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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第二十九話 是永の扇と刀狩りの国
569/611

二十九の五

 オライオン氏はベルトに二丁の六連発銃リヴォルヴァーを差し、改造したラッパ銃ブランダーバスを革のベルトで右の脇からぶらさげ、その上に裾が地面をかする塵除け外套を着て、銃をすっぽり隠してしまった。このアイルランド独立の闘士は機関騎銃マシン・カービンを腰だめに構えて、赤服のイギリス兵目がけてぶっ放しながら、ダブリンじゅうを逃げまくったのだ。経験は優勢な火力が厄介事の大半を解決することを知っていた。六連発銃リヴォルヴァーはコルト社が陸軍に納入したもので、南軍兵士ジョニー・レブ、スー族、メキシコ人の頭をスイカみたいに吹っ飛ばすために大口径弾が発射できるようになっていたし、ラッパ銃ブランダーバスは十八世紀にロンドンの陸軍工廠タワーで製造された骨董品だったが、小型蒸気機関を搭載することで夢のような霰弾連射が可能になっていた(そのかわりに銃の重さも二倍になり、鉄の寄生虫に取りつかれたみたいに見栄えが悪くなった)。さらにオライオン氏は山高帽のなかに爆弾を仕込んでいて、蒸気自動車が舗道の出っ張りを踏んでガタンと揺れるたびに扇はその不安定な信管が作動しないかと肝を冷やした。

 道服の代書屋が運転する蒸気自動車は買った部品が少し、盗んだ部品がたっぷり、自作した木製部品がどっさりの代物で代書の仕事が少ないときは、この自動車を辻蒸気タクシーとして走らせて、その日の酒代を稼いでいた。裏道をいくつも知っていたし、万が一官憲の車に追いかけられても、この車両の後尾には紐を引っぱれば作動する煙幕装置があったので、捕まる心配はなかった。

「いったいどこに連れて行く気だ?」扇は窓から顔を出し、馭者台の代書屋にたずねた。

「下町のはずれに厳福寺げんぷくじって寺がある。江戸幕府があったころはそれなりに栄えていたんだが、今じゃ破れ寺で乞食や博徒、犬神人いぬじにん娼婦つじきみが住み着いてるんだが、そこで相手から十本ほど刀を見せてもらって値段を決める。前金が支払われ、残りの金はブツを船にのせて、湊を出たら払う」

「相手は信用できるのか?」

「できないからあんたらを連れて行くんだ。だが、まあ安心しろ。厳福寺の住人たちが自分の住処を板で区切ってな。迷路みたいになってる。だから、国家保安隊に追いかけられても逃げ切れる。運が良ければな。おっと」

 代書屋は口をつぐんだ。そばで愛国劇をかけていた劇場がはけて、安物の工場絣こうばがすりを着た学生たちがいっせいに道路へ飛び出したからだ。サーベルを持っているものは抜き身を空に掲げ、政府のヨイショみたいな演説をぶちはじめた。

「ここら辺はまだ政府のちんころがたくさんいる」代書屋は愛国者たちに笑いかけ手を振りながら小声で言った。「だが、やつらに〈谷〉を練り歩く度胸はないだろうな。独裁国家って言ったって、結局のところ弱い相手にいばりくさるのが能の雑魚ばかりで、カブト団みたいなホントにやばいやつらに突っかかるやつはいない。給料分以上の仕事はしないのさ。とはいえ、安心もできない。〈谷〉みたいなとこにだって密告屋や変装した秘密警察の密偵がいる。もちろんやつらはすげえ金をもらってる。見つかれば生きたまま機関車の釜にぶち込まれるからな」

「宇喜多公家という海軍大佐がいるだろう?」

「あいつは別格だ。終身統領のお気に入りで、大した優男だが中身は天魔のごときおぞましさだ。終身統領がやれっていえば、自分のおふくろだって銃殺刑にできるんだからな。あんたら、やつにハメられたクチか?」

