五の十二
写本室は大聖堂の左側にある。螺旋階段を上ると、斜めに傾いだ原本台と写本台が二つで一式となって三十の修道士が一度に写本ができるようになっている。図書室へつながる通廊の扉は鍵がかかっている。大聖堂につながる扉にも鍵をかければ、誰かが密談中にやってくる気遣いはない。
密談者たちは小さな洋灯を置いた写本台に集まり、言葉を交わす。
その言葉は不安に囚われている。
「初めが望月で、次は副総長。間違いない。犯人の狙いは我々の〈蝋燭〉だ」
密談者たちは阿片という言葉を絶対に使わず、〈蝋燭〉という符牒を使う。
「犯人はまだ捕まっていないと思うか?」
「捕まっていない。あの見習い騎士が本当の犯人か、それとも騎士団内にやつらの仲間が――」
「待ってくれ。やつら? 複数だとどうして思う?」
「女郎屋の話が真実なら、望月を殺ったのは組織だった暗殺団だ。そして、やつらは副総長を殺した。見習いに罪をなすりつけたのか、あるいはやつらの手のものが騎士団にいることを知らせるためにわざと現場に残したのか、とにかくやつらは我々を狙っている」
「だが、なぜ?」
「〈蝋燭〉で我々に取って代わるつもりかもしれない」
「イギリス人は? 販路を清から日本へ拡大しようとしたとすれば?」
「馬鹿馬鹿しい。ロンドンじゃ雑貨屋は届出を出すだけで〈蝋燭〉を溶かしたチンキ剤を売ることができる。イギリス人が副総長を殺すようなリスクを犯して、日本の〈蝋燭〉市場を狙うとは思えない。もし、イギリスが副総長を殺したとすれば、日本中の分裂国家がイギリスの内政干渉に反応して、通商を取りやめる。どう考えても、イギリス人の仕業とは思えない」
「それは既に市場を牛耳っているイギリス人の話だ。イギリス人のなかには成り上がる足がかりに日本での〈蝋燭〉市場を牛耳ろうとするやつがいたとしてもおかしくない」
「その論法で言えば、フランス人にもドイツ人にもロシア人にも同じことが言える」
密談者たちは黙り込んでしまった。正体の分からない敵を相手にすることは人の神経をへずっていく。
「とにかく」と密談者が言った。「やたらと動揺すべきではない。じきに背後関係も明らかになる」
「だが、手持ちの〈蝋燭〉を島からどこか余所に移すべきでは?」
「いや、島に置いておいたほうが安全だ」
「万が一、見つかれば――」
「だから、動揺をするなと言うのだ!」
また沈黙。
「確かに状況如何によっては〈蝋燭〉を移送する必要もあるだろう」と落ち着いた声の密談者が言う。「だが、それはもう我々がここにいられなくなったときだ。逃げるときだ。そのときまでは〈蝋燭〉は島に置いておこう。こんなときだからこそ、結束が必要だ。我々は決して間違ったことはしていない。主の導きのあらんことを」




