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□ 第8話

 それに、前触れはなかった。

 仮に例えるのならば、ことが起こる前に桜がつむぐの家へと訪れのが、もしかしたらそうだったのかもしれない。

 桜が訪れたその晩、町は黒煙に包まれた。

 人々は寝静まり、動物の鳴き声さえ響くことのない、奇妙な夜の静寂に唐突に響いた爆音と地響きはつむぐ達の思考を一瞬停止させた。

「何だ?」

 これから夜の町に出ようかと、支度をしていた矢先につむぐは、あまりの音に動きを止めた。

 しかしすぐに思考を取り戻すと、つむぐは急いで窓へと向かった。そこにはコルトが驚いた様子で窓の外を見つめていた。

「何だよ、これ」

 つむぐもコルトと同様に窓の外見て、絶句した。

 何故ならそこには、赤く染まった夜の空があったからだ。まるで燃えるように真っ赤に染まった夜空は、本来あるはずの闇を照らし出すと、町の全体をぼんやりと浮彫にしていた。しかしそれは文字通りであり、赤く染まる夜空の中心には地上から火柱が上がり、その周囲を黒煙が渦巻いてる。

「火事なのか」

 つむぐはその光景から真っ先にその言葉が浮かんだが、すぐにそれを否定した。それはその中心に立つ火柱が、今までに見たことのない光景だったからだ。

 それはまるで一本のとてつもない大きな柱のようで、それがそのまま空に突き刺さっているかのような、異様で不吉な圧迫感を感じさせていた。

「まさか、封印が解けたのか」

 つむぐは目の前の光景を見つめながら、その言葉が自然と口から出ていた。

「いや、結界が解けたのなら、向こう側への門が開く。見たところ、おそらく結界を支えている支柱の一本が破壊されたのだろうな」

「とにかく行ってみよう。あの場所に行けば、何かわるだろ」

 つむぐの言葉にコルトが頷くと、つむぐはそのまま魔法使いへと姿を変えると、夜の町を屋根から屋根へと飛び移っていく。

しかし、やがて火柱の上がる場所まで目と鼻の先という所で、それは徐々に細くなっていく。やがてまるでガラスを割ったかのように亀裂が生じ、火柱は粉々に砕け散ると、町に再び闇が戻る。

「くそ、目と鼻の先だっていうのに」

 つむぐは急に暗くなった視界に目を凝らす。やがて暗闇に目が馴染むと「あそこだな」と呟いて一際大きく跳躍をする。

 そして、そのまま地面へと着地しすぐに辺りを見回すと、つむぐは再び絶句した。

 何もない、おそらくはそれが一番先に誰もが思う言葉だろう。火柱の上がっていたであろうそこには、辺り一面が焼かれ、その全てが薙ぎ払われた空間が存在していた。まだ周囲には煙がかすかに立ち上り、熱した地面からは何かが焼け焦げた匂いが漂い、吸い込む空気はただ熱くまるで肺を焼かれているよだった。

 つむぐは自身が自然と歯を食いしばり、その握った手に爪が食い込んだことに気が付いたのはしばらくしてからだった。

 ただ微動だにせず、握りしめた手から血の滴が落ちたところで、つむぐは膝をつく。

「なんで……」

 つむぐはそう言うと、そのままその両手を地面へと振り下ろした。乾いた地面の音だけが虚しく鳴り、ついた膝と振り下ろした拳をまだ熱の残る地面がじりじりと焼いていく。

「なんで、あんまりだ」

 どうしようもない感情に涙さえ出ない。つむぐの自身の記憶が正しければ、ここには民家があったはずなのだ。悲鳴もない、何かがあった形跡も、人の痕跡さえも。まるでそれが始めたからなかったかのように、意味などなかったように、全てが消えてなくなっていた。誰かの悲鳴があれば救おうとしただろう、何かがあったその面影があれば悲しみもしただろう。だがつむぐの瞳に映る目の前の光景は、何もなく、どうしようもない程に手の施しようがないのだ。

