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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第二十九話 是永の扇と刀狩りの国
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二十九の二十一

 関所、関所、関所。

 関所はありとあらゆる場所にあった。自分は道のど真ん中でとおせんぼをする才覚に恵まれていると信じた人間なら誰でも関所をつくることができたのだ――収入の半分を独裁者に納めると約束しさえすれば。地方政府、陸軍、ならずもの、独占商人、海軍さえも関所をつくった。ただ、関所商売も当たり外れが激しく、かなりの関所は採算が取れず、世界が不細工な子どもを見捨てるように独裁者の子分たちもまた赤字の関所を見捨てていった。

 今、扇の目の前にある関所もそういった関所の一つで無人の門から網代壁が目の届く左右のどこまでも広がっていた。腰の高さの網代壁は山肌を上って、稜線をまたぎ、谷を下り、森に隠れたかと思うと、川を横切り、平野を分断し、途中、他の関所が立てた粗末な垣根と戦いながら、国境へと消えていった。関所の持ち主は新撰組の元隊士で、鳥羽伏見の戦いで敗北から一時隊を離れ、上野戦争の後、五稜郭で合流し、その勝利まで戦い抜いた。蝦夷共和国では陸軍奉行の職を提示されたが寒いのが苦手ということで、妻子を連れて故郷の伊予に戻ろうとしたが、どういうわけかその途中で寄ったビゼン国で関所の商売を始めることになった。関所はなかなか儲かり、十七カ所の関所からの通行税で左団扇だったのだが、関所破りを通すまいと、どこまでも網代壁をつくっているうちに、関所をやるより網代を売るほうが儲かりそうだと思い、そっちに鞍替えして成功、巨万の富を築いた。網代壁一枚を売るたびに五厘の税が懐に入ったことに気を良くした終身頭領がこの元隊士を呼んで、何か望みのものはないかとたずねた。

「たとえば、帯刀を許してほしいというのなら、それも許可してやるぞ。国家への貢献を記念してだが」

「まあ、刀もいいけど、おれの場合は槍だな」

「槍?」

「そう。槍」

 こうして、かつての新撰組十番隊組長、原田左之助はビゼンにて網代と槍の穂という決して交わることのなさそうな二つの製造業を牛耳ることになった。

 だから、扇たちが破れた関所の先で見つけた町を長船千軒と勘違いするのも無理はなかったのだ。そこではあちこちで刀鍛冶が風鈴のような音を立てながら網代屋根の下で真っ赤に輝く槍の身を打ち、『どこそこのかみ』『備州住人何某』と銘の入った槍の穂が表通りに堂々と売られていたのだから。加えて、その町は石垣で切った水路が縦横無尽に走っていて、そのどこか浮世離れした街景もまた長船千軒らしく見せていた。扇は長船千軒を見る前からそこが刀鍛冶をはじめ産業時代に忘れ去られた古き良きものが詰まった宝箱か何かだと思っていたのだ。

 てっきりここが長船千軒だと思い込んでいた扇は泰宗の姿を探した。

「あいつはたぶん水路のそばにいるはずだ」

「なんで、そう思うの?」

「この陽気なら、よく冷えた麦酒ビイルを欲しがる」

 確かに埃っぽい初夏の道には縄が結ばれた杭が打たれていて、澄んだ冷たい流れのなかに十二本の麦酒壜ビイルびんを納めた箱が沈んでいた。人は喉が渇けば、水から壜を引っぱり上げて、麦酒ビイルをあおることができた。そのため、町にはほろ酔いの人たちと、ほろ酔いの人たちがうっかり口をすべらせ終身頭領の悪口を言わないかと待っている出来高払いの密偵たちが大勢いた。だが、うわばみの泰宗はなかなか見つからなかった。そのうち、水路沿いを調べるなら、舟に乗るのが早いと気づいた扇は桟橋につないである網代編みの屋根を差した小舟を一艘雇うことにした。

