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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第五話 扇探偵と長崎の騎士
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五の三

「違和感がある」

「どんなふうにだい?」

「おれを殺ったと思ったときに、年嵩のほうの賊が言った。仕方ないこととはいえ、酷いことになった、と」

「他には?」

「これがもしヤマトの機関の〈鉛〉なら、二人とも自害している。だが、二人とも生き延びている。そもそも空を滑空できるような術を身につけ、それを逃走手段として用意していたことそのものが異質だ。それに一番の違和感は――」

 開けっ放しの襖の向こうの部屋で医師が花魁や芸者たちの様子を聞き、触診を行っていた。

「女たちを傷つけず、気を失わせただけということだ。ヤマトの機関に限らず、普通の暗殺組織なら全員殺されているはずだ」

 虎兵衛は、そうか、とうなずいて、血まみれの座敷へ足を二歩進めた。殺された商人――望月商会の望月久米次の倒れていた畳は血が染み込んでいる。その紅に染まった畳みに銀色に光る小さな十字架を見つけ、虎兵衛はそれを摘み上げる。

「キリシタンだったのか」

 その十字架は細い鎖で首から下げるものだったのだろう、喉を掻かれたときに鎖が切られて、ここに落ちたらしい。

 人死にが起きたということで、白寿楼は慣習どおり喪に服し、三日間見世を開けないことになった。客のいない白寿楼は恐ろしく静かで、仲町や他の見世の賑わいが何重にも袋を被せたように遠くくぐもって聞こえてきた。

 虎兵衛は白の襦袢に黒の直垂姿で望月久米次の遺体を遺族に届けに天原を発った。

 虎兵衛は暮れ六ツに一刻はやい時刻に戻ってきた。虎兵衛が戻ったことは広く伝えられたが、虎兵衛の飛行船に三人の男が便乗してきたことはほとんどのものが気づかない。

 三人は長崎騎士修道会の騎士だった。

 遊女のいない張見世を通り過ぎながら、虎兵衛は、

「やっかいなことになっちまった」

 と、番頭の佐治郎に苦笑した。そして、

「おれの部屋に扇を呼んでくれ。こちらの騎士さまたちが、ちょいと話したいことがあるそうだ」と、いって、三人の騎士を自分の室へ案内した。

 扇が呼ばれたのは長テーブルと椅子のある洋風の応接間で窓を背に虎兵衛が、通路側の壁を背に三人の騎士が席についていた。

 扇は虎兵衛の隣に腰掛けて、三人の騎士と向かい合う形になった。

「こちらがうちの用心番の扇です」

 と、虎兵衛は三人の騎士に紹介した。そして、

「それでこちらの三人が長崎騎士修道会の副総長の代木尚光どの、監察長官の梅野春朝どの、監察部騎士の重谷仙十郎どの」

 と、左から順に紹介していく。三人とも騎士外套に無反りの騎士剣をベルトで下げているが、一番若い仙十郎だけはその上に胸甲をつけていた。副総長の代木はもう五十の坂の半ばを越えているらしく髪も口鬚も白い。伸びた眉毛の下で瞬く眼は好奇心旺盛な子どものようにくりっとしていて、好々爺然としている。

 梅野と紹介された男は少し若く、ずんぐりとしている。太い首が外套の襟にうずまり、首の上に乗っかった顔は目鼻立ち一つ一つが融通の利かない酷吏らしいものに仕上がっている。監察というくらいだから、年中人を疑って調べて告発する仕事に従事していたわけであり、そうしていくうちにこのような顔になったのだろう。

 最後に紹介された仙十郎はまだ少年で、扇と同じくらいの齢だった。青みがかった黒髪の整った顔立ちに凛とした表情が乗っていていかにも騎士といった感じだが、監察部にいるということはいずれ酷吏風の顔立ちに変わっていくのだろう。いや、今でも少し険のある眼を虎兵衛と扇、そして部屋全体に向けている。間違いなく、天原を穢れた世界として軽蔑している眼だ。

 お前に何が分かる、と扇は睨み返す。

 紹介が終わると、監察長官の梅野が扇にいくつか質問した。賊について感じたことならば何でも。扇は答えた。一人は二十代後半、もう一人は十代半ばの少年でこちらは鎖鎌を使う。暗殺を生業としているらしいが、無益な人死にを避ける傾向がある。どちらも覆面で顔を隠していたが、少年のほうは影のある大きな目をしていたから、見れば判別できる、などなど。