 しかしそんななか、つむぐの耳に声が響いた。

「先輩ですか」

 かすかな声だった。それでもはっきりと、その聞き覚えのある声につむぐは立ち上がると、周囲を見渡した。

「先輩……」

 つむぐは声のする方へと走ると、その先に倒れている一人の人影を見つけた。

「桜ちゃん」

 つむぐは倒れている桜に駆け寄ると、そのまま抱きかかえた。

「おい、大丈夫か」

「ああ、やっぱり先輩でしたね。声が聞こえました」

 桜は微笑んで見せるが、体の力は抜け、その手が地面へとだらりと垂れている。

「ああ、僕だよ。待ってろ、すぐに病院に運んでやるから」

 つむぐは桜を抱きかかえたまま立ち上がると、そのまま病院へと向けて走り出した。不思議なことに、これほどのことが起きたというのに、人はおろか、救急車や消防車のサイレンの音さえ聞こえていない。

 つむぐは疑問には思ったが、腕の中にいる桜を逸早く病院へ運ぶことを優先すると、その考えを頭から振り払った。

 病院へと辿り着くには、そう時間はかからなかった。その間、腕のなかにいる桜は息はしているようではあったが、意識は朦朧としており薄く開けた目をつむぐへと向けていた。

「着いたぞ、待ってろよ」

 つむぐはそのまま病院のなかへと入ると、受付の目の前のソファーに桜を寝かせた。

 魔法使いであるつむぐの姿は、今は誰も気づくことはない。つむぐは、誰もいない受付の呼び出しボタンを乱暴叩くと、それに気が付いた職員が受付へとやって来た。

 職員は少し不思議そうな顔をした後、ソファーに横たわる桜を見るや、慌てた様子で奥へと一旦戻って行く。

 つむぐはそれを見て安心すると、桜の元へと近づいた。

「もう大丈夫だ、今医者が来るはずだ」

「すみません、先輩」

 桜は弱々しくつむぐの声に答えると、震える手をゆっくりと差し出した。

 つむぐは差し出されたその手を反射的に握ると、桜が何かを伝えようと口を動かしていることに気が付いた。

「先輩、気を付けてください。おかしいとは思っていたんです、ごめんなさい」

 そうまるで囁く程にかすかな声で、桜はそう言うと「お願い、助けて、さい」とその途切れ途切れの言葉を最後に、意識を落とした。

 つむぐは、意識を失った桜に再び声をかけようとしたが、後ろから廊下を足早に近づく音を聞くと「後は任せろ」と意識を失った桜に一言声を掛けるとその場を後にした。


 つむぐが家に戻る頃には、町中もずいぶんと騒がしいことになっていた。先程までは聞こえてはいなかった緊急者車両のけたたましいサイレンの音が町中に響くと、家屋の所々ではその窓に明かりが灯る所も見える。

「大丈夫か」

 しばらくしてコルトは、つむぐへと声を掛けた。

「ああ、僕はな。でも最悪だ」

 つむぐはそのまま黙り込むと、無言のまま乱暴に玄関の扉を開けた。

 そしてなかへと入ると、廊下側から居間の明かりが扉のガラス越しに点いていることに気が付くとつむぐは不信感を抱いた。記憶が正しければ、家を出た時には自身の部屋以外の明かりは落ちていたからだ。

「誰かいるのか」

 つむぐは居間の扉を勢いよく開け放つと、なかへと踏み入った。

「よかった、心配したよ」

「カンリカ」

 すると二人の姿を見るや、安堵した様子で声を出すカンリカの姿を確認すると、つむぐは緊張を解いた。

「だっていきなり、妙な爆音はするし、変な火柱が上がっているし。すぐに何かあったんだってわかったよ。それでそこまで行ったんだけど、つむぐくん達の姿は見えないし、人がようやく気が付いて騒ぎになってくるしで、ひとまずここに来たんだよ」

 カンリカは早口でまくしたてると、その顔がとても嬉しそうに綻ぶ。

「でも本当によかった。一時は、まさか二人ともあの場所で何かに巻き込まれたんじゃないかって、本当に心配だったんだから」

「ああ、うん、ありがとう」

 つむぐはかすかに涙目で話すカンリカの肩を照れた様子で、優しく叩く。

「カンリカも何もなくよかったよ。でも事態は深刻だ、早く何とかしないとまずいことになる」

「まずいことって、これ以上のことが、まだ何か起こるっていうの」

 カンリカは表情を強張らせると、ぎこちない笑みを浮かべた。

「ああ、桜ちゃんの推測が正しければ、向こう側とこちら側を繋ぐ門が開くそうだ」

 カンリカはその言葉に瞬間呆けたような顔をすると、驚いて声を上げた。

「ええ、何でそんなことになってるの」

「まあ、そういう反応になるよな。僕も聞いた時は、結構驚いた。おまけに桜ちゃんからするに、もうその門が開くまでには時間がないかもしれない。おそらくだけど、今夜起きたこともそれに関係しているはずだ」