「のせてやってもいいが――」筋骨隆々とした背の高い船頭が言った。「ちょいと棒を構えてみてくれるか?」

「棒?」

 扇は渡された棒で水の底をつついた。

「そりゃ船頭だ。そうじゃなくて、槍みたいに構えてみてくれ」

 言われた通り、腰を拳一つ分下げて構え、左手は棒の真ん中から拳一つ分先のほうを握った。体に勢いを溜め込んだその構えはそれを解き放つや否や、体が中世の投石機に投げられた岩の塊みたいに飛んでいき、敵の顔、肩、腕へ螺旋打ちのきついのをお見舞いすることができた。

「よし、気に入ったぜ。三人とものりな」

 船頭がこの町の立役者であり、秘密警察の暗殺部隊ですら手を出しかねている元新撰組十番隊組長原田左之助だったとしても、扇は驚かなかった。虎兵衛だって経師ヶ池でしょっちゅう舟を漕いでいる。一つの町の中心人物というのは舟遊びを好むものなのだ。

 ただ町というものはある程度の下地として産業が成り立つと独り立ちしてしまい、もう立役者にできることはなくなる。一つの町をつくりあげた人々のほとんどはそのころには老齢で隠居生活に入るのだが、原田左之助は四十前の男盛りだったので、何かしたくてたまらなかった。最近凝っているのは船頭のふりをして、気に入った旅人を屋敷に連れていき、その昔、やれるもんならやってみろと言われてやってみた切腹の真一文字の痕を見せつけてやり、朝まで飲み明かすことだった。

「こいつを御覧じろってんだ。おれの腹ぁ金物の味を知ってんだ! おい、扇の字、見てみろって!」

 一つの町の中心人物になるものはみな、なぜか扇のことを〈せん〉と呼ぶ。飲み慣れぬ酒にぼうっとしながら、扇はその理由を考え、そのうち〈扇の字〉からウかんむりを取ると〈扇の子〉となり、〈扇子せんす〉となることに気がついた。謎を解く鍵はウかんむりにあったのだ。

「そんで、あんたらはどんな悪さして、神戸湊を追われたよ? ここらへんに来るのはみな終身統領を怒らせて、長船千軒へ逃げる途中ってやつばかりだ」

「ここは長船千軒じゃないのか?」

「なわけねえだろ。ここは十綱とづなってんだ」

「だが、あちこちに刀鍛冶が――」

「あれはみな槍をつくってる。長船千軒はまだまだ先だ。そうだ、いいこと思いついた。あんたらが長船千軒へ逃げるわけを教えてくれたら、案内をつけてやるよ。で、どんなことしでかした?」

「終身統領を斬った」

「そいつぁすげえ」

「正確にいうと、おれに後ろから斬りかかって、それを避けたら勝手に刀の破砕機に落ちていったんだ」

「ざまあみろってんだ。あのハゲダルマ。十綱が栄えたのを見て、面白くなくなったのか、おれから槍を取り上げようとしやがった。どのみちやりあうことぁ決まってたし、死んで当然の野郎だから、気に病む必要はねえぞ」

「別に気に病んだりしていない」

「あんまり気に病まなさすぎるのも問題なんだがな。昔、まだ新撰組ができて間もないころ、長州の密偵が隊にまぎれこんでるから斬れって近藤さんに言われて、そいつを斬ったんだ。そいつ、色白で娘っ子みたいなやつで門の前でボーッとしててよ。それを背中からぶった切ったんだが、うまい酒を胃の腑に流し込んだような妙にいい心地になってきて、ガキみたいにはしゃいでたら、近藤さんにこってり絞られた。でも、今思えば、あれは長州の間者なんかじゃなくて、何かの妖物だったのかもしれねえな。おれもさんざん斬ってきたけど、あんなワケ分かんねえ心地になったのは後にも先にもあれ一度きりだ。近藤さんが喝を入れてなかったら、今ごろおれは妖気に当てられて人斬りの化け物になってたかもしれねえ」

「うん」

 扇にはもうこれ以上長い文をつくることはできなかった。原田左之助と斬り姫が斬人歴を競ったり、クチバシ先生が裸踊りをしようとしていたような気がするが、すでに畳に丸まって横になっていた扇にはどうでもいいことだった。

 ただ、扇の頭のなかで、ひとつの約束だけが――、

「よーし、約束だ。明日、一番いい案内人をつけてやる!」

 寺の鐘の音を内側できくみたいにガンゴンガンゴンと繰り返し鳴り響いていた。

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