□ 第6話
つむぐは意識が戻ると、そこには自分の部屋のベッドの上だった。
部屋には誰もおらず、まるで今までの出来事は夢だったのだろうかと錯覚する程に、普段通りの日常の時間がゆっくりと流れている。
つむぐは部屋なかを見回すと、体を起こした。
「いつっ、ううん」
起き上がると体には包帯が巻いてあり、何より右肩と背中の痛みがあれは現実なのだという感覚をつむぐに認識させる。
「コルト、カンリカ」
つむぐは声を上げて二人の名前を呼ぶが、当然のように誰もいない部屋に返事はない。つむぐはベッドから痛みも忘れて飛び起きると、そのまま居間へと降りていく。
「コルト、カンリカ」
そして居間の扉を開け放つと、つむぐは飛び込んだ。
しかしそこには二人の姿はなく、つむぐは静かなリビングのなかで独り立ち尽くす。
つむぐは茫然としながら、まさか二人はもう出て行ってしまったのではないかと、嫌な考えが頭のなかをよぎると、そこで膝をついた。
「まさか、そんな」
つむぐは茫然とするが、そこで玄関の扉の開く音が響いた。
「ただいま。しかし暑いね、つむぐくん蒸されてなければいいけど」
「馬鹿か、行きにエアコンをかけていっただろう」
「あっ、そうだっけ」
懐かしい、そんな感情を感じる程につむぐは二人の声を耳にすると、玄関へと足早に向かった。
「あっ」
つむぐが玄関へと顔を出すと、二人は同時声を上げた。
「つむぐくん、目が覚めだんだ」
カンリカは手に持っていた荷物を放り出すと、満面の笑みでつむぐへと近づき勢いよく抱き着いた。
「よかった。もう全然、目を覚まさないから本当に心配したよ」
「カンリカ、よかった無事だったのか」
つむぐは抱き着かれながら、カンリカの無事に安堵するとその後ろにコルトの姿を確認する。
「コルトもよかった、もう会えないんじゃないかって、本当に無事でよかった」
「私はつむぐの相棒だぞ、離れるなんてありえない。しかし、いい加減にその馬鹿からは離れたらどうだ」
コルトはつむぐの顔とその声を聴いて嬉しそうに微笑んだが、すぐさまに眉間に皺を寄せた。
「ああ、ごめんごめん」
カンリカはそう言ってつむぐから離れると、一歩後ろへと下がった。
「お二人共、先輩が回復したことを嬉しく思うのはいいですが、はしゃぎすぎです。先輩はまだ戦いの傷が癒えてはいません。もう少し静かにお願いします」
つむぐは少し驚いて声のする方へと顔を向けると、玄関の向こうに見知った顔をあることに改めて驚いた。
「桜ちゃん」
つむぐは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をすると、彼女の名前を呟いた。
ひとまず家へと入ると、三人はリビングの椅子に腰かけた。
桜はキッチンの冷蔵庫に買い出しの品を、仕舞っているようで、その姿は見えない。
「それで、いったい何がどうなってるんだ」
つむぐはキッチンにいる桜を気に掛けながら、小声で喋る。
「何がどうなってるって言われると、私の方も何がどうなってるんだろうっていう感じなんだよね」
カンリカは困った顔をすると、頬を掻いた。
「それは僕の方だよ。なあ、コルト」
つむぐは溜息をつくと、その視線をコルトへと向ける。
「私も詳しい事情は知らん。ただ、あいつが敵ではないらしい」
コルトは胸の前の腕組をすると、その返事もほとんど曖昧でわかりにくい言葉を返した。
つむぐは額に手を当てると、肩を落とした。
「そもそも、何で桜ちゃんがコルト達といっしょにいるんだよ」
「あれ、ああそっか。つむぐくんは覚えてないんだ。まあ、意識も朦朧としてたし」
カンリカは今気が付いたと言わんばかりの顔をすると、男とあった晩のことを簡単に説明し始める。
「つむぐくんが撃った弾が、外れたのは覚えてるとは思うけど、あの後が大変で、私あいつに殺される寸前までいったんだよ。ああもう死ぬんだなって思ったんだけど、そこで助けてくれたのが桜ちゃんだったの」