「そんなところだ」

「だから、逆上して長船千軒へ行こうってわけか」

 扇がこたえるより先にレバー・ブレーキが甲高くわめいた。

 厳福寺についたのだ。おいらあ、よい、よい、さあと唄のようなものがきこえる。崩れた築地塀からなかに入ると、真っ赤な帷子の犬神人たちが唄いながら身をよじらせていた。犬神人は本来、神社の奴婢だが、街が入り乱れるところでは信仰もまた入り乱れる。かがり火が彼らの影を切り取って引き伸ばし、そこいらじゅうに気ままにぶちまけたが、庭園にいるものでそれを気にするものはいない。全身全霊で打ち込んで一心不乱にゴボウを削る老婆がいて、スルメの焙ったのをいつまでも噛みながらパンクした人力車を恨めしく眺める朦朧俥夫もうろうしゃふがいる。

 その横には竹で支えられたゴム引きした布があり、迷路が口を開けている。

「道は分かっているんですよね?」泰宗は上背のある体を少し曲げて迷路を覗き込んだ。

「え……もちろんだよ」

「六秒も間があったよ。白状するなら今のうち。おれだって神さまの端くれだからね。懺悔くらいきける」

「いや問題はないんだって。やつはえりすぐった名刀を持ってくると言った。で、えりすぐった名刀ってのは近づくと、ゾクっとするような感覚を覚える。このゾクっが強くなっていけば相手に近づいてるってことだ。もちろん、名刀からは程遠い贋作や束打ち刀を持ってくるかもしれない。そうなったら、ゾクっとしない。でも、ゾクっとしない刀なんて買ってもしょうがない。だから、目的の場所につけなくてもいい」

「何となく理屈は分かった」と、扇。「じゃあ、帰るときはどうするんだ?」

「何が?」

「出口に刀はないから、ゾクっともしないだろ?」

「んー、問題ない。迷路の壁はもろいから肩からぶつかれば倒れる。東西南北どれかの方向へ体当たりを続けていけば、いずれは出られる。どうだ、このスバラシイ脱出理論! ぐうの音もでないだろう?」

 扇はいざとなったら、別々に逃げるハメになりそうだと思いながら、ぽっかり口を開けた迷宮へ足を踏み入れた。迷路は古い衝立やナマコ板、座礁した快速帆船ティー・クリッパーから剥ぎ取った板材でつくられていて、通路は自由奔放に伸び、名刹てらの敷地を占領していた。そのうち天井まで塞がると、逆さ桶の上に乗ったランプを勝手に失敬し、洞窟のような通路を進んだ。約束の場所は古い胴丸具足を守り神みたいに据えた廊下で、くだんの汚職役人はフロックコートに山高帽の官服のままで、明らかに場所から浮いていた。刀が十本ほど壁に立てかけてある。扇が気に食わないのは天井が開いている部分から見える飛行船だ。〈蓄音機商 センダイ屋〉と垂れ幕をつけた広告船だが、なんどなく気に入らない。そんなに高い位置を飛んでいるわけではなく、機関エンジンの音がずっときこえていた。もし、相手の立場なら殺気に満ちた暗殺者を隠すためにこちらの気が散りがちになる仕掛けを使うだろう。たとえば、低空を飛ぶ飛行船とか。

 寿と泰宗も同じことを考えていたらしい。ひょっとすると、オライオン氏も。道服の代書屋だけは暢気に汚職役人と握手し、肩を叩き合いながら、まるで長年の友のような馴れ馴れしさをお互いに許していた。

