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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第五話 扇探偵と長崎の騎士
85/611

五の二十三

 剣が紗枝の右肩と左肩を順に触れる。

 父と子と聖霊の御名においての言葉とともに紗枝が騎士に受勲される様子を仙十郎は大聖堂の最前席で見ていた。

「今日、わたしたちは新しい同志を得ることができました」

 総長の少年は誰の言葉でもない自分の言葉で語る。

「この十日間にあったことは多くの悲しみと疑心、腐敗と専横がありました。原因は騎士修道会がその本来の在り方を見失いつつあったことにあります。我々は騎士であると同時に修道士でもあり、道の何たるかを知らなければいけません。そして、我々は全てを知りました。独立の影、諜報組織を持とうとした運動とそれを阿片によって賄おうとした策謀。騎士修道会は大きな倫理的危機に直面しています。騎士重谷紗枝。これからの道はおそらく、これまでの騎士たちが体験したことがないほどの厳しい道のりでしょう。そして、既に騎士である同志諸君にも同じことが言えます。人を救う組織として騎士修道会が生まれ変われるかどうかが我々の日々の生き方や言葉一つ一つにかかってきます。しかし、それこそが求道の本意ではないでしょうか? 人は何事かを為すために苦しみ、そこに永遠の王国が見出されるのではないでしょうか? 権力や富ではなく、信仰の上に築かれた世界。それは絵空事かもしれません。実現の可能性は遥か遠くにあるのかもしれません。しかし、だからといって、その道を捨てることが必ずしも正しいとは言えないでしょう。勇気ある人々の活躍で我々騎士修道会は歩むべき道を示されました。その一歩を今踏み出すべきときが来たのです」

 拍手が沸いた。

 騎士の何人かは感涙している。

 仙十郎は耐えていた。隣に立っている椿は目頭を押さえていたが、それでも耐えた。紗枝が騎士外套に袖を通し、誓約の際に両方の肩に触れた剣を佩びた瞬間、涙が溢れ出しそうになったが、それでも耐えた。

 総長が紗枝に言った。

「もう行かれたほうがいいのでは? 彼らが待っているのでしょう?」

 紗枝は突然かけられた言葉にあたふたしかけたが、すぐに意味を悟って、こくりと頷いた。

「では、はやく行かれたほうがいいでしょう」

 少年が笑いかけた。紗枝は剣の柄を左手で押さえながら、聖堂の真ん中の道を、拍手や声援に押されるようにして走る。それに仙十郎と椿が続く。

 外に出ると蒸気自動車が罐をガンガン鳴らして待っていた。

「おーい、おまんら、すっと行かんと間に合わんぞ!」

 竜馬が馭者席の隣から声をかける。三人が座席に乗ると、馭者がブレーキを外した。それから真っ赤に塗ったトサの蒸気自動車は坂を疾走し、波止場まで一直線に駆けた。

 波止場には、何とか出発を遅らせようとしている扇とすずの姿が汽艇の甲板に見えた。

 蒸気自動車は見事な弧を描いて、波止場の桟橋に滑り込み、停車した。車の勢いでそのまま転がり出るようにして座席から三人が飛び出したときには、もうもやい綱が解かれて、船はゆっくり動き始めていた。

 仙十郎は駆けた。扇も艫のほうへ身を移す。

 ありがとう。さようなら。また会おう。友よ。

 かけるはずの言葉が喉につかえて、出てこない。

 仙十郎はただ手を伸ばした。扇がその手を握り返した。

 それでお互い伝えたいことは伝わった。

 二人は船が桟橋を離れる直前まで握った手を離さなかった。

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