「はい?」
つむぐは目を点にすると、首を傾げた。
「待ったカンリカが殺されそうになるのは理解できたけど、何でそこで桜ちゃんが出てくるんだ。桜ちゃんは普通の子だぞ、どうやったらあいつから皆を助けられるんだよ」
つむぐはいまいち状況を飲み込むことができない為、カンリカが冗談を言っているようにしか思えないでいた。
「それは、私も魔法使いみたいなものだからですよ」
そうしていると横から桜がお茶を淹れたお盆を持って現れた。
「ああ、悪い……。じゃなくて、桜ちゃんが魔法使い」
つむぐは差し出されたお茶を呑気に受け取ると、そのままの姿勢で驚きの声を上げる。
「はい、まあ魔法使いっていうのとは少し違いますけど」
桜はコルトとカンリカにもお茶を手渡すと、持っていたお盆を胸の前で抱えた。
「私の一族は代々この土地の管理者なので、その関係でまあ、色々と」
「土地の管理者って、地主とか」
「アホか。土地の管理というのは、その土地の霊脈といった霊的なものが暴走などをしないように管理することだ」
つむぐの言葉にコルトが呆れながら簡単な説明をする。
「へえ、そりゃすごいな。でも待ってくれ、それって話してもいいことなのか。知り合って長いけど、僕は今まで知らなかったわけだし」
桜はつむぐの言葉に少し目を丸くすると、微笑した。
「大丈夫ですよ。むしろ助けに行けと行ったのは、兄さんです」
つむぐは桜の言葉に再び目を丸くすると、開いた口が塞がらないでいた。
「太一が、あいつもこのこと知ってるのか。いやいや、おかしいだろ、太一だぞ。だいたいあいつは家のことには関わってなかったじゃないか」
どこか掴みどころがなく、万年昼行燈のような奴が、まさかそんなことに首を突っ込んでいるわけがないとつむぐは普段の太一を思い浮かべながらそんなことを考えていた。
「はい、兄さんは家のことに関しては継ぐことはありません。それは代々長男の役割と決まっていますし、何より兄さんは、そんな面倒なことは頼まれてもやらんといつも言ってますから」
「そう、なんだ」
つむぐはぎこちない笑みを作ると、信じられないと言葉にすることを、何とか喉元で呑み込んだ。つむぐが知っているであろう限りでは、太一の家は神社であり、その親御さん達には大変お世話になり、その子供は太一や桜ちゃんと含め三人兄弟であること。それ以外と言えば太一に限っては昔話や言い伝えをよく知っているということぐらいで、どこにでもある幸せそうな家族だとつむぐは思っていた。
「まさか、そんな裏稼業をしてたなんて」
自分は始めからこういったことに関わる運命だったのだろうかと、つむぐは自然と溜息をついた。
「裏稼業というよりは、こっちが本業なんですけどね。それより私に言わせてもらえれば、先輩が魔法使いであることの方が驚きです」
「まあ、それを言われると何も言い返せないんだけどさ」
つむぐは困ったように頬を掻くと、ぎこちない笑みのままごまかした。
「とにかく、先輩は時計塔の職人、その残党に狙われています。ひとまず凌ぎはしましたけど、次がそうなるとは限りません」
桜は真面目な顔をすると、つむぐに喋りかけた。
「ああ、だろうな。こっちは未熟なうえに、チャンスは一度だ。分が悪いのは理解しているよ。それでも止めなきゃ、人が犠牲になる」
つむぐは顔をふせて目を細めると、拳を握りしめた。
「それは、先輩のせいじゃ」
桜は何か言いかけると、そこで言葉を詰まらせた。ただ悲しげな瞳で、つむぐを見つめている。
「それはそうと、コルト」
つむぐは息を吐き出すと、ふと思い出したようにコルトに喋りかけた。
「んっ、何だ」
コルトは口にアイスキャンディーを咥えたまま振り返ると、つむぐに合わせて体の向きを変えた。
「聞きたいことが、あるんだ」