「それで――」一通りの質問が終わると、虎兵衛が梅野にたずねた。「心当たりはつきましたかい?」

「まだ、何とも」

「それは嘘だ」

 扇が口を挟んだ。梅野が、餌を抜かれた犬のように憎悪に満ちた顔で応えた。

「ほう、扇」虎兵衛が口角をかすかに上向かせて問う。「どうしてそう思う?」

「人が嘘をつくときに顔に現われる特徴を十八知っている。そこの男が、心当たりがない、といったとき、そのうち十五の特徴が顔に出た」

「そんなあてずっぽうの根拠で――」

 すぐに梅野が抗議したが、本人でも驚くくらい声が上ずっていた。監察のくせに嘘が下手とはどういうものだろう

「困りますね。代木どの」

 虎兵衛は梅野を相手せず、その一つ上のほうへ話しかけた。

「こちらはそちらの捜査に協力する。そのかわりにそちらも知っていることをこちらに全て話すという約束じゃないですか」

「女郎屋がえらそうに――」

 梅野が立ち上がりかけるのを副総長の代木が止める。扇は小首をかしげそうになった。こんなにぽんぽん本音が出て、抑えの利かない人間がどうして監察の長になっているのだろう。それとも、これは演技か何かなのだろうか?

 扇と対する形で向き合っている仙十郎という少年騎士も、梅野ほどではないが、かなりきつい表情を扇に向けている。

 気まずい沈黙が少しのあいだ部屋に横たわり動こうとしなかった。

 それを破ったのは副総長の代木だった。

「わかりました」老騎士が言う。「確かにこれはと思う線はあります。しかし、まだ可能性の問題で、それが答えかどうかはまだ判ずることができないのです。しかし、こちらでも確証が取れれば、すぐにお知らせします」

「では、分かり次第、こちらが把握できるよう捜査にこちらからも人を送る約束はまだ生きていると見て、いいんですね?」

「ええ」

 梅野と仙十郎は、いいえ、と眼で言っている。目で人が殺せるとしたら、虎兵衛と扇はもう十回は死んでいるところだ。

 この席での話は終わり、騎士たちは帰ることとなった。

 虎兵衛は騎士たちがいなくなると、扇に、

「ちょっと骨折りをしてくれるか?」

「誰か殺るのか?」

「違う、違う。頸の骨を折れっていうんじゃなくて、面倒な仕事をして欲しいってことだ」

「わかった。何をすればいい?」

「長崎に降りて、騎士とこっちとの連絡役になってほしい。今回はちょっと厄介だ。見世で人殺しがあった以上、事件は解決せんとならんが、お前さんの話を聞く限り、相手はかなりの手練れらしい。それに分からないことだらけだ。情報が欲しい。長崎騎士修道会はあのとおり監察に不向きなやつを頭に置いているが、それでも一国家の警察だ。大規模な捜査をしてくれるだろう。だが、今日の騎士たちを見れば、連中がおれたちをどう思っているかは分かるな? こちらが人を送らないと、情報を隠す。そこで連絡役が必要なわけだが、大夜はまずい」

「まあ、確かにあの気性じゃ――」

「絶対にぶちきれて、何か仕出かす。かわいいかわいい用心番が騎士の教会の座敷牢にぶち込まれるのはおれとしても本意じゃない」

「泰宗は?」

「悪くない人選だ。だが、長崎といえば、異人が大っぴらに商売をやっている町だ。そして、異人の酒を出す酒場がたくさんある。そして、泰宗は舶来の酒に目がないと来てる。あいつはうわばみだから、二日酔いで仕事ができないってことはないと思うが、教会の騎士さまはきれい好きだから、泰宗に禁酒を命ずるかもしれない。泰宗はあのとおり大人しい性格だが、舶来物の酒があちこちにあるところで禁酒を強制されたら、どんなふうになるのか、おれでも想像ができない。だから、外す。半次郎にはこっちにいてほしい。まさか、もうないとは思うが、またあんな刃傷沙汰はこりごりだ。半次郎が心置きなく働けるように羊羹も五十本買い込んだ。そんなわけで、扇、お前さんには長崎へ降りてほしいわけだ」

「わかった」

「ただ、やばいと思ったら、電信で救援を請え。誰か送る」

「そうする」

 部屋を出ようとした扇に、あ、待った、と声がかかる。

「さっきのあれ、人が嘘をつくときに現われる十八の特徴、教えてくれよ。結構便利そうじゃないか」

「ああ」扇はちょっと困ったように苦笑する。「実はそんなものは存在しない。少しカマをかけてみただけだ」

「なあんだ、そうだったのか」

 虎兵衛は少しがっかりした様子だったが、

「まあ、そんなものないほうが生きてて楽しめるかもな。女の嘘がもろに顔に出てるのを見つけちゃあ、廓遊びも面白くあるまい」

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