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□ 第9話

 淵ノ辺神社への距離はそう長くはない。

 しかし神社を中心とした辺り一帯は、近づくにつれてまるで闇が濃くなるように暗く、そして人気や物音され聞こえなくなっていた。

 つむぐ達は屋根から屋根へと飛び移りながら神社を一直線に目指していたが、頬に当たる風は生暖かく湿気を含み、まるで意思を持って邪魔をするように体にまとわりついてかのようだった。眼下に広がるあるはずの民家や街灯の明かりはもう既に消え失せ、自身がどこにいるのかを危うくさせる。静寂な夜の海を羅針盤もなく、ただ船を突き進めているかのような、行き先のわからない不安をつむぐは重苦しい程の圧迫感とともに感じていた。

 やがて神社の鳥居の前をへと辿り着くと、つむぐは緊張した顔のままに、不思議そうに声を上げた。

「何だ、おかしいな。見たところは、特になにもなさそうだけど」

 つむぐは暗闇に目を凝らして、その奥を見つめるが、階段の先にかすかに見える境内の様子は特別に変わったところは感じられなかった。

「それは違うよ。多分、ここがギリギリの所なんだよ」

 カンリカは鳥居の奥にではなく、鳥居の前にその視線を送ると、その目を細めて静かに凝視した。

「この先が、多分もう違う所になってるんだよ。今見てるのは、多分別物だね」

「別物って、じゃあ、本当の淵ノ辺神社はどこにあるんだよ」

 つむぐは声を焦る気持ちから声を荒げそうになったが、必死に心を落ち着けた。

「んっ、それはこの奥だよ。今目の前に映っている光景って、何て言ったらいいのかな、本来あるだろうっていう光景をただ映してるだけなんだよ。ほら映写機で、スクリーンに映像を映しているような感じだよ。でも映っているってだけで、別にそこに本物があるわけじゃないでしょ。本物は映っている最中も別の所にちゃんとあるわけで……」

「つまり、今目の前に見えてる神社全体の光景はスクリーンに映っている映像ってことか」

 つむぐの言葉に、カンリカは「そうそう」と頷いて見せた。

「じゃあ、この鳥居の先に行ってみないと、何が起こっているかわからないわけだ」

 つむぐはそう言うと、その足を鳥居の奥へと進めようとする。

「ああ、そこは駄目だって」

 つむぐの行動にカンリカは焦った様子で、そう言うが、その時はもう遅かった。

 つむぐは鳥居へと近づいて、そのまま潜り抜けようとするが、そこで何か見えないものに阻まれると勢いよく後方へと弾き飛ばされた。

「いてて、何だ」

 つむぐは尻餅をつくと、怪訝な目付きで鳥居を見上げた。

「そりゃ、そうだよ。この結界は単にこの場に景色を映してるわけじゃなくて、その先に入れないように壁を作ってもいるんだから。ちなみにこの神社を中心に人近づかないっていうよりは、無感心になるようにする術がかけてあるから、ここに来る人なんていないんだろうけど。一応念の為にってところなのかな」

 カンリカはそれに「さっき火柱があがった時も、これと同じような術が仕掛けてあったよ」と付け加えた。

「おい、じゃあどうやって入るんだよ。時間がないんだぞ」

『ならば他を探せばいいだろうに、それは可能か』

 つむぐの焦る声に、コルトは割って入るとカンリカへと声を掛けた。

「ああ、それなら。この術に関してなら、多分大丈夫だと思う。この手のものって、大抵は裏口みたいなものがあるから、探せば見付かるかも」

「裏口って、そんなのがあるのか」

「裏口っていうのとは少し違うんだけど、何て言ったらいいのかな。そう、要はこの神社の関係者専用の入り口みたいなものかな。いくら入れないっていっても、本当の緊急時になかに入る必要があるのに入れないじゃ、それって意味がないでしょ」

 つむぐは曖昧ではあるものの、カンリカの言った意味を多少理解すると、頷いて見せる。

「それじゃ、探すとしますか」

 カンリカはそう言うと、目を凝らしながらつむぐ達では見ることのできない術の壁を慎重に確かめていく。やがて周囲を回るようにして、その姿が消えると、しばらくしてカンリカが小走りをして戻って来た。

「見つけたよ。うまい具合に隠してあるけど、多分あそこからなら入れるかも」

「ずいぶん簡単に見つかるんだな」

「そりゃ、これぐらいしか取り柄がないからね」

 つむぐは感心すると、小走りに走るカンリカの後に続いた。

 そして鳥居から少し離れた木々が鬱蒼と生い茂る、おおよそ道と呼べるべきものさえ見当たらない所へと来ると、カンリカはそのまま走っている勢いのまま飛び込んだ。するとカンリカの姿はまるで手品のように一瞬で消えるが、つむぐはその足を止めることはなく自身もそこへと飛び込んだ。瞬間的に体が分厚い粘土気質のようなものにぶつかった感触があったが、つむぐが不思議に思った頃には、もう何の感触もなく地面へと足を踏み込んでいた。つむぐが目の前を見ると、姿の消えたカンリカが振り返っている。

「大丈夫」

「ああ、問題ない」

 カンリカの声につむぐは短く答えると、その視線を傾斜のかかった木々の先へと向ける。その先には、おそらく神社の境内がある。

「嘘だろ」

 つむぐはそう呟くと目を見開いた。

 視線の先に赤く揺らめきながら、赤い炎の先端がつむぐの目に映っていた。よく見渡せば、周囲にはかすかに煙が立ち込め、木々の焼け焦げる異臭が漂っている。遠くの方では、木材が焼かれ乾いて弾ける音が小刻みに鳴っている。

「今さっきまでは、何ともなかったのに」

「それは違うよ。何ともなかったかのように、そう思えただけ。実際には目の前で火が上がっているけれど、それが異常だとは感じないんだよ」

 カンリカそう言って口元を手で覆うと、周囲を見渡した。

「とにかく、ここにいても何だし。上に行くしかないんじゃないかな」

 つむぐはしばし茫然としていたが、気を取り直すように首を左右に振ると、カンリカに頷いて見せた。

 つむぐ達は周囲に漂う煙を吸い込み過ぎないよう注意して歩くと、辺りを警戒しながら慎重に、しかしできる限り足早に足を進めた。

 やがて社が視認できるまでに近づくと、つむぐ達はその脇へとしゃがみ込み、一旦境内やその周辺を見渡した。

 火の熱気が遠くの景色を歪ませてはいるが、人影は見当たらない。しかしながら社を中心としてその火は広がっており、時間が経てばたつ程にその炎は周囲を焼き焦がしていくことはつむぐにでもわかる程だった。

「桜ちゃんは病院にいるとしても、太一や親父さん達はどこにいるんだ」

「人影は見当たらないし。うまく逃げたんじゃないかな」

 つむぐはカンリカの言葉に少し間を置くと、首を横に振った。

「いや、土地の管理者は桜ちゃんだけじゃないだろ。少なくとも太一や親父さん達は、それに関係しているはずだ。それにこんなことになってるっていうのに、早々と逃げ出すような人達じゃない、何とかしても火を消し止めようとするはずだ」

 つむぐは脳裏に嫌な考えが浮かぶと、それを振り払った。

「ここにいなってことは、多分それ以上に重要なことが起きてるってことだろ。いるとしたら一か所しかない」

「支柱を守ってる」

 つむぐはカンリカに頷いた。

「場所はわかるか」

「あの社のなかだよ。でもどうする、今はもう火の海だよ」

 カンリカの言う通り、社はその形を保ってはいるものの、柱や壁には火が燃え広がり開いた入り口からは、容赦なく火が噴きだしている。入れば間違いなく火だるまになるか、よくて大やけどをおう結果になることは誰が見ても明らかだろう。

「ごめん、私はこの先に行けない。私とっては火そのものが天敵みたいなものだから、少なくともあの状況下だと、多分数秒ともたない」

 カンリカは申し訳なさそうにしながら、何とか別の方法がないか必死で考えている。

「少なくとも、防護服を着てるならともかく、普通の人間でもあのなかは無理だ」

『防護服はともかくとして、おまえは私を纏っていることを忘れていないか』

 ふと、コルトが不満気に声を出した。

「火の海だぞ、大丈夫なのか。たしかに肉体的な強化をしているってことは聞いてたけど。そんな無茶苦茶なことも可能なのか」

『もちろんだ。火のなかであろうと、業火のなかであろうと、つむぐが消し炭になることはない。水中のなかでなら、丸一日程度なら呼吸せずに動くことも可能なはずだ』

「そういうことは最初に言えよ」

『これから訓練をするはずだったんだ。言っておくが、おまえは未熟だ。ここから先にいるのは、おそらく本物の魔法を使う魔法使い達の領域になる可能性がある。引き返すのなら今だぞ』

 コルトはつむぐの覚悟を改めて確認するが、それでもその答えをもう知っているかのような態度だった。

「断る、僕が選んだ道だ」

「だろうな」

 やはりつむぐの言葉にコルトは嬉しそうに言葉を返した。

「カンリカはここで待っていてくれ、僕がなかに入る。もし火の勢いが本当にまずい時はすぐに逃げろ。それと、できるなら何とか火を消し止めておいてほしい」

「わかった。ここをなんとか片付けたら、私もすぐに追いつくよ」

「ああ、頼む……」

 つむぐがカンリカに力強く頷くと、カンリカは優しく微笑むとその顔をつむぐの頬へと近づけた。つむぐは頬に何か柔らかで、少しひんやりとして感触を感じるが、カンリカはすぐにその唇をすっと離した。

「えっと、あれ」

 つむぐは一瞬何が起こったのかを理解するのに時間を置いたが、すぐに耳を赤くする。

「おまじない。もしそれ以上のことがしたいなら、死んじゃ駄目だよ」

 よく見るとカンリカもほのかに耳を赤くしていたが、すぐに背を向けるとその場から立ち上がった。

「頑張ってね。こっちはなんとかしておくよ」

 それだけ言うと、もう彼女は足早に足を進めた。

『とりあえず、殺しておくか』

 つむぐが茫然としているところに、コルトは本気とも冗談ともとれないような言葉を平坦な声で呟いた。

「いや、それは駄目だから」

 つむぐのその言葉にコルトが一瞬舌打ちをしたようにも聞こえたが、つむぐはそれを聞き流した。

「とにかく、行くぞ」

 つむぐは気を取り直すと、そう言ってすぐに社へと駆けだした。


 社のなかは熱風と、その熱気がまるで生き物のように不規則に辺りを暴れ回っているようだった。燃え上がる火はその先端を蛇の舌のように小刻み動かすと、獲物を狙うかのように次へ次へとその火を移していく。

