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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第二十九話 是永の扇と刀狩りの国
589/611

二十九の二十五

 戦が一段落すると、後方で待っていたクチバシ先生らが上ってきて、応急治療と野戦病院への後送を始めた。味方が戦死七、負傷十八、敵の遺棄した死体の数は十二。ただ、死者のなかには三つの迅雷隊のうち遊撃迅雷隊の隊長も含まれていた。まだ血気盛んな若い兵たちは斬って捨てられそうな捕虜は隠れていないか、蓆をめくったり、茂みを乱暴に剣で撫でたりしている。

 泰宗は一人、煙草を呑みながら、坂の外れで谷を挟んだ光忠坂のほうを眺めていた。

「あっちのほうはどうだ?」

「よくありませんね。一の坂も押さえられていません」

 主戦場となった一の坂には主に味方の死屍が重なっている。

「こっちばかりが突出してるってことか?」

「谷としてはかなり浅いので、敵がこちらに攻めてくることもあるかもしれません」

「こういうとき、碁の戦術とかを応用できたりしないのか?」

「実際の戦争は捨て石ばかりです。布石も起きますが布石ばかりでまとめがありません」

「イナバを思い出さないか?」

「わたしもそれを言おうと思ったところです。戦の規模ではこちらのほうが小さいですし、武装も考えていたほど発達していません。弾丸を連射できる小銃の類は見ていませんし、爆撃目的の飛行船も飛んではいますが、大したものは落とせていませんし」

 そのとき、原田茂がやってきた。扇はくたびれていたし、刀が戦闘で使っていくうちに曲がってしまい、鞘に入らず、つまらないなと気分が落ちていた。

「一応、礼を言いに来た」

「気にするな」

「それとこれをやる」

 茂が持ってきたのは一振りの刀だった。梅花皮かいらぎの研ぎ出し鞘に黒い柄糸を結玉むすびたまにしている。鞘と拵えだけ見るなら業物級だ。

「そこらの骸から拾ってきた。死んだのならもう刀は必要ねえだろ」

「ありがたく受け取っておく」

 こちらが礼を言うと、茂はぷいっとそっぽを向いて、坂へと戻っていった。

「昔のあなたを見るようです」

「おれはもっと素直だ」

「まあ、そういうことにしておきましょう」

 集軍合図のほら貝が鳴いた。二人は急いで駆け戻った。各迅雷隊の隊士たちは疲れも取れない体を引きずって坂の曲がりに集まった。次の攻撃が決まって、総大将のほうから権兵衛坂をさらに進んだところに平家峠という道がある。そこに茶屋があるので、その周囲を占領しろということだった。隊長の秦と高畠仁斎たかばたけじんさい――陣羽織の正義迅雷隊隊長は伝令相手にまずこの陣地を固めねばならないし、もう日が暮れてしまうと言ったが、伝令は高飛車に総大将の命令ですと言うばかりだった。

「日が暮れるなら夜討ちができるではないか」

 と、伝令が言うと、高畠が、

「相手の布陣も知らぬ夜討ちなど道に迷って殲滅されるだけじゃ。話にならん。総大将どもに掛け合ってくる」

「そのようなことは許されぬ。高畠どのは臆したのか?」

 高畠を尊敬する正義隊士数人の鯉口がパチンと切られる音がした。だが、老将が止めさせた。伝令が帰っていった。隊士はみな不安そうに隊長を見たが、秦と高畠は命令を握りつぶし、占領地に留まるつもりでいた。真夜中に総大将の軍目付を名乗る男が現れて、秦と高畠を呼びつけて高飛車な物言いで、本隊が光忠坂で奮闘しているのに別動隊は権兵衛坂のような小さな坂一つ占領できていないのかと攻めた。そして、軍目付は三つの迅雷隊が平家峠を攻略に向かうよう再度命令し、その命令がきちんとなされるかどうかを自分はこの場で監視するとまで言い出した。

