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□ 第1話

「僕は昔、魔法使いに会ったことがある……」

 それは運命的でも、劇的でも、感動的でもなく。その魔法使いは、ほぼ一方的に、それこそ強制的な形で出会うと、ある日忽然と姿を消した。

 しかしながら、幼い彼にとってのその何気ない日々の一幕は、人に話せば馬鹿にされ、挙句の果てには笑い者にされた結果。彼のこの思い出は次第に綻び記憶は薄れ、物が埃をかぶるようにやがていつしかそのまま忘れていったのだ――。



 最近の夏はやたらと早い。昨日まで寒いと思えば、次の日からは冷たい麦茶とアイスキャンディーが欲しくなるというのだから四季も風情もあったもんじゃない。何をそんな焦って子供の機嫌のようにころころと態度を変えるのか。

 そんな季節の激しい変わり目の頃、前日の夜に暖房のタイマーをどうするか少し考えた末に、解除しないことを選んだことを(東雲つむぐ)はひどく後悔をした。

「あつい……」

 そう一言、ベッドに寝そべった状態で呟くと、つむぐは額に流れる汗を拭うと乱暴に暖房の電源を落とした。やがてベッドから気怠そうに起き上がると、まだ寝惚けた様子で洗面所へと足を向けた。

 顔を洗い、歯を磨き、つむぐの頭がようやく回転を始めた頃には時刻はちょうど正午を指していた。

日曜日の休日、帰宅部で一人暮らしの高校生らしいというところか。特にやることがあまりないにも関わらず、明日は休みだからという理由だけで夜更しをすればこういう結果にもなる。

 つむぐは一通りの身だしなみを整え、部屋に戻ると椅子に腰掛けた。そのまま天井を見上げたのは、やることがないのか、それともやる気がないのか。しばらく動かずに天井を見上げていると、携帯電話の着信音が唐突に部屋に鳴り響いた。

 つむぐは視線を机の上に置かれた携帯電話に移すと、ディスプレイに表示された着信相手に頬をぴくりと動かした。鳴り響く携帯電話をしばらく手に持ちながら、少し迷った後に携帯電話を耳に当てる。

「はいはい」

 つむぐは気怠そうに声を出すと、電話先の相手は呆れた様子で返事を返した。

「何がはいはいだ。おまえ絶対今、どうしようか迷って電話に出ただろ?」

「いや、僕の気が乗らないだけだよ。さっさとどう話を切り上げるか、その方法を迷ってたら時間がかかった」

「それはあれか、うざいってことか」

「素直に言っていいのか?」

 つむぐは特に感心のないような感情のない平坦な声で話しならが、その視線は再び天井に戻っていた。

 電話先の相手は返事の代わりに深く溜息をつくと話を続けた。

「遠慮しとくよ。それで、今日の祭りのことなんだけど、悪いんだが待ち合わせ時間を七時頃に変えってもらってもいいか」

「うん、ああ祭りか……。別に何時でもいいけど、そもそも野郎二人が祭りに行くのに、わざわざ時間なんかそこまで気にする必要もないだろ。適当に時間を決めておけば、そのうち会えるよ」

 つむぐは気怠そうに話しながら、視線を天井から外した。

「そう言うなよ。一人で行くよりかはましだろ」

「僕は一人なら、どのみち行かないよ」

「ああ、わかったわかった。まあとにかく、その時間ってことで、決まりでいいのか」

「ああ、それでいいよ」

 つむぐは話を終えると、携帯電話を机の上に置いた。

 そして何気なく見た窓の外には、雲ひとつない青空と暖かな陽射し降り注いでいる。子供達の無邪気に遊ぶ声を聞こえてききながら、もう季節が夏なのだとつむぐは感じていた。

 

鍵祭り――。

 それはつむぐの住む澄ヶ沼で毎年行われる恒例行事で、特別に他のどこの祭りよりもというようなところはないが、規模は割と大きなものだった。会場は県立公園の敷地内で行われるのだが、この県立公園の敷地面積は東京ドームと同程度の面積を有しいているというのだからたいしたものだ。そこに数多くの露店に、一風形の変わった矢倉が組まれる。

 つむぐは待ち合わせの時間より少し早めに到着すると、公園の入り口付近で壁に背を預けていた。その横を祭の会場に向かう人々の列が賑わいながら通り過ぎる姿を、つむぐは横目で眺めていた。

「おお、早いな」

 しばらくしてつむぐは聞きなれた声に気が付くと、視線を声のする方へと移した。そこにはひょろりとした長身に藍色の浴衣、長髪を後ろで束ねて、今時珍しい丸眼鏡をかけた男が呑気な雰囲気を漂わせながら下駄を鳴らせて歩いていた。