つむぐは真面目な顔をすると、そうコルトに言葉をかける。
「聞きたいこと」
コルトは咥えていたアイスキャンディーを口先で折ると、ぽきりと音をたてて二つに割れた。
「ああ、教えてくれないか。世界時計のこと、時計塔の職人のこと、それとコルトの前の持ち主についてをだ」
「そうか……。わかった」
しばしの間を置いてコルトは静かに目を細めると、その目を真剣な眼差しにかえ、そう呟いた。
つむぐとコルトにやり取りに、カンリカと桜は席を外そうとしたが、つむぐあえて二人にも同席を願うと、コルトを前に三人は座った。
「され、何から話すべきかな。始めに言っておくが、おそらく聞いて気持ちのいい話ではないかもしれないぞ。それとつむぐには先に謝らなければならない」
コルトは頭を下げると「すまない」と、つむぐに謝った。
「何だよ、急に」
「いや、これからする話はいつかしなければならない話だった。しかし話す機会がわからなくてな、つむぐにこうして聞かれるまでどうしようかと考えていたぐらいだ。本来なら会って早々に、おまえに伝えるべきことだった」
「いいよ、気にするな。自分でやるって言って、そしてなった状況だ。別に話を聞いてコルトを恨んだりなんかしないよ」
つむぐは優しくそう言うと、頭を下げるコルトは顔を上げた。
「そうか、おまえは優しいな」
コルトはそれにどこか懐かしそうな顔すると、すぐに顔を戻した。
「すまない少々脱線したが、まずは世界時計とその職人の話から始めよう」
「まずは世界時計だが、それはこの星ができた時から、その時を刻んでいたこの星の番人だったと言われていた」
「星の番人」
つむぐはいきなりスケールの大きな話に、思わず口を挟んだ。
「ああ、私が知っている限りでは、世界時計は神がつくられる以前から存在していた」
「私も、その話は聞いたことがあります。星がつくられ、世界時計は時を刻み、やがて神がつくられた」
桜の言葉にコルトは「そうだ」と答えると、話を続けた。
「世界時計の本来の役割は、時を刻むだけのはずだった。見守り続けること、それが彼女の役割だった。永遠と、ただこの星が消えるまでの、その瞬間まで時を刻むことだけが」
コルトは寂しげな顔する。
「彼女」
つむぐはそう呟くと、ドクがあの方と言っていたことを思い出していた。その物言いから誰かに使えていたことはある程度予想はしていたが、何故コルトがそれに関係をしているのかつむぐは不思議に思った。
「だが、時が流れるにつげて、彼女には段々と自我が芽生え始めた。ちょうどその頃のはずだ、神と呼ばれる存在がつくられたのは。そしてそれからまもなく彼女には、彼女の手足となって働くもの達がつくられた。それがつむぐがあった、あの男だ」
「たしか、ドクって言ったか」
「ああ、時計塔の職人と呼ばれる彼奴らは七人。サナ、スイカ、ヨウコ、ヒスイ、コウコ、アマハ、そしてドクだ」
「あんなのが他に六人もいたのか」
つむぐは他の六人を思い浮かべてみたが、一人でも化物のようなものなのに、そんな奴が六人だなんて洒落にもならないと、表情を強張らせた。
「彼奴らは世界時計に忠誠を誓い、その存在は神を恐れさせていた。おそらく今魔法使いと呼ばれる者達が束になって戦ったところで、当時の彼奴らにはおそらく敵わないだろう」
コルトのその言葉につむぐは息を呑んだ。
「そして百年、千年、万年と長い年月を幾度も重ねた頃に、人間が誕生した。それはもちろん彼女も最初は喜んだらしい、新たな文明の始まりが訪れたんだ」
「それならどうして、こんな状況になってるの。その世界時計、彼女が人間の誕生を喜んでたんなら、あいつのあの言葉はおかしいでしょう」
カンリカはしばらく黙って話を聞いていたが、頭に浮かんだ疑問を口にした。おそらくカンリカは世界を壊さないといけないと、そう言った男の声を聴いていたのだろう。