「ひどいな」

 つむぐは熱風に煽られて飛んでくる火の粉を払うと、そう呟いた。

『まあ、まだ崩れていないだけましだろ』

 コルトはコルトで、冷静な言葉をそれに返した。

「しかし、どこに支柱であるんだ」

 つむぐは燃え盛る炎のなか目を凝らせる。

 しかしそれらしい場所も、それらしい物さえ見当たらない。そもそもここまで火に包まれて無事なものなのだろうかと、つむぐは少し不安に思った。

 つむぐの体感にしてはたき火の近くで暖を取っているような、少々熱い程度の熱さだが、実際にはこんな所はオーブンのなかにいるのと大差はないのだ。

「カンリカはここにあるって言ってたし、ないってことはないと思うんだけどな」

 そもそも何度かここへとつむぐは訪れているのだから、何か妙な物でもあればそれなりには記憶に残っていそうなものだが、いくら思い出したとしてもそんな物や話は見たことも聞いたこともない。

『霊脈を調整しているというのなら、可能性としては地下があるが』

「地下室ってことか。いや、そんな場所あったかな」

 つむぐは顎に手を当てると、その場で考え込む。

『いくら親しいからといって、全てを見せているわけもないだろうに。おそらくだが、どこかしらに何らかの通路や入り口があるのではないか。つむぐ自身が今までにそういった物を見ていないということは、普段見えていない所にあるのだろう』

「普段見てないか。あっ、一か所あるぞ」

 つむぐは思い出すように声を上げると、そのまま足を進めた。

 足場の悪い廊下を進み、降りかかる火の粉を払いながら、やがて一つの部屋の前まで来るとつむぐは半分焼けてしまっている引戸を蹴り飛ばした。

 その部屋のなかには煙が立ち込め、視界が悪くその細部を確認することができないが、つむぐはそのまままっすぐに足を進めた。

「これだよ、これ」

 つむぐの目の前には、天井の高さまである大きな大木が一本、回りを柵で囲まれるようにしながら堂々と立っていた。もうずいぶんと昔に切られてしまっているようではあるが、その樹齢は幹の太さを見れば何百年、何千年とも見て取れる程に立派な物だった。

『何だ、これは』

 コルトは不思議そうに声を出した。

「御神体だよ、この神社の。ここになら何かあるかと思ってさ」

 つむぐは御神体の回りをぐるりと一周すると、罰当たりなのだろうが、御神体を叩いたりしていた。

「まさかこれが支柱じゃないよな」

『意味合いとしては、それを模している可能性もあるが。まあ、これはどう見ても支柱ではないだろうな、特に何も感じることもない』

 つむぐはどうしたものかと考えたが、ふと視線を大木の根本へと向けると、部屋に漂う煙がその下に吸い込まれていることに気が付いた。

「あった、きっとこの下だ」

 思わす駆け寄ると、つむぐは力一杯大木を押したが、その大木は少しも動く気配がない。

『そこではない、ほれ、足元の床の板だ』

 コルトの声につむぐは足元に目を向けると、コルトの言う通り、床板の一部に煙が吸い込まれている。

 つむぐは床に這いつくばって目を凝らせると、床板の切れ目にちょうど指を引っかけられるような窪みを見つける。慌てるように窪みに指を引っかけると、つむぐはそれを持ち上げた。

 存外簡単に床の板は持ち上がると、その奥に階段を覗かせた。階段のその先はトンネルの奥の暗闇へと続いていて、その先は見えない。

 つむぐは迷うことなく、床下のトンネル内へと足を進めた。

 トンネルとはいっても、特にコンクリートや鉄筋で作られているわけではない。単純に地面を掘り抜いて、その壁を叩いて固めて木材で固定しただけの簡素な作りだった。無論電気が通っているわけでもなく、トンネルの奥まで来るとつむぐは壁に手を当てながら階段を下へ下へと降りていた。特に地震が起きているわけはないが、崩落の危険や、ただ単純に社が焼け崩れた場合は出られないのではないかと考えがいたる頃には、つむぐは階段をほぼおりていた。

「あれって、明かりか」

 つむぐはとにかく先に行くことだけを優先させると、湿って重苦しいような空気を吸い込みながら、その目を細めた。

 その視線の先には、かすがだが明かりが揺らめいているように見える。おそらくは松明か何かしらの火が焚かれているのだろう。煙が充満していないところを見ると、おそらく火事らしきものは起きてはいない。

 つむぐは足早に、しかし物音をたてないように配慮しながら、その足を進めた。

 そして分かれ道のない一直線のトンネル内を進み、やがて明かりがしっかりと見て取れる程に近づくと、つむぐは身を屈めた。

 壁に沿うように体を動かすと、つむぐはなかを覗き込んだ。

 そこは洞窟というよりは、空洞といった方がいいのだろうか。まるでくり抜いたように、ぽっかりと大きな空間ができているのだ。壁に立てかけられている松明の明かりだけでは、空洞の全体を照らし出すには難しく、天井や奥まった細部まではその明かりが届いていない。しばらくなかの様子を窺っていると、つむぐはそこで体の動きを止めた。何かに気が付いたのか、集中するようにその目を閉じる。すると空洞内の壁に反響しながら、かすかに人の声が聞こえるのだ。

 つむぐは思わず身を乗り出すと、空洞のなかへと足を踏み入れた。声のする方へと足を進めると、やがて視線をある一点へと向けた。そこには松明の明かりがかろうじて届いている為か、暗がりのなかで目を凝らせると、そこにようやく人影のようなものが立っていることに気が付いた。どうやら誰かと何かを話している様子なのだが、その顔を確認することができない。

 つむぐは意を決して、足を踏み出すと人影の方へと近づいた。決して目を逸らさずに、少しずつ進んで行く。空洞内には隠れる場所がないが、不幸中の幸いといったところかだろうか、辺りを照らす明かりが少ない為にその全体はほの暗く視界が悪い。大きな物音をたてなければ、近くまでいったとしても簡単に気付かれることはない。

 つむぐは話声がある程度まで聞こえる距離まで近づくと、その場に身を屈めて聞き耳をたてた。

「それで、ここからはどうする。色々と面白くなってきたけど、少し騒ぎ過ぎたかな」

「そうでもない。いずれことは露見もするし、誰かが嗅ぎ付ける。早いか遅いかの違いがあるだけで、この段階では我々の目的に支障はない」

 誰かの喋り声が、つむぐの耳へと届く。

 しかしその声を聞くと、つむぐは驚くと口を開けて唖然とした。体を硬直させたまま、その見開いた目を震えるようにゆっくりと細めると、ほの暗い暗闇に佇む人影に目を凝らした。やがて松明の火が揺らめくと、その人影の顔が一瞬、暗闇のなかへと映し出されたのだ。

 一瞬。その瞬間、まるで時が止まったかのような感覚だった。最少に頭に浮かんだ言葉は何故の二文字だった。違う、ありえない、こんな馬鹿なこと、いくつもの否定を繰り返すと、つむぐはどうしようもない程の絶望にも似た孤独感のようなものに包まれた。

 そして怒りからか、それとも悲しみからか、つむぐは考えるよりも先に足が動き出していた。

「おまえ、こんな所で何をしてるんだ!」

 つむぐがそう声を荒げて怒鳴ると、その人影は驚く様子もなく、ゆっくりと顔を動かす。まるで道で偶然出会ったかのような落ち着いた素振りで、友人へと向ける眼差しを向けた。

「よう、久し振り」

 笑っていただろうか。その人影は振り向くと、ひょうきんな声で喋ると手を上げて見せた。

「太一……」

「ずいぶんとひどい顔だな。何かあったのか」

 茫然とするつむぐに対して、太一は微笑んでいた。ひどく場にそぐわない笑みを浮かべながら、太一は溜息をついた。

「そういう顔で人見るなよ。せっかくこうして顔を合わせたんだから、嘘でももう少し楽しそうにしてみたらどうだ」

 太一はまるで自分のようにとでも言いたいのか、ひどく楽しそうに笑みを作ると、両手を広げた。

「何が楽しそうにだ。おまえ、わかってんのかよ」

「わかってるよ。見た通り、おまえの考えている通り、今回の一連の件に関しては俺がこいつに手を貸したんだよ」

 つむぐの横には首を直角に曲げたままのドクの姿があった。

「いや、こいつが俺に手を貸したのかな。まあ、どっちでもいいや」

「我々は互いに利害関係が一致したのだ。互いの利益の為に手を貸したにすぎない」

「まあ、それもそうか」

 今はまともな方なのか、首を曲げたまま動くことのないドクは、そのままの姿勢で声を出した。

「やあ、コルトの使い手。君もここに来るとは思っていたよ。しかし実に愉快ではないか、親しい友の裏切りとは、まるで絵に描いたかのようだ。まあ、在り来たりであるが為に、少々面白みにかけるが」

「おまえ、太一に何をした」

「何も……」

 ドクの声は、ただ感情のない平坦な声だった。

「そうそう、こいつは何もしてないよ。ただ、なんだったっけ」

 太一は変わらずに笑みを浮かべながら終始にやつきながら喋っている。しかしまるで良くできた仮面がそのまま顔に張り付いたように、笑みを浮かべるその眼光は凍える程に冷めた目をしていた。

「おまえにも話したろ。倉に忍び込むって話、あれって結構前からやっててさ。始めは好奇心からだったんだけど、色々と漁っているうちに楽しそうだなって思ったんだよ」

「何が楽しそうだってんだ」

 おそらく、いや決定的にその答えはつむぐはわかっていた。それでも聞き返したのは、それを否定したいからだったのか。

「あれだよ。ある時この土地について記した物を見つけたんだ。写し世のこと、そしてかつてそれが開きかけたことがあること。その時のことについて実に克明に記してあったよ」

 張り付いた笑みの頬の端をさらに吊り上げると、太一は狂ったように大きく見開いた目をつむぐに向けた。

「狂ってたよ。何もかも、本当にこんなことがあるのかってぐらい。大勢の人間がまるで玩具みたいに思えたよ。創造したね、俺は何でここにいなかったんだろうってさ。狂気に満ちてて、日々が壊れていて、まるでビックリ箱をひっくり返したような世界」

 太一は体を自身の腕で抱き込むと、震えだした。

「ぞくぞくしないか、ええ、つむぐ」

「おまえ……」

 今まで見てきたであろう太一の姿を思い浮かべながら、つむぐは目の前にいる人間が本当に同一人物なのかを疑った。壊れた人形のように張り付いた笑みで笑い声を上げ、感情ないような冷たいガラス玉のような瞳を見つめながら、つむぐは虚しさとも悲しさともとれない感情に胸を締め付けられた。

 そして、太一はその笑い声を止めると、張り付いた笑みを急に崩して、ふと顔を上げた。

「昔から、どうしようもなかったんだよ。優秀な兄妹にやりがいのある役目、優しい友人に楽しい学校生活。どうもないし、何もない。毎日が同じような日が繰り返し、そしてまた繰り返し続いていく」

 太一は何もない暗闇を見つめる目をぎょろりと動かすと、その目をつむぐへと向けた。

「つまらないだろ」

 冷めた声だった。何の感情なく、ただ空虚に、無表情な顔で太一は呟いた。

「人の笑顔も、誰かの優しさも、人の憎しみも、悲しさも。俺には興味がない。俺が欲しいの刺激なんだよ。毎日を灰色におくるなんて、俺には耐えられない。俺にとっての退屈は、何よりも俺を殺すんだ」