「そうか。いつも待ち合わせの時は、僕はこんなものだろ」

「いやいや、おまえの場合は大抵時間に遅れるか、稀に時間にぴったりに現れるぐらいだろ。時間通りに動いていると思ってるのは、おまえだけだよ」

 そう言うと『古雅 太一』は呆れた様子で、軽い溜息をついた。

「そうか?」

 少し不満げに答えるつむぐに「ああ」と太一は当然だというように答えると、ゆっくりと歩き出した。

「それじゃ、行くか」

「ああ」

 つむぐは太一の言葉に少し納得がいなかい様子だったが、しぶしぶと太一の後に続いた。

 公園の入り口付近に設置された広場の噴水を通り過ぎると、それ以上に広大な小高い丘を囲うような形で作られた広場へと出る。広場全体には芝生が敷き詰められ、回りを木々が生い茂り一見すると森の中にいるように感じるだろう。そこには所々に露店があり、金魚すくいから射的にアンズ飴等と、様々な祭の定番といったものから占いや装飾品などまでもが売られている光景はさながら文化祭を彷彿とさせていた。

「相変わらず賑やかだな。毎年もそうだけど、このバカみたいに盛大なところがいいんだよな」

「まあ、回りにはほとんど民家はないし。いくら騒いだところで苦情を言う奴もいなだろうからな。というか、年々ひどくなっていってないか?」

 太一の爛々とした楽しげな様子を横目に、つむぐは人ごみを少し面倒臭そうに見つめながら肩をすくめた。

「それも祭の醍醐味なんだよ。それに今年は花火まで打ち上げるらしいしな」

「それって冗談だろ。町中で花火って。よく許可が降りたもんだな」

 そんなつむぐの言葉に太一は「さあ」と気にも留めない様子で言葉を返すと、足を露店の立ち並ぶ方へと向けていた。

二人は小一時間ほど立ち並ぶ露店を物色すると、その場を後にして坂を下った先にある別の会場へと場所を移していた。そこには大きな矢倉が組まれ、その回りには飲食物を中心とした露店が並び、酒類も多く売られていた。その少し奥にはちょっとしたステージがあり、何かの催しものが開催されている。

 二人はどこで手に入れたのか、缶ビールを片手に会場から少し離れた位置にある大きな岩の上に腰かけていた。先程屋台手仕入れたフライドポテトを齧りながら、人々が賑わう光景を眺めている。

「祭の露店もそうだけど、これも楽しみの一つだな」

 フライドポテトを口に咥えて笑いながら、太一は気持ちよさそうに夜空を見上げた。

「おまえはどこの親父だよ。というか毎年のことだけど、何でおまえはそう毎年浴衣を着込んでくるんだ。私服でも充分だろ、動きにくくないか」

 つむぐは賑わう人々を遠目に眺めながら、何気なし聞いていた。

「いいんだよ、俺が気に入っているんだから。せっかく家にあるっていうのに、着ないのはもったいないだろ」

 太一は「それに、風情だろ」と言葉を付け足すと笑って見せた。

「そういうものか」

「そういうものなんだよ。そういえば知ってるか、この祭の由来?」

「うん、祭の由来。さあ、そういえば考えたことなかったな」

「つむぐも無知だな。普通は自分の町で行われている祭事のことぐらいは、それなりに知っとくもんだぞ」

 太一はにやりと笑みを浮かべながら、目を細めた。

「悪かったな無知で、俺はそういう郷土史や歴史にはあまり興味がないんだよ」

 つむぐは面倒臭そうに太一から視線を逸らせると、溜息交じりに答えた。

「まあまあ、そう拗ねるなよ。代わりに特別な方の話をしてやるからさ」

「特別な方って、何かあるのか」

 太一は缶ビールを一口飲むと、少し真面目な顔をして徐に話を始めた。

「俺も実は、ついこの前知ったことなんだけどな。一般的な祭、祭礼になるのかな。そういう類のものっていうのは豊作や無病息災なんかを要は神様に願うものなんだよ。逆に祭りっていう漢字本来の意味は葬儀、まあ慰霊がそれにあたるんだけどさ」

「それじゃあ、お盆祭りとかが本来の使い方なのか」

「まあ、そうだな。とにかくそれが本来の祭りらしいんだよ。それじゃあ、そう考えた時にさ、毎年行われているこの祭はどっちの意味なのかが気になったんだよ」

 太一は、また一口缶ビールを飲むと人々が賑わう方へと視線を移した。

「家の神社のすぐ近くに昔から古い蔵があるだろ。普段から鍵をかけて厳重に管理はしているんだけどさ。まあそれは外からの外敵にって意味で、俺にしてみれば鍵なんかは取ろうと思えば結構簡単に手に入るわけだ」

