二十九の十八
「第三の刀剣って何なんですか?」
真鍮の排水口へ大声で話しかける。
「やつらは何も分かってないって言ってましたけど、いったいどういうことなんです?」
――知らんよ。わたしも何も分かっていないんだから。
「それでどうやって相手の企てを止めるんですか?」
――それが分かってれば、こんな牢屋にぶち込まれてなんかないさ。
「仰せいちいちごもっとも」
――ところで、寿くん。外の様子に気づいてるかい?
「あー、なんか物騒な物音がきこえてきますね」
そうなのだ。何かが爆発したり、ネジを入れた鉄鍋が坂を転がり落ちるようなけたたましい音がきこえ、そこにかすかだが刀が人間の肉と骨を切る、ずぶり、ばちん、という音が混じっている。この牢屋だってときどき鉄球でもぶつけられたのかと思うくらい激しく揺れることがあり、そんなとき寿は煮凝りの上に立ったようになってよろける。
「どこかの命知らずが独裁者の持ち物にちょっかい出してるようですね」
――ここの扉も開けてくれればいいんだがね。
「第三の刀剣のことですけど」
――なんだね?
「玉鋼を嫌って南蛮鉄を使い、大きな蒸気機関に焼き刃を打たせる是永さんのことだから、工場で大量生産できるよく切れる刀が第三の刀剣なんじゃないですかね?」
――初めはそれも考えたが。
「が?」
――これは刀を打つ身にしか分からないことだが、どんなに機械化しても鉄を異国から取り寄せても、刀をつくるという行為は霊力の影響を免れることはない。
「うん?」
――きみは半神半人だから分からないだろうが、我々人間の刀鍛冶が刀を打つとき、そこには確実に神がいる。
「まるで〈小鍛冶〉の稲荷さまですね」
――あの謡曲はなかなか鋭いところをついている。第三の刀剣は機械と鍛冶の神、その二つが融合したものじゃないかと思っているんだ。
「機械と神さまの融合? どんなものが出来上がるのやら」
――それをやつらは知らないまま、つくろうとしている。刀鍛冶として、何が何でも止めなければならない。そのために長船千軒の刀工たちの力を借りれないかと思っていたのだが。
「捕まっちゃったと」
ずずん、ずずん。
また轟音がして部屋がぐらぐら揺れた。壁にかけてあった鳥の絵が落ち、真鍮の排水口からは耳障りな金属音がしてきて、それっきり会話ができなくなった。
退屈だなあ、とあくびをすると、寿の敏感な鼓膜は小さな釣り針で将棋の王将を立てようとするようなせせこましい音がとらえた。それは鉄格子がはまった扉からきこえてくる。誰かが寿の部屋の錠前を破ろうとしているのだ。
「扇、キミなのかい?」
だが、錠前破りは返事をしない。この部屋は外こそ見られないが、音についてはよく響く。寿の問いかけも外にきこえないわけはない。ということは、外にいるのは扇ではない。とはいえ、牢屋の見張り番でもない。それなら鍵を使って扉を開けるはずだ。この流血の巷で天原白神神社のお使いに用がある人物というのが誰なのか、興味が湧かないと言ったらウソになる。ただ、この錠前破りはあまり鍵の解錠が得意でないらしい。さっきからずっとカチャカチャやっているが、鍵は開く気配を見せない。それどころかついにパキン!と何かが折れた。解錠用の細い鉤が折れて、鍵穴を塞いだのだ。これで本物の鍵があっても、この扉は開かなくなった。
さあ、相手はどう出るか? 寿としてはここから出たいのであきらめず何とか方法を見つけて、入り口を開けてもらいたいと思っている。だが、導火線のしゅうしゅう鳴る音がきこえてくると、寿はベッドを引きずって横倒しにして防壁をつくり、その上から二枚の布団をかぶせた。来たるべき爆発に備えて、即興の防御陣地に横になると、目をつむって、舌を口のなかで巻き、数を数え始めた。ゆっくり数えたつもりだったが、実際はかなりはやく数えたので二十六まで数えたところで扉が吹き飛んだ。ベッドの防壁から顔をのぞかせると鉄格子はきれいさっぱりなくなって、向こうには通路が見える。その通路の手摺はフランス人の商館があちこちに配った見本とそっくりでかなり中世に近い画風のイルカが口から水を噴き上げている鋳鉄細工がのっていた。
通路に立っているのは見覚えのない少女だった。これまでの寿の人生で大勢見かけた任務遂行第一の子どもの特徴が全部現れていて、精悍な顔つき、短く切った髪、細く締まった体、喜怒哀楽のうち怒と哀が少し出るくらいの表情と不足はない。赤い袖なしにぴったりとした鎖帷子のくノ一姿ではあるが、腰に差しているのは忍び刀ではなく白銀作りの太刀だ。それを英国式の軍刀吊るしの革具で吊るしている。
まあ、せめて礼の一言でも言わねばなるまいと外に出ようとしたところ、危うく奈落の底に落ちそうになった。。というのも、寿と是永が閉じ込められていた部屋は工場のなかで宙吊りになっていたからだ。すでに是永も救出されていて、白い麻の洋服から塵を払っていた。寿が通路へ跳んだ瞬間、二つの牢屋はその役目を終えて、ぶちんと鎖が切れて、カブト団残党を追いかける政府軍兵士の上に落ちていった。
「ついてきて」
くノ一に命じられ、千鶴の短刀を探したいとは思ったが、もうその機会を逸していると思い、とりあえずついていった寿と是永が見たのは、空飛ぶ忍者の古き友である巨大な角凧で、それが工場の出窓の外につながって、風を相手に呻っていた。
「これに乗るのかね?」是永はスチームハンマーで刀を撃つ自分が発動機もない空飛ぶ乗り物に命を預ける理由が分からず、少々困惑しているようだった。
「死にたくなかったら乗りなさい」
「待った。きみはどうしておれたちを助けてくれるの?」
「任務だから」
あ、これ以上は教えてくれないな、こりゃ。
少女はすでに凧をもやっている綱を解き始めている。
「是永先生。あきらめて乗りましょうか」
「これ、ほんとに落ちないのかい? 紙と竹でできてるようだけど」
「昔、人の命の値段が恐ろしく安かったころ、忍者の値段もやっぱり安かったんですが、その名残ですよ。まあ、一度経験してみると案外ハマるかもしれませんよ」
そのとき〈谷〉に大風が吹いた。淀んだ空気を洗い流し、空へ昇る煤煙の柱たちを細切れにする南風が〈レンゴク〉にぶつかるころには三人は空の旅人となり、出たとこ勝負のやや危険な方法で北へ北へと流されていった。




