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□ 第2話

 つむぐはベッドに寝転びながら何かを考えるように、天井を見上げていた。

 そして体の向きを何度か変えると、右手で脇に置かれた物を手にした。それをそのまま顔の前に持ってくると、つむぐは溜息をついた。

「なんだかな」

 そう呟くと、つむぐは手のなかにある物をまじまじと見つめた。それは鈍色に輝き、蔓が巻き付いたような唐草模様が全体に彫り込まれ、重厚な重みがずっしりと手に鉄の質感を与えていた。持ち手の部分には手に馴染ませるよう木製の持ち手がつけられ、濃く染められた焦げ茶色のそれには輪郭のはっきりとした木目が見える。

 つむぐは手に持ったそれの引き金にゆっくりと指をかけた。

「どう見たって、これ拳銃だよな?」

 つむぐは自身で言葉にしてみて、改めて手にしている物が一般的に言う拳銃であるということを確認していた。それはよく警察官が腰にかけているニューナンブと呼ばれる拳銃とは違い、どちらかと言えば西部劇に登場するガンマンが手にしているような代物で、ごつくて大きなアンティークリボルバーという印象が強い。

 つむぐは脇に手にした拳銃を置くと、両手を頭の下に入れて再び天井を見上げた。

 どうしてこんな物が自分の所にあるのか、昨日の出来事が何だったのか。それはつむぐの頭を混乱させるには十分すぎる程だ。何かを理解しようにも、非日常的で有り得ないことを受け入れるのは難しい。

 つむぐは背伸びをして体を目一杯伸ばすと、肺に溜まった空気を吐き出した。そしてそのまま脱力感を感じながら、これからどうすべきかを考えながらつむぐは目を閉じた。

 しかし考えてもどうしようもないことは、何をしても変わりはしない。つむぐは勢いよく起き上がると、財布と携帯電話をポケットに突っ込むと家を出る。そしてそのまま、まっすぐに昨晩の奇妙な体験をした場所へと足を向けていた。

 やがてつむぐは昨晩の土手へと着くが、そこには平和とも言えるような穏やかな風景が広がっているだけで、思った通りおかしな所は感じられない。ゆっくりとした時間のなかで釣り糸を垂らす人や、のんびりと散歩を楽しむ人々の姿が見えるだけだった。

『何もなかった』そう誰かに言われているような感覚をつむぐは感じていた。間違いだったのならと考えもしたが、つむぐはそれを一笑した。

「いったい、何だったんだか」

つむぐはそう言いながら土手の上から、辺りの景色を注意深く見回した。

 すると、つむぐは一瞬その視界に入ったものに驚くとすぐに首を戻した。それは土手を歩く人のなかに、一瞬角の生えたような生き物がいたからだった。しかしそれは見間違いとも思えるぐらいのもので、つむぐが目をこすりもう一度見直すともうその姿はなかった。

 自分は今どこにいるのだろうか。つむぐの頭には疑問の言葉が浮かんでいた。まるで自分はどこか別の似たような世界に入り込んでいるのではないか。もしかしたら、頭がおかしくなっているのだろうかと、つむぐは自身のその思考に身を震わせた。

 何事もない川沿いの土手の風景、人の姿に、車やバイクの音、頬に当たる風と草木の匂い。それら全てがどこか希薄で、何か嘘をついているような、そんなことをつむぐは考えてしまっていた。

 そして慌てた様子で、つむぐは自身の背後と辺りを見回した。どこもおかしくはない、つむぐはそう思い込んでいた。

 しかし、その視線はある一点で止まる。

橋桁の下、ちょうど日陰になるそこに一つの黄緑色をしたテントがぽつりと張られていた。近場に張られたロープには洗濯物が干してあり、石を積んで作られた釜の上には丈夫そうな鍋が置いてある。どこかの自然のなかでキャンプをしているような、この場にはどう見ても似つかわしくない光景が広がっていた。

 そしてテントに住むであろう住人がパイプ椅子に座りながら、ちょうど川で釣り糸を垂らしている姿が見える。ジーパンに登山靴のような大きな靴を履き、頭には白いハンチング帽を被り、のんびりと水面を見つめている。ハンチング帽から出る長い長髪は赤く、柔らかく風に靡きながら背中を隠すように揺れている。細身の体には女性特有の曲線とくびれがあり、後姿だけでも美人だと思わされるどこか気品のようなものが漂っていた。

