二十九の十七
悲鳴にも似た急ブレーキで車輪から火花が散り、装甲列車は独裁者の顔からほんの三寸のところで停車した。すると、待機していたカブト団がいっせいに列車に襲いかかり、優勢な火力を生かすこともできないまま、兵士たちは叩き斬られた。士官用の豪華なプルマン車には斬り殺された士官と暗殺部隊の隊員たちがごろごろ転がっていて、天井にまで返り血が飛び散っていた。
「これでギリシラズはおれたちのもんだ」傳次郎が部下に向かって吠えた。「この野郎はさんざんおれたちの頭の上に砲弾をふらせておどかしやがったが今日はこいつを〈レンゴク〉にぶち当てて、イカレた独裁者に目にもの見せてやる」
団員の士気は天を突くがごとく跳ね上がり、列車は独裁者の顔をひっちゃぶいて、一路〈レンゴク〉の巨大な工場群へと走り出した。扇は装甲板が鋲で固定された窓を開け、改めて独裁者のおもちゃ工場を眺めた。丘一つがまるごと兵器工場になっていて、途方もなく大きな天秤のような構造物が右に左にと傾き、数百を超える小さな足場で作業員が注油器を片手に兵器製造機械の機嫌を取っている。〈レンゴク〉側ではギリシラズの異変に気づいたらしく、鋼鉄の扉で駅の入り口を閉ざし始めた。にもかかわらず、〈レンゴク〉はどんどん加速していく。それもそのはずで三両の機関車では団員たちがこれで最後とばかりに景気よく石炭をぶち込んでいた。カブト団員たちが死の大突撃を敢行するつもりだと分かった扇は一ポンド砲の砲塔のなかに飛び込み、狭い砲殻のなかで足を突っ張って背中を鋼鉄の板に押しつけ、マスクを外すと、舌を噛まないよう、革ベルトを噛んだ。
ほんの数秒気を失った。意識が戻ると、列車は真横に倒れていて、扇はプラットホームに放り出されていた。背中の傷は開いていない。あたりで終身統領親衛隊とカブト団が刃を斬り結び、首が皮一枚でつながっただけの親衛隊員があちこちに転がっていた。
親衛隊員が一人、扇に斬りかかった。自分がここに来たのは寿の短刀を取り戻すためであって殺戮の片棒を担ぐためではないと気づいたころには扇のサーベルは相手の剣を弾き飛ばし、心臓を串刺しにする直前だった。扇は刃をぴたりと止めて、
「寿の短刀だ。どこにある?」
「し、知らない。集められた刀は全部廃棄装置に運ばれる」
「廃棄装置?」
「か、刀を第三の刀剣に作り変えるための装置だ」
親衛隊員は独裁者のそばに仕えるだけあっていろいろ知っているようだ。瑞典是永の居所も知っているかもしれない。
「是永は? あれもそこにあるのか?」
「ち、違う。是永は第三の刀剣をつくることに協力するまで監禁されている。場所は――」
コロリと首が落ちる。後ろでは西洋風のお仕着せに似たドレスに例の半分の仮面姿の斬り姫がたったいま斬った親衛隊の血を袖で拭っているところだった。
「おい、こいつは是永がどこにいるのか知ってたんだぞ」
斬り姫は肩をすくめた。
「そんなの関係ない。こいつ、敵だもん」
この馬鹿、と思ったが、もう深くかかわらないことにした。カブト団は〈レンゴク〉の政府軍や暗殺部隊を撫で斬りにするつもりらしいが、こっちにはこっちで目的があって動いている。
巨大な鉄の塊が動き、別の鉄の塊を打つ。赤く燃える鉄が流れて固まる。こうしたものをつくるのはギリシラズ以上の金がかかるのだろう。あちこちで蒸気を利用した警報が鳴った。あまりにも耳障りなので、排気バルブを見つけるたびに扇はそれをゆるめたが、一つの警報を止めているあいだに十の警報がどこかよそから響いてくる。巨大な工業機械はきっと是永も好むところだが、それでも拵えを外し、刀身のままベルトコンベアーに運ばれ、巨大なアリジゴクに似た破砕機でバラバラになっていく刀を見れば、是永も心を痛めることだろう。扇だって、その有様を見て、これは間違っている、と強く憤りを感じた。ほとんどは束打ちだろうが、なかには長船派の業物、下手をすると古備前の太刀だって、このなかに混じっているかもしれないのだ。刀を第三の刀剣に作り変えると、あの親衛隊は言っていたが、いま、なすすべもなく破砕されていく刀剣以上のものができるとは到底信じられない。
いろいろ義憤に駆られていたので、扇としたことが後ろにサーベルをふりかざした敵がいることに気づくのが遅れた。その刃風が頬をかすめ、扇は咄嗟に左にかわした。相手は欄干にぶつかり、そのまま前のめりになって、
「あっ」
と、一声上げると、太った男は眼下の破砕機に落ちていった。
凄まじい断末魔が上がったが、すぐバキバキバキと刀剣もろとも砕かれてしまう。
「あまり下を見る気はしないな」
異物を感知したのか、破砕機とベルトコンベアーが停止した。ひどい有様だろうと思って、破砕機を見るが、太った男はすでに破砕機の奥深くへと巻き込まれたらしい。血の一滴だってそこには残っていなかった。
「さて」
どうしたものか。ベルトコンベアーは止まったが、そこには刀、脇差、小太刀、短刀がごろごろしていて、どれが寿の短刀か分からない。そもそもその刃文だって見たことがないのだ。瑞典是永なら分かる。長いこと使っている。だが、これだけの刀から一本一本確かめる時間はなさそうだ。