「だから、こんなことをしたっていうのか」

 太一は再び笑みを浮かべると、大きく目を見開きながら、その口を開けた。

「そうさ。そしてそんな時だよ、こいつを見つけたのは。その時には、俺もまだお役目ってやつをくそ真面目にやってたからな。始めはこいつを消す予定だった」

「追いかけてビックリしたよ。狂ってたかと思っていたら、急にまともに喋りだすんだからな。まあ、それでも聞く耳になんてもつ気はなかったんだけど。勝手に喋るのを聞いていたら、その話に興味を持ってな。こいつを匿って準備を始めた」

「何がどうなって、おまえがそこまでなるのか、僕にはわからない」

 つむぐは寂しげに呟くと、太一を見つめた。

「だからそういう目で人を見るなよ。生まれながらに持つものなんてもんは、どうやたって変えられねえだろ。俺はたまたま、人より狂ってただけで何の罪もない」

 太一は何の悪びれもなく、そう吐き捨てた。

「仮に悪い奴がいるとすれば、そう神様にでも文句を言えよ」

「それはできんよ、太一。神はもうこの世界には存在しない。そこにいるコルトが私の主を殺したように、それは神も殺したのだから。そうだろう、コルト」

 変わらずに微動だにせず、首を曲げたままの体制でドクは少し茶化すように言葉を挟んだ。

『そうだな、貴様の言う通りだ。だが、少なくとも貴様の主とやらに関しては、生かしておくわけにいかなかったと、今でも思っているよ』

 姿の見えないコルトの声が空洞にないに響く。

「神を殺したって、どういう意味だ」

 つむぐはドクの言葉と、それに平然と肯定したコルトに動揺する。

『前にルーファスの話をしたろ。あの頃の話だ。狂ってしまった神を敵に、それを殺しただけの話さ』

「神を殺すって、そんなこと」

「できるんですよね。何故なら、それは元々こちら側の物なのだから。あの男、ルーファスが全てを狂わせていなければ、我が主は今もあの美しい姿のまま、私はそのお傍にいられたというのに!」

 ドクは語気を荒げると、途端に震えだした。

 高笑いを上げて身を捩じらせるドクを見ると、太一は舌打ちをしてそこから飛び引いた。

「ああ、ああ、時間のようですね。まだまだお話をしたいところですが、もうおしまいです、そう何もかもがね」

 ドクはそう言って高笑いをすると、そのまま意識が入り変わったのか。首を折るように生々しい音を鳴らして直角に曲がった首を無理やり戻すと、その顔はおよそ理性のない化物へと変貌していた。

「いいところだったのに。たく、空気の読めない奴だ」

 太一は面白くなってきたというように、楽しそうに笑うと、どこから出したのか右手に木刀を握りしめていた。

 そしてつむぐに向き直すと、声を上げた。

「さあ、つむぐ。もうお話は充分だろ。早く始めようぜ、俺の暇つぶしに付き合ってくれよ」

 つむぐは顔を曇らせるが、その目を閉じて息を呑みこんだ。

『来るぞ、つむぐ』

「ああ、わかったよ。わかったよ、太一、おまえに付き合ってやる。おまえも、そこのくそ野郎もまとめて相手をしてやるよ」

 コルトの声につむぐはゆっくりと目を開けると、覚悟を決めて太一を睨みつけた。

「そうこなくっちゃな」

 太一はそう言うと、姿勢を低くする。

 つむぐもコルトを手に持つと、臨戦態勢をとった。

 しかしながら、状況は最悪といっても過言ではない。戦うことを覚悟していたとはいえ、予想をしていたのはドクであり、そこに太一は含まれてはいなかったからだ。ただでさえ手こずった相手に対し、親友だった男が一人では活路を見出すこともできない。

「ああ、匂いがするな。匂い、匂い」

 性格が反転して化物状態のドクは、荒く呼吸をしながらつむぐを見据えている。

「つむぐ、狂犬が狙ってるぜ。しかし頭おかしくなっても、こうはなりたくはないもんだな」

 太一は薄笑いで「ええ」と付け足すと、その瞬間足を踏み込んだ。

「くそ」

 距離を瞬間的に詰められると、つむぐは横へと飛び退いた。その横を太一の木刀が振り下ろされる。

 振り下ろされた木刀は折れることなく、地面を砕きまるで地面を抉るように小石と砂利を辺りへと弾き飛ばした。さながら岩盤を砕くような轟音が空洞に反響して鳴り響くと、その周囲を土煙が舞い上がる。

「御大層な手の物は使わないのか。それじゃあ、あんまりだろ」

 つむぐはそのまま距離をとろうとするが、その背後から衝撃が走った。

「死ね、死ね、死ね」

 ドクが横へ飛び引いたつむぐへと蹴り込んだのだ。

 つむぐは前のめりに倒れ込みながら、肩越しにドクの顔を睨み付ける。そのまま転がるように受け身をとると、すぐさま立ち上がった。

「最悪だな」

 つむぐは思わず呟くと、太一の姿を周囲に探した。

 ドクの姿は確認できているが、太一の姿が見えない。先程地面を抉った場所にはその姿を確認することができず、太一の一撃のせいて舞い上がった土煙が周囲の視界を悪くしていた。

「どこ見てんだよ。ここだよ、もう少し気配を感じた方がいいんじゃないか」

 太一はわざと声を出すと、自身の居場所を教えた。

「うるさい」

 つむぐは声のした方へと目を配ると、太一が三日月のような笑みを浮かべながら立っていた。

「せっかく色々と注意してやってるっていうのに。しっかり聞いてとけよ、じゃないとすぐに終わちゃうだろ」

 太一まるで遊んでいる気分とでもいうのだろうか。その楽しげな声は、一切の罪悪感さえ含んではいない。

「なんだよ、せっかくここまでお膳立てしてやったんだぜ。ほらもっと楽しもう」

「どういう意味だ」

「どういうって。あっ、ほら危ないぞ」

 つむぐは太一の言葉を不思議に思ったが、その頭上からドクの雄叫びが響いた。

「壊れろ、壊れろ」

 狂ったように叫ぶドクは、その拳をつむぐへと突き出していた。

 つむぐは咄嗟にコルトでその突きを防ぐが、あまりの力に耐えきれずに弾き飛ばされると、ボールように弾みながら転がると壁に激突した。

「ぐはっ、ああ……」

 つむぐは激痛に声を上げると、その口から血を吐き出した。体中に痛みが走り、背中には激痛、一瞬にしてぼろぼろになっている自分に対してつむぐは歯を食いしばった。

『つむぐ、大丈夫か』

「ああ、何とか」

 コルトの声に、つむぐは苦しげに返した。

 息がしづらく、意識も朦朧としている。どうにも体に力が入りにくく、頭にも痛みがあることをつむぐは後になって気が付いた。頭部に手を当てるとその手は血に染まり、傷口から出血した血が頬へと流れた。

「くそ……」

 つむぐは何とか体に力を入れると、よろめきながら立ち上がった。

「だから言ったろ。たく、そんなんじゃつまらないじゃないか。戦いのセンスがないんじゃないのか。つむぐ、おまえは魔法使いにはむいてないよ」

 太一は肩を落とすと、残念そうにわざとらしく首を振って見せる。

「おおきな、お世話だ」

 つむぐは口に溜まった血を吐き出すと、太一を睨み付けた。

「そう怖い顔をするなよ。言っただろ、生まれつきだって。成り下がったわけじゃない、成るべくしてなっただけさ」

「ふざけるな。みんなを裏切っておいて、僕や桜ちゃんまで、そんなへらへらして何が楽しいんだよ。僕には少しも理解できない」

 太一はつむぐの言葉に鼻で笑うと、薄笑いを浮かべる。

「ああ、そうかい」

「しかしおまえは、もう少し魔法使いとしては才能を持ってると思ってたよ。いや、実際のところは他の奴と比べれば力は強いよ、ただそれだけだけど」

 太一はそう言うと、つむぐとの距離を一気に縮めると、目の前で立ち止まる。

「ほら、簡単だろ。こんな簡単に間合いを取られて、こうやっていとも簡単に懐にまで入られる。魔法使いの前に、こんなのは戦いの基本だ。つむぐの場合は力があってもセンスがない。だから痛い目に合う、こんな感じにな」

 太一は木刀を横に薙ぎ払う。意識の朦朧とするつむぐは自身の脇腹へと迫る木刀の刀身を右腕で防ぐが、刀身が腕に当たった瞬間まるで生木を折ったかのような鈍い音を聞くと、つむぐは激痛を感じながら弾き飛ばされた。

 砂利と小石に体を擦らせながら倒れ込むと、つむぐは右腕を抑え込んだ。

「ああ、かっ」

「へえ、叫び声は上げないんだな。てっきり転げ回るとか思ってたんだけど。意識が朦朧としてるから、そんな感覚も麻痺してるのか」

 つむぐは必死に右手に持っていたコルトを左手に持ち帰ると、震える体で必死に立ち上がった。満身創痍な体だが、その眼光はまだ力強く、目の前の太一を睨み付ける。

 太一は背筋を震わせると、恍惚な顔を浮かべた。

「いいね、その顔だけは最高だよ。でも残念、俺も色々と仕事があってさ、この世界をぶっ壊さなくちゃいけないわけよ。まあ、そっちの方が面白そうだけどな」

「待て、待てよ」

「悪いなつむぐ、付き合ってやりたいのはやまやまなんだけどさ。時間がないんだ」

「そうだ、最後にいいことを教えてやるよ」

 太一は思い出したような顔をすると、その顔に不敵な笑みを浮かべた。

「つむぐは、多分自分の意思でここにいるって思ってるんだろうけど。それは実は根本的に間違いだってことに気が付いてたか」

「いったい、何を言い出すかと思えば」

 つむぐは不敵に笑う太一の顔を見つめながら、太一の言葉を否定する。

「はは、そうだよな。そうだ、こんな目に合ってるっていうのに、それが仕組まれたことだなんて信じられるわけがないよな」

 太一は人差指を顔の前で左右に動かしながら、舌を鳴らした。

「でも、これが違うんだよな。そもそも、おまえは大事なことを忘れてる」

「僕が、何を忘れてるって」

「とても大事なことさ、おまえの両親の事故のことだよ」

 太一は指を立てると、わざとらしく大振りに喋り始める。

「覚えてないのか、そもそも疑問に思わなかったのか。ただの事故だっていうのに、死んだ人間の死体がなかったことにさ。まあ、思い出したくもない記憶なんだろうけどさ。ただし、重要なのはそこじゃない。コルトちゃんなら知ってるんじゃないのか」

「どういうことだ」

 つむぐはコルトに話しかけるが、コルトはその問い答えたくないのか、それとも答えられないのか、黙っている。

 太一は鼻で笑うと、話を続けた。

「おまえの両親は、ただ死んだんじゃない。殺されたんだよ、他でもない、今おまえがその手にしているコルトを守ろうとしてな」

 太一は可笑しそうに口の端を上げると、笑いを堪えるように声を漏らす。

「嘘だ、ありえない」

 太一は唖然とした顔で驚くと、自然と一歩後ずさっていた。

「本当だよ、親父にも襲った本人にも聞いたんだからな。ほらそこにいるだろ、もう意識が火星にでも飛んじまってるけどな。必死に守ろうとしたらしいぜ、まあ結果なんとか守りはしたが、本人たちは消し炭になって、はいさよならだ」