「まあ、かもしれないな。しかし彼女にはその頃、もう自我呼べる彼女の意識そのものが既に出来上がっていた。まあ、試験管のなかで外の世界を眺めながら、時計塔の職人達によって育てられたものだったかもしれないがな」
「実は彼女には時を刻みという仕事の他に、もう一つ役割があった。それが文明を終わらせることだ」
「文明を終わらせること。それってどういう意味だ」
「文字通りの意味だろうな。一定の種族が、ある程度の文明を開化させた場合、彼女はそれを白紙に戻す。そしてまた新たな文明の誕生を待つ。その繰り返しだ、自分で見守ってきたものを、自らの手で破壊するんだ。皮肉なものだろうな」
コルトはつむぐから目を逸らせると、口を結ぶ。
「それはつむぐ、おまえ達の文明も同じだった。本来ならもうとっくに滅びているはずだったんだ。そして彼女もそれを望んだ。それは彼女が人間を愛していたからだ」
「いやっ、それはおかしいだろ」
つむぐはコルトの言葉に身を乗り出した。
「何で人間を愛していたなら、滅ぼそうとだなんてするんだ」
「それが彼女の教えられた愛し方だったからだ。時計塔の職人は、彼女をそういうふうに教育した。残忍や狂気といった言葉は、彼女にとっては普通なんだよ。それが当たり前で、異常なことが喜びだったんだ」
つむぐは信じられないといった顔をすると、そのまま唖然とする。
「ひどい話だね」
カンリカが悲しげに呟いた。
「そうだ、だが人間達もただでは終わろうとはしなかった。時計塔の職人達にとっては、それこそが予想外だった。それが今いる魔法使いと呼ばれる者達の出現だった。当時の彼らはあらゆる事象を起こした。予知と呼ばれるものも、そのなかの一つだ」
「そしてある時、クロウという男が世界が終ることを予知した。始めは誰も信じなかったらしい、まあ当たり前だ。文明を築き上げ、世界に干渉する力を手にしてた人間が、ある日突然に滅びるわけがないとな」
「当然かもしれまんせね。人は自分が考えもしないことは、信じようとはしませんから」
桜はコルトの話に同意すると、その表情を曇らせた。
「しかし、そのうち男の話を信じようと思う者達が現れた」
「よく信じたね。そのクロウって人、周りの人達にまるで相手にされてなかったわけでしょ」
カンリカは不思議そうに声を出した。
「そうだ。もちろん彼らもクロウのように予知を見たわけではない。彼らもクロウの話を全て信じてるわけではなかった。だが、彼らがそれでもクロウの話を信じようと思ったのは、滅ぼすであろう相手の存在に気が付き始めていた者達だった」
「それって、世界時計の存在にってこと」
カンリカは補足するように、口を挟んだ。
「いや、正確には神以外の存在がいるのではないだろかと考えた者達だ。その魔法使い達は世界の在り様、真理を探究しようとしていた。クロウの話に興味を持ったのは、あくまでその過程だ。そして来るかもしれない最後の日を阻止できるのであれば、それを阻止しようと考えた。その結果出来上がったのが、所謂つむぐのような魔法使いという一つの形だ」
「僕のような」
「つむぐの力も、今ある知識や術式は、その当時に考えられたものが元になっている。本来なら自身の研究結果については外部漏らすようなことをしないのが魔法使いの鉄則だった当時に、彼らは進んで教えを乞う者が現れたなら、それを教えていた。やがてそれらが徐々に広がり、様々は魔法使い達がそれを元に新たな術式を組む」
「そして、出来上がったのが、今の魔法使いの形っていうことか」
つむぐは納得したのか、頷いて見せる。
「じゃあ、僕のように向こう側の奴らを狩る以外の魔法使いっていうのもいるのか」
「ああ、たしかに魔法使いと名乗る連中の全員がそうではない。先程も言ったように、真理の探究をしようとする者や、なかには生命のその本質を探究しようとする者、様々だ」