砕かれた刀は鋼鉄のパイプを通って、別の工場へと運ばれていく。そちらへ行く道は閉ざされていたが、工場の入り口付近にガラスの箱に入った奇妙な剣があった。小銃につける銃剣なのだが、その刃は細かいジグザグでありノコギリのようだ。いや、実際これは回転ノコギリの一種なのだろう。銃剣にはやや大きすぎる蒸気機関が付随していて、そこから動力を得た銃剣は刃を刀身上に走らせることができる。これが第三の刀剣らしい。
「景気悪い顔してるわね」
見ると、マスク姿のクチバシ先生がやってくるところだった。
「あんたか。そっちは? 医院を立て直す金は手に入りそうか?」
「カブト団の連中はダメね。相手を斬り捨てることしか考えてない。あなたの刀は見つかった?」
「いや。あの量だ。普通にやったんじゃ一年はかかるし、もう破砕機にかけられてるかもしれない」
「なんかごめんね」
「いや、あんたが謝る必要はない」
「でも、わたし、あれからずっと考えてたんだけどね。なんで、あのとき、宇喜多はわたしたちを見逃したのか? 正直、刀一本と引き換えに命乞いを受け付けるようなやつじゃないのよ」
「やけに詳しいな」
「昔、付き合ってた」
「本当か?」
「昔よ、昔。これ、内緒だからね」
「でも、よくあいつと、その……」
「昔はそこまで悪いやつじゃなかったのよ。出世欲っていうか大きなことをしたいっていうのはあってもね。それがだんだんやなやつになっていって、で、別れたんだけど、その後も、あいつはどんどん元のあいつからかけ離れていって。で、さっきの話だけど、最後のほうのあいつはなんでもかんでも策略ずくめだった。で、あのとき、あんたたちを捕まえずに生かしておいたのも、何か裏があるんじゃないかと思って」
「裏、か――ああ、そうか。ひょっとすると」
「なに?」
「あいつは終身統領を死なせて後釜に座るつもりかもしれないな。それでおれが使えるかもしれないと思ったんだろう」
「でも、いくらあなたでも一国の独裁者を葬り去るなんて簡単にできる?」
「実はさっき上から破砕機を見ていたら、太った男に襲われた。相手の斬撃をかわすと、そいつは勝手に破砕機に落ちていったんだが、あれが――」
「終身統領?」
「そうだ。たぶん親衛隊が全員やられて一人で逃げ回っていたんじゃないか?」
クチバシ先生は手を顎にやり、考えた。
「――それが本当ならまずいよ」
終身統領を片づければカブト団は用済みなのだ。いまや、宇喜多率いる千人あまりの精鋭兵が例の回転ノコギリ銃剣をつけて突撃していた。ほとんどの団員は一斉射撃に倒され、兵士たちは瀕死の団員の首を激しい機械音を鳴らしながら、丸太でも切るように切り落としていく。
「探し物は見つかったか!」
と、ききながら、傳次郎は敵兵の突きを巻き上げ、胸へ剛刀を貫き通す。
「いや」
スパン! 手の甲で殴るような横払いがノコギリ銃剣を掲げた兵の頸を刎ねる。
「ところで、斬り姫は死んだのか?」
「当て身を食らわせて気絶させただけだ。そのことで――」ズブッと鈍い音が立ち、また一人敵兵が斃れる。「頼みがある。こいつと先生を連れて長船千軒へ逃げてくれ。先生が脱出手段を見つけてくれてるはずだ」
「逃げるのは構わないが、あんたの妹は」と、突きを三つ、敵の胸に浴びせる。「気がついたら、絶対面倒なことになる」
「気が乗らないか?」
「気が乗らない」
今や扇と傳次郎は背中合わせに回転ノコギリに囲まれていた。
「あいつもよそさまから見れば殺人鬼。それは否定しないが、それでもかわいい妹なんだ」
「努力はするが、たぶんあんたの妹は敵討ちにとんぼ返りしたがるはずだ」
「そのときはこれを渡せ」
傳次郎は鞘から笄を抜き取った。黒い鋼で何の模様もなく、これまで見たことがないほど武骨な笄だった。
「これを渡した相手の言うことをきくよう普段からいい聞かせてる」
「そんな言いつけを守るタマなのか?」
「正直な話――」兜のなかから笑いがこもる。「やってみないと分からない」
と、言い終わるや、傳次郎は飛び込んだ。たちまち二人の兵士が血飛沫を上げながら倒れる。同時に傳次郎のバケツ兜が吹き飛んだ。長い髪がばさりと流れ、思ったより子供っぽい顔をした若武者が叫ぶ。
「行け!」
扇はサーベルを投げつけた。兵士の胸を貫く。咄嗟の発砲は狙いが上に向いていた。扇はさらうように斬り姫を抱きかかえると、唯一の逃げ道である階段へと走った。散々斬り合った後、斬り姫を抱えて階段を上るのは息が切れた。一番上の踊り場にクチバシ先生のフロックコートが見えた瞬間、扇は背中に激痛を覚え、思わず膝をついた。
(傷が開いたな)
よろめきながら立ち上がると斬り姫の脇の下に腕を入れて引きずるように階段を上った。斬り姫のブーツのかかとが階段の踏み板にぶつかってガンガン音を立てていた。
そこから先のことは記憶があいまいだ。消耗が激しく倒れる寸前だった。足場は〈レンゴク〉の高い空に開いていて、そこでクチバシ先生が滑空式飛行機を格納庫から引っ張っているのが見えた。
「ほら、これに捕まって!」
どうやって斬り姫をこれに乗せるのだろう? と、不思議に思いながら、扇はダ・ヴィンチ翁がモナ・リザを描く途中休憩で思いついたような頼りない骨組みの飛行機に命を預け、それと同時に意識を失った。




