↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タイガの森の狩り暮らし〜契約夫婦と東欧ごはん〜  作者: 江本マシメサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/85

シカ猟

 オリガと良い雰囲気になったのに、空気を読まないシカが現われた。

 暗闇の中で、ぼんやりと姿を捉える。

 シカの角は春先にポロリと落ち、初夏を過ぎたら立派な角に生え代わっている。生えるのは雄のみだ。

 一方で出現したシカには、角がなかった。雌のシカであることがわかる。

 はっきり姿が見えるわけではないが、暗闇の中で目がキラリと光っていた。


 シカ猟について、事前に打ち合わせをしていた。

 ミハイルが頭を、オリガが首元を狙う。


 ゆっくりと銃を構える。

 シカはキョロキョロと周囲を確認してから、のっしのっしと畑に入って行く。

 雌シカにしては、大きな個体であった。

 トナカイではないのかと目を凝らすが、シルエットは間違いなくシカだった。


 シカは畑の真ん中に立ち、ムシャムシャとビーツの葉を食べ始める。

 ミハイルは銃を構え、顔を上げるタイミングを見計らった。


 口いっぱいに葉を食(は)んだ雌シカが、顔を上げた。

 それと同時に、ミハイルは銃の引き金を引いた。同時に、オリガも発砲させる。

 パァン! と、二発の銃声が鳴り響いた。

 シカの体は跳ね上がり、地面を蹴って逃げようとする。


「外したか?」

「いや、大丈夫だ」


 オリガがそう言ったのと同時に、シカはバタリと倒れた。

 角灯に火を灯し、畑のビーツを踏まないようにして中へと入って行く。

 灯りをシカに当てると、額と首の二ヶ所から血を流していた。


「よかった。俺の弾も当たっていたんだ」

「だと思っていた」


 シカに縄を括りつけ、二人がかりで畑道まで運んで行く。

 途中から農作業用の荷車に載せて、徒歩五分ほどのチミールの離れ小屋まで運んだ。

 庭先に穴を掘り、シカの血抜きを行う。


 ミハイルは井戸から取った水を桶に入れる。

 オリガは裂いた首からナイフを入れて胸部分の骨を断って外すと、内臓を抜いた。その後、皮を剥ぐ。外套を脱ぐように、手早く剥いていく。

 あとは二人で、部位ごとに肉をわける作業に取りかかった。

 手足を切り落とし、首も両断する。

 肋骨あたりの肉は、一番上等な背中の肉。肋骨内の肉もまた美味い。

 取れた肉は、冷やすために桶に沈める。死んだばかりの肉は体温が高いので、肉焼けを防止する目的があった。

 そのあとも、背骨の内側にあるヒレ肉に、足のモモ肉、一番やわらかな腰肉に、あばら肉、すね肉に舌と大量の肉を得ることができた。

 角灯が二つしかない薄暗い中、ミハイルとオリガはどんどんシカ肉を解体していった。

 額の汗が、ポタリと地面に落ちていく。

 体温の残る肉に刃を入れることは、何度行っても慣れない。

 しかし、生きるためには必要だった。

 肉の付いた骨は、燻製にしたら犬のおやつになる。持ち帰れない骨や頭蓋骨などは畑の肥料に使うとチミールが言っていた。

 毛皮は折りたたんで革袋に入れる。血抜きに使った穴は、周囲に散っていた血濡れの土共々埋めた。

 これで、本日の仕事は終了である。

 離れの小屋の隣にある風呂を使ってもいいと言っていたので、お言葉に甘えることにした。すでに浴槽に水は張った状態だったので、あとは薪で焚くばかりである。

 ミハイルはオリガに先に入るよう勧めたが、首を横に振る。


「ミーシャが先に」

「いつもそうじゃねえか」


 共に暮らし始めてしばらくはオリガが先だったり、ミハイルが先だったりしたが、春になって禁猟期になってからは、ミハイルが先に入ることが多かった。


「私はあとでいいから」

「じゃあ、お先に」


 悪いなと思って勧めたが、ゆっくり入りたいからと言うので、お言葉に甘えることにした。

 チミール家の風呂は広かった。桶を型にして作ったであろう、巨大な石鹸があって笑ってしまう。

 浴槽の湯を掬い、頭から被ったらまだ中まで温まっていなくて、冷たかった。

 水音を聞いたオリガが、外から声をかけてくる。


「ミーシャ、湯加減はどうだ?」

「まだ温まってねえ」

「え?」

「もうちょっと温めてくれ」

「すまない、もう少し大きな声で」


 壁が厚いのか、ミハイルの声が外に届いていないようだった。

 窓を開いて、かまどの前にいるオリガを覗き込む。


「なあ、もうちょっと温めてくれないか?」

「え……、なっ!」


 窓から顔を覗かせただけなのに、オリガはミハイルの裸を見て驚き、素早く背を向けていた。

 裸といっても、上半身だけである。

 以前までは無表情で窓を開き、体を見ても無反応だった。