「おまえ、まさか……」

 つむぐは呆れた顔をしながら、太一がこっそりと蔵に忍び込む姿を思い浮かべた。

 太一の家はこの土地に古くからある淵ノ辺神社の神主を代々引き継いでおり、太一自身は次男ということでその役目を継ぐことはないのだが、本人自体は興味があるらしく時折色々と探索や調べ物をしている。

 太一はそれに鼻で笑うと、軽く笑みを浮かべた。

「まあ、昔のことを調べるには古い文献とか古文書を調べるのが一番だろ。本当は家を継ぐわけでもない俺なんかが、目を通していいものなんかじゃないんだけどね」

「またおまえは。それで、いったいどんな成果があったんだよ」

「そうだな、所謂隠匿された黒歴史みたいなことも書いてあったよ。まあそれは祭の由来とはまた別件だけど、昔からこの町でも表沙汰にはしたくないこともあったってことさ」

「なんか、嫌な話だな。聞いたら呪われるとか、そういうのは面倒だから止めろよな」

 太一はその言葉に一笑すると「呪いなんかないよ」と、言い放つ。

「まあ、とりあえず話を戻すとだな。文献なんかを漁った結果、この祭は慰霊の意味合いがとても強いことが分かったんだ」

「慰霊ってことは、何かを慰めているってことか」

「ああ、霊だよ。人柱にされた人間のな」

「人柱って、それって冗談だろ」

 今まで何気なく話を聞いては言葉を挟んでいたつむぐが、驚いたというよりは胸糞悪いといった様子で反応した。

「本当の話だよ。いったろ特別な方の話をしてやるって、止めとくか?」

「ああ、いや。どのみちここで話を聞くのを止めても気になるだけだからな。博識な太一さんの話を聞くことにするよ」

 つむぐは冗談交じりに言葉に少し嫌味を含めるが、あまり顔が笑ってはいない。

「そうか。それじゃ続きを話すとな、その人柱っていうのは世間一般で認識されているような天災や病とか、所謂神の怒りを鎮めるものとはまた別ものでさ。この町での人柱は、なんでも異界の門を閉じる為の生贄だったらしいんだよ」

「異界? それって地獄とか煉獄とか、そういった類のやつか」

「いや、それとは少し違うらしいがな。古文書によるとこの世界の向こう側の世界とか、そんなふうに記してあったな。たしか〈写し世〉って古文書には書いてあったよ」

「写し世か……。なんか鏡写しみたいな感じだな」

 つむぐは何気なく思ったことを口にする。

「それも一理あるかもな。昔から鏡っていうのは霊界と繋がっているとかいうし、もしかしたらそこらへんから、この話の元があるのかもな」

「まあ、とにかく。この土地はその門が開き易い場所なんだそうだ。そこで当時の人間が考えたのが、人柱を立てて門が開かないように封印するっていうわけだ」

 太一はそこで右手の人差指を立てた。

「そこでこの祭の名前を考えてみろよ」

「鍵祭りか」

「そう、繋がるだろ。異界の門の鍵、その鍵をかける為の人柱。その人柱とされた人達への慰霊と償い。これがこの祭りの本当の顔ってわけさ」

 太一はそれに「信じるか信じないかは、君次第」なんて定番の言葉を付け足すと、手に持った缶ビールを一気に飲み干して握りつぶした。

「話はこれでお終いだ」

「まったく聞くんじゃなかったよ。聞いた分だけ、祭りの楽しみが半減した気分だ」

 少し不機嫌そうな顔をすると、つむぐは溜息をしながら頭を掻いた。

「ははっ、悪い悪い。そう不機嫌な顔をするなよ、あくまでも昔話さ。今じゃそんな風習なんか耳にしないだろ。異界の門なんてものもないし、あったのは悲しい出来事とその事実、それだけだって」

 太一は一笑してつむぐに謝ると「そろそろ、行くかな」と、人々の賑わう矢倉の方へと歩き出した。

「やれやれ、まったく」

 つむぐはどうも納得がいかない様子で太一の後に続きながら、他の祭りでは見かけることのない黒一色で装飾された小高い矢倉を眺めながら「胸糞悪い……」と呟いた。


 つむぐと太一が祭りの会場を後にしたのは、花火が打ち上げられ人もまばらとなった頃だった。

 公園を後にした二人は帰路へつくと、道の途中で別れを告げた。

 「じゃあ、また」

 つむぐは太一にそう言うと、太一とは反対の道へと歩き出していた。辺りは暗く、人気のない道を街灯が薄暗く照らしている。つむぐは左腕の時計を確認すると、時刻は十時を回っていた。