 しかし、つむぐは逆にその姿に見とれることはなく、その背筋には昼間だというのに冷や汗と寒気が走っていた。何故なら、その彼女の腕に陽射しが反射して、何か鱗のようなものが見えていたからだった。それは集中して目を凝らす程に、霞がかった景色が鮮明になるように、目ではなく脳がそれを認識していく。

 そしてつむぐは彼女への距離と縮めようと、視線を放さずに足を踏み出した時だった。

 今まで水面を見つめていた彼女が視線に気が付いたのか、つむぐの方を振り返ったのだ。

「あっ……」

 つむぐはか細い声で驚くと、そのまま思考が停止した。その振り返った姿が人間の姿ではなく、何か別物の何かだったからだ。鋭い爪に翡翠色の鱗のある腕、髪は青く染まり、振り返った瞳はルビーのように紅く、その唇は血の気がない程に青白い。

 女はつむぐが自分の姿を捉えていることに感づくと、釣竿を手放して慌ててつむぐから逃げるようにして走り出した。その後姿はもう元に戻っており、化け物じみてはいない。

 つむぐは反射的に逃げる女を追いかけていた。

 自分に起こっている何かがわかるかもしれない。つむぐはそう考えると、恐怖心よりも先に足が走り出していた。

「待ってくれ!」

 女の走る後ろ姿につむぐは叫んだ。無論、その声に素直に止まることはない。挙句の果てには「助けて、殺さないで」と叫びながら逃げ出したのだ。

 さすがにこう叫ばれると、傍から見ればつむぐが女性に乱暴をしているようにしか見えない。そして案の定というか、結果的にはその叫び声を聞いた男達がつむぐに何をやっているんだと近づいて来た時点で、つむぐは踵を返して反対方向に逃げ出すしかなかった。そのまま逃げたその足で家へと逃げ帰ると、乱暴に靴を脱ぎ捨てて疲れた様子で自室のベッドへと倒れ込んだ。顔を横へと向けると、ベッドの脇に置かれた拳銃がその銃身に光を反射している。つむぐは深く溜息をつくと、考えることを止めてそのままその瞳を閉じた。


 つむぐが目を覚ましたのは時計の針が午前二時を回った頃だった。静寂な部屋のなかには、時計の針の進む音だけが静かに響いている。

 つむぐは寝ぼけた様子で部屋を見回すと、壁の時計へと目を移した。

「寝入っちまったのか」

 そう呟くと、つむぐは体を起こした。

 明かりのない部屋のなか、暗闇と静けさのなかでつむぐは身震いすると、喉の渇きにキッチンへと足を向けた。明かりもつけないままにキッチンの冷蔵庫のなかからペットボトルを取り出すと、飲み口へと口をつける。冷たいミネラルウォーターが喉の渇きを潤しながら体へと染み渡ると、つむぐの寝ぼけた思考も段々と覚醒していく。しかしその脳裏に川辺での出来事を思い出すと、つむぐは難しい顔をしてペットボトルを乱暴に冷蔵庫へと放り込んだ。そしてその足でそのまま洗面所へと向かう。

 水道の蛇口を捻り、水を勢いよく出すと、その水に両手を差し込んだ。しばらくは水の冷たさを感じながら、つむぐはやがて顔を洗う。寝汗をかいて気持ちの悪かった感覚がすっきりとしたものになると、つむぐは脇に掛けたタオルで顔を拭き目の前の鏡を見つめた。

 しかしつむぐはその鏡を見ると、そのままの姿勢で目を凝らす。

「やあ」

 その鏡のなか、つむぐの背中に見知らぬ少女が小さく笑うと声をかけてきたのだ。

「こん……ばんは?」

 つむぐは突然の出来事に間抜けな声を出すと、反射的に返事を返していた。

 その少女は不敵な笑みを返すと、鏡越しにつむぐの姿を見つめ返した。

 つむぐも少女の姿を見つめ返すと、その姿を観察していく。まだ幼さを残す目鼻立ちの整った顔に、細い眉と強気に吊り上がった銀色の瞳、腰丈まで伸びる絹糸のような銀色の長髪は暗闇のなかでもまるで輝いているようだった。背丈からして子供にも思える容姿だが、その表情は凛々しく妙に大人びて見える。

