三十の十一
「お艦はみぃんな出ていっちまった。商売あがったりだよ」
張り見世のなかでお茶のかわりに珈琲豆を挽いている遊女が不景気を嘆いた。
「なんでも、〈鉛〉の生き残りが集まった場所が分かったから、そこを吹き飛ばしちまえって話なんだとさ」
「なんてこった」と大夜。「じゃあ、まだまだ歩かないといけないじゃないか」
「〈鉛〉の生き残りなんて、ほっときゃいいのさ。なんにもできやしないよ。それより、お兄ィさん、あたしと遊ばない?」
「あたしは女だ、馬鹿」
「あら、残念。でも、この際、女でもいいわよ。退屈でしょうがないんだから。〈鉛〉のことは軍艦乗りたちにまかせてさあ」
「ダメだ。あたしの知り合いがひとり、そこにいる。馬鹿なやつだけど、だからって問答無用で大砲の餌食にしていいって法はない」
大夜はヤマト遊郭の仲町を歩いたが、上客を根こそぎ〈鉛〉征伐に引っこ抜かれ、活気はない。真鍮の機械も動きをひどくゆっくりにして石炭の節約をしているありさまだ。女の自分を誘惑するくらいだから、泰宗は張り見世の格子から伸びた手に捕まれて、身動きが取れなくなっているかと思ったが、三番町を過ぎたあたりから、スタスタと平気な様子で歩いてくる。
「そちらはどうでしたか?」
「南。みんなそっちにいるってさ。〈鉛〉も扇も、それに砲弾を山ほど積んだ軍艦も」
「そうでしたか。情報がつかめてよかったです。こちらは全く不首尾で」
大夜が様子を見てみると、泰宗が立ち寄った妓楼では女たちが「日照り続きでいい男の幻覚が見えてきた」「ああ、わっちも見えてきた」と言い合って、さめざめ珈琲豆を挽いている。
「半次郎は?」
「半次郎殿は乗り物を探しに行きましたよ」
「おっ、やつにしては気がまわるじゃんか。あたしももう歩くのはウンザリしてたんだよね」
「職人町はそこを曲がったところです。行ってみましょう」
板葺き屋根の車庫には古い屋根なし馬車に大きな汽罐を取りつけた自動車があった。車の持ち主は俵物商人で、二、三年前、フカヒレを仕入れにシモウサ国に行き、そこで見かけた火の玉みたいに飛んでいった自動車を見て、感動し、自分もあんな車を手に入れてみたいものだと思って、作らせてみたが、どうもうまく行かない。
「燃料が分からんのだ。今のところ、石炭で動くんだが、あのときの車はもっとすごい燃料を使っていたと思う」
「そいつらに直接きいてみなかったの?」
「あっという間に通り過ぎていったから、話しかけるどころじゃなかった。正直、こいつは失敗な気がするんだよな。だから、あんたたちに売ろうと思って」
機関の始動方法はまず石炭で汽罐を温めて、歯車箱の青いボタンと緑のボタンを押して、思いきり機関を蹴飛ばす。
「赤いボタンもありますね」
「赤いボタンは何に使うのかよく分からん。とにかく普通に走るのなら青と緑のボタンだけで足りる」
「早速かけてみようぜ」
大夜はボタンを押してから機関を蹴飛ばした。
「おい! 大夜! お前、手加減ってもんができねえのかよ! 危うくひっくり返るとこだったぞ!」
「でも、これで機関が動き出したぜ――正しい方法はいつだってひとつ――って、なんかのろくない、これ?」
「のろいですな」
商人は言った。「はじめはそんなもんだ。だんだん加速する。もし、火の玉みたいに飛べたら、教えてくれ。倍の値段で買い戻すから」