 つむぐは道を歩きながら、途中の自販機で缶コーヒーと買うと、それをちびちびと飲みながら歩いている。そして近くを流れる川沿いの土手に差し掛かったところで、つむぐは足を止めた。

 もう家までは目と鼻の距離だというのに、その視線は川を挟んだ反対側の土手を見つめている。

「何だ、あれ?」

 つむぐは不思議そうに呟くと、目を凝らした。

 そこにはまるで万華鏡のような、合わせ鏡のようにぶれて重なった風景があったのだ。

 先程に飲んでしまった缶ビールの影響なのだろうかと思いながら、つむぐは目を擦った。それでもその風景は消えることなく、陽炎のようにゆらゆらと怪しげに世界を歪めながら確かにそこに見えているのだ。

 つむぐはすぐに少し離れた先にある橋を渡ると、その場へと向かう。その内心は、かかわらない方がいいと思いながらも、わずかな好奇心がそれに勝っていたからだ。

 しかしその一時の好奇心もその場に近づくにつれて、後悔に変わりつつあった。一歩一歩と足を進めると、その背筋に寒気が走るのと同時に頭痛のような鋭い痛みを感じていた。

 そして目の前まで来ると、その目の前の光景につむぐは吐き気を覚えた。それは平衡感覚が鈍るような感覚で、自分の立っているという感覚そのものが薄れ、現実にその場にいるという実感が持ていないのだ。

 境界線のように引かれた向こう側の世界までは、あと一歩踏み出せばそれでいい。つむぐは自然と手を差し出すと、恐る恐るその世界へと手を差し入れた。瞬間まるでぬるま湯に手を入れたような、重苦しい湿気を多量に含んだ空間に、つむぐは顔をしかめた。そして、まるで入れた手を絡め取るような感触を感じると、つむぐは慌てて手を引き抜いた。

「あっ……」

 つむぐは呆気にとられた顔で、入れた手をまじまじと見つめながら自分の手が自身の体についていることを確認した。『何なんだよ』と心の中で疑問を持ちながら、頭のなかでは早く立ち去れと自分自身への警告が投げかけられている。

 つむぐはその場に背を向けると、一目散にそこから離れようと体を動かした。

「そこにいたのか、ようやく合わさった」

 しかしその瞬間、その場に響くように、何者かががつむぐへと喋りかけた。

 つむぐの足はそこで止まった。その顔は恐怖心というより、何か得体の知れないものに見つかってしまったという焦りがある。

「そうか、僕は間に合ったんだね。本当によかった」

 声色からして男のようだが、その声が安堵すると早口につむぐへと言葉を続けた。

「本当にすまない。けれど、僕にはもう時間がない」

 男の声はひどく優しかった。安堵感と疲れ切ったその声は、一種の消滅や死の類を感じさせる程に、弱々しくそして力強い。

 つむぐは振り返らなかった。そのままの姿勢で静止したまま、途方もないような時間の感覚を味わいながら、ただ声に耳を傾けていた。

「これから君の前に立ち塞がるものは、きっと君を傷つけ悲しませるかもしれない」

 男の声は、何の脈絡もなくそう言うと、間をおいた。

 そしてつむぐの手を、先程の絡め取るような感触が包み込んだ。

「本当にすまない。それでも、これは君が持っておくべきものだ」

 その瞬間、つむぐは手の中に何かが手渡された。そしてゆっくりと、手を放すように、包み込まれた手は解放された。

「どうか、幸せになってほしい。彼女は最後に、そう言っていたよ……」

 その言葉を最後に、男の声は消えると、同時に先程まで感じていた感覚が薄れると現実的な感覚が戻ってくる。足を地につけ、息をして、土手の沿いの風景と夜風を頬に感じながらつむぐは不思議に戻ってきたのだと妙な実感をした。

 そして深く息を吸い込んで吐き出すと、後ろをゆっくりと振り返った。

「夢だったのか」

 そう呟きたくなるのも無理はないように、そこには何ら代わり映えのない平凡な風景が広がっていた。しかしつむぐは自身の右手にあるものに視線を移すと、それが思い違いではないことを証明していた。

※ 作品に関する著作権は、放棄していません。無断転載をする等の行為は禁止します。

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