「間抜けそうな顔をして、おまえは他に私に言うことはないのか?」

 少女は何も言わないつむぐに背中越しに声をかける。

 しかしつむぐは次の瞬間、少女の予測しない行動を起こした。

 つむぐは無言のまま、ただ両手を広げるとそのまま後ろへと倒れたのだ。

「ふえ、なああ!」

 つむぐの背中に立つであろう少女は間抜けな声を上げると、次に驚いた声を上げて迫りくるつむぐの背中に押されながら一緒に床へと倒れる。

 激しい物音と、倒れた衝撃で棚の物が落ちていく様子を眺めながら、何の受け身もとらずに後頭部を床に激突させたつむぐは、やがて眠るように意識を失った。


 目を覚ますと、明け方に自室のベッドの上で横たわっていた。

 つむぐは後頭部の痛みを感じると、そこにはタンコブができていた。眉間に皺を寄せて痛みに耐えながら顔を横へと向けると、一人の少女が椅子で眠っている。

 つむぐはその姿に目を見開くと、落ち着いて静かに眠る少女の寝顔をそれとなく見つめてしまっていた。そしてその静かに眠る少女の頬にゆっくりと手を近づけると、少女はすっと目を見開いた。

「触れる前に先にかける言葉があるんじゃないのか。この変態」

 つむぐは体を硬直させると、瞬時に後ろへと跳び引いた。

「いや、違う、ごめんなさいって。誰が変態だ!」

「寝入っている女を見つめながら、その肌に触れようとする奴が何を言っている」

 つむぐはその言葉に黙ると、少女を睨み返した。

「勝手に人の家に侵入するような奴に言われる筋合いはない」

「人の家、違うな。ここは私の家でもある。何故ならおまえが住んでいるのだからな」

 少女は胸を張ると、堂々と言い放つ。

「わけのわからんことを、こっちは最近妙なことばかりでいい加減疲れてるっていうのに。今度は何か、実は僕には生き別れた妹でもいたとか言うんじゃないだろうな。僕はロリコンでもないし、お兄ちゃんと呼ばれて喜ぶ人間でもない」

 つむぐはそう捲し立てると、姿勢を正した。

「私が君と同じ血筋のわけがないだろう。どこをどう見たら、そういう考えになるんだ。君は馬鹿なのか?」

 少女は呆れた様子で、肩を落とす。

「誰が馬鹿だ。じゃあいったい君は何なんだよ」

「私か、私はコルトだ」

「コルト……。それが君の名前なのか?」

 コルトと名乗った少女は「ああ」と頷いた。

「それで、君は何ていうんだ」

「何が」

「名前だよ。私はまだ君から名前を聞いていない」

 コルトは口の端を吊り上げて笑みをつくると、人差指をつむぐに突き出した。

「僕か、僕の名前はつむぐだ。東雲つむぐ」

「つむぐ、そうか君がつむぐか」

 コルトは顔を俯かせると、つむぐの名前を何度か呟いた。

「ああ、じゃなくて。何でええっと、コルト。コルトは何でここにいるんだよ」

「私がここにいる理由か。それはつむぐ、君がここにいるからだ」

「そんなんじゃ、理由になってないだろ」

 つむぐは話がまったく進まないことに、疲れた様子で言葉を続けた。

「僕が知りたいのは、コルトが何で僕の所にいるのかってこと」

 コルトはつむぐのその言葉に少し間を置くと、徐に口を開いた。

「君からは懐かしい匂いがするね。私の好きだった匂いだ、暗くて優しい形をしている」

「はっ?」

つむぐは突然コルトから出た言葉に、困惑した表情を浮かべた。

「闇の匂いだよ」

「闇の匂いって、君は何を言っているんだ」

 コルトは、少し焦った様子で困惑するつむぐの顔に微笑んだ。

「つむぐ、君には魔法使いの素質がある」

 コルトはそれに付け足すように「だから、私がここにいる」と呟くと、真剣な眼差しでつむぐを見つめた。その瞳はただまっすぐに、つむぐを見つめている。

「魔法使いって、そんな漫画やアニメじゃあるまいし」

 つむぐは恥ずかしそうに視線を逸らせると、コルトの言葉をただ否定した。

「いるさ、ただそうやって誰も信じようとはしないが。しかし信じられないことは、ない証明には決してならない。私がここにいるように、つむぐに魔法使いとしての素質があるように、世界には否定しても否定しきれないことはたくさんある」

