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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第二十九話 是永の扇と刀狩りの国
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二十九の十一

 地下道の死体が見つかったかと舌打ちしたが、原因は門のほう、強襲をかけてきたカブト団だった。

 水蒸気爆発が起きて、数人のツルギ党員と暗殺隊員が壊れたピストンみたいに横たわった。白い蒸気の壁から兜に日本刀を持った男たちが現れた。古式ゆかしい鍬形付きの兜から西洋風の犬面の面頬がある兜まであらゆる兜の緒をしめたカブト団員たちは爆発の衝撃からまだ立ち直らず、横になっていた連中に刃の雨を降らせて地獄に送り、反撃してきたツルギ党や暗殺者には刃を連ねて、激しい戦いを繰り広げた。そのなかでも、特に目立ったのは――、

「きゃはははは! 斬れる斬れるキレる! アハハハ!」

 と、笑う少女の壮絶さだった。白い顔の右半分が黒い鋼製の仮面に隠れていたが、人を斬った喜びは半分だけの顔で十分に表れていた。ふるう刀は当然といえば当然だが、長船派の業物。少女が刃をふるうたびに人の首がゴムまりみたいにポーンと飛び上がる。

 二連式汽笛が甲高く鳴り響く。ギリシラズが動き出したのだ。宇喜多大佐はすでに列車に乗ったらしい。標的から目を逸らすなんてヤキがまわったと思いながら、疾風はやてのように駆け、何とか最終車の足場にしがみついた。巨大な臼砲が鋼鉄のナメクジみたいに車体の上に横たわり、その砲塔操縦室の鋼鉄の小窓には鋼鉄の筒が突き出ていた。筒のすぐ下には電気式の発火装置があり、筒そのものからは石油がポタポタと垂れていた。扇はその物騒な火炎放射筒を踏みつけて、列車の屋根に登った。

 ギリシラズはカブト団の連中に飛びつかれる前に駅から抜け出した。機関車のピストン・ロッドが西班牙イスパニアの闘牛の鼻息みたいな音を立てながら、〈レンゴク〉兵器工場へと突き進みつつあった。思えば、出発寸前の機関車ほど人間に焦りを感じさせるものはなく、別にそれほど時間が切迫していない旅行家でも、ゆっくり動き始めた汽車を見ると、つい、急いで走って飛びつこうとする。扇もその口なわけだが、これからどうするのか、さっぱり考えていなかった。独裁国家最大の兵器工場となれば、警備は厳重で殴り込みをかけるにはちょっとした軍隊が必要だった。また、ギリシラズそのものに乗っている連中や暗殺隊員、それに武器の数々もまた一人で相手をするには手強すぎた。

 もし、扇が装甲列車の屋根に腹ばいになり、耳をぴたりとくっつけていれば、菜をこわい束にして一息に切るような音が幾度もきこえたはずだ。扇の足の下ではカブト団襲撃隊の生き残りである、あの少女が心からの愉悦とともにツルギ党員たちを斬って斬って斬りまくっていた。黒い水兵風のドレスに血が跳ね散った白のストッキング姿の、良家のお嬢様風のこの斬殺鬼は一人を屠るのに最低三太刀は浴びせぬと気が済まず、一撃で絶命してもなお、倒れるまでのあいだ、いや倒れてからも刃を浴びせた。扇と少女は屋根の上と下からほぼ同じ速さで前にあるプルマン車を改造した司令官車両へと向かっていた。そこでは宇喜多大佐がセイロン茶を飲みながら、ビロードの椅子に深く腰掛けて、侵入者を待ち受けていた。その佩刀は光忠作の太刀三尺二寸の大刀で既に抜き放たれ、用命があるまでは仮眠用のベッドの上に横たわっていた。扉が開き、市街戦用迷彩を施した暗殺隊員がよろつきながら現れたかと思うと、次の瞬間、つんのめって倒れたが、その肩からは首が跳んでいた。

「見ぃつけた」と、少女は口の端を歪ませて笑い、宇喜多大佐に下段から擦り上げるように斬りかかった。大佐の光忠太刀がそれをとらえ、巻き上げようとしたが、少女はすぐ後ろに跳び、柄を顔へ引きつけて切っ先を伸ばして霞の構えを取った。だが、大佐の喉元へ向くはずの刀身は消えてなくなり、見れば、折れて天井に突き刺さっていた。

 くそっ、と扇は舌打ちした。突然、業物の切っ先が屋根から飛び出してきて、左の踵を縫いつけられるところだったのだ。下で斬り合いをしているらしいのは分かったが、どちらかが刀を失ったとみていいだろう。それが宇喜多大佐ならいいが。扇は袖のなかに隠していた鉄線を引き出すと、司令官車両の小型厨房から伸びる煙突にそれを巻きつけて、列車側面へと飛んだ。上縁を半円に切り、紫のカーテンの束を左右に縁どらせた水晶硝子のなかで宇喜多大佐が例の少女を追いつめていた。脇差一本で相手の大太刀を防ぐ一方で戦い方に余裕がなく、表情も愉快さが消え去って、恐れとも怒りとも取れない不思議な感情を目にたぎらせていた。

 扇が窓を蹴破ってなかに飛び込んだのは、少女の脇差が弾かれ、宇喜多大佐の大太刀が少女を頭から真っ二つにしようと振りかぶったところだった。扇の体は少女と大太刀のあいだに入り、扇は背に鋭い痛みを覚えた。だが、そのまま振り返り際に放った抜き打ちが宇喜多大佐の利き腕を肘から斬り飛ばした。

「この勝負、あずけた!」

 扇の言葉に宇喜多大佐は蒼ざめ汗が垂れる顔を歪ませて笑い、うなずいた。

 暗殺隊員たちが十人ほど、司令官車両に雪崩れ込んだころには扇は少女を抱えたまま、反対側の窓へと体当たりし、飛び散ったガラスとともに〈谷〉を切り分ける川へと落ちていった。

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