差し込む明かりだけが頼りだ。


「うわ、結構獣臭い……」

「獣の皮だからな」


 屋根裏部屋部分となる毛皮保管庫には、多くの動物の毛皮が保管されていた。

 服などに加工する時は、仕立て屋などが獣臭さなどを薄くする加工を行う。

 湿気がこないよう、炭などが積まれ、虫除けの乾燥薬草なども天井から吊るされている。

 途中、壁にクマの頭部戦利品ハンティングトロフィーが張り付けられていて、ミハイルはぎょっとした。


「それは父が仕留めた一番の大物だ」

「怖えよ」


 ミハイルよりも、一回り以上顔が大きかったのだ。

 戦々恐々としながら、前を通り過ぎる。


 途中、ミンクの毛皮を見せてもらう。


「ミンクの体毛はほとんどの個体が黒。まれにいる灰褐色は高値が付く」


 ミンクは村からソリに乗って一時間ほどの場所にある、三日月湖のほとりなどが狩場である。

 繁殖期は初夏の頃。狩るのはそれ以降、秋口から冬場になる。

 雄と雌にも毛質に違いがあり、雌のほうが毛並みも綺麗なので、高く売れるのだ。


 ミハイルは雄のミンクと、雌のミンク、交互に触ってみた。


「えっ、本当だ。ぜんぜん違う! すごいな、これ!」


 ミハイルはわかりやすい反応を見せる。オリガは満足げに頷いていた。


「次は、トラだ」

「おう」


 オリガは部屋の奥にある細長い木箱より、真っ白い毛皮を出す。

 それは、驚くほど大きなトラだった。

 毛皮は光が当たる度に、艶やかに輝いている。目の前に差し出されたので、手で触れてみる。


「わっ、なんだこれ、やわらかっ……!」


 毛はしっとりとなめらかで、光沢がある。撫でる手が止まらないほど、触り心地がよかった。


「いい毛皮だろう」

「今までの中で一番だ」


 ミハイルがそう評したら、オリガは嬉しそうに微笑んで頷いた。

 またしても、ミハイルはその表情に、見惚れてしまう。が、今回はすぐに我に返って、首を横にぶんぶんと振った。


「帽子は――オコジョにしよう」


 小さな木箱より取り出されたのは、小さな毛皮。それを四枚ほど手に取る。

 オコジョはクロテンやミンクと同じイタチ科で、美しい純白の冬毛に高値が付く。

 貴族の間でも人気が高いその毛皮で、帽子を作ることになった。

 ミハイルは申し訳ない気持ちになったものの、毛皮がなければ生活できないので、オリガに甘えるしかなかった。

 これから先は、しっかり働いてもらった分だけでも返そうと思っている。


 その後、オリガと共に、仕立て屋に向かうことになった。

 朝同様、借りた外套と帽子を被っての移動である。


 オリガの家の周囲は、広く高い柵に囲まれていた。小動物も入れないほどの、厳重な物であった。


「ああでもしていないと、家畜をオオカミが狙うんだ」

「なるほど」


 現在、牛が一頭と羊が一頭、鶏が十羽、それから、犬数頭にトナカイ一頭を飼っているという。


「移動はソリだ。長距離だったらトナカイ。短距離は犬」

「馬は使わねえのか?」

「ああ。別の村では飼われているが、うちの村はトナカイか犬だな」

「へえ」


 そんな話をしながら、針葉樹林が生い茂る中を進んで行った。

 村とは言っても、隣の家が随分と遠い。

 まるで、森の中にぽつんと家があるようだった。

 一時間ほど歩いた先に、仕立て屋があった。青星の村唯一の商店で、仕立て以外にも、既製服を売っていたり、ちょっとした生活雑貨や食料も売っていたりいる。

 オリガの家同様、わらぶき屋根の丸太を積んで造られた家で玄関の扉には、『仕立て屋 愛しきヴェロニーカ』と書かれてある。


「ヴェロニーカは初代店主の奥方の名前らしい」

「愛妻家か」


 扉を開くと、カランカランと鐘の音が鳴る。

 店内は雑多だった。

 木の棚に保存食、パン、乾燥キノコや香草などが並べられ、値札代わりに、リスの毛皮何枚と交換など、取引の相場レートが書かれた紙が張り付けてある。


「いらっしゃいませ~~」


 店の奥から、男の声がする。

 出て来たのは、ミハイルと同じ年頃の少年であった。

 栗毛の短髪に鼻周りにそばかすが散っており、愛嬌がある顔立ちをしている。

 オリガとは打ち解けた仲のようで、親しげに話しかけていた。


「ロジオン・ダニーロヴィチ、今日は店番か?」

「そうだよ」

「今日は外套と帽子の製作を頼みにきたんだが」

「大丈夫。採寸できるから」

「助かる」


 ここで、オリガはミハイルを紹介した。


「今日は彼の服なのだが」

「えっ、誰?」


 オリガの背中に隠れていた人物を見て、ロジオンを呼ばれた少年は目を丸くしていた。


「私の夫だ」

「ええ、嘘だあ!」

「嘘ではない」


 事前に用意していたミハイルの設定を、オリガは棒読みで説明する。


「彼はトナカイの遊牧民で、怪我をしているところに出会った。看病をしているうちに、愛が芽生え、私から求婚し――結婚した」

「オリガは愛に目覚めた!?」


 まったく、欠片も信用していない様子である。


「なんか、遊牧民の男性を無理矢理拐わかして、夫になるように強要したってほうが、説得力がある」

「……」

「……」

「あれ、もしかして、昨日、オリガが牽いていたソリの獲物って、旦那さんじゃないよね?」


 ミハイルはソリで運んできたのかと、追及するようにオリガを見た。

 オリガは、明後日の方向を向いている。

 気まずい雰囲気となる店内。

 ロジオンは慌てて弁解をした。ミハイルがとても綺麗な黒髪に加えて、秀麗な顔立ちをしているので、勘違いしてしまったのだと。

 シンと静まり返るこの場を取り繕うため、ロジオンは話を続ける。


「あの、オリガって、黒い毛並みの動物が大好きで……」


 家にいる犬やトナカイは黒、好んで着る外套も黒。森で出会った黒いクマは絶対に逃さない。

 オリガは村の中でも有名な、黒い物好きだったのだ。


 その点に関しては本人から聞いていたのだが、トナカイや犬と同列に例えられて、ミハイルは切なくなる。

 視線を感じたので、横目でちらりとオリガを見たら目が合った。


「なんだよ、黒毛好き」


 黒毛好きに間違いなかったので、オリガは言い返す言葉がなかった。


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