 太一は胸の前で楽しそうに両手を合わせて乾いた音を鳴らすと、皮肉ににやついて見せる。

 つむぐはドクに顔を向けその顔を凝視すると、声を震わせた。

「でたらめだ。そうだろ、コルト、そうだよな」

『……本当だ』

 コルトはつむぐの言葉にためらうように間を置くと、静かに答えた。

「そんな、嘘をついてたのか」

『違う、違うんだ』

 声を荒げて狼狽するつむぐに、コルトは慌てた様子で言葉を返した。

「おいおい、仲間割れはいいけどさ。ここからが、面白いんだよ。もう少し聞いた方がいいんじゃないのか」

 太一は楽しそうに声を上げて笑うと、手を叩いた。

「太一は、おまえは」

「だから、そういう目で人を睨むなよ。憎いか、殺したいのか、もしかして悲しいのか。どれでもいいけど、俺はただの嫌な奴ってだけだろ。俺がおまえの両親を殺したわけじゃない、俺は楽しいだけだ」

 つむぐは何かを言い返そうと体を動かすと、するとそれに反応するようにドクがそこへと鞘から引き抜いた刀身を突き立てた。つむぐは、かろうじて反応するその場から飛びい引いたが、まとも立っていられないのか膝をついた。

 太一は「お疲れのご様子で」と、満身創痍なつむぐに声をかけると話を続ける。

「さて、本当な順序立ててゆっくりと話をしたいところだけど、悪いが時間も迫ってる。おまえももう駄目っぽいし、仕方がないから結果だけを簡単に教えてやるよ。俺も次の遊びをしたいしな」

 太一はそう言うと、つむぐの目の前へと移動するとしゃがみ込んだ。

「第一。つむぐ、おまえの忘れていることについてだけど、それはおまえの姉についてだ。おまえは多分、完全に忘れてるようだけど。どうだ、記憶にあるか?」

「僕に兄妹はいない。そんな話も聞いたこともない」

 つむぐは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに言葉を返した。

「だろうな。おまえの姉は、さっき話した両親の事故の時にいっしょにいたんだ。そして死んだ、はずだった。それがなんと、運がいいことに生き残ったわけだ。そして姿を消した。唯一の肉親である弟から、自分の記憶の全てを消して」

 つむぐはその言葉に反応して衝動的に身を乗り出したが、太一がそれを遮るように声を上げた。

「第二に。何故おまえの姉が、記憶を消したのか。まあ、これはよくある話だ。巻き込みたくなかったのさ、かわいい弟をな。でも肝心なのはそこじゃない、おまえの両親に至っても、姉についても、それら全てがあることへと結びつく。答えは一つ、家族はおまえ以外全員魔法使いだったんだよ。まあ、最終的にはおまえは自分から、この世界に首を突っ込んだわけだけどな」

「僕の両親が、魔法使い」

 つむぐは睨み付けていた太一から視線を外すと、茫然とするが、しかしそれはまるで何かを考えているようだった。

「第三。俺はそれらを全て知ってたんだよ。知ってて、おまえの友人として傍にいて、おまえのことを守ってたんだ。そういう役目だったからな。でもおまえが、まさか魔法使いになるなんて思いもしなかったけどな、それに気が付いた時は本当に嬉しかったよ、いい玩具ができたってな」

 そこまで言って、太一は呆れたように肩を落とした。

「まあ、例え運命的であっても、おまえには才能がなかったようだけどな。それでも俺にとっては大事な玩具だ。少しだけだけど、手を貸してやったろ」

 つむぐは意識がもう途切れかけているのか、体を左右に揺らしながら、歯を食いしばって持ち堪えている。

「桜にわざと話を漏らしたり、河原に釣りにつれいったり、犬をけしかけたりな」

 太一は相変わらずに仮面が張り付いたようなにやつき顔を浮かべながら、可笑しそうに笑っている。

「あの犬は、おまえだったのか。なるほどね、よくよく考えてみれば、あんな芸当はそこの馬鹿野郎にはできないよな。ちなみに一つ聞きたいんだけど、僕は姉がいるとして、姉は生きてるのか、なあ太一」

 つむぐは何を考えているのか、荒い息を落ち着かせながら、静かに声を出した。

「さあ、俺は知らない。それは知らない。知らないな、知らないんだよ」

 太一は仮面のように終始笑みを浮かべていたが、急に表情を無くすと、そう呟いた。

「ああ、そうか。わかったよ」

 つむぐはそう言い返すと、コルトを太一の額へと向ける。

「ようやくか、俺を殺すんだろ。ああ、いいね、その顔。早くやれよ、ほら」

 つむぐは黙ったまま、太一の正気のない目を見つめると、その引き金に力を込める。

「遊びたりないんじゃないのか……」

「ああ、遊び足りないね。だから、早くやるんだ。それが最良な選択なんだよ」

 太一は無表情なままで呟くと、その両手を広げた。

「そうだな、そうかもな」

 つむぐは静かにそう言うと、その引き金を引いた。

 コルトは空洞内に乾いた音を響かせると、その銃口から火花を散らした。

 太一は銃声とほぼ同時に、その体を額が弾かれたように後ろへと仰け反らせると、ゆっくりと倒れた。何の抵抗もなく、何も言わずに、ただ無力に撃たれたのだ。倒れた体は動くことはなく、無気力となった手足が無造作に投げ出されている。

「満足かよ」

 つむぐは一言だけ、そう呟いた。満身創痍な体で、途切れそうな意識を必死に引き戻しながら、悔しげに言った。多数の擦り傷も、折れた右腕も、全身を走る無数の痛みも、それら全ての苦痛を凌駕するように、やがてつむぐは怒りを露わにした。

「そうだろ、なあ」

 つむぐはその言葉を目の前に倒れる友人ではなく、離れたその場所で口の端を上げて楽しげににやつくドクへと向けた。

「ええ、満足でした」

 ドクはまるで芝居でも鑑賞したかのように、手を胸の前で叩くと、頷いて見せた。

「どこで、いったいお気付きに」

「こいつの張り付いたような狂った笑い顔からだよ。それに前におまえと会った時に、コルトも言ってただろ。おまえのことを傀儡子って、それでそう思っただけだ。確証なんてなかったけど、こいつはこんなことはしない。それにこいつは、僕を殺す気なんてなかった」

 つむぐは思う。あの黒犬と遭遇した時、ドクと対峙した時、それのどれにも共通しているものがあった。鋭い刀剣のような、それでいて無感情で冷め切っている、冷酷な殺意だった。しかし例え狂ったような笑みを浮かべていようが、汚い言葉を吐き捨てようが、ひどく痛めつけられようが、太一にはその殺気がなかったのだ。まるで空っぽの人形のような空虚な心だけが、目の前の友人を動かしていたのだ。

「なるほど、私も腕が落ちましたかね」

「それに、前はあれだけ狂ったように仕掛けてきていたのに、まるで躾けられた犬みたいにおとなしかっただろ。ゆっくりと喋っている時間なんてなかったはずだ。おまえは遠くから見物をしていた」

 ドクは数回頷いて見せると、可笑しそうに笑いだした。

「ははは、なるほど。確かにそうですね。若いのになかなかどうして、楽しませてくれます。そういうところは、あなたの姉弟とそっくりです」

「本当に、僕はおまえが嫌いのようだ」

「そのようですね。ですが、ここまでです。この先には、あなたの物語が綴られることはありません。ここからは、あなたはただの傍観者です」

 ドクは「では、失礼」と、礼儀正しくお辞儀をすると、つむぐに背を向けるとゆっくりと歩き出す。

「あっ、そうそう」

 思い出したようにドクは振り向いた。

「御友人のことは、残念でした」

 ドクはそれだけを告げると、再び歩き出してやがて暗闇へと消えていく。

「待て」

 つむぐは叫ぶようにして立ち上がったが、体に力が入らずにそのまま崩れ落ちた。それと同時にコルトは姿を現すと、崩れ落ちようとするつむぐの体を支える。

「つむぐ」

「そこを、どいてくれ」

 つむぐは支えようとするコルトを振り払おうとするが、思うように体が動かない。

「追ってどうするきだ。今のままでは……」

「あいつは、僕の両親を、姉弟を殺したんだろ。だったら僕は、あいつを許すわけにはいかない。それに放っておいたら、きっととんでもないことをする」

心配をするコルトに対して、つむぐは呟くにように言葉を返した。しかしつむぐを動かしているのは、怒りでも、憎しみでも、正義漢でもない、ただ体が動いていたのだ。例えこの先自分の命が失われたとしても、ここで引いてしまっては、もう二度と前へとは進めない。絶望や悲しみ、後悔とは違う、それは先に進んだ者の特権なのだから、逃げ出してはいけない場所でそれに背中を向けた者に残るものなど、何もないのだ。失われたものも、誰かの思いも、自身の決意も、それら全てを意味のないものだとすることはつむぐにはできなかった。

「どいてくれ」

 つむぐの唐突に入れた力に、コルトは思わず体制を崩すと、支えを失ったつむぐは前のめりに倒れ込んだ。無論、受け身など取れるわけもなく、つむぐは固い地面へと体を打ち付けると苦しげに声を上げた。

 コルトはすぐにつむぐへと近寄ろうとするが、つむぐはそれを拒んだ。

「近付くな!」

 声を上げたつむぐに、コルトは驚いて静止するが、すぐに手を差し伸べた。

「馬鹿なことを言うな」

「馬鹿はどっちだよ。ずっと嘘をついてたんだぞ、何で始めから話してくれなかったんだよ。親が魔法使いで、その死にコルトも関わっていて、ましてや僕に姉弟がいるなんてこと……」

 つむぐの言葉にコルトは顔を俯かせるが、言葉を遮るようにコルトは自然と声を出していた。

「では、どうすればよかった。そのまま全てを打ち明けたところで、おまえはどうするんだ。復讐を考えたか、両親と姉を殺した相手に」

「ああ、考えたかもな。当然だろ、家族を奪われたんだぞ。でも僕はそれさえ知らなかった。呑気な顔をして、平和ボケしながら生きてきた」

「それでいいんだ。復讐にどれだけの価値があると思う、私は知っているぞ。あれに人の一生に見合うだけの価値はない」

 コルトは目に涙を浮かべると、声を震わせながら必死にそれを堪えた。

「それは僕が決めることだろ。それに、だからって僕に真実を話していけない理由にはならないだろ」

「それが夏樹との約束だった。できることなら、弟が何も知らないことを願うと」

 つむぐはその言葉に何かを言い返そうとしたが、コルトの涙を浮かべたその顔の頬に、一筋の涙が流れると言葉を詰まらせる。納得はできない、しかしそれをコルトに言っても、もうしょうがないことはつむぐ自身もよくわかっているのだ。