つむぐは「なるほど」と呟いた。
コルトは軽く咳払いをすると、話を戻した。
「とにかくだ。彼らはそうしていつか来るであろう日に備え、知識と力を残した。今はもう存在してはいないが、その為に作った彼らの組織が後の時代においても活動をしていた」
「それって、灯台の管理人って名乗っていた連中のこと」
カンリカは心当たりがあるのか、そう呟いた。
「ああ、まあな。たった数十人規模の組織だったが」
コルトはそう言うと、寂しげに目を細める。
「話が長くなったが、そういったことが積み重なって、彼らはやがて世界時計の存在や時計塔の職人達の存在を知るに至ったわけだ」
コルトはそこで言葉を切って顔を俯かせると「そして、戦いが始まった」と呟いた。コルトは顔上げて、改めてつむぐに視線を合わせる。
「ここからが、私がつむぐと出会う前の話になる」
まるでそれは覚悟をしたような、何かを思いつめたような顔だった。
つむぐはコルトのその表情の意味を読み取れずに、困惑した顔をする。
「まずは、私自身の話を少ししておこう」
「私が目覚めた、創られたというべきかな。それが今から百年程前になる。目覚めた私に、あいつは自身の名を『ルーファス・コルト』と、ぶっきら棒に名乗ったのを今でも覚えているよ」
コルトは懐かしそうな顔をすると、笑みを浮かべた。
「口の悪い頑固爺でな、余計なことに首を突っ込んでは危険な目にあっていた。人に悪態をついては嫌われ、人間嫌いなのか人とあまり接しようとはしていなかった。それでも、時折見せる優しげな顔や、悪態をつきながらも人を助けようとするその姿は、私は好きだったよ」
コルトは付け足すように「ちなみに、私の名も彼の名をそのまま使わせて貰っている」と話した。
「当時の私は、まだこうして肉体を構成する程の力はなくてな。魔法使いとの意思疎通はできたものの、自身で動くことはできなかった」
コルトは手を握って開くと、指を動かした。
「あいつが死んだ後、私はあいつの遺言である組織に預けられた。それが灯台の管理人と呼ばれていた連中だった」
「それってさっきカンリカが言ってた」
つむぐはカンリカに視線を送ると、カンリカ軽く頷いて見せる。
「まあ、後で知ったことだが。私の存在という奴は特別らしくてな。あいつがどうやって私を創ったのか知らないが、私はあらゆる存在に干渉し、それらを破壊することのできる力が備わっているらしい。おまけにあいつは、そのことに関しての記録や記述を一切残さず。面倒臭いの一言で、全てを謎にしたまま勝手に墓の中まで持っていってしまった」
コルトは肩を落とすと「本当に、あの爺らしい」と呟いた。
「まあ、とにかく私はあいつが死んだ後は、灯台の管理人が管理をしていたわけだが、私を扱える魔法使いはなかなかいなくてな。少々力がある程度での魔法使いでは、私との契約には耐えられなかった。その結果、私はしばらくの間薄暗いどこかの場所で眠りにつくことになったわけだが」
つむぐはコルトのその言葉に、首を捻った。
「僕はコルトと契約をしてるぞ」
「何をまぬけな顔をしているんだ。言っておくがつむぐ、おまえの魔力はそこらへんの魔法使いの連中に比べられば強力と言ってもいいぐらいの力は持っているぞ」
「何、初耳だぞ」
つむぐは自分に対してまったく自信がなかったのか、大袈裟に驚くと顔をにやつかせた。
「そうか、僕はそれなりには強い力を持っているわけか」
「まあその分、脳みそが足りていないのではないかと思う時があるがな」
コルトは残念そうな顔をすると、溜息をついた。
つむぐはにやけた顔を赤らめると「余計なお世話だ」とコルトに言葉を返した。
「さて、ここからが本題になるが」
コルトは咳払いをすると、話を進めた。
「そんな私の永い眠りを覚ましたのが、夏樹だった。そう、つむぐの前任者だ」
コルトはつむぐに指を向けると、その瞳を見つめた。
