二十九の三十一
主力が撃破されたためだろう、神戸湊までの道で長船軍は抵抗らしい抵抗は受けなかった。一度だけ、終身頭領親衛騎兵隊の一個中隊が現れ、抜刀突撃を仕掛けたことがあった。迅雷隊の寄せ集めからつくった二列横隊の弾幕線がそれに対抗し、きらびやかな騎兵を薙ぎ倒した。金をかぶせたサーベルや銃の吊り革ベルトがばらつく丘を越えると、神戸湊が現れた。港はこれまで独裁政権で甘い汁を吸っていた連中が押し合いへし合いしながら船に逃げ込んでいて、町のあちこちで刀を隠し持っていた市民が家を飛び出し、秘密警察の密偵に斬りかかっていた。宇喜多大佐も指名手配されていたが、宮殿にも〈レンゴク〉にもおらず、神戸湊全市が長船軍の支配下に置かれた現在もその行方は知れなかった。
扇たちを逃がすために我が身を犠牲にしたカブト団団長傅次郎の行方も分からない。
そんなとき、宇喜多大佐本人から「第三の刀剣を是非ともお見せしたいので招待に応じてほしい」と手紙が届いたのは長船軍がビゼン国を掌握して一週間経った昼下がりのことだった。
それは名もない神社だった。神戸湊の外れの外れ、鬱蒼と茂る森のなかで今にも朽ち果てそうな塗り剥げの鳥居が見える。手紙では一人で来いとは書いてなかったが、扇は一人で決着をつけることにした。おそらく傅次郎もそこにいると思った扇は斬り姫は連れていかないことにした。たぶん、動揺してそこを隙として突かれるからだ。ただ、こっそり出かけたつもりだったのに、どういうわけだか、部屋を出てすぐクチバシ先生が現れて、あいつの居場所分かったんでしょ? と言ってきた。
「悪いが連れてはいけない」
「ついていく気なんてさらさらないよ。わたしはわたしで忙しいの。診療所の再建費用を出させるためにとんでもない量の書類をこさえないといけないんだから」
「じゃあ、何をしに?」
「あいつに伝言があるの」
クチバシ先生の手が扇の頬を引っぱたいた。
「これ、あの馬鹿にしっかり伝えといて」
「伝達の方法にいろいろ不満はあるが、まあ、あんたの診療所が吹っ飛んだ責任の半分はおれにあるからな」
「そういうこと。生きて帰ってくるんだよ」
鳥居の前に着いたとき、東の道と西の道からやってきたのは寿と泰宗だった。
「なんで、お前たちまで?」
「それをききたいのはわたしのほうです」
「もしかして、二人とも手紙を?」
取り出してみると、まったく同じ文面の手紙だった。
「へえ、こりゃ光栄だねえ。是永先生が絶対に阻止しなきゃいけないって言ってた第三の刀剣、見せてくれるってんなら、ぜひ見たい」
「あまり気持ちのいいものではなさそうですがね」
「かまうものか。とっとと斬って、取り戻すものを取り戻す。それでこの旅は終わりだ」
参道の奥、苔をかぶった小さな社から瘴気があふれ出ていた。目に見えないその流れは土と木に到底落としえない影を刻みつけている。それだけでも第三の刀剣がうかがい知れる。外法なのだ。
社の破れた扉の奥に宇喜多の蒼白い顔が見えた。
「来てやったぞ。第三の刀剣とやら、見せてもらおうか」
「チ……ガウ……」
「なに?」
そこで気がついた。宇喜多の顔が苦痛に歪んでいた。
「私ガ求メタノハ――チィィィガァァァァウゥゥゥゥ!」
社が吹き飛び、苔と瓦が雨と落ちる。目に入ったのはたるんだ皮膚のような鋼の塊。宇喜多の右腕からそれが生えている。いや、逆だ。第三の刀剣に宇喜多が生えているのだ。玉鋼細胞を古来より刀に宿る霊力でもって、体に植えつける第三の刀剣は既に宿主を乗っ取り、新しい人間を餌に欲していた。
「おれはあいつにビンタ一発の伝言がある」
「おれもあのなかにある千鶴ちゃんの短刀を取り出さなきゃ」
「わたしとしては、あの醜さが美意識に障ります」
「決まったな」
「殺っちゃおう」
「本人のためです」
三人が一度に地を蹴って、第三の刀剣本体へ抜き打ちを仕掛けた。柔らかい鋼が突然刃の形を取り、それに合わせて斬撃を防ぐ。その玉垣刃には見覚えがある。瑞典是永だ。
「おれの是永を下手物に食わせたな」
瑞典是永は刃を外すと、そのまま覚えのある地を擦るような切り上げを仕掛けてきた。扇の技の一つだ。第三の刀剣は刀そのものだけでなく、持ち主の技や癖まで融合しているらしい。太刀を叩き合わせて、後ろへ跳ぶが、歪んだ鋼は大きな顎の形を取り、扇を飲み込まんとしていた。
突然、扇は何を考えたか下がるのをやめ、踵でしっかり石畳の端を踏むと、その顎に飛び込んでいった。
「扇!」
寿の叫びもむなしく、扇を飲んだ顎は閉じられる。