「軍令に反するものは斬る!」

 と、軍目付が高らかに宣言した。それを傍でききながら、扇は一度でいいから、高潔な世直しに遭遇してみたいものだと嘆息した。だが、結局の話、世直しも革命も独裁打倒も一見正義を担っているようでなかにあるのは戦の後の権力分配であり、その分配に多くあずかりたいと思って、小人しょうにんたちが他人に責任と義務を押しつける。そして、出来上がった新しい政府は結局、前の独裁政府と大差がない。それはイナバ国やキューバで証明された。ここビゼンが唯一の例外でいられるという保証はないのだ。

「ケッ。あんなヤロー、斬っちまえばいいじゃねえか」

 原田茂がぶつくさこぼす。

「そういうわけにもいかないだろ」と、扇。

 そのうち進軍命令が出された。同士討ちを避けるため、各迅雷隊は白い襷をかけることになり、三部隊が平家峠を目指して出発した。夜間行動の玄人である扇はもっと少人数で動かないと相手に気取られると思ったが、軍目付はあくまで全員の出撃を要求した。隊士たちは銃に弾を込め、刀の目釘を唾で濡らすと、街道を進んだ。光忠坂では夜も銃弾が飛び交い、後送される見込みのない怪我人が畑のあぜに転がっている。迅雷隊もいずれそうなると思うと、隊士たちのあいだで、いざとなったら軍目付を斬り捨ててしまえばいい、と物騒なことが企まれ始めた。扇も原田茂もその意見に傾きかけている。軍目付は隊列の一番後ろの安全な位置にいるが、ひとたび乱戦に巻き込みさえできれば、見てろ、一太刀で決めてやる。

 一斉射撃が夜襲部隊の前列を薙ぎ倒したのは出発から四半刻後のことだった。平家峠を守る政府軍がそこに塹壕を掘っていて、そこから撃たれたのだ。もともと成功の見込みがなかった夜討ちだが、敵主力を捕捉できないまま、崩れてしまうとは思わなかったが、扇は地面に伏せながら、少しずつ前へと進んだ。弾丸が乱れ飛び、骨が砕けて肉が裂ける音がきこえる。扇の目の前で弾が破裂し、目が見えなくなったときはやられたかと思ったが、砂が目に入っただけだった。とめどなく流れる土まじりの涙をぬぐってあたりを見ると、扇以外の前衛はみな死に絶えて、残りは道の脇の竹藪に潜り込んで銃撃を返している。今、竹藪に向かえば味方に撃たれるだろう。

 だが、敵は扇が死んだと思ったのか、銃撃を竹藪に移している。扇は思い切って立ち上がり、一番近い位置に掘られた壕へと飛び込んだ。二人用の小さな偵察壕で灯ったままのランタンが置いてあり、土嚢と木材でつくった銃眼の小さなことに驚く。これでは外から撃ち込んでも命中しない。連絡壕がつながっているので、ランタン片手にネイヴィ・コルトを持って、進む。ジグザグに掘られた壕の上を敵味方の弾丸がやり取りされ、壕の縁は弾に削られ通しだ。突然、角から士官が現れた。頬髯を生やした大兵で小さすぎる軍帽が頭から落ちかけていた。士官が腰の銃嚢からルフォショー六連発銃を抜こうとしたが、扇のほうが速かった。至近距離で顔を撃たれ、鉛剥き出しの三十六口径弾が眉間のあった場所に大きな穴を穿つ。扇は使い慣れたコルトを自分の銃嚢に戻すと、ルフォショーを拾い上げた。竹藪側につくられた銃撃壕には小さな門のような銃眼から外を覗き、ひたすら弾丸を送り込む兵士たちが十七名ほど背中を向けていた。扇が発砲すると、

