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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第二十九話 是永の扇と刀狩りの国
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二十九の二十四

 雑多な軍勢は朝日を拝んで、それから南進した。陣羽織姿で馬にまたがる老人がいれば、フランス式の軍装を整えた若者もいて、槍の穂や薙刀の刀身が陽光を旺盛に跳ね返していた。牛に曳かせた荷車には米俵や消毒薬の甕が積まれ、弾薬箱を担う駄馬もいる。

 長船千軒の出発して二日目の朝。扇は肩にミニエ銃を担って歩いていた。まわりは田畑と百姓家が見える田舎道である。ふと影がかかった。見上げると、高く掲げられた赤い吹き散りが風になびいていた。ビゼン人には平家びいきが多い。似たような旗が幾流も掲げられて、追い風にあおられていた。その吹き散りが自由自在に風をいなすのを見ながら、扇は第三の刀剣についてぼんやり考えた。それがどんなものなのかよく分からない。霊力と機械。この二つが融合したものだというが、さっぱり分からない。刀というものを語る是永の弁は抽象的だった。あれだけ合理的な精神で刀をつくる人間にしては意外だ。まあ、いい。こうした考えは戦いが始まれば、自然と消える。

 総大将、と呼ばれるものが一応存在しているらしいこの軍勢はいずれ独裁政府の軍隊とぶつかる。数で押せばいい、などという恐ろしい作戦計画が立てられているらしい。イナバの革命軍は装甲列車だって持っていたのに。

 既に先発隊は敵を交戦しているらしく、パーンパーンと銃声がきこえてくる。主戦場と目される光忠坂みつただざかからだ。棚田の並ぶ街道以外にも細い道があり、峠があり、谷があり、樹木や竹藪が鬱蒼と茂り、大軍が移動しづらい地形だと隊長を務めるはたが言っていた。顎に美髯の若者で自費でフランスの士官学校へ留学したこともあるくらいのフランスびいきで、赤いケピ帽をかぶり黒い肋骨ドルマン式軍套に大尉を意味するオーストリー織を袖に刺繍し、フランス製の重騎兵サーベルを下げていた。扇が六連発銃を持っているのを見て、ただの突撃屋ではないと思ったのか、秦は扇を自分の従卒にした。扇に言わせれば、いい迷惑だった。敵の狙撃兵はまず士官を狙うに違いなかったからだ。秦はさらに何を思ったのか、原田茂も従卒にした。おそらく十綱が近くなったら、茂を向かわせ、こちらにつく兵士を取り込もうと考えたのだろう。

 扇たちの属する隊は抜刀迅雷隊と名乗っていた。隊の名前は荷車が束打ち刀をぶちまけた場所で適当に決まるものだが、みながみな迅雷隊と名乗ったおかげで迅雷隊は十八個を数えた。五百名を越える大所帯もいれば、二十人足らずの小さな部隊もあった。迅雷隊は一つだけ残して、他は名前を変えろと言われたが、朱雀隊とか青龍隊といった名前はすでに使われていて、自分たちこそ真の迅雷隊だと各隊譲らなかったので、面倒になったお偉方は迅雷隊の頭に第一から第十八と数字をつけたが、すると今度はどの迅雷隊が第一迅雷隊を名乗るかでもめた。数字も争いの元になると判断したお偉方はそれぞれの迅雷隊の〈衝撃〉〈突撃〉〈遊撃〉といった景気のいい言葉を飾ることで何とか各隊からの承諾を得ることに成功した。

 扇の属している抜刀迅雷隊は八十人足らずの小隊であり、挟撃迅雷隊や正義迅雷隊、遊撃迅雷隊とともに光忠坂の一の坂を迂回するため、西にある権兵衛坂へと行軍していた。形の崩れた曇り空が樹々のあいだから見える。銃撃の音は盛んであり、一の坂へ目をやると、白刃を閃かせた長船軍が政府軍の立てこもる小さな土塁へと突撃を繰り返し、いたずらに損害を出していた。押し寄せるが、敵の弾幕に阻まれて、死傷者を残して後退し、新しい隊がやってきて兵が補充されると、また無謀な突撃を繰り返した。隊長の秦が首をふった。長船軍の総大将たちは神官や刀工、軍記物語を読みふけった閑人たちであり、そうした連中が後先考えずに突撃させて、若いものが死んでいくのが納得できないようだった。

 だが、偵察が敵軍と戦端を開くと突撃を命じられた。扇は担い革をまわしてミニエ銃を背負うと腰の大刀を抜き放った。抜刀、正義、遊撃の三迅雷隊は権兵衛坂の曲がりにある小さな三つの土塁へと突っ込んだ。生きて帰れば男爵夫人、死ねば浮気な後家となれ、と言い残すわけではないが、そのくらいのことを言いたくなるほど無茶な注文だった。扇の隣にいた陣笠の男は突然たたらを踏み、前のめりに倒れた。見ると、首を弾丸が貫通している。

 土塁はまだずっと先だった。砲弾が頭の上で爆発し、断ち切られた立木の枝が雨のように降りかかり、味方の撃ち返す銃声が耳のなかで暴れた。坂の上からは頻繁に白煙が立ち、風を切る弾丸の音がそれに続く。道端の赤土に西洋脚絆をつけた足が転がっている。また爆発。視界が一瞬真っ赤に染まったが、すぐに色は取り戻された。

 扇は道から外れた畑へと足を踏み入れたが、突然、あぜに隠れていた敵の大兵が飛び出して軍刀をでたらめにふりまわした。扇の体はなめらかな動きで面を狙って刃を立て、顎の骨ごと切り下げた。敵兵はギャッ!と声をあげて、血の迸った顔を両手で押さえたまま仰向けに倒れた。刀を逆手に持って、胴を貫いてトドメを刺すと、刀を抜いて、畑を転がるように前進した。銃弾は相変わらず物騒な音を立てて、扇のそばを過ぎていく。一度は鉢金をかすめて火花が散ったこともあった。三つの迅雷隊はごちゃごちゃに混じって一塊の肉弾となって政府軍の土塁へぶつかった。

「ついてこい! ついてこい! ついてこい!」

 見れば、抜刀迅雷隊隊長の秦が熱にうなされるように甲高い声でサーベルを高く掲げて部下の先頭を走っていた。他に陣羽織に白髯の老人が一人、重藤弓に矢をつがえた状態で、続け!と吠えていた。一間と離れぬ距離から放たれた矢じりは敵の背から飛び出し、回転ノコギリ銃剣を動かそうと蒸気機関をいじる政府軍軍曹の首と胸を秦のサーベルが貫く。扇も土塁に手をかけ、ひらりと飛び込んだ。既に数人の命知らずが飛び込んでいて、誰のものとも知れぬ腕や耳が転がり落ちている。扇は真っ先に目についた敵兵の背中に下段の正眼から小手返しに左から刃を刺し、そのまま上に払った。骸に覆いかぶされたのは原田茂だった。扇が骸をどけると、手を貸して茂を立たせた。言葉は交わさず、お互い小さくうなずいた。政府軍は乱戦のなか火力の優位を生かすことができず、ついに土塁をあきらめて銃まで捨てて敗走したが、長船兵の剣から逃れられるものはほとんどいなかった。

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