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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第五話 扇探偵と長崎の騎士
83/611

五の二十一

 大聖堂から墓地へと黒い騎士外套を着た監察騎士たちが控えめな光沢で仕上げた棺を運ぶ。

 騎士団の阿片密貿易に立ち向かい、殉職した監察長官の葬儀だ。

 空はどんよりと鉛色で南には特に濃い黒雲が広がっていて、南風が土を当たった水の匂いを運んでくる。

 騎士や主だった島民が全員参加し、また長崎在住の外国人の主だったものも葬列の名簿に名を連ねている。

 もちろん、仙十郎と椿、まだ肩の傷の痛みが残る坂本も喪服に身を包み、短気で浅慮だったが、勇気だけはあった監察長官の死を悼んだ。

 しかし、副総長、外務長官、軍務長官による阿片密貿易の陰謀はヒゼン国の世論に大きな衝撃を与えた。

 騎士団はそれを何とか払拭する形で監察長官の葬儀を演出しようとしている。

 扇が気にいらないのは相変わらず、紗枝が獄につながれていることだ。未だに暗殺団の一味とされている。騎士団は阿片にかかわった幹部全員が死んだことで事件を終わりにし、肝心の匿名の手紙を誰が出したのか調べようともしない。

 だが、ケジメはつけなければいけない。無実の少女が牢屋に閉じ込めれたままではろまんがない。興が冷める。

 菜園は相変わらず誰に対しても開かれていて、秋の野菜が収穫を待っている。菜園の端にある物置小屋には錠がかかっていた。

 近くの石を拾い上げ、錠を叩き外す。

 狭い物置小屋は埃っぽい匂いがした。鋤や鍬が壁に立てかけてあり、如雨露が壁の釘からぶらさがっている。除草剤や除虫剤が埃をかぶっている棚がある。扇の目の高さくらいの棚で上から三つに区切られていた。

 一番上の棚の天板の裏を人差し指の先でこする。

 指には埃がついていた。

 二番目の天板の裏を中指の先でこする。

 やはり、指には埃がついていた。

 最後の三番目の天板の裏を小指の先でこする。

 指は汚れていなかった。

 手の平全体で天板の裏を端から端まで触ったが、埃一つない。

 きれいに拭われていた。

 扇の考えた通りだ。

 外へ出る。

 宗務長官の安永が三角巾で右腕を吊るして立っていた。修道着姿でポケットからは剣の柄が出ている。

「糊がどれだけの時間、手紙をくっつけていられるか、物置小屋で実験したんだな」

 老騎士は穏やかな顔で扇の次の言葉を待っている。まるでこれから行われる告発がどこか余所の遠い世界の出来事のように思っているかのようだ。

「それで実験の痕跡を消すために天板の裏をきれいに拭った。それも三番目だけ」

「年寄りの気まぐれで、三番目だけを掃除したのかもしれない。天板の裏だけをね」

「そうだな」

「いつぐらいからわたしにアタリをつけていたのかね?」

「昨日の夜だ。あんたと出くわしたとき、あんたのその剣、修道着の下につけた剣は修道着の上からでも抜刀できるように器用にポケットから剣の柄だけが出ていた」

「ふむ。だが、わたしはいつもそうやって剣を佩びているのだがね」

「あのときは違った」

「あのとき?」

「副総長の死体が見つかる前にあんたと会ったときだ。あのときは剣の柄はポケットから出ていなかった」

「剣をつけていなかったのかもしれないよ?」

「それはない。鞘の先端が修道着の裾から見えていた。それでおれは考えた。最初に会ったあのとき、ポケットから剣の柄が見えなかったのは急いで修道着を頭からかぶったせいじゃないか、と。たとえば、副総長を殺して浴びた返り血を隠すために修道着を急いでかぶったとか」

「なるほど」

「もちろん、全部推測だ。だが、おれはそうだったと確信している」

「だが、今のところ、きみの手元にあるのは上から三段目の棚の天板だけが掃除されていたという事実とわたしがきみと出会ったとき、たまたま、剣の柄をポケットを通して外に出すことを忘れていたということだけだ。これだけでわたしを告発するのは、まあ、難しいだろう」

 扇は冷たい眼差しで老騎士を見据えた。

「あんた、おれを聖人か何かと勘違いしていないか?」

「というと?」

「おれは警察でも監察でもない。欲しいのは確信だけだ。そして、それを得た。あんたを告発する証拠がなくとも別におれは構わない。牢に潜入して、紗枝を救出し、仙十郎と椿と紗枝の三人を天原で保護する。あんたのやったことを望月殺しの犯人たちに教えて、後始末を任せることもできる。連中は自分たちが無実の少女に罪を着せたと誤解されたことにひどく憤っていたから、確実にあんたを殺す。おれは聖人じゃない。だから、あんたが確信だけで殺されても、別に思い悩んだりしない。もちろん、この場で剣を抜いて、おれを殺すという選択肢もあるが、その怪我じゃ無理だし、おれのほうでもあんたが剣を小指一本分でも抜いたら、遠慮なく殺らせてもらうつもりだ。もちろん、最後の選択肢も残っている」

「それはなんだね?」

「全部説明することだ」

 老騎士は菜園に歩を進めた。

 茄子の葉を触りながら、

「あれ以来、一度も安らぎを感じたことがない」

 と、こぼした。

「わたしの残り少ない、安らぐことを決して許されない余生は監獄行きを何としても避けたいと思えるほど、大切なものには思えない。わたしは償わなければならない。過去と向き合わなければならない」

 老騎士は微笑んだ。

「そして伝えなければならない。騎士団の原罪を」

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