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廓雲と扇の剣士  作者: 実茂 譲
第四話 そっけない扇と大阪の恋
56/611

四の十

 誰のものともしれない小舟を無断で借用して、何とかセッツ海軍の甲鉄艦〈堺〉へ乗り込むと、実篤は機能停止状態に陥っているセッツ商工議会に代わって鎮台司令官へ連絡をとり、大阪奪還のための部隊を編成することを命じた。

 実篤は精力的に働いた。

 まず、イギリスとフランスが大阪に住む自国人の保護のためにセッツの内乱に武力干渉するという噂を流し、海外諸国の干渉を嫌う保守的な旧武士階級を武神党から引き離すことに成功した。

 また六代家の銀行は通常通り営業することをセッツ国内と近隣諸国に告げた。軍の派遣に比べると瑣末なことかも知れないが、商業で成り立っているセッツにおいては銀行の営業は国家の死命に関わる問題であり、また六代銀行の預り証がまだ有効であることはそのまま反乱軍鎮圧に必要となる軍資金の確保につながる。

 すぐにセッツ国内の三つの鎮台が合計三個歩兵連隊と騎兵中隊と砲兵中隊を二個ずつ、一個戦車中隊を戦時編成とし、大阪の反乱軍へ反撃を行った。

 武神党は大阪で政府軍を迎え撃つ代わりに、打って出て野戦で決着をつけようと突撃した。大阪夏の陣で徳川勢の守りを十二段ぶち抜いて敵本陣の家康に迫った真田幸村にならったわけだったが、そもそも時代が違った。

 白刃をふりかざし徒歩で突撃した武神党二千は政府軍三千のマルティニ・ヘンリー銃と六ポンド砲、そしてガトリング砲の火線を前にあっけなく吹き飛ばされ、戦車と騎兵の追撃を食らって、ほとんどが戦死するか捕虜となるかした。決着をつけるのに四半刻もいらなかった。

「これだから――」本陣から望遠鏡で武神党の無謀な突撃を見ていた実篤が顔をしかめて言った。「武家に大阪は任せられないのです」

 結局、武神党側は戦死者四百、負傷者五百を戦場に残して、大阪から逃げた。その途上、騎兵と装甲列車による追撃で退路を封鎖された千ほどの反乱兵が捕虜となった。

 だが、実篤の顔は浮かない。

 反乱鎮圧により武神党に捕らえられ市民が解放されたが、解放されたなかに大夜がいなかったのだ。

 大阪府庁舎が半焼したため、一時的な本拠地に定められた商工会議所では商工会議員たちが集まって、大阪の治安と経済活動の一刻もはやい復活のため、命令書がつくられている。

「そんな!」

 実篤の声が会議室に響く。

「何と言っても駄目だ。あんたは連れて行けない」

 扇は頑として首を縦にふろうとはしなかった。

 半刻前、大夜の居場所が分かった。捕らえた捕虜が尋問を受け、武神党がもしものときに隠れ家として使うことになっているかなり大きな洞窟の場所を吐いた。隠れ念仏が使ったらしい岩窟寺院で大夜もそこに連れて行かれたとのことだった。

 話を聞いていくうちにわかったことなのだが、今度の反乱の首魁はあの藤林という侍であった。藤林陽山、本名不治太郎は昨年の蜂起未遂で分裂しそうになった武神党を何とか一つに纏め上げていた人物で、今度の蜂起も藤林の器量のおかげで叶ったようなものだった。ところが、その藤林が舞踏場で戦死して、武神党は穏健派と過激派に分かれて、意見の相違が生まれ、そこに思いがけない早さで軍を整えたセッツ政府軍が現われた。このときも穏健派は大阪に籠城する作戦を提案し、とにかく論が極端に走りすぎるきらいがある過激派は死中に活を見出すべく野戦を仕掛けると鼻息も荒かった。

 そして、その結果が今度の戦いの決着となった。過激派のほとんどが戦死するか、一生刀が握れなくなるほどの大怪我をし、穏健派は捕虜となった。

 問題は戦場と大阪から逃れた数十人の過激派だった。大夜を連れて行ったのはこの連中であり、武神党再起のための資金を捻出するために実篤から身代金を取るつもりだというのが捕虜の考えだった。

 昨日あれだけ食べたのだから、二三日は食事抜きでももつだろう。ただ、大夜は口が災いの元になる。囚われの身だからと言って口を慎むような性格はしていない。大夜の放つ暴言一つで相手の気分が変われば、その場で手打ちにされてしまうことも考えられる。

 救出は急がなければいけないが、かといって大軍を動かすと残党が自暴自棄に陥って大夜を殺す可能性があるので、少数精鋭で隠密裏に助け出すのがいいということになる。一応、白寿楼に電信で現状を伝えたので、半次郎と泰宗が来ることにはなるが、待っている時間はなさそうだった。

 扇は単独救出に向かうことにした。実篤は大夜を助けに行く扇に当然同行しようとしたが、そっけないこと天原一と称される扇の拒絶に遭ったのだ。

「必ず助けにいくと約束したんです!」

「あいつはなんて?」

「頼りにしてる、と。だから、ぼくは――」

「他に何か付け足してなかったか?」

「え? ……確か、死なない程度に頑張れ、と」

「だから、連れて行けない。付いてきたら、あんたは足手まといだし、たぶん死ぬ。おれ一人なら平気だ。こういう仕事は慣れている。それに――」

 扇は上身を横に動かし、前に立つ実篤越しに後ろを覗いた。

「あんたにはあんたのやるべきことが山積みだ」

 実篤が振り向くと、実篤の決裁を待つ書類が次々と持ち込まれてきていた。全ては大阪の混乱を収め、大阪を元の安全な町にするためのものだった。

「あんたは自分の手で戦うことはできなくとも、もっと大きな面で物事を捉える才に恵まれている。おれが大夜を助けているあいだに、あんたは大阪を助けろ」

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