「そうか……」

 かろうじて出た言葉に、つむぐは涙を浮かべて微笑した。

「すまない」

 つむぐの声にコルトは小さく答えた。

許すわけでも、怒りぶつけられるわけでもない。しかし、それでも様々は気持ちを抑えて出た言葉は、曖昧ながらもどこか優しさが含まれていたことは、コルトには救いだったのかもしれない。

 しばらく見つめ合いながら口を閉じる二人だったが、最初にその沈黙を破ったのはつむぐの方だった。

「僕は行く。あいつだけは、止めなきゃならない。コルトは手を貸してくれるか」

 つむぐは、自身の目をコルトへと向けることのできる程に、体力が残ってはいない。それでも静かで力強いその声は、覚悟と決意を表している。

「死ぬかもしれんぞ。例え生き残ったとしても、それが幸福な人生になるとは限らない」

「それでも、僕は行かないとさ。別に正義の味方になりたいわけじゃないけど、あいつを放っておくと、色々なことが全部駄目になる気がするんだ。だから、そうなる前に」

「そうか。なら、無論だよ。つむぐが本気でそうするのなら、私が手を貸さない理由はどこにもない。例えそれが破滅に向かう道だとしても、私は君の横にいるだけだ。まあ、そうは簡単に君を破滅させるつもりはないがね」

 つむぐはその言葉に「そうか」とだけ、微笑んで返すと、差し出されたコルトの手をしっかりと握り返した。

「とにかく、そんな状態では動くこともできないだろ。ほら、立ち上がれるか」

「まあ、確かに。悪い肩を貸してくれ」

 つむぐは手に取ったコルトの手に引かれながら、コルトを支えに何とか立ち上がった。

「どこかで回復をさせたいところだが、さてどうするか」

「いや、そんな暇はないだろ」

「こら、動くな。別に行くなと言っているわけではない、行くにしても今の状態のままでは、途中で意識を失ってもおかしくはないぞ。せめて、自身の足で動けるぐらいには回復しなければ、どうしようもないのではないか」

「体を引きずるなり、転がるなりして、何とかするよ」

 コルトは溜息をつくと「馬鹿だな、君は」と呟いた。

「それで勝てる程、相手は甘くはないぞ。ただ、感情にまかせて突っ込むだけでは話にならん」

 つむぐは返す言葉が出ないのか、コルトに無言で返した。

 しかししばらくすると遠くの方から、物音がすることにコルトは反応すると素早く身構えた。

「誰かいるのか」

 つむぐも何とか体を動かそうとするが、思う通りには動かず、結果コルトの邪魔になると感じたのか静かに暗闇の先を見据えた。

「つむぐくん、コルト……?」

 やがて物音がしっかりとした足音に変わると、カンリカは暗闇のなかから姿を現した。

「カンリカなのか」

 つむぐは聞き覚えのある声に気が付くと、カンリカへと声をかけた。

「つむぐくん、そこにいるの。あっ、いた、いたよ。二人共心配したよ。ちょっと大丈夫なの、何があったわけ」

 カンリカは二人の姿を捉えると、走り出した。

「こんなボロボロになって、いったい何があったの」

 カンリカはすぐに二人へと駆け寄ると、つむぐの顔の傷を確かめるように優しく撫でた。

「ちょっと、色々とな。だけどまだあいつ、ドクは生きているし。写し世の門も開きかけているままで、状況的には悪化しちまったよ」

 つむぐは「それに……」と顔俯かせて肩越しに後ろを振り返った。その視線の先には横たわる太一の姿がある。

 カンリカもつむぐの視線の先を目で追うと、驚いた様子で目を見開いた。

「あいつにやられたの」

「いや、僕がやった。僕が太一を撃った。そうしないと、駄目だったんだ」

「どうして、いや、今はそれよりも」

 カンリカはあまりの状況色々と聞きたいことはあったが、その衝動を抑えつけた。

「話は後で絶対聞くからね。まずはその傷をどうにかしないと」

「応急処置で何とかなりそうか、この傷。そんなのはいいから、早くしないと大変なことになるんだぞ」

「いいから黙って」

 カンリカはつむぐの言葉に声を上げて一喝すると、自身の指の先を口へと持っていく。そしてその指先を歯で噛み切ると、指先から赤い血が滴り始めた。

「はい、とりあえずは、これで何とかなる」

 そう言うと、カンリカは血の滴る指先を半ば強引につむぐの口の中へと押し込んだ。

「うっ、うう」

「我慢して、ほら、舐めるの」

強引に口の中へと入れられた指と血の味につむぐは苦しげにもがくが、カンリカそんなことは気にも留めずに、更に指を押し込んだ。

 やがてつむぐは観念したのか、口のなかに入れられた指の先を舌で舐めると、その血をゆっくりと飲み込んだ。

「飲んだね、よし。吐き出しちゃ駄目だよ」

 カンリカそう言って、つむぐの口のなかへと入れた指をゆっくりと引き抜いた。

 つむぐは何度かむせるように咳き込むと、やがて落ち着きを取り戻した。

「何をするんだよ。こんな時に、今はこんなことしてる場合じゃないだろ」

 つむぐは声を荒げると、カンリカへと食って掛かった。

「まあまあ、落ち着いて。それよりも、どう、少しは元気になったんじゃないの」

「えっ」

 カンリカは自分の体を見てみろといように片手を動かして見せると、つむぐは自身が自分の足でしっかりと立っていることに驚いた。

「ねっ、これで少しは動けるようになったでしょ。私の血肉は貴重なんだよ。滋養強壮から体力の回復はもちろん、世間じゃ口にすれば永遠の命やらどんな病気も直してしまうなんて言われているぐらいなんだから」

「ああ、そうなのか。その、ありがとう」

 つむぐは不思議な物でみたかのような顔をすると、手の指先から、足のつま先までを動かしながらしっかりと動くことを確認した。

「よかった、よかった」

 カンリカは数回頷きながら、安堵した。

「すまんな、私からも礼を言う」

 コルトはつむぐの姿に安堵すると、カンリカに礼を言った。

「えっ、うん。気にしなくていいよ」

 カンリカはまた悪態の一つでも言うのかと思っていたのか、コルトはあまりにも素直に礼の言葉を言ったことに拍子抜けしたような顔をするが、すぐに笑って頷いて見せた。

「行こう。あいつを止めないと」

 つむぐは二人に声をかけると、二人はそれに頷いて返した。

「それと、カンリカ。一つ頼みがあるんだけど……」

「うん。それは、かまわないけど」

 つむぐはカンリカへと用件を告げると、すぐにその場を後にした。


 場所はすぐに見つかった。

 空洞の奥へと行くと、そこには先へと繋がる通路があったからだ。秘密のうえに更にそこに隠すように作られたのか、仄暗い暗闇では扉の表面を壁と同じように模して作られた扉は、もし閉じていたのなら簡単には気付かなかっただろう。

 つむぐは魔法使いの姿へとなり、少し遅れて来たカンリカを待つとすぐに、その扉の先へと足を進めていた。

 通路は下り坂になっており、更に下へ下へと向かっている。

 慎重に、しかし足早に焦る気持ちを抑えながら、つむぐ達は通路進むと、やがて水の流れるような音を耳にしながら出口へと辿り着いた。

 光の届かない地下だというのに、やけに明るいものだと、つむぐはそう思った。

 しかし出口の先にへと広がる光景を目にすると、つむぐは目を見開いた。

「すごい」

 その横でカンリカもその光景に驚いたのか、かすかな声を上げていた。

 そこには七色に輝く滝が、轟々と水音を鳴らしながら、まるで裂けたような大きな地面の割れ目へと、まるで吸い込まれるように地の底へ向かって落ちているのだ。七色の滝でできた光の柱は、神々しく光を放ちながら暗闇へと落ちていくが、底がないのか光は暗闇へとその線を徐々に細めながら吸い込まれるとやがて先が見えなくなる。

「ここは」

『ここは、おそらく霊脈の流れる中心だ。そして、おそらくこの力を利用して、写し世への門を閉じているのだろうな』

 つむぐの戸惑う声に、コルト辺りを警戒しながら、緊張した声で答えた。

「ああ、なるほど。それで、どうすればいいんだ」

 つむぐはどう手をつければいいのかわからないといった様子で、両手を広げた。

「まずは、あいつを探すべきじゃ」

「そう、そうだった」

 カンリカの冷静な言葉につむぐは同意すると、辺りを見回した。

 しかしそこは、先程の洞窟などとは比べ物ならない程に広大で、先が見えない。そもそも目の前の滝ですら、どこから落ちてきているのか天井を見上げてもわからないのだ。ただだだっ広い空間が広がり、まるで宇宙空間のように闇が永遠と続いている。

「どういう場所なんだ」

「場所は関係ないんだよ。多分、そういう空間なんだと思うよ。推測だけどこの先にいくら歩いて行っても、そこに壁なんてない、そういう所なんだろうね」

 カンリカは暗闇のその先に目を凝らせると、そう答えた。

「じゃあ、えっと、地下迷宮みたいなもんなのか」

『いや、迷うという意味でなら同じだろうが、ここには行きつく先はないぞ。少なくとも、この滝からあまり離れない方が賢明だな、唯一の道標だ。それを失えば永遠と彷徨うことになる』

「かもね。ここは、時間も傾いでいるみたいだし。コルトの言った通り、年も取らずにこんな所に閉じ込められたくなかったら、それがいいよ」

 コルトの言葉にカンリカは続けると、カンリカも辺りを見回す。

「でも、あそこに何かあるね。それに……」

 カンリカは明らかにその表情に怒りを見せると「いた」と呟いた。

「どこだ」

 つむぐも目を凝らせてカンリカの視線の先を追うが、そこにはただ暗闇が広がっているだけで、何かを確認することも、ドクの姿を捉えることもできない。

「こっち、絶対に離れないでね」

視線の先を睨みつけながら、足早に歩き始めた。つむぐもその後へと続くと、先の見えない暗闇なかへと進んで行った。

 こういったものを濃霧とでも呼べばいいのだろうか。轟々と鳴る滝の音を背に、つむぐ達は闇のなかを進んでいた。決して湿気が多いわけではない、むしろその漂う空気は乾き冷気を帯びているかのように冷えている。だというのに、一歩一歩と進める足も、肺に入る一呼吸でさえも、ひどく重い。暗闇を見据えているだけだというのに、上も下も、前後左右さえも、ただ見えないという感覚だけで心のなかに不安と恐怖を掻き立てる。

 仮にもしカンリカの背中が目の前になかったとしたら、轟々となる滝の音と七色の光がその背になかったとしたら、その懐にコルトという存在がいなかったとしたら、自分は何の感情もなくその一歩を踏み出せたのだろうか。つむぐはそんな考えを頭に浮かばせながら、目の前を歩くカンリカの背中を追いかけていた。

 やがてその視線の先に、ぼんやりと何かが見えてきた所で、カンリカは歩みを止めた。指先で先を指すと、つむぐへと視線を送る。

 つむぐは頷いて答えると、その指先の先へと目を凝らした。

 ぼんやりと、本当にかすかだが、何かの形が浮かび上がってくる。それは暗闇のなかに徐々に輪郭を現すと、その事象を現していく。

「あれは、祠か?」

 つむぐはそれを声にして、不思議そうに驚いた。その祠は小さく、遠目からその輪郭をかすかに身と取れる程度ではあるが、どう見てもこの場に似つかわしいとは思えない。まるで時折道端で見かける小さなお社のようだった。

