二十九の三十
扇が斬った相手が政府軍司令官の蔦嶋中将と分かると、長船軍は士気を上げ、南下を開始した。
政府軍は軍の姿を残しておらず、抵抗らしい抵抗も木に登って、そこから狙撃するくらいしかなく、狙撃兵に対しては長船の業物で木をばっさり伐り倒して対応した。
扇と寿と泰宗が先行偵察で歩いていると、枝が不自然に揺れ動く木を見つけた。
「狙撃兵かな?」
「狙撃兵だな」
「さて、どうしたものでしょう?」
「司令部からの行動指針には木を伐り倒して引きずり出せとある」
一刀両断にして木のなかから引きずり出されたのは浅黄の羽織――元新撰組十番隊組長、原田左之助だった。
「いってえなあ。人が気持ちよく寝てたのに。ん、おめえ、確か、扇だな? せがれはどこだ?」
「別の偵察隊にいる。あんた、何してるんだ?」
「寝てた。いや、なに、久々に槍働きができるっていうから、十綱から腕に覚えのある男を五十人ばかし連れて、長船に加勢しようと思ったんだが、もう戦も終わっちまったってきいてな。みんな家に帰るけど、男が一発暴れてくるぜと大口叩いて、何もしないで帰ったんじゃカッコつかねえだろ。ところで、茂は人を斬ったか?」
「何人か斬ったようだ」
「肝はすわってるか?」
「それは間違いない」
「そうか。まあ、そいつはいいとして、お前ら、ひどい格好だな。血まみれの泥まみれだ。おれがいいもんやるよ」
「他人が着ている分にはどうとも思わないが、自分が着るとなるとひどく違和感があるな」
原田がくれた新撰組の浅黄のダンダラ羽織をつけたときの扇の感想である。
「なあ、あんた、浅黄裏って言葉知ってるか?」
「知ってるよ。遊び方を知らない無粋な田舎侍を示す隠語だろ? 今から二十年前、この羽織のお披露目で同じこと言った人がいる。新撰組鬼の副長土方歳三。鬼とは言われても、あの人も相当廓遊びはしてたからな。この羽織見て、すぐに浅黄裏だ、って言って嫌がったもんだ。田舎者丸出しじゃないかってんだが、あのときのおれたちはもろに田舎者だったから大差はなかった。御所から長州を叩き出すときに一度だけ袖を通したが、それっきり着たことはない」
「あんたはどう思ってる?」
「いや、馬鹿丸出しだと思うぜ。正直、あちこちご用改めしてやったが、これ着ていったことは一度もねえ。斬り合いの真っただ中に突っ込むんだぞ? こんなのより小具足と鎖帷子のほうがずっといい」
「では、どうして、わたしたちに今、これを着せるんです?」泰宗が若干の絶望を見せながら言った。
「なんでって、まあ、京にいたころはこんなもん着れるかって思ってたが、さんざん東北で戦い抜いて、蝦夷までいってやっと勝って、そこからまったく違う生き方して、小生意気なせがれまでできやがると、なんだな、このダンダラ羽織もそう悪いもんじゃないって気がしてくるんだよ。剣の使えるやつにこいつを着せて、ちょいと練り歩いてみたい気にもなる」
「でもさ、それなら連れてきた十綱の住人に着せればよかったんじゃない?」
「誰も着やしなかった。さんざんけなしてから、こうきくのもなんだが、これ、そんなに恰好がつかないか?」
つかない、と三人は声をそろえてこたえた。




