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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第二十九話 是永の扇と刀狩りの国
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二十九の二十三

 奇妙な縁だが、のちに原田茂は扇の二つ目の趣味となる文通の相手となる。これまであまり文など書いたことのない扇と茂はなぜかお互い文を交わし合い、季節の挨拶から始めて、取り留めのないことを書いていく。どちらも人付き合いが得意ではないが、酔狂な人間に引っぱり回されるということでは共通していた。おそらく、文通の根底にあるものはそうした点からの理解なのだ。

 とはいえ、それはずっと後の話。今の二人はお互いのことをぶっきらぼうなやつだと思いながら、長船千軒へと北上していた。

 翌日の朝、扇はついに長船千軒の入り口に立った。そこは〈谷〉に負けず劣らず、込み入った機械の巣窟であり、神仙めいた刀工たちが静かに暮らす秘密の隠れ家という扇の秘かな思い込みはけたたましくなる鋼と蒸気の音に消し飛ばされた。だが、冷静に考えれば飛行機械もあるこの現代、隠れ里が独裁者の目から本当に隠れていられるわけもなく、むしろ油断ならない工業力のほうが独裁者の干渉を跳ねつける強力な武器になるのだ。

 瓦家の並ぶ通りには長船派の刀工たちが汗だくになりながら、一心不乱に熱い鋼を叩いていた。鍔、拵え、笄といった店があいだに挟まり、千軒の刀屋が丸裸の丘まで伸びている。電信所の掲示板には終身統領が〈レンゴク〉で死んだこと、その後を襲った宇喜多大佐らの軍勢がついに長船千軒への侵攻を決めたことが大きく張り出され、これに対して長船千軒の十五歳から六十歳までの男子たちに動員令が発せられていた。そういえば、あちこちたすき掛けした絣に大小を差した男たちが徒党をつくり、鼓とお囃子に拍子を合わせてあちこち練り歩いている。男たちのなかには胴丸姿の長刀持ちや小具足に鎖帷子をかぶったものもいた。その編成は見ていて不安になるほど銃がなかった。これだけ工業が発達していながら、長船千軒では銃は流行らないらしい。勤王派と新選組が殺し合っていた時代からだいぶたつのに、長船千軒の兵士たちはみな刀に信を置いていた。機関騎兵銃マシン・カービンやガトリング砲の類はなく、銃といえば、自作した先込め式のミニエ銃程度であり、それも全員には行き渡っていない。大砲は古い四斤山砲があるだけだった。長船千軒に行けば、とりあえずいろいろ解決してくれるだろうという楽観を今更攻めても仕方ないが、まさか長船千軒でこんなにも自殺突撃の準備が整えられているとは思いもよらなかった。斬り込みの気合に満ちた町を歩いていると、斬り姫はうずうずしてきて、斬りたくて斬りたくて手が震えるほどだった。

 扇はとりあえず宿を取り、そこからは寿や泰宗を見つけるべく、単独行動を取ることにした。長船千軒の兵隊は民兵に毛が生えた程度のもので編成もまたいい加減だった。野郎ども集まれと声をかけ、百本の刀を荷車からばらまき、男たちがそれを拾い上げる。そして、適当に数十人ごとにまとまって、迅雷隊とか疾風隊とか威勢のいい名前をつける。扇は束打ちの刀と脇差を拾って腰に差した。妙に重さを感じたが、瑞典是永をしばらく差していなかったからだろう。あれも一年以上使っている。〈鉛〉のころに使っていた剣がイナバで折れ、虎兵衛からもらったものだ。太刀筋さえめておけば、鋼の棒だって切れるほどの剣だった。刀を集める趣味はないし、刀を使わない暗殺術もたくさん身につけているが、それでも瑞典是永がないと心にぽっかり穴が開いたようだ。柄糸越しの感覚はすっかり手に馴染んでしまった。