 カンリカは指を口の前に立てると、小声で話し始めた。

「多分、霊脈と関係してるはずだよ。というより、かなり大事な物なんじゃないかな」

「そうは見えないけどな」

『いや、大きさは関係ない。おそらくあれが写し世への門を閉じている鍵だろうな。いや、正確には鍵穴といったところか』

「鍵穴か。それより、あいつはどこにいるんだ」

 コルトの言葉につむぐは少し眉を動かしたが、すぐに視線を移した。

「あそこだよ、あそこ」

 カンリカは更に声を小さくすると、その指を動かした。

 つむぐは指の動きに合わせるように、その目を動かすとやがて喉を鳴らした。

「あいつ……」

 そう呟くと、暗闇の先を睨み付ける。

 その輪郭からして、おそらくはドクなのだろう。祠の脇につむぐ達に背を向けるようにして立っている。何かをしている様子はない、杖を手に、腰にもう一歩の手を置きながら、まるで誰かを待っているかのように静かに佇んでいるのだ。

「カンリカはあいつの横に回ってくれ、僕はこのまま背後から行く」

 つむぐは静かに言うと、カンリカは頷いてそれに答えた。

 ゆっくりと慎重に動きながら、つむぐはドクとの距離を縮めていく。幸いなことに、滝の音のおかげで多少の音は、その音に紛れてしまう。

 そしてその背後へと近づくと、ゆっくりとした動作でコルトの銃口をドクの後頭部へと向けた。

「これはこれは、ずいぶんとお元気そうだ」

 しかし次の瞬間、ドクの姿は消えると、つむぐの背後からその声が響いた。

 つむぐはその声に驚くと、振り向きながら飛び引いいた。

「いったい、どうやって」

「特には、ただ動きが早いだけですよ。それよりも、いったいどうやってここまで来たんですか。君は先程、そのコルトを撃ったでしょう。私の見る限りでは、君が撃てる弾はせいぜい一発が限度でしょうに。だというのに、よく動けたものですね。それに魔装をする力が残っていることにも驚きです」

 ドクはそう言うと口の端を上げた。

「それに、私はてっきり御友人の死を嘆いているものかと。彼も薄情な友を持って、さぞ悲しんでいるのしょうね」

「ああ、悲しいさ。いや、どちらかといえば、僕にあるのは怒りだ。親友をおまえのような悪党に利用されたんだからな。だけど、これは復讐じゃない。ドク、おまえは危険な奴だ。このまま放っておけば、また誰かが命を奪われる、誰かの幸せが失われる。そなん不幸を、僕は認めるわけにはいかない」

「そうですか。ですが、もう準備は整っているんですよ。今、そこの祠にかけてる封印を少しだけいじりましてね。もう少しすれば、全てが終わります。あのお方の願いも成就され、私のあなたへの復讐も終わる」

「終わるだって、門を開くことが目的じゃないのか」

 つむぐはコルトをドクの額へと向けながら、眉をひそめた。

「開いて何になるんですか。確かに門が開けば、世界は混乱し、混沌とした時代は訪れる。しかしね、私の願いはそんなことじゃない。わかりますか……」

 ドクはそれまで浮かべていた笑みも、冷静な表情もなくすと、憤怒し急に声を荒げた。

「貴様らは、ただの害虫だ。何の力もない、ただの虫けらだ。それがほんの少し力を持っただけで自分達は崇高だと思い上がり、あろうことか飼い主に牙を向けた。馬鹿で下劣で、救いようのない劣等な生物が、いったい何を考えている」

 つむぐはドクのあまりの豹変ぶりに目を見開く。

「おまけに、貴様らは駆除しても駆除しても、気が付けばどこからかわいて出てくる。いや、害虫より性質が悪い。いいか、貴様らは定められた運命に従っていればいいんだ。黙って従い、運命に従い喜んでその命を投げ出すことこそが、貴様らの定めだ。だが貴様ら害虫はしぶとい、だからこの星ごと滅んでもらうことにしんだよ。自分達が食い潰した運命だ、そこを棺桶にするのだから。ええ、本望だろう」

「星ごと滅ぼすだと、そんなことできるわけがない」

 つむぐがその言葉を否定するように、首を横に振ると、ドクは指を立てた。

「だから貴様らは馬鹿なんだよ。何も理解していない、霊脈にどれ程に膨大な力が流れていると思う。だからこそ、写し世への門を閉じることができる。しかしだ、もしその膨大な力を、門を閉じるのではなく、門のなかへと注ぎ込んだのならどうなるのだろうな」

『貴様、何てことを』

 コルトは思わず叫ぶと、その声を出した。

「当然のことをしたまでだ。もうこの星には存在する意味などない、あのお方を貴様らは奪った、唯一の絶対のお方だったというのに。だというのに貴様らはどうだ、まるでこの星の全てが自分達の物であるかのように扱い、食い散らかしている。なんとおこがましく、愚かなことか。いいか、そもそも貴様ら人間は、始めから存在する価値などなかったのだ。だから私が、ここで全てを終わらせる」

「ふざけるな。人間は、少なくとも僕はおまえのような奴に、自分の運命を決められる筋合いなんかない」

「もう遅い、霊脈の力は写し世へと流れ込み始めている。もう時間はない、もうすぐすれば、この星は消滅する」

「させるかよ」

 つむぐは声を出すと同時に、引き金に指をかけたが、ドクはつむぐへと距離を縮めると体当たりでつむぐを弾き飛ばした。

「遅いんだよ。教えておいてやる、俺はここでは本来の状態に近い力が出せる。正気を失うこともなければ、力を温存する必要もない。それはつまり、おまえに勝機はないってことだ」

「どうだろうな、何とかするさ」

 つむぐは勢いよく跳ね起きると、そのまま勢いよくドクへと突進する。

「馬鹿正直だな。あの女と同じ血が流れているとは思えんよ」

 ドクは手に持った杖から刀身を抜くと、前に構えた。

「いちいち、癪に障るんだよ。僕が誰の弟だろうと関係ない」

 つむぐはドクを撃つのではなく、何とか動きを鈍らせる為に、近接戦闘へと切り替えるとドクへと突きを繰り出した。

 しかし近接戦闘とはいっても、つむぐ自身が強化されているというだけで、動きそのものが精練されているわけではない。

 ドクはつむぐの突きをかわすと、その刀身をつむぐへと振り下ろした。

 瞬間、つむぐは振り下ろされた刀身をコルトで防ぐ。火花が散って消えると、二人はまるで鍔迫り合いのようにお互いに力を入れながら対峙する。

「ずいぶんと、動きが良いじゃないですか」

「ああ、滋養強壮に良いものを飲ませられてね。おかげ様で、なんとかついていけそうだ」

 つむぐはコルトに力を入れながら、その視線をドクの背後へと向けた。

「仲間がいるっていうのは、本当に心強いよ」

 気配を感じたのか、ドクは自身の後ろを振り返ろうとするが、つむぐはコルトに力を入れた。そうしてドクが再びつむぐへと意識を移すと、次の瞬間、ドクは横へと蹴り飛ばされた。

「本当にね、私もそう思うよ」

 カンリカはドクへと飛び蹴りをすると、その足を地面へと着地させる。

 ドクはカンリカの渾身の蹴りを受けると、地面を数回転がるが、すぐに体制を持ち直すと地面を滑りながら立ち上がった。

「くだらん。どれだけいようが、結果は変わらん」

 ドクはその手にした刀身に手をかざすと、その刀身に青白い光が灯ると、まるで炎のように揺らめき始める。

「死ね」

 ドクは吠えるように叫ぶと、その刀身をつむぐへと向かって突き出した。

 すると刀身から青白い光が放たれると、渦を巻きながら一直線へとつむぐへと向かってくる。

 つむぐは自身へと向かってくる巨大な青白い炎の渦を、右へと避けようとするがあまりにも巨大な為に避ける切ることが難しい。

 しかしそこにカンリカが割って入ると、右手を突き出した。突き出した右手の手の平に光が集約すると、やがて巨大な水の壁が立ちはだかった。

 青白い炎は水の壁へと激突すると、激しい水の弾ける轟音と蒸発する音を上げながら爆発を起こす。

「うわっ」

 つむぐは爆発の衝撃で後ろと吹き飛ばされると、背中を地面へと擦られながら土煙を上げる。

「くっ」

 カンリカも防ぐの精一杯だったのか、衝撃に耐えきれずに地面を転がっていく。ひどく体を打ち付けながらようやく勢いが弱まったが、うつ伏せに倒れるカンリカは気絶をしているのか、その体を動かすことはない。

「あいつ、あんなこともできるのか」

 つむぐは地面から体を起こすと、まだ蒸気や土煙の立ち込めるその先を凝視した。

「仲間とやらに助けられたな」

 ドクは先程の場所から微動だにせず、まだ青白い炎が時折揺らめく刀身の矛先をつむぐへと向けながら睨み付けた。

「カンリカ、おい、大丈夫か」

 つむぐは立ち上がると、地面へと横たわるカンリカへと声をかけるが、その反応はない。

「次は避けられるかな」

 ドクは再び構えると、その刀身に青白い炎が激しく揺らめき始める。

「くそっ」

「たかが魔法使い程度が、この私をどうにかできると」

 ドクは勝ち誇った顔をすると、手の持つ刀身を今度は横へと薙ぎ払った。横に薙ぎ払われた刀身から、今度は鋭い鎌のような青白い炎の線がつむぐへと向かう。

 つむぐは瞬時に身をかがめると、その頭上を光の刃が通り過ぎていく。身をかがめて遅れてはためいたコートの端を、光の刃が切断すると、その切れ端が目の前へと落ちてくる。

 つむぐは、何てでたらめなんだと心のなかで思いながら、即座に後ろへと飛び引いた。

「逃げるのは、お得意か。魔法は未熟、戦闘では逃げ回り、あげく大事な友を救うことさえ叶わない。何とも惨めだな、ええ、魔法使いくん」

「おまえこそ、死んだ主人とやらに執着して、狂った頭で考えたことが世界の滅亡だ。どこまで頭のネジを外せば、そんなところまで飛んでいけるのか、教えて欲しいもんだよ。まあ子分のおまえがそんなもんじゃ、あのお方っていうのもよっぽど頭のネジが外れていたんだろうけどな」

「たかが脆弱で劣等な生物が、我が主を愚弄するか」

 ドクは怒りを露わにすると、刀身に今度は黒い炎を灯らせると、それを縦と横に振り抜いた。

 その速度は青白い炎よりも、幾分か速度が速く。つむぐは縦に振り抜かれた一直線の黒い炎を寸前のところで左へと回避するが、横に振り抜かれたその一撃には体の動きが追い付かず、何とか身を捻ったところで鼻先をかすめて通過していく。転がりながら、即座に体制を整えたが、つむぐの呼吸は荒く額に流れた汗を手で拭った。

