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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第二十九話 是永の扇と刀狩りの国
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二十九の十九

 蔦嶋つたじま中将は国立宮殿に集まった閣僚たちの様子をじっと眺めていた。内務卿はすっかり跡取り気取りでこの国を手に入れたつもりになっていて、陸軍卿は先をこされたことを悔やんでいるようだった。海軍卿と法務卿は終身統領が死んだことがまだ信じられず、こうして閣僚会議で後継者を決める会議をしているところに飛び込んできて、忠誠心に劣る閣僚を手打ちにするつもりではないかと疑心暗鬼だ。官房長や外務卿、他の閣僚も似たり寄ったりで、閣僚のなかで最高齢の宗務院長官は相変わらず居眠りをしている。

 だが、終身統領が〈レンゴク〉で刀の破砕機に落ちて死んだのは間違いないらしい。ろくな死に方はしないだろうと思っていたが、事実その通りになった。

 蔦嶋中将の関心は常備軍総司令官として戦争をさせてくれるかどうかだった。戦争さえさせてもらえば、誰が上に立とうと文句はない。彼は長船千軒への侵攻計画を何度も上伸したが、終身統領はカネがないだの何だのと言って、許可しなかった。イギリス帰りをひけらかす内務卿はきっと自分の子分の内務官僚を引っぱり上げることばかりにご執心で蔦嶋中将の作戦計画など見向きもしないに違いない。

 ガス灯シャンデリアの下で濃い珈琲を飲みながら、真夜中の会議は進んでいくが、蔦嶋中将はすでに会議への関心を失っている。四個旅団からなる侵攻軍はすでに編成済みなのに、指導者たちの臆病さから延期が続いている遠征のことを思うと、胸が痛んだ。戦時編成にされたまま放置された軍ほど彼を悲しませることはなかった。磨かれた銃剣は曇りはじめ、イギリス製砲術機関には蜘蛛の巣が張り始めている。そんな悲しみをよそに内務卿は集まったお偉方相手に演説をしていた。

「偉大な終身統領閣下の亡き後、我々閣僚に課せられた責務はビゼン国の秩序を維持し、万民の幸福を追求することである。万民の幸福は秩序のなかにあり、良識ある人々は〈谷〉にはびこる無政府主義の排除を望み、終身統領閣下はそのために御身を捧げ、不幸な最期を遂げた。ここに集まった貴顕紳士のなかに、ビゼン国憲法第三十一条によって規定されている非常時の権限移管によってわたしが暫定的にビゼン国の終身統領代理を務め、この国を率いていくことに異存のある方はないかと思うが――」

 そこで内務卿の言葉が止まった。閣僚たちの目線を追ってみると、そこには死んだ終身統領のお気に入りの宇喜多大佐が立っていた。賊に肘から斬り飛ばされた右腕には包帯が巻かれているらしく、折りたたんだ袖のなかで膨らんでいる。そして、左手には抜き身の刀――瑞典是永二尺二寸六分。

「宇喜多大佐」と内務卿は自信たっぷりに言ったが、どうやら刀が見えていないらしい。「わたしの記憶が正しければ、あなたに閣僚級の緊急会議に出席するための権限はないはずですが?」

 それが内務卿の最期の言葉になった。首がテーブルへころりと落ちて、天井のシャンデリア目がけて間欠泉のように血が噴き出すと、文官たちがヒイッと声を出して怯えた。なかには失禁したものもいるようだ。

 大きな口髭を撫でながら蔦嶋中将はおかしくて笑いそうになった。ここにいる連中はみな誰かが百人単位で銃殺刑になっているおかげで今の地位にいられるのにたった一人の首が刎ねられただけでこの有様では先が思いやられるではないか。

 会議室の三つの扉が一度に跳ね開けられ、兵士たちが雪崩れ込んできた。機関騎兵銃カービンには細かい刃が縁にずらっと並んだ見覚えのない銃剣が二点固定されている。独裁者の新しいおもちゃだが、付属の小型蒸気機関は何のためについているのだろうか。あんなものがついていては銃身が重くなって狙いをつける邪魔になる。

 蔦嶋中将が銃剣をじっと眺めているあいだ、宇喜多大佐は権力の継承について簡潔に述べた。終身統領制度を廃止して、複数人の執政からなる最高評議会がビゼン国を統治する。

 一見、独裁から遠ざかったように見られるが、その執政のなかでも代表的な立場に立つのが宇喜多なのだろう。別にそれはいいが、船頭が多すぎて船がもたつくのでは困る。宇喜多が異議のあるものはいるかとたずねたので、蔦嶋中将が手を挙げた。

 兵士たちの殺気に満ちた視線を無視して、

「長船千軒にはいつ攻め込む?」

 と、ぶっきらぼうにたずねた。

 すると、今や執政代表となった宇喜多は上品に微笑みながら、

「すぐにですよ、将軍。用意ができ次第、出陣してもらいます。というのも」と、宇喜多はそばの兵士の銃剣を指した。「この刀、西洋剣に続く第三の刀剣に関する実戦での有効性をはやく確認したいのでね」

 宇喜多が軽くうなづくと、兵士たちは首のない内務卿の死体に襲いかかった。蒸気機関が甲高く鳴きながら、銃剣の縁に並ぶ細かい刃が回転し、死体をズタズタに切り刻んでしまった。文官たちがまた怯えた声で腰を抜かし、法務卿が吐いた。

 蔦嶋中将も人間がバラバラになるのを見るのはこれが初めてではない。砲弾や牛裂きでバラバラになった人間を見たことはある。だが、いま行われている解体作業は常軌を逸しているほどに残酷で無残だった。

 その残酷で無残な銃剣を装備した兵士たちを率いて、長船千軒へ攻め上る。

 蔦嶋中将は笑みで顔を歪めながら、心からの忠誠を宇喜多に誓った。

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