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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第二十九話 是永の扇と刀狩りの国
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二十九の二十六

 指揮は硬直化していて、扇たちは夜が明けて、休む間もなく、また平家峠攻略のために突撃させられることになった。長船軍主力がぶつかる光忠坂では一の坂を突破して、二の坂まで来ていたが、坂の上の塹壕や櫓から弾を撃ちこまれ、いたずらに被害を出していた。正義、挟撃、遊撃、抜刀の各迅雷隊は刀の目釘を濡らして、斬り込みに備えたが、馬をとばしてやってきた伝令が抜刀迅雷隊は光忠坂攻略の主力に合流すべしとの命令を持ってきたので、三つの迅雷隊が集団自殺への前進を開始するのを尻目に、扇たちは谷へ下る道をとることになった。

 竹藪や窪地、小さな村が点在する光忠坂は下から順に一の坂、二の坂、三の坂と区分けされていて、三の坂の上の稜線沿いに塹壕と小さな堡塁が並び、攻め手に情け容赦のない攻撃を仕掛けていた。坂を上る前から後背地の野戦病院目指して、よろよろ歩く怪我人たちが目立ち、砲兵隊が稜線の敵陣地目がけて、しゅうしゅうと白い煙を吐く丸い榴弾を放っている。一の坂に入ると、敵の砲弾が落ちるようになった。すでに砲弾の穴だらけになっていた一の坂では敵弾を避けるためにその穴に怪我人が避難していて、手当のできる人間か自分を後ろに送ってくれる担架兵を待っていた。一の坂が終わるころには銃弾が頻繁に飛んでくるようになり、どす黒い煙の塊がぬっと現れて、坂を横切ったりするようになったが、近隣の村の女たちはそんな前線へ現れて、餅や煮魚、酒を商っている。どれも三倍以上の値段で臆面もなく売られていたが、これがそれなりに流行っていた。長船軍の兵士は倒した政府軍兵士の持ち物を剥いで、これを女たちに代金のかわりに払っていた。金時計や指輪、小さなピストルなどが人気で、一方、穴だらけの軍服や血染めの草履は誰も欲しがらなかった。

 扇たちが坂のなかほどまで行くと、直垂姿の刀工たちが土にめり込んだ銃弾を探して、それを溶かして、再び銃弾をして使えるようにしているのに出くわした。藁ぶきの屋根の下、ヤットコに似た弾丸製造器にどろりとした鉛を流し込み、ミニエ弾を作っていたが、そのそばから敵の放った銃弾がぶすぶすと地面にめり込み、弾丸係は慣れた手つきでそれをほじくって、坩堝に放り込んだ。業物の写しだって打てる彼らなので、ひどく不服そうだったが、長船軍は一発でも多くの弾を必要としていたし、この戦争ではみながみな何らかの形で犠牲を払うことを強要されていた。ほとんどのものは手足や命でその犠牲を贖っていることを考えれば、刀工たちは誇り一つで済んでいるのだから安いものなのだ。ただ、それでも一人か二人、「もう我慢できん!」と叫んで、太刀を抜き、戦いのなかに身を躍らせるものもいた。

 棚田の続く坂に来る頃には敵の砲弾が頻繁に降ってくるようになった。砲弾が落ちるたびに地面が煮凝りみたいにぐにゃぐにゃと震え、樹々の葉を蹴散らし、人の体がバラバラになって降ってきた。焦げた土まじりの砲煙で日暮れ時みたいに暗くなった。咄嗟に棚田のあぜに身を隠すと、そこも長船軍の兵士でいっぱいになっていた。銃のあるものは時折、棚田の段差から顔を出して、一発ぶっ放した。ほとんどのものはこらえ性がなく、狙いが低すぎて無駄に弾を失っていたが、扇は長船銃剣を取り外して、あぜの縁に突き刺すと、敵が見えるまで我慢した。弾がそばを通り過ぎることがあったが、砲煙がこもったこの棚田へ狙い撃ちができるとは思わず、まぐれ弾だろうと思った。事実、それ以後、弾がそばに飛んでくることはなかった。二の坂は棚田が尽きるところで切り通しにつながっていた。敵の砲兵も狙撃兵もその崖の上からこちらを落とし撃ちにしていた。派手な前立てをつけた士官が崖の縁に立っているのを見つけた。何を考えているのか知らないが、扇はその士官の体の真ん中を狙って引き金を引いた。士官は両腕を投げ出して、のけぞって倒れた。扇は素早く弾込めをし、また同じように段差によりかかるようにして、今度は砲兵の頭を吹き飛ばした。