「口だけは達者なようだが、もうそろそろ限界ではないか。そもそも、いったいどうやってこの私に勝つつもりだ。いくら体力を回復しようが、貴様に撃てる弾があるのか。それとも、そこに倒れている女にでも期待をしていたのか」

「さっきも言ったろ、何とかするってさ」

「そうか」

 ドクはもう飽きたとでも言いたいのか、つむぐを見下すように睨み付ける。

「なら、そうなるといいな」

 ドクは刀身を頭上へと振り上げると、そこへ黒い炎が収束し始める。やがてそれは球体の形へとなると、膨れ上がりながら膨張していく。

「なっ……」

 つむぐは思わず声を上げると、後ずさった。

 その黒い球体は少しずつ黒い炎を吸収していくと、とてつもない大きさへと膨れ上がっていたからだ。その大きさはつむぐの体を優に包む込める程の大きさまで膨れ上がると、その膨張を止めた。

「何とかするのだろう」

 ドクは口の端を吊り上げると、狂った笑みを浮かべた。その冷酷な瞳は、憎しみや憎悪に狂気といった、どす黒い感情が入り混じっている。ドクはその瞳を大きく見開くと、やがて高い笑いを始めた。冷たく、狂気に満ち、どうしようもない程の憎悪を含んだその笑い声は、まるで呪詛を唱えるかのように世界を浸食していく。

 次の瞬間、ドクはその刀身を振り下ろした。それと同時に黒い球体は、つむぐへと向かって放たれた。速度は先程の攻撃に比べればさほど速くはない。しかし避けるにはあまりにも大きく、受け止めるには拮抗する程の力はないだろう。

 つむぐはゆっくりと、それでも確実に自分の命を奪うであろう、どす黒い怨念の塊のような黒い球体を見つめながら溜息をついた。

「さてと、どうするか。あれをまともに受けたら、僕は確実に死ぬな」

 つむぐはこんな状況だというのに、横目で床に倒れるカンリカを確認しながら、この距離なら大丈夫だろうと流暢にそんなことを考えていた。

『かもな。だが、何とかするのだろう』

 それに答えたコルトの声は落ち着き、普段と何も変わらない口調で返した。

「まあ、やれるだけやってみるさ」

 何とも気の抜けるような会話というのだろうか。二人はまるで散歩でもしているかのような緊張感のない言葉のやり取りを済ませると、ただもうその先のことは言わず語らずに静かに口を閉じた。

 つむぐはゆっくりコルトの銃口を迫りくる黒い球体へと向けた。

 作るべき弾丸は一発。迫りくる黒い球体を破壊し、貫通し、戦いに終止符を打つための絶対的な力。しかし先程の戦闘で、余分な力はおろか、目の前の黒い球体を破壊するだけの威力がある弾丸を作る力など、もう残ってはいないのだ。

 絶体絶命という言葉は、こんな状況にこそ相応しいのだろう。それでもつむぐが銃口を向けたのは、希望があったからだ。絶望的な状況下で、文字通り絶望し諦めるか、希望を信じて戦うかは、どちらが正しいとは限らない。ただあるのはどちらを選択するかというだけの話である。少なくとも、つむぐはやれるうちは、どんな手段や方法を使ってでもやってみなればわからないと、そう単純に考えただけのことだった。

 作る弾丸は絶望的な状況を打破する一発、払うべき代償は己の命をかけて。

 つむぐは覚悟を決めると、コルトへと全ての神経を集中させた。

 それと同時に体を流れる血流が、コルトを持つ右手に吸い込まれるような錯覚を起こす。心臓は早鐘のように鼓動を高め、周囲の音がかすれながら徐々に消えていく。右腕の感覚が薄れ、押し潰す程の圧迫感が襲う。体全体を電流が流れているかのように、痙攣する足を踏みしめながら、頭を万力で締め付けられているかのような激痛が走ると、つむぐは目を細めて歯を食い縛った。

 そしてやがて目の前の視界が、狭まりながら黒く塗り潰されていくように光を失うと、頭のなかで鈍い金属のぶつかり合う音が弾けるように鳴り響いた。

 つむぐは口の端を上げると、震える指で撃鉄を起こした。

 もう黒い球体とはどれ程の距離にあるのだろうか。見えなくなった視界で、闇を睨み付けると、つむぐは力強くその引き金を引いた。

 轟音が鳴り響いたのは、閃光の駆け抜けたあとのことだった。

 つむぐの放った弾丸は、一つの光の線になると、銃口から激しい火花を散らせながら荒々しく飛び出した。さながら猛獣が牙を獲物に向けて飛びかかるように、目の前に立ちはだかる全てを薙ぎ払う光の線は、一直線に黒い球体へと食らいついた。

 仮に黒い球体に感覚があったのだとしたら、自身の命が消えることに恐怖を感じただろうか。

 時間にしてそれは刹那に近いものだった。黒い球体へと放たれた光の線は、一瞬にして黒い球体の内部へと入り込むと、そのまま反対側へと突き抜けた。力と力が衝突をする反動さえなく、力の塊であるはずの黒い球体はその形を一切歪ませることなく、反発する隙さえ与えられずに、ただ無慈悲に撃ち抜かれたのだ。

 つむぐが銃を撃った反動で後ろへと弾き飛ばされたのは、閃光の後に遅れて鳴り響いた轟音とほぼ同時だった。まるで空中に投げ飛ばれたかのように、つむぐは宙を舞うとやがて地面へと体を強打しながらボールのように弾み、やがて力なく地面へと転がり倒れた。

 黒い球体は、空中でその動きを静止させると、まるで砂が風に巻き上げられるように細かな黒い粒子となると端から崩れていく。

「へっ……」

 その光景を見て、ドクは呆けた顔をした。驚愕したわけでも、恐れを抱いたわけでもない、ただ目の前の光景を認識するまでに時間がなかったのだ。

「そんな、こんなことが」

 ドクは呟くように声を出すと、震える手で腹部を押さえた。しばらくすると押さえた腹部から青黒い液体が、押さえた手の間から流れ出した。それはまるで染みのように腹部から徐々に広がっていく。

 ドクは口から青黒い液体を咳き込むように口から吐き出した。

「ああ、なるほど。計算外だった、忘れていたよ、未熟な者程に何をするかわからない」

 ドクは息を荒くしながら、地面へと転がるつむぐへと目を向けた。

「命を削ったか。まったく、君達姉弟には振り回されてばかりだな。しかし、これで終わりとは思うな。霊脈の流れは止まらん、運命のままに滅びを受け入れろ」

 ドクをそこで目を大きく見開くと、腹部を押さえる手を放すと両手を前へと上げた。圧迫することを止めたせいなのか、青黒い液体は浸食するように胸や足へと速度を上げて広がっていく。

「だが、貴様の死は、私のものだ」

 ドクは青白い炎を手に灯らせると、その炎を地面へと倒れるつむぐへと放とうとする。

「じゃあ、貴様の死は、俺が決めてやるよ」

「ぐっ、あああ」

 青白い炎をつむぐへと放とうとした瞬間、人影がドクの背後へと現れると、その背中を持っていた獲物で一刀両断に切り裂いた。

 ドクは悲鳴を上げると、あっけいない程に、青黒く体全体を染めると粒子となりやがて消滅した。

「間に合ったか。しかし、ずいぶんとギリギリになっちまったな」

 そう言うと、その人影は地面へと転がるつむぐへと足早に駆け寄った。

「おい、大丈夫か」

 人影は、何度かつむぐの頬を叩くと、肩をゆすった。

「うん、ああ、吐き気がする……」

 つむぐは意識を取り戻すと、瞼を薄らと開けた。

「それは、ひどいな。でも、まだもう一仕事が残ってる。悪いけど、残業だ」

 太一の言葉につむぐは、まだ意識が朦朧としているのか弱々しく言葉を返した。

「悪徳業者でも、ここまではひどくない。それで、あいつはどうなったんだ」

「死んだよ」

「そうか、助かったよ。ありがとう、太一」

 つむぐの言葉に太一は「ああ」と笑みを返して頷くと、つむぐの体を起こした。

「でも、来るのが遅いだろ」

「ああ、悪いな。あのカンリカって子の血を飲んでも、なかなかおまえに撃たれたダメージが回復しなくてな。それで時間がかかっちまったけど、それでも間に合っただろ」

「死ななかったんだから、それでいいだろうが。おまえの様子がおかしいのは、途中からわかってた。確信を持ったのは急に態度が変わった時だけど、あれには実は結構迷った」

「それでも、信じてくれだんだろ。なら、それでだけで十分だよ」

「そうか……」

 つむぐは何とか太一に支えられながらも、自力で立ち上がった。

「それにしても、空砲でもあの威力なのか?」

「ああ、結構なもんだろ」

 つむぐは咳き込むように笑うと、痛みに顔を歪ませた。

 最後に太一を撃った弾丸は、紛い物だったのだ。それでもその衝撃は相手の活動を停止させるには十分な威力を持っていた。死ぬわけではないが、死なない程度のダメージを相手に与えたのだ。つむぐの本来の考えでは、そのままあとで回収するつもりだったのだが、カンリカに頼み太一に血を飲ませて貰っていたのだ。

「皆は、無事なのか」

 つむぐは耳鳴りと、霞んで見える視界に目を擦ると、辺りを見回した。

「コルト。それに、おいカンリカ」

 つむぐは地面へと倒れるカンリカを見つけると慌てて駆け寄った。呼吸はしているらしく胸が上下していることを確認すると、つむぐはひとまず安堵する。

 そしてすぐに再び立ち上がると、コルトの姿を探した。

「おい、コルト。どこにいるんだよ」

 目を凝らしながら辺りを確認すると、離れた所で何かが反射していることを見るやつむぐは駆け出した。

 その光は間違いなく、コルトが反射をしている光だったのだ。

 近くへと駆け寄ると、つむぐは地面へと転がるコルトを拾い上げて胸へと抱きしめた。

「おい、コルト。おいってば」

「多分、おまえが最後に撃った弾丸で力を使ったせいじゃないのか。ずいぶんな威力があったからな、それで今はそんな状態なんだろう」

 焦るつむぐの背後から太一がカンリカを抱えて近づくと、つむぐへと声をかけた。

「そうか、なら、いいんだけど」

 しかし安堵するも、すぐにそこは地鳴りと共に激しい揺れが襲った。

「何だ、おい」

「そうだ、太一。あいつが霊脈の力を写し世への門に流れ込ませてるとか、そう言ってたんだけど、それってどうやって止めるんだ」

 激しい揺れに体制を崩しながら、つむぐは思い出すように話すと、太一は顔を青ざめた。

「何、そんなことをしたら、何が起こるかわかったもんじゃない。そんなもん火口のなかに爆弾を投げ入れているようなもんだぞ」

「止める方法はないのか」

 太一は首を捻ると、声を唸らせた。

「門が開いてる状態じゃ、どうにもできない。いや、でも……」

「何だよ、何か方法があるのなら早く言えよ」

 つむぐは太一に声を荒げると、急かすように太一を怒鳴りつける。

 太一は言葉を濁すが、揺れが激しさを増すと、表情を曇らせると呟いた。

「誰かが、向こう側に行って、こっちと向こうで同時に門を閉じれば。でも、絶対とは言えない、何の確証ない。それに、向こう側に行った奴はこちらには戻ってこられない」

「それは、いや、他に何か」

 つむぐは頭のなかに太一が鍵祭りで話した内容が浮かび上がった。門を閉じる為に、誰かが人柱になる。それが真実かはわからない、しかし仮に本当にだとするのなら可能性が高いのは、その方法でもあるのだ。