「彼女も力の強い魔法使いだった。以前の頑固爺とは反対にうるさい奴だったよ。我が強くてな、良くも悪くも一人で突っ走ていたような奴だった」
「コルトの相棒って、そんな感じの人達だったんだ」
カンリカはつむぐを横目で見ると、何を考えているのか「なるほどね」と呟いた。
「力もそうだが、その腕も大した物でな。体術に銃の扱い、そして日々必要な知識を頭に叩き込んでいた。文字通り必死になってな、彼女がつむぐぐらいの歳にはもう一人前の魔法使いとなっていたよ」
「すごいな」
つむぐは素直に感心した顔をする。
「きっと血の滲むような努力をしたんですね」
桜は感心したというよりも、それがいかに過酷であったのかを想像していた。
「まあ、その過程で私も自分の肉体を構成できるようにもなった。彼女との時間は私をずいぶんと成長させてくれたよ」
コルトは懐かしむ顔から一転、その表情も曇らせると「時間はあまり長くはなかったがな」と呟いた。
「まあ、それから色々とあって、世界時計と戦い。彼女は、そこで命を落とした。そして今に至るわけだ」
コルトはそれこそ簡単に話すと、三人の顔を見回した。
「それでおしまい?」
カンリカはコルトの話に聞き返すと、訝しげな顔をする。
「ああ、これで終わりだ」
「いや、まだ聞きたいことが残ってる」
つむぐはまだ疑問に思っていることがある様子で、そうコルトに言葉を掛けた。
「肝心なところが抜けてる。色々あったその後に、何でコルトが僕のところに来たんだ」
つむぐは真剣な顔をすると、コルトの瞳をじっと見つめた。
「それは、だな……」
コルトは言葉を濁らせると、つむぐから視線を逸らせた。
「ずっと気になってたんだ。僕にコルトを渡したあの人は、あの人が言っていたって言ったんだ。それってつまり、少なくともコルトを僕に託した本人は僕のことを知っているってことなんだろ」
コルトは口を結ぶと、つむぐのじっと見つめる瞳を見つめ返した。
「それは、つむぐが忘れているだけだ」
そして静かにそう口にした。
「忘れているだけって、どういうことだ」
「すまんが、これ以上は言えない。そのことについては、そう約束したんだ。このことについて知りたいのなら、それはつむぐが思い出すしかない」
「何だよ、それって」
つむぐは思わず、声を荒げるがカンリカがそれを制した。
「待った、つむぐくん。コルトがそう言うんなら、きっとそうなんだよ。うまく言えないんだけど、少なくともコルトはつむぐくんに嘘はつかない。コルトが約束したっていうんなら、それって多分大事なことなんじゃないかな」
カンリカは自分の言いたいことをうまく言葉にできないのか、少し困った顔をしながらつむぐに思ったことを話す。
「それは、そうかもしれないけど」
つむぐもカンリカの言いたいことを、何となくだが理解はしていた。しかしそれでも妙に納得のできない気持ちが強く、声を荒げることはないにしろ、その表情を曇らせる。
「とりあえず、一旦落ち着きませんか。だいたいの事情は把握できましたし、とりあえずお茶でも飲みませんか」
一瞬静寂したような空間に、桜はつむぐにそう言うと、その顔を覗き込んだ。
「ねえ、先輩」
「ああ……」
つむぐは覗き込んだ桜の言葉に頷く。
「悪かったよ、怒鳴ったりして。カンリカも、ごめん」
「謝ることなんてないよ」
カンリカは両手を顔の前で振りながらそう言うと、優しく笑みを返す。
「私も、本当にすまない、すまない」
コルトはそう言って黙って頭を下げる。
「いや、いいさ。思い出せって言うんなら、きっと大事なことなんだろ」
つむぐはそう言って、目を細めると静かに閉じる。何か言葉を続けようとはしたが、つむぐはその言葉を黙って飲み込んだ――。
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