二十九の四
瓦葺きの洗濯工場から夜勤の洗濯女たちが現れ、荷台のシーツを全部さらっていくころ、扇たちは刀を隠すのに都合のいいものを探して、怪しげな店屋通りに踏み込んでいた。寿の短刀は懐に隠せたが、扇の瑞典是永二尺二寸六分、泰宗の汽車切是永三尺二寸は着ている服で隠すのに無理があった。道の端に転がっていたゴザを巻いてみたが、ゴザは今にも崩れ落ちそうで見すぼらしい。
狭い道の上を板で塞ぎ、梨型の白熱套(ガス=マントル)をぎらぎらと輝かせた店屋通りには何に使うのか分からないもの、分かっても欲しいとは思えないもの、分かってしまったら警察へ通報する義務が生じるものが並べて売られていた。ほとんどのものは手押し車単位で売られていた。ここは卸売りの通りであり、ここで買いつけたガラクタをまたどこかで小売りし、ささやかな利ザヤを稼いでいるのだ。〈契約文書〉〈脅迫状〉〈不倫の密告〉と見事な定家流で書かれた半紙が垂れさがった区画では色眼鏡をかけ道服を着たドジョウ髭の代書屋が扇にしつこく斬奸状はいらんかねとたずねてきた。
「刀を持ってるように見えるか?」
「こういっちゃ何だが、あんたら、その隠し方じゃあ表通りを三歩もいかないうちに御用だよ。ときどき、オツムのいかれた侍がサーベル野郎を斬れるだけ斬って自害して果てるんだが、そいつらに斬奸状を書くと結構な値を取れるんだ。もう死ぬことが決まってるんだから、金など持っていても仕方がないってわけさ」
「おれたちがオツムのイカれた二本差しに見えるか?」
「うんにゃ。不慣れな旅行者ってところだな。まあ、このガラクタ通りを歩けば、刀を隠すいい方法も思い浮かぶさ」
「そうか。ところで長船千軒へ行きたいんだが――」
「おっと。おれはきかなかったことにする。気をつけな。その名前を出したが最後、反社会的病質者と呼ばれて、監獄行きだ」
素焼きのカンテラを吊るした粗末な板屋の小商いが続いた。売っているものも小さいので刀を隠すほどのものはない。大昔の選挙の貼り紙が壁に溶けかけていたが、そのなかで終身統領と呼ばれる髪の毛全部を口髭にまわしたような男がサーベルを高くかかげて馬にまたがり、その土埃から蒸気戦車の軍団が走り出す国威高揚貼り紙が千社札のようにあちこちに貼ってあった。
「こいつらはどうして刀を目の敵にしてサーベルを讃えるんだろう?」
「さあ? 品のない自己賛辞をする人の考えることは分かりません」
「すずが持ってるようなサーベル拵えの刀はどうなる?」
「それに鉄鍔に鮫韋拵えのサーベルとかね」
「おれは孫六兼元が打った料理用の鉄串を持ってるが、それもダメなのか? 独裁国家ってのは不便なもんだ」
「おれたちなんて、そんな独裁国家のために暗殺こなしてきたんだもんね」
「ひどいもんだ。今日襲った連中だって、〈鉛〉みたいなもんだ。ひょっとすると、〈鉛〉よりもひどいかもな。おれが知る限り、ヤマトで刀を持っていたってだけで殺されたやつはいなかった」
「それよりどうやって長船千軒に行けばいいんだろう? だって、名前を口にしちゃいけないんじゃ、あれあれ、あそこに行きたいって言うしかない。絶対分かりっこないよ」
「言いたいことが言えないっていうのは不便だな。そういえば、お登間をハメた馬鹿どもを叩きのめしたとき、あいつら、おれのことを言論の自由の敵と言っていたな。自由の敵っていうのは、今晩、おれたちを襲ってきた連中を言うんだ」
売り物の購入単位が手押し車から盥一つになるくらいのところで通りは人で込み合うようになった。網代壁で覆われた一画で穴あき銭を呑み込み続ける賭博機械の群れを前に坊主のお布施、学校の積立金、貯蓄会社預りの一財産が消えていく。金持ちの異人が現れると、陣笠や根付、がちがちに固まった鏡餅の切れ端といったガラクタを売りつけようとする子どもたちが十重二十重に囲い込んだ。壊れた馬車のなかで木魚を叩く坊主がいて、その隣にはガラスの器を売る若い女、伝書鳩が入った籠が床から天井まで積み上がった店ではガラガラ声の男が山師相手に商談をしている。その奥ではお化け写真の覗きカラクリを夢中でむさぼる女が膝を立てて、煙管の火口をカツカツ畳のブリキをかぶせた縁で叩いていた。
扇はガラクタ屋から壊れたコウモリ傘を買った。その棒をむしり取ると、傘の布を刀の鞘に巻きつけ、紐で結んだ。
そのうち通りをぐるっとまわり、例の代書屋のところに戻ってきた。