 扇はコウモリ傘で隠した瑞典是永を佩び、白いシャツに吊りズボンと軽めの装い。以前、これと同じ格好でりんと土佐の浜を歩いたこともある。だが、今回は独裁国家に殴り込むということで扇なりに敬意を表して、武装と防御に念を入れた。右腕を肩から手の甲まで覆うのはなまくら刀なら軽く弾き返す鎖編みの黒手甲、その手甲の肩から革のベルトを胸の前へ通して背中に回し、棒手裏剣をそのベルトに五本、左の篭手に三本差し、左の太腿に黒仕上げの革の鞘を縛りつけ、大ぶりの苦無を差し込み、ほっそりとした長靴の内側には錐のような短剣をそれぞれ一本ずつという念の入りようで、おまけに髪を縛る紐はそのまま絞殺具になり、腰のベルトには爆薬筒が三本、それに海軍用回転式拳銃ネイヴィ・コルトが背中の側にまわした銃嚢ホルスターにおさまっている。それは産業時代の赤穂浪士とでも言おう武者ぶりだった。

 が、結局、最初にぶっ放したのはオライオン氏だった。伊達にダブリンで秘密警察セバストポルの追跡から生き残ったわけではなく、壁一枚隔てた場所で抜かれたナイフの音を耳ざとくききとっていたのだ。火薬中毒者が現れたのではないかと思われるほどの轟音とともに壁に大穴が開き、その後ろにいた二人の暗殺者は全身の骨がバラバラに砕けた状態で転がっていた。オライオン氏のラッパ銃ブランダーバスが発射しているのは霰弾ではなく圧縮蒸気だった。汽笛を上げながら、第二、第三の発射によって壁は大半が薙ぎ倒された。

「逃げるぞ!」

 扇が叫んだころには寿も泰宗も来た道へとんぼ返りするように身を翻していた。扇が後ろを見たとき、代書屋が金になりそうな刀を三本抱えて逃げる横でオライオン氏がラッパ銃ブランダーバスの機関部にポケットから取り出した赤みがかった石炭を一塊ねじ込んで、思いがけず遠き異国の地で政府のイヌをぶち殺せる偶然に出会えたことを感謝しているようだった。扇たちをハメた役人がどこにいるのかまでは分からなかった。

 先頭を走る泰宗が迷路の壁を片っ端から薙ぎ斬って血路を開く。網代が、トタンが、帆布が真っ二つになって倒れる。それでも暗殺部隊は影のように扇たちのすぐ後ろまで迫ると、

「ここで防ぐ! 脱出手段の確保を!」

「わかりました!」

 扇は振り向きざまに暗殺者を一人斬り捨て、残りの追手と向き合った。二人の暗殺者が峰に真鍮をかぶせたボウイナイフを低く構え、是永の間合いギリギリで機会をうかがう。

 倍率切り替え用のゴーグルがビシッと音を立てた。扇の投げた棒手裏剣がガラスを貫いて目を刺したのだ。もう一人が襲いかかる。下から突き上げられたナイフが扇の刀に吸いつくようにくっつき、守りを下げたところで左手のナイフが頸を狙う。首を少し左に傾けて紙一重にかわすと、刀を逆手に持ち変えて、峰を左手で押し上げるようにして斬った。頑強なスエーデン鋼の刃が胸から顎を切り割る。すると、また順手に持ち変えて、トドメの袈裟斬りで肩口から胴を切り下げた。

 暗殺者の第二陣が来ると、扇は爆薬筒の信管を噛みちぎって、先頭を走るやつの顔へ投げる。自称扇の奴隷である火薬中毒者がアステカの神に捧げる心臓のように厳選した爆薬は扇の予想を遥かに超える爆発力を見せ、爆風で迷路の壁が周囲十間にわたって薙ぎ倒され、扇自身も爆風で転がって、吹っ飛ばされた。何とか起き上がってみると、暗殺者たちの立っていた場所には黒ずんで焦げた肉塊がいくつか転がっている。

 火薬中毒者の爆薬を使いという軽率さを自ら戒めながら、扇は壁が薙ぎ倒されて、すっかり迷路の態を失った寺の境内を走った。

 予想はしていたことだが、寺の外に蒸気自動車は待っていなかった。道服の代書屋はとっとと逃げてしまったらしい。

 ただ捨てる神があれば、拾う神もいるもので、すぐに蒸気機関が車輪を動かす激しい音とともに泰宗の声が響いた。

「乗ってください! はやく!」

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