「すまん、他に方法は思いつかない」

 太一は頭を下げるが、その瞳には強い意志がやどっていた。

「俺が行く。そもそも今回のことは、俺にも原因がある。この土地の管理をする一族の者として、俺が行くのが妥当だ」

 つむぐは太一の突然の言葉に驚く、その胸倉を掴んだ。

「ふざけんな。おまえ、桜ちゃんや親父さん達はどうするつもりだよ。こっち側には戻れないんだぞ。それで、ああそうですかって簡単に送り出せるわけないだろ」

「じゃあ、他に方法があるのかよ」

 太一はつむぐに怒鳴り返すと、悔し気に歯を食い縛った。

「あるよ……」

 二人は急に割って入った声に静止すると、その視線を下へと向けた。

 そこには薄らと目を開けたカンリカがつむぐ達を見上げていた。

「私が行けばいいんだよ。私は、元々は写し世の住人だから、それがたまたま偶然にこちら側にやって来られただけだし。だから、元の場所に戻るぐらい何でもないよ。それに人間が写し世なんか入り込んだら、それこそおしまいだよ。戻れるチャンスなんてありえない」

 カンリカは太一から離れると、よろけながら立ち上がると、二人を見つめた。

「でも、私ならさ。君達が年取って死んだ後でも生きてるし、まあチャンスがあるかはわからないけど。待ってられるから、だから、ここでお別れにしよう」

「そんなこと……」

 つむぐは言葉を詰まらせると、目に涙を溜める。

「ここで泣くかな。つむぐくん、元は私が頼んだんだよ。友達の仇を取りたいって、その約束は守ってくれたから。だから、今度は私が君の役に立つよ」

 カンリカも声は自然と声は震えていた、しかし決して涙は見せず「だから、ごめんね」と、そう言いながらつむぐを抱きしめた。

 つむぐの頬を涙が流れた。悲しさや切なさ、何より自分がどうにもできない悔しさから、自然と流れてしまう。

 太一はそんな二人を見つめながら、ただ黙ると、その拳を握りしめた。

「つむぐ、時間はもうない」

「ああ、やろう」

 つむぐは太一の声に涙を拭うと、力強く答えた。

 つむぐ達は激しさを増す揺れのなか、急いでその場を離れると、七色の光を目指していた。

 そして七色の光が落ちる深い暗闇を眺めながら、カンリカはその目の前に立っていた。

「霊脈の流れは、今は写し世の門へ流れています。ここから行けば、おそらく向こう側へと出られるはずです。門を閉じれば、霊脈も元の流れに戻るはずです」

 太一はおおまか話を済ませると、カンリカに頭を下げた。

「一族を代表して、あなたに感謝の意を表します」

「そんなに大袈裟にしなくていいよ。それに立場上、それはまずいでしょ」

 カンリカははにかむと、頭を下げる太一を見ると、その視線をつむぐへと移した。

 太一は黙って頭を更に下げると、その頭を上げる。

「お別れだね。いや、何か色々あったような気もするけど、私って全然役に立ってなかったね。本当、最後の最後で役に立ててよかったよ」

 カンリカは開けっ広げに笑うと、優しく微笑んだ。

「そんなことない。カンリカのおかげで、ここまで来れたし、カンリカがいなかったら俺は回復もできずに、あのままきっと倒れていた。色々な情報もくれたし、いっしょに戦ってくれた。僕の方こそ、いつも助けて貰ってばかりで」

 つむぐはそう言うと、顔を俯かせる。

「そんなことないよ。つむぐくんがいなかったら、できないことの方が多かったよ。ほら、そんな顔しないで、お別れの時は笑っておくもんだよ」

 カンリカはつむぐの頬をつねると、吊り上げた。

「ひてて」

 つむぐは頬を吊り上げられて笑みを作らせると、精一杯笑って見せる。

「そうそう、それが一番だよ」

 カンリカは可笑しそうに笑うと、その手を離した。

「それじゃ、もう行くね」

 カンリカはつむぐの笑顔に頷くと、その背を向けた。

「ああ……。その、またな」

 カンリカはどんな顔をしているのだろうか。つむぐは崖の淵に立つカンリカの背中に、願うように声をかけた。

 カンリカはその言葉に体を動かすと、ただ口を閉じていた。

 そして、次の瞬間、何も言わずにその一歩を踏み出した。

「またね……」

 そう言って肩越しに最後に振り返るカンリカの顔を、つむぐは生涯忘れることはないだろう。明るく気さくで優しい人だった。出会った時は悲鳴を上げて逃げられ、次に会った時はお互いに知り合い、頼みごとを持ちかけられ、困った時には助けられた。出会うにはあまりにも偶然で、その別れはあまりにも早い。

 つむぐは差し出しかけた手を、自分の心で抑えつけた。またの再開を願い、カンリカはその別れを終えたのだ。ならば自分のすることは、未練に手を差し伸べることではない。別れを惜しみ、涙を流すことではない。

「絶対。いつか、また……」

 つむぐは虹の光へと消えた少女へと、最後の別れを終えた。



 事態の収束は、思う以上に早かった。

 太一とカンリカのおかげで、写し世への門は閉じられ、霊脈の流れは元へと戻り、日常は平穏なものへと戻りつつあった。

 あの場所での出来事は、今後一切において口外しないことをつむぐは約束し、その後は太一の親父さん達に土下座する程に感謝された。

 町での出来事は真実を隠したまま、未解決の扱いとなり、そのまま誇りを被っていくのだろう。

 つむぐは土手の芝に座りながら、呑気な顔をしながら流れを見つめていた。

 その横には回復したコルトが、同じく川の流れを眺めていた。

「そうか、あれは、行ってしまったのか」

「ああ、またねって言ってたぞ」

 つむぐは回復したコルトにドクとの戦いの後の出来事を話して聞かせていた。

「またか、いつ戻ってくるのやら」

「すぐに帰ってくるさ」

 コルトは横目でそう話すつむぐの顔を見つめると、溜息をついて立ち上がった。

「それにしても、今回は疲れた。さすがにもう駄目かとも思いもしたが、結果的には問題がなくて何よりだ」

 つむぐはコルトを見上げると、そのまま寝転んで青空を見上げた。

「問題がないわけじゃないけどな。神社は燃えちまったし、町の一角は焼け野原になるし。あっ、そういえば。桜ちゃんの退院が決まったって、さっき電話がきたぞ。元気になってよかったよ」

 つむぐは微笑むと、今度は空を漂う雲を眺めながら、背伸びをする。

「そういえば、ここらへんだったよな」

「何がだ」

 コルトはつむぐへと目を移すと、小首を傾げた。

「変な人に、コルトを貰った場所だよ。そういえば、あの人って誰だったんだ」

「ああ、あれは夏木の仲間だよ。少々変わり者だったがな、最後に私を君へと送り届けてくれたんだ」

 つむぐは少し間を置くと「そうか」とだけ答えると、服についた草と土をはたきながら立ち上がるとコルトの横に並ぶ。

「なあ、コルト。その、僕の姉さんって、どんな人だったんだ」

「うん、ああ……」

 コルトは横に立つつむぐを見ると、懐かしそうに目を閉じた。

「そうだな。性格は君とは逆かな、少々横暴で思いついたら即行動し、他人の言うことなど聞きもしなかった。しかし、彼女は誰よりも優しかった」

 コルトは目を開けると、流れる川を見つめるつむぐの姿を横目で見つめた。

「そこは、君と似てるな」

「そうか、僕の姉さんは、元気な人だったんだろうな」

「ああ、あれは歩く火薬庫だ。歩けば騒ぎを起こし、騒動があれば首を突っ込む。でも何より面倒なことが、酒を飲めば弟の話ばかりをすることだった。一度だが、弟、つまり君の話をしている時に馬鹿にされてな。それはもう仲間達が夏木を止めるのに苦労してたよ」

 つむぐはコルトの話を聞きながら、恥ずかしそうに頬をかいた。

「それは、何っていったらいいのか」

「気にするな、愛されてたんだよ」

 つむぐは、溜息をつくと、川の流れをしばらく見つめていると、突然思い出したように声を上げた。

「あっ、そういば。思い出したよ」

「えっ、何をだ」

 コルトは突然声を上げたつむぐに驚くと、その視線をつむぐへと向けた。

「僕さ、昔ここで変な人に会ったことがあるんだよ」

「急に何を言いだすかと思えば」

「いやさ、小さかった頃なんだけど、その人急に僕の前に現れて言ったんだよ。願いを一つだけ叶えてやるから、変わりに私の子分になれって」

「はあ、それで君はそれを信じたのか」

 つむぐは苦笑いを浮かべると、「まあ」と頷いて見せる。

「でも、悪い人じゃなかったよ。いやむしろ面白い人だったのかな。本当に短い間だったけど、いつも楽しそうにしてたし。僕も僕もで、いっしょになって遊んでたから」

 コルトは呆れた顔をすると、軽く息を吐き出した。

「君には警戒心がたりないよ。それで、そのつむぐの願いは叶えてもらったのか」

 つむぐは困った顔をすると、笑みを浮かべた。

「それが、世界が幸せでありまように、何てことを言っちゃって」

「おい、本気でそれを言ったのか」

「まあ、子供だったからな。両親を戻してくれなんて願いは叶うわけないし、なら世界が幸せならそれでいいかと」

 コルトは疲れた顔をして、目頭を押さえた。

「でっ、相手は何と答えたんだ」

「それが、その人驚いた顔したと思ったら急に笑い出して、その願いを聞き届けようって」

 コルトはその答えを聞いて、その顔を上げるとかすかに唇を動かした。そして手を顎にあてて何かを思案すると、深く溜息をついた。

「そうか、なるほどな」

「えっ、何だ」

 呟いたコルトのかすかな声に、つむぐ聞き取れなかったのか。小首を傾げながら、コルトを見つめた。

「いや、馬鹿な願いを聞いた奴もいたものだと思ってな」

「そうか、僕はそうは思わないけど」

「まあ、少なくともその願いは、相手にとっては救いになったはずだよ」

 つむぐはコルトの言葉を理解できずに、眉間に皺をよせたが、すぐに話を戻した。

「でも本当に不思議な人だったよ。何せ、私は魔法使いなのだって、胸張って本気で言ってたからな」

 つむぐは思い出したのか、その顔に笑みを浮かべた。

「そうか、君はずっと昔に魔法使いに合っていたわけだ」

「ああ、そうことになるな」

 つむぐは懐かしそうに目を細めると、澄み渡る空を見上げた。


 僕は昔、魔法使いに会ったことがある――。

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