 いったいどうしたのかと、問いかける。


「おい、どうした?」

「いや、だって……」


 まさか、裸を見て、恥ずかしがっているというのか。ミハイルはオリガの後姿をじっと眺める。


 もしかして、男として意識をされるようになったのか。

 それは、かなり嬉しいことである。


 とはいっても、いつまでもこうしているわけにはいかないので、背を向けるオリガにもう少し湯を温めてくれるようにお願いをした。


 風呂から上がり、小屋へと帰る。

 中は大きな暖炉と、簡易かまど、木のテーブル、水の入った樽に寝台が二つと、必要最低限の家具であるが、過ごしやすいように整えられた部屋であった。

 テーブルの上には、丸く大きなチーズと、籠の中には黒麦パン、ジャムに茶器、酒などがあった。

 チミールからの、『お疲れ様です。どうぞご自由に召し上がってください』という置手紙もある。


 ミハイルはオリガを待つ間、小屋にあった研石でナイフを研いだ。

 刃がピカピカになったころに、オリガが戻って来る。


「ミーシャ、茶を飲むか?」

「ああ、そうだな」


 オリガは火口が一つだけの簡易かまどに火を入れて、水を入れたやかんを置いた。

 数分後。湯が沸いたらポットに茶葉を入れて、湯を注いだ。

 蒸らした茶を、茶濾しにくぐらせながらカップに注ぐ。湯気が立っているカップを、ミハイルは受け取った。

 二人は向かい合って座り、ジャムを舐めながら茶を飲む。

 チーズはナイフで削ぎ、パンはカットされたものを半分にして食べた。


「それにしても、ミーシャの銃の腕前には驚いた」

「偶然だろうよ」

「いや、前にも、クマの頭部を撃ちぬいただろう?」

「あ~、あったな。そんなことが」


 練習だとそこまで命中率は良くないのに、本番だと精度がぐっと上がる。

 なので、上手いのか下手なのか、よくわからないのが現状である。


「いや、本番に強いのも実力だ」


 オリガはミハイルの狩猟の腕を認めてくれた。

 それならばと、以前より考えていた計画を話すことにした。


「ずっと考えていたんだが、冬になったら、按摩の仕事は午後からにしようと思っているんだ。暗くなるのが早いから、客が来るかわかんねえけど」

「それは、なぜ?」

「朝から狩猟に行こうと思って」

「それは――」


 一人で行くとは言わない。慣れるまで、一緒に行きたいと思っている。

 成果がでるようになったら、単独で行きたい。

 どうだろうかと、提案してみた。


「いきなり、どうしたんだ?」

「いや、狩猟って危険だし、力仕事じゃんか」


 オリガを一人で行かせるのは心苦しい。それともう一つ。


「もしも家族が増えた時に、家にオーリがいたほうがいいなって、思って」


 ミハイルの母親はずっと家にいなかった。幼い頃、何度も寂しい思いをしたものだ。

 だから、オリガには家にいてほしい。ミハイルは願う。


「俺のためじゃなくて、その、家族とか、そっちのためというか……」


 だんだん恥ずかしくなり、しどろもどろな物言いになる。

 ちらりとオリガを見たら、顔を真っ赤にさせていた。


「その、詳しい話はまた、あとで言うから」

「わ、わかった」


 今日はもう疲れたので寝よう。

 二つある寝台に、各々寝転がる。角灯を消すと、部屋は真っ暗になった。


「……」


 シカ猟でくたくたなのに、目を閉じても眠れない。

 どうしたものかと、ミハイルは考える。

 何度も寝返りを打っているオリガの物音を聞いて、向こうも眠っていないことがわった。


 眠れない原因を考えた。

 すぐに思いつく。オリガと一緒ではないからだ。

 またしても、隣からごそごそと寝返りを打つ物音が聞こえた。


「オーリ、起きているのか?」

「ああ」


 寝台の広さを確認する。かろうじて、大人二人が眠れる寸法だった。なので、オリガを誘ってみる。


「あの、今日は、ちょっと寒いから、その、こっちで眠らねえか?」


 すると、オリガはすぐに起き上がり、ミハイルの寝台へと潜り込んでくる。

 素早い行動に、笑ってしまった。


 互いに横たわると、自然と密着する形になる。

 家の寝台より、一回りほど小さかったからだ。

 互いに向かい合って眠る形となる。

 オリガの頬にかかっている金の髪に指先を絡ませ、櫛を入れるように滑らせる。絹のような手触りだった。ずっと触れていたくなる、美しいものである。

 本人が何も言わないことをいいことに、ミハイルはオリガの毛を弄んだ。

 そんなことをしているうちに、隣からすうすうと穏やかな寝息が聞こえた。


「なんだよ、眠れるじゃねえか」


 ミハイルはオリガの髪から手を離し、体をぐっと抱き込むようにして眠る。

 瞼を閉じたら、すぐに深い眠りに落ちてしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。