「あはは、何か話が大きすぎて、頭がついていかないよ」

 カンリカは苦笑いをすると、溜息をついた。

「それで、その桜ちゃんはどこにいるの。彼女ならもっと今回のことに関しても、詳しいことがわかるんじゃないの」

「ああ、桜ちゃんは」

 つむぐはその表情を曇らせる。

「奴なら、今頃は医者に治療を施されているはずだ」

 そこにコルトは姿を現すと、つむぐの言葉に割り込んだ。

「医者って、あの子大丈夫なの。何でそんなことになってるの」

 カンリカは再度驚くと、不安気な顔をする。

「大丈夫、僕が病院まで運んだ時には、朦朧としていたけど、まだ意識はあったし。すぐに医者が診てくれたはずだから、きっと大丈夫だ」

 その言葉にカンリカは頷くが、しかし不安が取り除けたわけではない。

「それで、つむぐくんはどうするつもりなの」

「どうするも、こうするも、その開きかけている門を閉じるしかないだろ」

「いや、それはわかってるんだけど。具体的にはどうするの」

 カンリカは至極当然な疑問をつむぐに投げかけるが、その方法についてはつむぐ自身もどうすべきかと考えがついていない。

「少なくとも、残りの結界を支えている支柱の一本を死守しないといけない。でも問題は、その場所なんだ。桜ちゃんからは、それについての詳しい場所は聞けなかったんだ」

 つむぐは拳を握りしめると、顔を俯かせた。

「えっ、結界って。この町に全体に張ってあるすごく大きな式のことだよね」

 カンリカは、つむぐの言葉に少し間を置いて、さも当然のような口調で不思議そうに話した。

「すごく大きなって、カンリカもしかしてわかるのか」

 つむぐは驚いた様子で、カンリカに詰め寄ると、その肩を掴んだ。

「ええ、ああ、うん……」

 カンリカもつむぐの行動に驚いて目を丸くすると、小刻みに瞬きをしながら返事をした。

「おい、少し落ち着け」

 そんなつむぐの行動にコルトは、口を挟むと横目でつむぐを睨み付けた。

「ああ、悪い。でも、何でわかるんだ」

 つむぐはすぐにカンリカの肩から手を放すと、その場から一歩下がる。

「いやほら、前に言ったと思うけど、私って目はいいから。まあ、何かを感知するとか、感じるとかいった類は皆無だけど。でも実際に目の前にあるものは、大概のものは見ることができるんだよね」

「いや、目がいいってことは聞いてたけど、そこまでとは知らなかったよ」

 つむぐは知らなかったのかとでも言いたそうな、カンリカの顔を見ながら苦笑いを浮かべた。

「でも見えるってことは、この町のどこに支柱があるのかもわかるのか」

「それは、そうだね。まあ、実際私も見えるってだけで、つむぐくんに聞かされるまで何で結界張ってあるのかとか考えもしなかったんだけど」

「それでは、ほとんど宝の持ち腐れではないか」

 コルトは呆れるような顔で皮肉を言うと、溜息をついた。

「それで、残りの一本はどこにあるんだ?」

「ああ、それなら、この町の少し端にあるところだよ。ほら小高い丘にある、ちょっと小汚いやたら大きな神社があったはずなんだけど」

 つむぐはカンリカの言葉に目を見開くと驚いて見せた。

「えっ、嘘だろ。そこって太一のとこだぞ」

「まあ、おかしくはないだろうな。土地の管理を行っているというのならば、霊脈の中心に社を置くのは決してない話ではない」

 コルトはつむぐとは打って変わって冷静に話すと、つむぐを小突いた。

「それで、つむぐはどうするのだ」

「ああ、そりゃ行くさ。当たり前だろ」

 つむぐはコルトにそう力強く返すと、そのまま足早に歩きだす。

「今から行く気か」

「ああ、もちろんだ」

「ああ、ちょっと待って、私も行くって」

 つむぐとその後を黙って続くコルトの二人に、カンリカは叫ぶと二人を追いかけた。

※ 作品に関する著作権は、放棄していません。無断転載をする等の行為は禁止します。

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