「ギャッ!」

 と、声を上げて兵士が一人、踏み台から転がり落ちる。隣の兵士が驚いて振り返ると、扇はその顔に二発撃ち込んだ。左耳と目玉が一つ消し飛ぶ。ノコギリ銃剣がルフォショーを手から弾き飛ばしたが、扇は背負ったミニエ銃の負い革を引っぱって、拳銃のやり残した仕事を長船銃剣で終わらせた。

 兵士たちが銃眼から目を離す。扇は手近にいた兵士の胸に一突き送り込み、捻りながら刃を抜いた。兵士は膝から崩れて壁によりかかったまま動かなくなる。

「斬れ、斬れ!」

「わああっ!」

 銃撃が止んで竹藪からも迅雷隊士たちが殺到すると、残り十四人となった政府軍兵士は後方連絡壕へ殺到した。すぐに『長船』と墨書きされた旗が掲げられ、突破口ができたことを後続部隊に知らせた。

「おかしいなあ」と、寿があたりを見回す。「茶屋はどこだろう?」

「もう少し後ろじゃないか?」

「でも、この先がずっと塹壕ならそんなものが立つ余裕はないよね」

「ひょっとすると、これは第一列の陣地で平家峠の茶屋はまだ先なのかもしれないな」

「なんか、いやーな予感がするよ」

「じゃあ、お互い背中を預け合っておくか?」

「おや? 扇、かわいいこと言うね」

「やっぱりやめた」

「うそだよ、うそ。そんなにへそ曲げないで。ね、ね?」

「わかった。わかったから、そうベタベタ触るな」

 後方連絡壕がもう一つの大きな陣地につながっていた。そこは峠でもないし、茶屋も立っていなかったが、第一陣地を取り戻そうとする政府軍兵士の一個大隊が集まっていた。抜刀迅雷隊と挟撃迅雷隊がその銃剣突撃ともろにぶつかって、塹壕や小堡塁のなかで壮絶な白兵戦を展開した。扇のいた塹壕に回転ノコギリ銃剣をふりまわした兵士が飛び込むが、三寸の動きでかわした扇の突きで倒される。後ろでは寿がやはり兵士を斬り捨てている。

 だが、正規軍編成の一個大隊は五百の兵からなり、迅雷隊の寄せ集めでは防ぎ切れるものでもなかった。崩れるのははやい。泰宗が大太刀を閃かせながら政府軍兵士を斬り倒し、数名の隊士ともに大隊司令部まで斬り込んだが、後詰が続かず、退いている。

 何度も切り結び、逃げて、切り結ぶ。気づくと長船の旗を立てた銃撃壕まで押し戻されていた。

「うおおおおっ!」

 わめきながらノコギリ銃剣で突っ込んでくる敵を、扇は銃を立てて、待ち受ける。相手の銃剣を銃身で受けると、そこから螺旋打ちで相手の銃剣を巻き込み、こめかみに台尻を叩きつけた。四つん這いになって立ち上がろうとするその背中に二度、銃剣を深々と突き刺した。また、銃声。すぐそばで槍をふるっていた壮年の刀工が一言も発せずにその場に崩れる。扇は刀工を撃った男へ突進した。相手は大柄の軍曹で鹵獲したらしい刀を手にしていたが、守りも何もない構えだったので、扇の銃剣は楽々と相手の腹へ突き刺さり、金属のベルト留めにぶつかった。そのころには陣地は切り離された体の一部が散乱する阿鼻叫喚の世界で、とくに挟撃迅雷隊の被害は半数以上に及んだので、もはや隊として機能しなくなった。抜刀迅雷隊は挟撃迅雷隊の退却を援護しつつ、自身は何の援護もないまま、平家峠の第一防衛線から撤退した。権兵衛坂まで戻ってくると、斬るとは言わずとも半殺しにしてやろうと思い、扇は大目付を探したが、見つからなかった。そのうち、三人の正義隊士たちが大きな椋木の影から現れた。

「なあ、あんたたち。軍目付を知らないか?」

 すると、一人は笑いながら、「会いたくても会えない場所にいるよ」

といいつつ、刀の血を拭っていた。

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