「おい、何をしている?」

 突然、呼びかけられた。顔を上げると、そこには原田茂が立っていた。相変わらず殺気に満ちた仏頂面をしている。

「別に何もしていない」

「ずっと手のひらを見てたぞ。ざっと四半刻」

「そんなに? 本当か?」

「こんなくだらねえことで嘘なんかつくかよ」

「何でもない。なくした刀のことを考えていた」

「何を無くした?」

「是永の作刀だ」

「今正宗だな。もったいねえ話だ」

「おそらく宇喜多という情報機関の大佐が持っている」

「そんな腐れ外道が持ってていい刀じゃないな。取り戻すんだろ?」

「それはこの町の住人が夢見る抜刀突撃に参加するかってことか? それならこたえは否だ」

「何も自殺行為に付き合うことはねえさ。他にも取り戻す手はある」

「そういうあんたはここで何をしてる? 帰らないのか? 道案内は終わっただろう?」

「おれは戦に参加するつもりだ。おれも飾りのつもりで二刀たばさんでるわけじゃねえんだ。こいつで人をぶった斬ってみてえと思ってるし、その機会がありゃあ、遠慮なく使わせてもらうつもりだぜ」

「これまで誰か斬ったことは?」

「ねえよ」

「向き不向きは実際に斬ってみるまで分からない」

「不向きだったらそれまで。そんとき考えればいい」

「あんたも親父に劣らず、めちゃくちゃだな」

 おれの親父は、と茂が言う。「とてもじゃないが、商人あきんどなんかできる気質じゃねえ。何か面倒なことが起これば、斬っちまえばいいじゃねえか、の一押しだ。それがおふくろとおれを抱えて路頭に迷わないよう、関所商売に手を出した。物事はなんでも斬って解決してきた親父からすれば、退屈だったと思う。そこんところはまあ感謝はしてるつもりなんだぜ。ただ、くそったれが、と思うことのほうが多いだけだ。つーか、おれはどうして見ず知らずの野郎にこんなこと話してるんだ? 馬鹿らしい。こんなんじゃ太刀がぶれちまう」

 茂は言いたいことを言って、また宿のほうへと帰っていった。

「なんなんだ、あいつは?」

 扇は首をかしげながら、一膳飯屋と芝居小屋が並ぶ通りを下った。ここでも武器の配布が行われていた。白髪の男がミニエ銃の使い方を辛抱強く教えていた。

「おい、お前。お前も来い」

 白髪の男は扇に国産ミニエ銃を押しつけると、その操作を習えと言ってきた。

 紙製実包の端を食いちぎって、銃口から火薬と弾丸を入れ、込め矢でしっかり押し込む。そして、撃鉄を半分だけ上げて、火門に雷管をつけて、撃鉄を全部上げて狙いをつけ引き金を引く。

「こいつに長船銃剣をつければ、怖いものなしだ」

「ガトリング砲相手でもか?」扇がたずねた。

「あんな欠陥兵器。あれは常に一定の速度で弾を供給しないと弾詰まりを起こす。弾が詰まっているあいだに突撃して銃剣を相手の体の真ん中にぶち込めばいい」

機関騎兵銃マシン・カービンは?」

「あれもペケだ。機構ばかりが複雑化して相当手入れしないと思い通りに使えない」

「相手も抜刀突撃を仕掛けてきたら?」

「銃剣の餌食にしてやれ。こちらのほうが得物が長い。いいか。お前たちが今、手にしているのは人間が別の人間を殺すために考えた発明品のなかでも最も洗練されたものなんだ。無駄のない重厚な造りは先込め式銃でなければ味わえないし、ミニエ式弾丸を発射するから遠くまできっちり狙える。それに長船派の刀工がつくった銃剣があれば、向かうところ敵なしだ。おい、お前」