 三度目の弾込めをしているとき、長船軍の士官が現れた。

「全員、鉄砲に剣をつけろ! やつら、突っ込んでくるぞ!」

「相手は崖の上に大砲付きで撃ってくる。有利な陣地を捨てるのか?」

「空に飛ばした忍者の大凧から信号で報告があった。一個旅団相当の歩兵が反撃のため、逆落としに突っ込んでくる」

 忍者、ときいて、夜助のほうを振り向いた。

「たぶん、じいちゃんだ。そんなに高く飛んだんなら、敵の頭に焙烙玉ばくだんでも落としてくれりゃいいのに」

 棚田の段差を塹壕の胸壁がわりにして銃を構えていると、砲撃が止み、風が吹いて、砲煙が全て西へと除けられた。こんなに気持ちのよい快晴だったと改めて気づいたが、それを口に出すものはいなかった。切り通しのふもとに政府軍の歩兵が現れて、横隊をつくり始めた。発砲され、倒れる兵士もいたが、政府軍兵士はあっぱれな堪えを見せて、横隊ができるまでだれ一人伏せようともせず、前進しようともしなかった。軍旗と士官が出そろうと、横隊が前進を開始した。

「合図があるまで撃つな!」

 兵士たちは石垣みたいな迷彩模様の軍服を着ていて、銃を腰だめに構えていた。給料はこれまでのビゼン紙幣ではなく、セッツ紙幣で払われるようになり、士気は上がっていた。士官たちはこれは内密の話だが、もし殺した長船兵が日本刀を持っていたら、それを海外商館に売る目的で拾ってもよいと言われていた。政府軍兵士から見れば、長船軍の兵士は彼らの小判を許可なく所有する盗人ということになる。のちにそのことを知った長船兵は「そんなに欲しければくれてやる」と捕虜を斬首することになる。

 政府軍の横隊は棚田の端から端までを埋める大部隊でほとんど肩が接するくらいに密集していた。銃剣に仕込まれた回転のこぎりがまわり始めた瞬間、

「撃て!」

 と、号令があり、百発近い雷が一度に落ちる音に耳が聾した。自分たちが発射した銃の白煙の壁で視界を遮られていた。悲鳴が上がり続けていたが、すぐ相手からの反撃があって、棚田の縁を削り取り、頭を下げるのが遅れたものたちの顔を吹き飛ばした。

「一人につき三人斬って、陣地に戻れ!」

 応! と力強い返答とともに白刃が鞘から風疾かぜはしり、棚田を飛び越えるようにして敵に襲いかかった。扇も銃を置いて、抜刀し、軍曹の袖章をつけた兵士を袈裟懸けに斬った。服の下に着こんだ鎖帷子で致命傷を与えられなかったと気づくと、相手がふりかざした銃剣をかわし、刀の峰で右肩へ強い打ち込みを送り込む。バキッと肩の骨が砕ける音を柄越しに感じると、また刃を返し、敵に次の動きを取らさじと胸へ突き通した。

 鎖帷子は軍曹個人の装備だったらしく、他のものが三人斬っているあいだに扇は一人を斬るのに時間を使ってしまった。棚田の縁に戻ると、人を斬った興奮冷めやらぬ男たちが長船の刀身に見とれていたが、士官たちはそんな人斬り予備軍たちの尻を蹴飛ばし、銃に弾を込めろ、と命令した。事実、最初の横隊が撤退したが、次の横隊は既に前進を始めていた。

 ちょうど同じころ、長船軍と政府軍の総司令官は棚田と切り通しのある二の坂が主戦場になるとにらみ、それぞれ増援を送るよう命令が下された。

 巨大な雲の群れが、雨の予感にふるえながら、ゆっくり戦場へと向かっていた。

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