「そっちの若いのはうまく隠したが、こっちの大物は隠すには大きすぎるなあ。今日日、太刀を吊るすやつなんていないもんだからなあ。ところで、あんたらにいい話があるんだ。きく気ないか?」
代書屋は床まで届く蓆が垂れた奥の部屋へ来るようにうながした。
「どうする?」
「怪しさ満点。耳を澄ませば、来るな、警察の罠だ! と、きこえそうな気もする」
「とはいえ、今は他に当てもありません。鯉口だけはゆるめて、いつでも抜けるようにしておきましょう」
奥の部屋には梅か何かの花を描いた掛け軸がぶら下がっていて、丸いテーブルに異人が一人座っている。真っ赤な頬髯を生やし、青い大きな目が扇たちをじろりと睨む。洋装だが、他で見かけるような高級感はなく、帽子は何度もつぶしたせいで形がくずれ、襟や袖口、肘のあたりにすり切れが見える。
「こちらはジェイムズ・オライオン氏だ」代書屋はそう呼べば異人が喜ぶとでも思っているようにこう言った。「彼は〈インヴィンシブルズ〉の一員なんだ」
「なんだって?」
「まあ、覚えなくてもいいんだけどな」
代書屋は扇たちに椅子を勧めた。座ると、代書屋は早速商談を始めたいと言い出した。
「あんたらが長船千軒に行きたいのは分かった。でも、あんたたちにはその手がない。でも、こっちはその手を持ってるし、それを提供できる」
「かわりに何をする?」扇がたずねた。
「話がはやいね。いいぞ、あんちゃん。そこで、こちらのオライオン氏がかかわってくる。彼はアイルランド人なんだ。アイルランドってのは大英帝国の隣にある島で、今じゃ完全に英国の植民地になっちまったんだが、このオライオン氏が参加してる〈インヴィンシブルズ〉は大英帝国相手に独立しようと企んでる」
扇は国際情勢に疎いが、それでもイギリスというヨーロッパの島国が広大なインドを支配し、清帝国を二度打ち負かし、アメリカ合衆国の内戦を煽ってあと少しのところで完全に二つに分裂するところまでいったことは知っている。そのイギリスにこのずんぐりした不機嫌そうな異人は独立戦争を仕掛けるつもりでいる。
「無謀だと思うんだろう?」代書屋が言った。「でも、〈インヴィンシブルズ〉は本気だ。イギリス議会がアイルランドに総督を送り込むと決めると、〈インヴィンシブルズ〉はアイルランドの地を踏んだら、二十四時間以内に殺すと宣言してホントに殺しちまった。まあ、そのおかげでイギリスが怒り狂って軍隊を派遣し、アイルランドの独立運動は虫の息になっている」
「そこにわたしたちがどうかかわるんです?」泰宗は新しい葉巻をつけると、礼儀としてオライオン氏に勧めた。オライオン氏は首をふった。
「いいかい? 独立戦争ってのはやり遂げるのに銃がいる。それも大量の銃が必要だ。差し当たっては千丁のウィンチェスター機関ライフルと十万発の弾が必要だ。だが、〈インヴィンシブルズ〉は壊滅寸前で金があまりない。ここでビゼン国の特殊な事情が絡んでくる。この政府は見つけた日本刀を取り上げてる。全部溶かしてサーベルに作り直すそうだ。だがね、日本の刀ってのはヨーロッパじゃ非常に骨董的価値が付いて高く売れるんだ。それも長船派の名工によるものともなれば、とんでもない値がつく。分かってきたと思うが、おれたちはだ、買収した役人を通じて、廃棄予定の刀をオライオン氏の金で安く買い叩く。で、オライオン氏がそれをヨーロッパに持ち込み、美術品市場に流す。なんてったって、長船派の束打ち刀でさえ一本でウィンチェスター銃を五丁買えるんだ。だから、刀を二百本、それに弾薬代に短刀や笄を買いつけとけば、これで独立戦争が開始できる。で、その取引なんだが、その役人を使うのは今回が初めてなんだ。もし、国家保安隊の連中が待ち伏せしてたら、どえらいことになる。そこで、おたくらの出番。用心棒をしてくれ。あのサーベル野郎どもがかかってきたら、返り討ちにするんだ」
「かわりに何がもらえる」
「これだ」
道服の裾から取り出したのは丸い細かい穴がいくつか開いた紙――にしては光沢がありすぎる謎の切れ端だった。
「ビゼン国じゃ、国民はみなこの札を持っている。身分札って言ってな。これにいろいろ情報が入ってるんだ。名前とか仕事とか前科とか思想とか。こいつを機関に読み取らせて、よしが出ないとよその土地に行けない。逆に、よしが出れば――」
「長船千軒に行ける」
「話がはやいねえ、あんちゃん。ホント。その通りなんだ。こいつは成功報酬じゃない。来ればもれなくプレゼントだ。プレゼントの意味、分かるよな?」