 と、扇は指をさされた。

「この銃であそこの藁人形を殺してみせろ」

 突きから刃をねじって上に払い抜き、また銃を返して、袈裟懸けに斬りかかる。そして、刃を引き寄せ、逆さにした銃床を胴にぶち込み、螺旋打ちを見舞って藁人形の首を飛ばすと、銃の前後を正位置に戻して、銃を肩でしっかり支えて、ぶっ放した。

 藁の頭が吹き飛ぶと、驚きのどよめきのなか、一つの拍手が高々と鳴った。

 振り向くとそこには泰宗が立っていた。


「あれから、ほら、あの忍びらしき老人と会うことに成功しましてな。そのおかげで長船千軒にはずいぶんはやく到着しました」

 泰宗の長身が武器を配られて気炎を上げる人々のあいだに道をつくる。ぞんざいに配られた刀をふりまわすものたちから見ても、白銀拵えの汽車切是永は別格であり、その使い手もまた相当の剣客と見られる。泰宗の所作は洗練されていて貴族的な容貌も手伝って、どこかの財閥の御曹司みたいに見える。その後ろを砲弾上衣シェルジャケットに義経袴の扇が歩いていると、扇は従者にしか見えない。

「しかし、瑞典を失ったのは痛かったですね」

「ああ。あの軽さであの粘り強さはそうそうない」

「今、腰に差しているのは?」

「荷車からぶちまけられたやつだ。どうもまた一波乱ありそうだからな」

「戦のことですか?」

「おれには関係ない、と突っぱねたいが、瑞典を取られて、寿の短刀も同じく向こうにある。取り戻したい」

「寿どものそうおっしゃっておられました」

「あいつ、ここにいるのか?」

「ええ。さっき是永どのと一緒に」

「是永も?」

「信じられないかもしれませんが、空から降ってきたんです」

 泰宗は面白そうに笑った。

 案内されたのは小さな寺で、鐘突き堂に巨大な凧が覆いかぶさっていた。空から降ってきたというのはたぶんあれのことだろう。敷地に入ると、例の小柄な忍びらしき老人が一人のくノ一に説教を食らわせていた。

「お前がついていながら、こんなに時間がかかるとはどういうことだ」

「しょーがねえもん。おれだって精いっぱい頑張ったし」

 本堂には寿と是永がいた。是永はシャツにズボンの軽装でステッキを膝のわきにおいてくつろいでいる。

「やあ、扇。やっときたね」

「ああ」

「こっちはさんざんだったよ」そういう割には嬉しそうだった。扇が無事に着いたことを喜んでいるのだろう。「神戸湊から風に流されてさ。あのくノ一、小夜って名前の子なんだけど、凧の動かし方もろくに知らないんだから。あ、くノ一で思い出した。あのお説教見た? なかなか笑えるよね。だって、おれたちの前では冷静で感情希薄の〈鉛〉みたいにかっこつけてたのに、今じゃすっかり地が出てさ」

 扇はくノ一を見た。しゅんと頭を下げたその姿、どこかで見たかと思い、すぐに夜助だと気がついた。ギリシラズを襲う前に別れたが、夜助の正体はあの老忍びの孫娘だったわけだ。

「それで、寿。お前の短刀だが――」

「探してくれたの?」

「ああ。だが、見つからなかった」

「扇がおれのためにねえ。しんみりしちゃうなあ」

「どうする? 取り戻すか?」

「そのつもりだけど、でも、この町の人たちの抜刀突撃原理主義を見てると、それに巻き込まれるのはごめんかなと思ってるんだよね。でも、やっぱりおれは戦うよ。千鶴ちゃんがつくってくれた短刀だもんね。もちろん、それを取り戻すために危ない橋を渡ったのを知られたらきっと怒られるから秘密にしてね。おれは短刀のためじゃなくて、是永先生のために戦うってことにするんだ。そうだ、先生。扇にも、説明したら? 第三の刀剣について」

「もし協力してもらえるならありがたいが――」

「まずは内容を教えてくれ」

「不確かな部分も多いのだがね」

 是永は扇に第三の刀剣について説明した。

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