一の四
なぜ機関を逃げた?
――ン? 知りたい? おほん、ソレはですねー、なんと楽園を探しにいったからなんだよ。
楽園?
――そこは美しいものと素晴らしいもの、それに優しいものだけが存在するんだ。知ってた?
必要のないものばかりだ。
――そっ。だから、きみには分からないんだ、三三二〇。
また布団を勢いよく剥がされた。
瞼を開けると、灰色の長着に錆納戸の袴を穿いた半次郎が布団をぐるぐると丸めて部屋の隅に放っていた。
部屋は薄暗い。窓には茜色の空と杏色の雲。
「お前、かれこれ八時間は気絶してたんだぞ」
まるでそれが咎められるべきことのように言い、続ける。
「お前のせいでおれまでとばっちりを食った。お登間ばあさんめ、喧嘩両成敗とか言って、おれまで飯抜きにしやがって」
半次郎は〈鉛〉を睨んで、口を閉じた。
〈鉛〉は半身を起こし、半次郎を見上げた。
どちらも黙ったまま、数秒が経った。
ぎゅううう。
腹の虫が鳴った。
それも〈鉛〉の腹からだ。
半次郎は初めて表情を崩し、そのうち天井が落ちるのではないかと思えるくらい大笑いした。
「最後に腹に物を入れたのはいつだ?」
「……わからない」
半次郎はくっくと笑いながら、うなずくと、〈鉛〉の刀を指して、
「あれを差して立てよ。腹ぁ減ってんだろ?」