 コルトはそう言うと、すっと椅子から立ち上がった。

「東雲つむぐ。君がもし、この先このまま閉じた世界のなかで生きていきたと思うのなら私は止めない。そうしたら、私はすぐにでもこの場から姿を消すよ。もう二度と君の前には現れない」

 そう話すコルトは優しく、しかし何よりも力強くまっすぐな瞳でつむぐを見つめる。

「ただもし、君が望むのなら私はどこまででも手を貸すことを誓うよ。君の否定した世界は広大で、残酷なこともあるかもしれないけれど、他では得られないことで溢れている。私はそんな世界を君に見て貰いたいんだ、君と見てみたいんだ」

 コルトはそう言い終えると、静かに手を差し出した。

 つむぐはコルトのその言葉にしばらく沈黙を返すと、差し出された手を見つめる瞳を、そっと目の前の少女の顔へと移した。そこには、緊張した面持ちで静かに答えを待つ真剣な眼差しがある。つむぐはその眼差しをじっと見つめ返すと「魔法使いか……」とその言葉を噛み締めるように呟いた。

 そして、つむぐはコルトに頷いて見せると微笑んだ。

「わかった。信じられないような話だけど、僕は君を信じるよ」

そう言ってコルト差し出した手を固く握り返した。

「ああ、もちろんだ。これからよろしく頼む」

 コルトはその手を固く握り返しながら、嬉しそうに微笑むと幸せそうに頬を緩める。つむぐはコルトのその顔に一瞬見とれるのだが、コルトはそれに気が付いてはいなかった。


 つむぐとコルトが二人でお互いの話を追える頃には、もう日も高くなっていた。

「コルト。一応念のために確認をするけど、君は所謂拳銃の精霊みたいなもので、そして僕は魔法使いとしてコルトを使いこなさなければならないと」

「そうだな。まあ、おおまかに言えばそんなところだ」

 コルトはつむぐに頷くと、疲れた様子で背伸びをした。

「なるほどね。何か不思議な感じだけど、まあ納得はしたよ」

 つむぐは頭を整理しながら、未だに現実感のない話に小首を傾げた。

「なんだ、まだ信じられないのか」

 そんなつむぐの態度にコルトが言葉を投げかける。

「そりゃ、いきなり全部を受け入れろって言っても無理があるだろ。僕はほんの少し前までは普通の高校生で、普通の日常を過ごしていたんだからさ」

「まあ、いいさ。君はどうしたってこれから魔法使いの道を転がり落ちていくんだから、そのうち否が応でも実感する」

 コルトはそう言うと、椅子から立ち上がった。

「さてと、私はもう疲れたから少し寝るよ。ああそれと、私のことは肌身離さずに持ち歩いてほしい」

 コルトそう言い残すと、そのまま光の粒子になると消えていった。

「おおっ、確かにこれは魔法っぽいな」

 光の粒子が手元に収束し一丁の拳銃となるさまをつむぐは見つめながら、拳銃の角度を変えながらまじまじと見つめる。

『そう振り回すな気持ちが悪い。それと、そう執拗に見られても困るんだが』

「ああ、悪い。それにしても、そのままでも喋れたのか」

 つむぐは自分の耳元で直に喋られているような不思議な感覚を味わいながら、手元のコルトへと話しかけた。

『ああ、もちろんだ。ちなみにこの状態での私の声は君にしか聞こえていない。それとわざわざ口に出さなくても、心のなかで話せば会話ができる』

 つむぐはそれを聞くと心のなかで念じるように『こんな感じか?』と心の声を出した。

『まだ多少ぎこちないが、それでいい。状況によって使い分けろ。では私は寝るよ、あと一応言っておくが私の睡眠の邪魔だけはするな』

「了解。まあ、僕ももう一眠りするつもりだけど」

 つむぐはそう言って、もう何も言わないコルトを脇へと置くと自身もベッドのなかへと潜り込んだ。

※ 作品に関する著作権は、放棄していません。無断転載をする等の行為は禁止します。

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