二十九の三十二
「いやあ、一時はどうなることかと思ったけど」
寿が笑う。天原白神神社の境内を雲がかすめ、袴の裾がばたついている。
「なんとかなっちゃうもんだねえ」
「ああ、そうだな」
という扇の腰には瑞典是永。
「やっぱり扇の腰に差されてこそ落ち着く刀だねえ。ねえ、ちょっと持ってみてもいい?」
「いいが、交換条件がある。千鶴がつくったあの短刀をおれに触らせてほしい」
「え? あ、いや、あれはいま穢れを払ってる最中だから」
「いや、すぐに手に持ちたい」
扇は拝殿へと向かう。
「だめだってば! 触ったらだめなんだ!」
縦横の格子戸を乱暴に開く。なかは暗闇。だが、一筋の光が見える。
「やメロ、ソレハオレノ刀ダ!」
扇は瑞典を抜き、太刀風をうならせて闇を横に切り払った。
「ヤメロォォォォ!」
続いて袈裟がけに斬る。光は大きくなり、千鶴の形を結ぶ。
ニコリと笑い、扇に短刀を渡す。
その瞬間、全てが崩れて、扇は神社の境内に立っていた。といっても、白神神社ではない。
「ほら」
と、扇は短刀を寿に投げる。
第三の刀剣だったものは注連縄を巻いた巨木の根元でよろめいていた。核である千鶴の短刀を失ったことで変幻自在の玉鋼細胞は壊死を起こしていた。たるんだ鋼のひずみから一振りまた一振りと刀が落ちる。金属が震えて、人を吐きだした。
「兄さま!」
斬り姫が吐き出された傅次郎のもとに駆け寄る。命に別状はないらしく、大袈裟に喜ぶ妹に苦笑いをしてみせている。
右腕を失った宇喜多の半身は鉄くずと化していた。ささくれだった鉄の皮が半紙にこぼれた墨汁のごとく残りの皮膚を侵食していく。
「はやく斬れ」
ざらついた声。
「クチバシ先生から伝言だ」
まだ鉄に変じていないほうの頬を張った。
「痛いな……」
「痛さを感じられるだけ幸せだ。今のあんたの場合」
「そうかもしれん」
「伝言があればきこう」
宇喜多は低く笑った。
「すまない、と。それに、信じないだろうが、彼女との時間は、異質で、自分でも分からない――あれが、幸福?」
言葉が途切れ、ボロボロと崩れていく。
扇の目の前にはただ鋼のくずが広がっていた。




